セレクマ王国には12個のギルドが存在するが、その1つがテリーア地方にある。
ギルド・テリーアはテリーア地方中部の森林上空に浮かんでいる。
ギルドは非常に大きな施設なので、それを上空に浮かせるためには、非常に大きな継続的な魔力供給が必要になる。
ギルド・テリーアは、年間に約44万トンの魔石を消費して、上空250メートルに浮かべている。
この魔石の消費量はテリーア地方が年間に消費する魔石総量の約38パーセントにもなる。
ギルドを上空に浮かべる理由はいくつかある。第一に攻撃を受けにくいという利点による。
戦争の基本が敵国のギルド陥落である以上、ギルドは攻撃の対象になる。だから、その場所は最も攻められにくく、また反撃できるものでなければならない。
250メートルの上空に浮かべれば、魔動機の利用や大掛かりな魔法攻撃を用いなければ攻められることがない。
ギルドは耐魔法性能に優れた装甲で覆われているため、魔法による攻撃で陥落させるのは非常に難しいと言える。
アルマが所属しているエーナクライス部隊は、ここテリーア・ギルドの陥落を命じられていた。
だが、ギルドへの攻撃が始まる前に戦争は終わった。
戦争が終わった後、ギルド・テリーアはそのままセレクマ王国が主権を持つということで収まった。
ギルド・テリーアは無傷で戦争を終えたが、その周辺は大きな被害を受けた。
エーナクライス部隊は戦争終結後はギルド・テリーアと協力してテリーア地方の再建活動に従事した。
もともとは陥落させる場所だったところと協力しているのだから不思議な話だった。
ギルドは魔道士の管理、育成、研究などすべてを担う形で世界中に数多く存在する。
セレクマ王国は一部のギルドを民営し、ギルド・テリーアを含む9つのギルドを国営で運用している。
ギルド・テリーアは最もオーソドックスなギルド大系を持ち、魔道士の育成アカデミーに魔道士の候補生が約770人、研究者が約80人、軍事施設に戦闘魔道士が約2500人、一般の魔道士も約120人所属している。
一般魔道士はたいてい民営の会社に雇われている。国がわざわざ管理する魔道士は、戦闘魔道士に限られる。
軍事力の要となる魔道士はどの国も管理に難儀している。
魔道士のクーデターはあちこちで起きている。突出した魔道士の反逆行為や買収も少なくない。
帝国オーハの皇帝に次の言葉がある。
「帝国主義の原則は、他国への軍事的圧力ではなく、自国民をつなぐ鎖の頑丈さである。鎖は暴走する者の首を引きちぎる仕様である必要がある」
かつての帝国のほとんどが他国との戦争ではなく、内部崩壊であることを見ても、自国の管理が帝国の最重要課題だった。
アルマも一応鎖をつけられた魔道士の一人だ。
帝国オーハは内部の魔道士が反逆できないように非常に多くの枷をはめている。
反逆行為を企てる者を密告すると、報奨金が得られるシステムが1つ。
いまはすたれたが、かつてはすべての魔道士に呪縛魔法を刻印していた。時間が経つに連れ、体が腐敗していくという恐ろしい魔法が刻印されると、生き延びるために1年ごとに帝国に戻らなければならないので、反逆行為を抑えとどめることができる仕組みになっていた。
この手法が廃れたのは、こうした非人道的な手法では、かえって魔道士を支配しづらかったり、魔道士が力を発揮できなくなること、また呪縛魔法を消す魔法が広く開発されたためである。
しかし、一部の魔道士には、かなり解呪が困難な呪縛魔法を刻印しているという噂はある。
少なくとも、アルマニはその刻印はなかった。
アルマはビスマルク隊長の付き添いとしてギルドへやってきた。
森林の手前にギルドへ入るための魔動機が用意されている。
ビスマルクは顔が広いので、やってくるなり厚く歓迎され、すぐにギルドに向けて魔動機が起動した。
アルマは飛行魔動機に乗るのがあまり好きではなかった。
大地を離れる感覚にいつまでも慣れなかった。
魔動機はゆっくりと浮上し、やがて、ギルドの滑路に着陸した。
アルマがギルド・テリーアを訪れるのは4度目だった。
「お前たちはこのあたりで待機していろ」
「はい」
ビスマルクはギルドのトップに会うためにギルド議事堂に向かっていった。
ビスマルク単独でトップと面会するために、付き添いでやってきた3人はその場で居残りすることになった。
