テリーアの影   作:やまもとやま

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3、故郷の影

 エーナクライス部隊はテリーア地方から撤退することになった。

 もともとはテリーア地方を支配するために軍事的に派遣された部隊だったが、任務が本格化する前にセレクマ王国がレパーラ都の主権を放棄するという宣言と引き換えに帝国オーハとの間で終戦合意がなされた。

 

 エーナクライス部隊に参加していたアルマはギルド侵攻の前夜にその知らせを聞いた。

 多くの部隊が普平をもらす中で、アルマは安堵していた。

 その後、エーナクライス部隊は待機が命じられ、一部の部隊にはセレクマ王国南部のテリーア地方の駐屯魔道士として派遣されることになった。

 アルマは派遣された魔道士の一人だった。

 

 アルマは起きると、宿の外に出て来た。

 ちょうど、ぞろぞろと同じ寮で寝泊まりしている魔道士たちが降りてくるところだった。

 昨夜は良く眠れなかった。しょっちゅう、住民らが喧嘩を催すので、寮は寝静まることが決してなかった。

 昨夜も誰かが怒鳴り声をあげて、殴り合いをしていたため、朝方まで眠ることができなかった。

 

 そんな騒々しい寮生活も今日が最後だ。

 

 水場が渋滞していたので、アルマは朝の用途を省略して、集合ホールに向かった。

 上司のパルゾンと一部の勤勉な魔道士らはすでにホールに集まっていた。

 

 親しい友人のいないアルマは端のほうにひっそりと座った。

 

 一人寂しく時が経つのを待っていると、続々と魔道士らが入ってきてすぐに賑やかになった。

 

「全員、静粛に」

 

 エーナクライス部隊を率いる隊長のビスマルクが凛とした声で告げると、みなおとなしくなった。

 ビスマルクは魔道士の世界では珍しくない女性のリーダーである。28歳の若さでエーナクライス部隊の隊長まで出世していた。

 

 リーダーに女性が多いのには理由がある。

 単純に、男性より女性のほうが潜在的な魔力が平均で3割から4割ほど高い。

 まだ魔法が体系化されていなかったころは、男性が得意とする腕力や体力が支配的だったが、魔法が進歩するにつれて、差が縮まりやがて逆転していった。

 魔法体系が固まってくると、魔道士の約6割5分が女性で構成されるようになった。

 

 魔法の力は一般的に同程度の物理的なエネルギーの220倍の力を持つ。

 グーパンチで壁を叩いても、強拳の持ち主でもびくともしないが、魔法が介在すると、鉄の壁が断裂するほどの力になる。

 

 そのような力が常識となる魔道士の世界では、必然的に潜在的な魔力が高い者が優秀であると言える。

 また、男性に比べて女性のほうが魔法のコントロールに長けていることもわかっている。

 魔法の力も精度も女性のほうが高いので、魔道士は女性の職業と言ってもいい。

 

 それでも、男性が3割以上も魔道士になっている背景には、長期任務になると、やはり体力が要求されるということでもある。

 今回のギルド侵攻も15日間の長期任務であり、ギルドの攻撃、ギルドの制圧、周辺地域の管理まで行うとなると、魔法ではない力も必要だ。任務が長期化するほど、むしろ魔法ではない力のほうが必要になる。

 

 とはいえ、男性の役割は任務の3Kのものばかりである。

 ギルドや建造物への魔法攻撃任務は、魔力の高い者から選ばれる。彼らは大掛かりな魔法の一撃で一帯を吹き飛ばせば任務は終了だ。

 あとに待っているギルドの制圧や地域の管理は主に男性が務めることになる。

 

 しかし、今回はギルド攻撃の直前に終戦したため、誰もが直接的な任務に当たることはなかった。

 

 あれから1年。アルマはずっとテリーアのがれき撤去や測量任務にあたっていた。

 測量任務は魔道士の任務の中で最重要と言われている。

 

 測量任務は地図を作製するために必要な情報を集めるためにある。

 ただの地図ではない。どこに誰がいて、どういう魔道士がどういう体制で管理され、魔法軍事力はどれぐらいでなどなど、細部まで情報を詰め込んだ地図だ。

 その地図をもとに、帝国オーハは侵攻計画や植民地計画を練る。

 測量任務は、帝国主義を掲げる国家にとって、最も重要な仕事だ。

 

 しかし、最重要の任務が最も激務で給料も低い。

 任務に当たる魔道士は底辺の魔道士がほとんどである。

 アルマは中堅であったが、底辺の魔道士を管理する立場であり、骨の折れる仕事だった。

 

 しかし、その仕事も終わり。再びオーハに戻ることになる。

 アルマはため息をついた。

 

