テリーアの影   作:やまもとやま

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1、影の家

 この国は終戦1周年で盛り上がっていた。

 大森林の上空にうっすらと浮かぶギルドでは、大パレードが実施され、朝早くから始まり、夜遅くになっても、光が降り注いでいた。

 

 彼にとっては、そんなパレードも関係なかった。

 ギルドを離れ、闇夜の中にたたずんだ住宅街をさまよっていた。

 

 最大の被災地だけあって、あちこちの家が半壊したまま置き去りになっている。

 全壊した建物も片付けられないまま、残骸が積み上げられていた。雨風で散らばった残骸は、邪魔になりそうなところだけ片付けられ、それ以外はそのまま残されていた。

 1年が経過しても、このあたりは復興の手がつけられていない。

 このあたりに住んでいた生存者は、レパーラ都に移ったから、道を歩く者は彼以外には少ない。

 

 たまに人を見かけることはある。駐屯魔道士が足音も立てずに、彼の隣を通り抜けていった。

 地図を書き直すために、測量魔道士がこのあたりを巡っていると思われた。

 

 さらに進むと、人の姿はなくなった。

 看板が1つ上がっていた。

 

「大地の最果て――テリーア」

 

 最後の大地。それより先は柵がしてある。その先では、何かが何かを引きずり込む物音がしている。

 彼の歩みもそこで終わった。

 

 特にあてがあってここに来たわけではない。居場所がないからあたりをさまよっていただけだった。

 居場所がないというのは語弊があるかもしれない。

 

 彼は仕事についている。住む家もある。

 

 居場所がないというのはあまりに贅沢な話かもしれない。この地の人々に失礼だったかもしれない。

 

 彼はきびすを返して家路を目指した。

 

 ◇◇◇

 

 道中、彼はただよう赤い火の玉を見つけた。

 彼がこれまで見たことのないものだった。

 

 近くで生まれたエレメンタルか、あるいは突発的な魔力光球か。

 それはゆらゆらと漂っていた。彼を案内するように、彼の歩く速度と同じ速度で動いていた。

 

 彼は導かれるように赤い火を追いかけた。

 しばらくすると、赤い火が立ち止まった。

 

 火の先には一軒の家があった。

 古びた家だった。テリーアの木材ではない材質で造られていた。窓に小さな光が灯っているのが見える。

 

 赤い火はやがて、うっすらとだけ正体を現した。

 死神のような顔が彼のほうを見た。恐ろしさはなく、寂れた陰鬱なオーラを放っていた。

 

「ついあなたをここへ導いてしまいました」

 

 死神のようなエレメンタルはそうつぶやいた。

 彼は何もしゃべらず、表情も変えずにエレメンタルを見ていた。

 

「これも何かの縁。上がっていってください」

「……」

 

 彼はしばらくエレメンタルを見ていたが、やがてうなずいた。

 

「失礼してもよろしいですか?」

「どうぞ。ノックをすれば、主がお出になるでしょう」

 

 死神はそう言うと、その姿が薄くなり、やがて存在感もろごと消え去ってしまった。

 彼は玄関口の戸を小さくノックした。

 

 少しの間待つと、玄関口に反応があった。

 

「まあ、お客様ですか?」

 

 玄関口の先から、少女の声がした。高い声、しかしどこか人形のような声。この世の者ならざる者の声質だった。

 玄関口に浮かび上がった主の姿は、見たところ背の低い少女。彼よりも20センチ以上低かった。

 ツインテールの髪形も玄関口の光に浮かび上がっていた。

 

 主は玄関口を開いた。ゆっくりと開かれ、影のシルエットそのままの姿をした少女が顔を出した。

 

 一目、生気を感じられなかった。ダナン王国の魔女の気風を感じさせたが、それとも違っていた。

 少女は赤いドレスに身を包んでいたが、あまり目立たない鮮やかではない赤色だった。赤色というより、黒色と表現したほうが適切な色合いだった。

 

 少女は彼を見ると、にこりと微笑んだ。微笑んだその表情も、うつつを遠く離れたものに見えた。

 

「君は……」

「私がこの家の主です。一人で暮らしているのです」

「……」

 

 こんな少女がこんなところで一人で暮らしているというのは不思議なことだったが、彼は詮索しなかった。

 

「お客様、こんなところで立ち話もなんです。どうぞ、おあがりください」

「あ、はい」

「どうぞ、汚いところですが」

 

 少女はていねいな口調で彼を迎え入れた。

 彼はその家に上がる前に、一度外の景色を確認した。

 どこか、外の世界が遠く離れて見えた。ずっと先にパレード中のギルドが見えたが、それはさらに遠くにあるように見えた。はるか異なる世界の何かのようだった。

 

 家の中は静けさに包まれていた。

 狭い玄関口に、古くなった廊下が続いている。廊下の先は暗闇だった。

 左右に部屋があり、右手の部屋にだけ明かりがついていた。

 左手の部屋の隣には階段があったが、その先も暗闇で包まれていた。その先には何も存在しないようにも見えた。

 