魔動機の操縦を務めていた男はどこかへフラフラと歩き去って行った。
土産を買いに行っていた男はあちこちをぶらぶらしながら、やがて芝生の上に座り込んだ。
アルマも適当に歩いていたが、近くの大地に足を進ませた。
テリーア地方が一望できる台地には、アカデミーの候補生と思われる若い男女が和気あいあいとしていた。
ちょうど、アルマの目の前にカップルと思われる男女がいた。
アルマはこれまで、そういうシーンと無縁な人生を送って来たから、少しうらやましく思った。
物心ついたときには、帝国オーハの魔道士候補生として厳しく教育されていた。
アルマが所属していた「ギルティ・ホールス」は身寄りのない者たちが無条件で所属できる社会保障の一環で存在している。
社会保障と呈して、帝国軍の魔道士の人柱を育成する機関となっている。
オーハでは、ギルティ・ホールスを除いて社会保障は存在しない。身寄りのない者はここに所属しなければ、生きていけない。
13歳以上であれば、強制労働施設という選択肢もあるが、アルマの場合、3歳のころから身寄りがなかった。ギルティ・ホールスに所属することはマストだった。
体罰もありの厳しい施設であり、落ちこぼれは13歳になった後、強制労働施設に運ばれる。ここは労働できなくなると処刑することも可能になっている。
オーハの法律は以下のように抱き合わせになっている。
13歳に満たない者はいかなる場合でも、生存権を有する。
13歳に達した者は、少なくとも所定の勤労に従事しなければ生存権は認められない。
生存権のない者はその日時から計算して、少なくとも2か月と16日の間、生活することができる金銭を有している必要がある。
上記の金銭を有していない者は、国家の命令文書が定める行為に従事しなければならない。
13歳までは無条件で生きることが許される一方で、13歳以降は生存権を有するか、生存権がない状態から2か月半の間生活できる金銭があることを証明しなければならない。
これらができないと、国家の命令文書が定める行為に従事させられる。
国家の命令文書。
たいてい、それは「処刑」である。
オーハはこうして犯罪者となる者を事前に摘み取っている。
アルマは不幸中の幸い、頑張れば出世できるチャンスを持っていた。
ギルティ・ホールスは厳しい場所だが、成績優秀の場合、帝国軍に所属することができる。そうすると、貧困を抜け出すことができる。
優秀と書いたが、アルマの子供時代は、中の下の成績であっても、帝国軍に入れるいい時代だった。ちょうどアルマが誕生する10年前までは氷河期とされ、上位30%以上でなければ帝国軍には入れなかった。
アルマは中の下で何とか帝国軍に入り、それなりの生活基盤を手に入れた。
とはいえ、帝国軍に入るということは、命をかけて戦うことを強制されることでもある。
下積みを経て、アルマはビスマルクが隊長を務める名誉ある「エーナクライス部隊」に参加することになった。
本来はその部隊から、ギルド・テリーアを攻めるはずだったが、いまはその攻めるはずだった場所で静かな時を過ごしていた。
丘の先へ向かうと、テリーア地方の様子を見て取れた。
ずっと南方の地平線は黒いもので満たされている。そのあたりの空は真夜中のように暗い。
ちょうど、影と世界の境目だった。
ここは影と世界の境目を望める数少ない場所だった。
世界が消えゆくところをただ眺めることができる場所。
慣れてしまえば、当たり前のこと。影はゆっくりとこちらに近づいてきている。
あの影がある場所に到達すると、そこで影の侵攻は止まると推測されているが、アルマは次のように思った。
止まることなくすべてを呑み込んでしまったほうが、世界は救われる気がする。
そんなことを思っていると、後ろから声をかけられた。
用事が終わったようで、部隊の仲間が声をかけてくれた。これから帝国オーハに帰還する。そして、次の任務が始まる。
おそらく、この先二度とテリーアを訪れることはないだろう。
アルマは最後にもう一度だけ影の領界を見つめた。
ある少女のことを思いだした。
「テリーアの影……か」
アルマはなぜかこの地を離れたくないと思った。影が自らを呑み込む日をただ待っていたいと思った。