テリーアの影   作:やまもとやま

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2、終末都市、テリーア

 アルマは目覚めた。

 つい、うとうととうたた寝してしまっていたようだ。

 目を覚ますと、目の前のテリーアもうとうとと眠りについていた。

 

 アルマは視線を落とした。

 目の前に1冊の本が広げられている。

 テリーアの家にお邪魔して、あてもなくお茶をごちそうになり、その後はあてもなくそこにあった本を開いていた。

 眠気を誘うような本だった。内容はほとんど頭に入っていなかった。

 

 アルマが本を閉じると、近くにいたエレメンタル獣のパルが飛び跳ね、机の上に飛び乗った。そのとき、ガタッと物音が響いた。

 テリーアはその物音で目を覚ました。

 

「まあ、いけません。ついうとうとと眠ってしまっていました。お客様の前でとんだ失礼なことをしてしまいました」

「いえ」

「もうすぐ夜明けを迎えそうですね」

「ずいぶんと長い間、お邪魔してしまって申し訳なかったね」

 

 アルマはそう言うと、座り直した。早朝から仕事があるから、そろそろ戻る必要があった。

 

「いえ、こちらこそ、長い間、引き留めてしまい申し訳ありませんでした」

 

 テリーアは本棚の間に少しだけ顔を出していた窓のほうに目を向けた。

 少し外が明るくなってきていた。うとうとと眠っていたと言ったが、ずいぶんと長い間眠ってしまっていたようだった。

 

「ありがとう、今日はすごく楽しかった」

「喜んでいただけたなら幸いです」

 

 テリーアはそう言うと、パルに命じた。

 

「パル、お客様がお帰りです。戸を開きなさい」

 

 命令を受けたパルは戸のほうに向かい、前足で器用に戸を開いた。

 

 アルマは玄関口の先に出ると、テリーアに頭を下げた。

 

「気が向いたら、またいらしてください。私はいつもここにおりますので」

 

 テリーアはそう言ってほほ笑んだ。しかし、その笑顔がとても希薄な色に見えた。

 アルマはもう一度頭を下げてきびすを返した。

 

 歩くこと、2歩、3歩……。

 

 それだけの距離。わずかな距離。

 けれど、アルマはたしかに感じた。世界の変化を。

 

 だから、アルマは振り返った。

 

 そこには何もなかった。

 テリーアの笑顔も、建物の面影も。

 代わりに、戦争の被害の跡だけが克明に広がっていた。

 

「……」

 

 アルマは驚くよりも、哀愁漂う表情で、目の前の後継を見ていた。

 遠くまで荒廃地が続いている。吹き抜ける風が必要以上に寒気を運んできた。

 夜明けがさらに近づくにつれて、荒廃地の存在感は大きくなった。

 

「夢を見ていたのかな……」

 

 アルマはそうつぶやいた。

 たしかに口にしたお茶の香り、建物のにおい、テリーアの笑顔が残っていたが、しかし、その存在感はしだいに消えていった。

 

 アルマは先ほどまで何をしていたのかも忘れてしまった。夢を見ていたような気分になり、テリーアの笑顔もまた思い出せなくなった。

 アルマは静かに歩き出した。

 

 ◇◇◇

 

 アルマはテリーア・ギルド近辺の事務所に魔道士として派遣されている。

 帝国オーハの自治となったレパーラ都から安月給で派遣された身だ。

 

 アルマもかつてはこの地の戦争に参加していた。

 ギルド陥落を命じられた「エーナクライス部隊」の魔道士だった。

 

 ギルド陥落作戦の途中で、帝国オーハとセレクマ王国の併合条約が締結され、レパーラ都一帯が帝国オーハに併合され、代わりに南部地域を「オーハの憲法を順守する限り、不可侵とする」という条件でセレクマ王国が妥協した。

 エーナクライス部隊はそのままレパーラ都に引き返した。

 すでに、レパーラ都は帝国オーハの占領地になっており、民間人の多くがオーハの権限で保護されていた。

 

 戦争に勝ったにも拘わらず、アルマら戦争魔道士は白い目で見られた。

 戦争に勝った側が負けた側のいじめを受けるという生活が待っていた。

 

 セレクマ王国の民間人は旧時代的な生活感覚しか持っていないから、たびたび事件を起こした。

 アルマは何度も民間人に殴られ、あわよくば殺される可能性もある暴行を何度も受けた。

 

 このころ、帝国オーハはレパーラ都の再建のため、「民間人から死者を出すな」と兵士に強く命じていた。

 アルマは魔法の使用を禁じられる規則の中で、野蛮な民間人を管理していた。

 

 しかし、帰還命令が出て、魔道士がほとんど帝国オーハに引き上げたため、テリーア地方の復興を担う魔道士が枯渇し、エーナクライス部隊の約半数がこの地に残り、アルマはテリーア地方に派遣された。

 

 野蛮な民間人の管理を免れたが、この地の任務も楽ではなかった。

 