 やっとうんざりする仕事が終わるという安堵感に加えて、また愚かな任務に就かされるという前途多難が込められたため息だった。

 もう1つの要素も込められていた。

 

 テリーアが消えてなくなるという寂しさ。

 

 よその国のことなんてどうでもいいと多くの魔道士は考えていたが、アルマはそうではなかった。

 アルマがはじめてテリーア地方を歩いたとき、懐かしさを覚えた。

 どこか、安心感があった。まるで生まれ故郷のような安心感だった。

 

 戦争で居住区は半分廃墟になっていたが、そこを立て直したいという気持ちがあった。

 しかし、その任務は失われた。テリーアは帝国オーハでさえも放棄するほど、実利のない虚無の世界だった。

 

 アルマはテリーアを離れることに誰よりも寂しさを抱えていた。

 

「そういえば、あの子……テリーアはどうするのだろう?」

 

 アルマはある少女の姿を思い出した。夢かうつつかわからないが、確かに昨夜出会った少女テリーアの記憶があった。

 テリーアは影に沈む。そのとき、テリーアはどこへ行くのだろう。

 気になったが、アルマはもう忘れることにした。

 

 ◇◇◇

 

 魔導機体が複数やってきた。

 魔導機体は魔法で動く機械のことである。

 四足歩行の重金属機体は寮の手前で停車した。

 

「荷物詰め込んだら、搭乗。ただし、そこのお前たちは残れ」

 

 隊長のビスマルクは数人の魔道士を呼び止めた。

 

「お前たちは残れ、いいな」

「はい」

「これからギルド長に挨拶する。お前は土産の用意、お前は私についてくるだけでいい、お前は機体の操縦だ」

 

 ビスマルクが3人の魔道士それぞれに命令を出した。たまたま、その中の2番目の魔道士にアルマが選ばれた。

 ただついてくるだけでいいということなので、アルマはビスマルクについていった。

 

 ビスマルクは部隊が乗り込んだ機体を見送ると、魔導通信機を用いて、魔導機体をよこすように、派遣所に連絡した。

 

「5分ほどで来る」

「はい」

 

 アルマと機体の操縦任務を任されたもう1人の男はそのままビスマルクの後ろに控えた。

 ビスマルクは身長が高く、アルマと同程度ほどだった。右手に赤い腕輪がつけられている。強大な火炎を精製する手助けをする強力な魔導武器だった。

 アルマが持っているどの武器よりも強力であるが、魔導武器は使い手を選ぶ。

 アルマがビスマルクと同じ武器を使うと、自らの炎で自らの肉体に火をつけることになってしまうだろう。魔力の安定が崩れて暴発すれば、体は一瞬で砕け散る。

 

 アルマが持っている武器は強い衝撃波を発動できる。この武器を使いこなせるようになるまでに4年かかった。ビスマルクの使う武器と同じ精度のものを使えるようになる日は一生来ないだろう。

 

 機体を待っていると、土産の使いに出ていた者が花束などを抱えて戻って来た。

 

「隊長、土産の用意できました」

「なんだこれは?」

「土産屋の主いわくテリーア特産の紅茶だそうです。こっちはテリーアにだけ咲いている影の花と呼ばれているそうです」

「地元のギルドに地元の土産を持っていく気か?」

「す、すみません」

「ちっ、まあいい。それはお前らで持って帰れ。土産は私が用意する」

 

 ビスマルクは飽きれたのか、自分で土産の調達に出て行った。

 ちょうど入れ違いの要領で、ギルドに向かう機体が派遣されてきた。先ほどの魔導機体より一回り小型のものだった。

 

「来ました。ビスマルク隊長は?」

「土産買いに行ったよ。ご苦労、おれが操縦するから、お前は休憩に入れ」

「ほな、よろしく頼みます」

「土産も持ってけ。紅茶5袋入りを1つやるから」

「こりゃどうも」

 

 機体を持ってきた操縦士は地元の紅茶をぶら下げて、徒歩で戻って行った。

 

「お前もなんかいるか? おれ、茶なんて飲まないし、花より団子だ。好きなのもってけよ」

 

 男がゴミを渡すようにアルマに土産を持たせようとした。

 

「いただきます」

 

 アルマは紅茶と花を受け取った。

 

「紅茶か……」

 

 そういえば、昨夜も紅茶を飲んだっけと振り返った。夢の中の出来事だったのかもしれないが。

 そしてもう1つの土産。影の花。

 

 名の通り、暗い黒色の花だった。白黒の巻き付いた茎が伸びていて、華やかさに欠ける花だった。

 しかし、アルマにはとても美しい花のように見えた。

 

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