今年もよろしくです。
アルマは魔動機の待機する走路に戻って来た。
まだ、ビスマルクが挨拶から戻ってきていなかったので、仲間の魔道士たちも近くに姿がなかった。
アルマはビスマルクが戻って来るまで、ふらふらせずここで待つことにした。
走路は風が強いので、少し肌寒さを覚えた。
ややあって、魔動機が浮上してきて、ちょうど走路に着陸した。
アルマはその様子をぼんやり見ていた。
魔動機からは幾人かの魔道士らが出て来た。
その中に、降りるなり大きな声を上げている老人がいた。
老人は大きな声で何かを言った後、アルマのほうに目を向けた。
老年とは思えないほど、目つきがしっかりした老人だった。風貌はだいぶ老いていたが、威勢の強さのせいか若く見えた。
「おい、オラァ!」
アルマに向けて大きな声を上げた老人はそのまま大股でこちらに近づいてきた。
アルマはその場でぼーっと突っ立ったままでいて、老人が近くに来たところで頭を下げた。
「なんでおるんじゃ、帰れ帰れ」
老人は大きな声で怒鳴りつけて来た。
「足を上げるな、聖地に!」
「申し訳ありません。ギルド長の挨拶のために参らせていただきました。用が終われば、すぐに帰還します」
「挨拶なんていらんわい。けったいな侵略者ははよ帰れ!」
老人は激昂が止まらない様子だった。
セレクマの右翼思想者と思われた。
アルマはオーハ帝国軍の軍服に身を包んでいるので、右翼の者にとっては罰の悪い存在だ。
アルマはそれをわかっていたから、下手に出た。もとより、アルマは誰にでも下手に出るタイプだった。
「もうすぐ帰りますので」
「責任者は誰じゃ? あ?」
老人は持っていた杖を突きつけて来た。
「イワンジャさん、およしください」
そのとき、後ろから魔道士が一人駆け寄ってきた。
「イワンジャさん、さあさ、こちらへ。申し訳ありませんね、本当に」
やってきた魔道士は間に入って、アルマに誤った。アルマも頭を下げた。
「おい、こいつは侵略者だぞ。客なもんか」
「わかりましたから、さあこちらへ。さあ」
「ええい、年寄り扱いするな。ワシは侵略者を叩きのめす。侵略してきたら殴り倒すつもりで構えておったんじゃ」
「もう戦争は終わったんですから。さあ、戻りましょう」
老人は気難しい正確なようだった。付き人の魔道士にも態度は厳しかった。
アルマはその様子を真顔で見ていた。
「情けないことじゃ。オーハに媚びへつらってそれでもセレクマ王国の聖者か」
「落ち着いて、さあ」
「こんなことでは、セレクマもおしまいじゃ。影に呑み込まれ消滅してしまうわい」
老人は付き人の魔道士に連れて行かれるように戻って行った。付き人の魔道士は振り返ってもう一度アルマに頭を下げた。
今でこそ、こうして頭を下げ合っているが、停戦合意がなければ、アルマはこのギルドを攻撃する予定だった。
先ほどの老人にも、付き人の優しそうな魔道士にも、死の一撃を加えていた可能性があった。
そう思うと、この世界のありようが不思議なものに思えた。
政府の一声で、笑顔で話ができる人々を殺し合いの世界に引きずり込む。
平和、愛情、友情……いずれも政府の一声で、消し飛ぶ脆弱なものだった。
アルマは自分の腕に装着されているブレスレットを見つめた。
「あのう、先ほどは申し訳ありませんでしたね」
不意に声をかけられて、アルマは顔を上げた。
先ほどの魔道士が近くに来ていた。まだ若い女性だった。
アルマはとっさに頭を下げた。
「イワンジャさんはセレクマでは有名な魔道士なのですが、気難しいお方で。不快な思いをさせて申し訳ありませんでした」
「いえ」
アルマは気にしていなかった。むしろ、イワンジャの言い分は正しいと考えていた。
「この後、国にお帰りになるのですか?」
「その予定になっていますが」
アルマは走路の先を見つめた。
まだ、ビスマルクが戻って来る気配がない。5分ほどの立ち話ではなく、それなりに長い話になっているようだった。
「仲間の方々を待っておられるのでしたら、こちらへ。ここは冷えるでしょう」