 アルマが寮に戻って来ると、寂れた様子の魔道士がちょうどアルマの部屋を訪れようとしているところだった。

 

「パルゾン」

「やあ、アルマ。こんな時間に出かけていたのかい?」

 

 アルマが声をかけると、寂れた様子の魔道士は小さな声で尋ねて来た。

 パルゾンはアルマの上司に当たる。同じエーナクライス部隊で戦った魔道士だった。

 魔法の実力者だが、45歳にもなるとただでさえ足りなかった威厳がさらに落ちてしまっていた。

 

「少し近くを散歩していました」

「今日の仕事を終えたら引き上げるから。午前中で任務上がったら急いで荷物を片付けて」

「え? 引き上げるのですか?」

「うん、テリーアはもうダメだと判断したみたいだね。レパーラ都は大丈夫だと思うけどね」

「そうですか」

「こんなことなら、ギルドを攻撃する必要もなかったね。とんだ骨折れ損だった」

「測量魔道士の予測だと、このあたりは残ると聞いていましたが」

「このあたりは残ると思うけど、残ったとて何もできないよ」

「では、テリーアはどこが領土を管理するのですか?」

「地図から抹消さ。文字通り消えてしまうからね。これで最果ての地はレパーラということになるね」

 

 パルゾンがそう言うと、アルマはうつむいた。

 この地が消えてしまうことはわかっていたけれど、改めてそれを知ると悲しい気持ちになった。

 

 同時に何を悲しんでいるのだろうとも思った。

 この地に何かがあるわけではない。友人がいるわけでも、家族がいるわけでもない。

 戦死した仲間が眠っているわけでもない。

 

 けれど、アルマはテリーアの地が地図からも消滅することが悲しくて仕方なかった。

 もともと何もなかったはずなのに、これほど大きな喪失感を覚えてしまうのはなぜだろう。

 

「今日の任務は地図の最果てラインだけ敷いて終わりだね。もう夜勤組がやってくれてると思うから確認だけだね」

「はい」

「今後の身の振り方だけど、今度はタイダラスの任務に派遣される公算が大きいよ。手を焼いていると、昨日伝令が言っていたからね」

「タイダラスですか……」

 

 アルマはため息をもらしながらそう言った。

 

「タイダラスは嫌かい?」

「いえ、別にどこでもいいのですが」

 

 アルマは戦争の任務に出ることに嫌気がさしていた。いや、そもそも魔道士としていること事態に疑問を感じていた。

 

「じゃあ、任務が終わったらすぐに荷物をまとめて。4時には輸送車が来ると思うから」

「はい」

 

 アルマは力なく返事をした。

 

 テリーアが消える。誰もが知っている当たり前のことだが、アルマはそのことに誰よりも悲しみを覚えていた。

 

 ◇◇◇

 

 テリーアは消滅する。

 テリーアは最果ての地。テリーアの南には「影」が広がっている。

 この影は、まだ魔導力学では解明されていない概念である。

 

 セレクマ王国が古くから「影」と呼んでいたため、世界的に影と呼ばれている。

 

 影は通常の魔導力学に則さない動きをする。

 影は以下の基本定理にすべて反している。

 

1、魔力はすべて熱エネルギー的である。

2、魔力は常に熱エネルギーに加速度的に変換され放出される。魔力は熱エネルギー以外に変換されない。

3、魔力は反対ベクトルの熱あるいは魔力と衝突すると、安定結晶化する。

 

 影ははるか昔からそこにあり、少しずつ世界を影に変えながら北上している。

 影に触れた物は必ず消滅する。その分だけ影が増えるということは確認されていない。

 影は決して消滅しない。

 影は徐々に減速している。

 

 かつて、この影を止めるために、色々なことが施行されたが、いずれも影を止めることはできなかった。

 この影の唯一の救いは徐々に減速していること。測量魔道士によると、あと約2年半程度で完全に停止し、影と世界が安定状態になると言われている。

 

 ある者の説によると、「影は世界とのバランスが保たれるように成り立っている」ということだ。

 計算式がそのまま成り立つと、2年半ほどでテリーア地方をほとんど呑み込んだところで、ぴたりと止まることになっている。

 

 セレクマ王国は影の侵攻が止まった後は、影をゴミ処理場にすると言っているらしい。

 そんな不思議な存在「影」は大地の最果てとして定義されており、影の先に何があるかは誰もわからない。その先には何もない。

 

 影は南方に広がり、北方には確認されていない。

 北方の最果てはまだ誰もたどり着いていない。

 北方は氷で覆われており、確認が難航しているようだ。

 

 北は氷で閉ざされ、南は影に包まれている。

 そして、光指す世界に、アルマをはじめとした人々が暮らしていた。

 

 影は時間をかけて北上し、ちょうど「テリーア」に足を踏み入れようとしていた。

 終末都市、テリーアの終焉はまもなくだった。

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