 少女は右手の部屋を開いた。

 

「どうぞ、こちらへ」

「はい……」

 

 右手の部屋はとても狭かった。

 たくさんの本棚に囲まれていて、古びた机が窮屈そうに置かれている。机の上にはいくつかの本がやはり窮屈そうに広げられていた。

 机の後ろには、この都では見かけない柄のマグカップが並べられており、その隣に小さな水場があった。本棚と本棚の間に戸があり、その先から庭口へ降りられるようになっていた。

 

 床にも本が散らばっているので、彼は足を引っかけてしまった。

 

「申し訳ありません。散らかしてしまっていて。どうぞ、お気をつけて、こちらへ」

 

 少女はいくつかの本を拾い上げて、道を作った。

 床に汚れた赤い座布団が置かれていた。その上にはネズミが寝ていた。

 水色で長い角がある。テリーアで広く生息するエレメンタル獣の1つだった。

 

「パル、お客様がお越しになっています。そこをどきなさい。お客様が座れないでしょう?」

 

 少女がパルと呼ばれたネズミに言うと、パルは素直に起き上がり、一跳ねで机の上に到達した。

 

「とても懐いているのですね」

「パルはお利巧さんですから。使いを頼みましょう」

 

 少女がパルに手を伸ばすと、パルはさっと少女の小さな手のひらに着地した。

 

「パル、お客様に紅茶を入れて差し上げて。たしかナノサのクッキーもあったかしら」

 

 パルは一跳びで水場まで跳ぶと、少女に言われたことをやり始めた。

 本当に利巧なエレメンタルだった。

 

「どうぞ、お客様。汚いところですが」

「お邪魔します」

 

 彼はかしこまりながら、パルが眠っていた座布団に座った。

 1つ深呼吸してみる。

 不思議なにおいがした。

 

 パルが淹れようとしている紅茶の香りに混ざってくるこの哀愁はなんだろうか?

 彼は目を閉じて、その行方を探した。

 

「お客様、お名前をうかがってもよろしいですか?」

「え、あ、えっと……」

 

 彼は目を開いた。すると、少女は向かいに腰かけ、机にひじをついて微笑んでいた。無邪気な笑顔に見えるが、邪気があちこちに漂っているように感じるのはなぜだろうか。

 

「僕は……アルマ・リンクスです。近くで駐屯魔道士をしている者です」

「アルマさん、今日はお越しいただきありがとうございました。わたくしはテリーア・トラパークと申します」

「トラパーク……」

 

 アルマはどこかで聞き覚えがあったその言葉をつぶやいて思案した。聞き覚えがあったし、何か重要な何かだった気がするが、どうしても思い出せなかった。

 

「テリーアです。この都の名前をいただいたのです」

「テリーアさんは……この都の出身なのですか?」

「テリーアさんだなんて……どうか呼び捨てにしてください。お客様のほうが目上なのですから。どうか、丁寧な言葉も封印してくださいませ」

「あ、そうだね……」

 

 アルマは仕切り直した。

 

「テリーアはここでずっと暮らしているの?」

「はい。ずっとここで暮らしております。テリーアは静かで美しいところです」

 

 テリーアは微笑んでそう答えた。

 その答えは違和感だらけだった。

 

 テリーア都は辛気臭い場所と言われて久しく、それに戦争によって多くのものが失われてしまった。

 テリーア都は激動の歴史を歩んだから、長くこの地で暮らすこと自体が難しかった。この地には、略奪と侵略の歴史が深く刻まれている。

 

 アルマは特に深く詮索しなかった。あまり詮索すると、テリーアを傷つけることになるかもしれないと思った。

 

「アルマさんもテリーアに住んでおられるのですか?」

「僕は……レパーラ出身で、少し前にこの近くに移って来たんだ」

「まあ、そうだったのですね。それならば、ぜひテリーアの美しい世界に触れていってください」

「ええ」

 

 アルマはそう答えたが、テリーア都はまもなく没落するのが確定の斜陽地だ。おそらく、テリーアも近くこの地を離れるしかない。

 ここは大地の最果て。大地が消えゆく世界。来年には、この家も消えてなくなっている公算が大きかった。

 

 アルマは疑問に思うことがあった。

 

 テリーアはそのことを知っているのだろうか?

 

 テリーアはいまも微笑んでいる。この地が消えることに対する危機感がまったく見られない。

 そもそも、なぜテリーアは一人で暮らしているのか。親はいないのか。ここはあらゆる謎が詰まった領域だった。

 

 しかし、アルマは詮索しなかった。ここが滅びることを伝えても野暮だと思った。

 それに、自分が言わなくても、いずれ駐屯魔道士が声をかけるだろう。

 アルマは自分がその役になりたくなかったので、これ以上何も質問しなかった。

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