「いえ、しかし」
「こちらの研究室から走路の様子は見えます。仲間の方が戻られたらすぐにわかりますよ。どうぞ」
「そうですか。それなら……」
アルマは遠慮がちに好意に甘えることにした。
◇◇◇
ギルドは魔法の総合施設である。ギルドの3分の2は研究施設で占められていることが多い。
ギルド・テリーアにも、大きな研究施設があった。
先ほどの女性魔道士は研究施設に勤める魔道士と思われた。
アルマがオーハのギルドにいたころ、よく研究魔道士の研究に参加していた。
アルマは「火炎生成」の実験のために、安全性の確認されていない魔導武器を使わされた。
研究を重ねるごとに、魔導武器の精度は上がるが、初期の武器はいずれも危険だ。
しかし、実験する者がいなければ、精度は上がらない。誰かが実験台になるしかなかった。
オーハは容赦なく軍の魔道士を実験台にした。
むろん、実験に参加すると高額のボーナスが出る。ゆえ、実験の志願者も多い。しかし、実験台は多くても、多すぎることがない。常に実験台は不足しており、アルマは何度も武器の実権をした。
幸い、アルマの実験は不幸なことにはならなかった。
アルマはある火炎武器の実験をしたのだが、その武器の前頭は死亡事故を起こしていた。
ある魔道士がその火炎の剣を振るうと、とたんに、剣が暴発して、魔道士は死んだ。
体の胸から上が消し飛ぶという陰惨な事故だった。
しかも、高熱で血液が昇華しており、遺体は黒焦げ。
そんな危険な炎の剣は改良され、改良版がアルマのもとに渡って来た。
アルマはその剣を使う実験に参加した。何とかその武器を安全に使うことができた。
後にその武器は「C21・フレイムソード」として軍に配属された。火炎の生成が不安定で、1年前に使用が禁止された。
魔法の研究はそんな陰惨な事故の連続だ。しかし、それが魔法を発展させてきたのは間違いない。
魔法研究は重要な国家機密なので、アルマもイワンジャらがどんな魔法を研究しているかは尋ねなかったが、女性のほうから言ってきた。
「我々はいまテリーアの影を研究しているのです」
「テリーアの影?」
「はい、世界の最果てと言われているテリーア地方南端の影です。あなたもご存知でしょう?」
「ええ、まあ」
「テリーアの影にはさまざまな説があります。エネルギーの保存に関与しているとか、質量の欠損調整だとか、すべての属性に現れない魔力の総称とか……」
女性はあれこれ魔法学的なことを話した。その後に、ファンタジックな説を話した。
「テリーアの魂という神話があるのです。それは、世界はもともと影だったのです。すべてが統一されていました。ですが、影の主がその統一感を孤独の寂しさだと考えるようになり、統一を破壊し、世界を誕生させたのです」
「……」
アルマは魔法学的なことより、神話の内容のほうにより強い関心を示した。
「ですが、誕生した世界は統一されないゆえ、混沌に包まれ、多くの悲しみをもたらしました。そして、主は世界をもう一度統一しようと考えたのです。ですが、主は迷っているのです。世界を残すべきか、消滅させるべきか」
どこか人間味のある神話だった。
人間が生き方に迷っているように、影もまた迷っているということなのだろうか。
「い、影の進行速度は緩やかになってきています。今日の観測でも、減速が確認されました。主はもう一度世界にチャンスを与えたのかもしれませんね。ですが、人類は主のその希望に応えることができるでしょうか。いまのままではできないような気がします」
「……」
「あなたはどう思いますか?」
「どうなのでしょう。難しい話ですね」
アルマは答えを保留していたが、人類が影の希望に応えるのは100%不可能だとすでに確信していた。
「テリーアの魂があるとすれば、どこかでこの世界を見つめておられるのでしょう。いったいどんなお方なのでしょうか」
「……」
アルマはそのとき、ふと誰かの姿を思い浮かべた。
記憶はおぼろげだった。しかし、たしかにアルマは出会っていた。おそらくはテリーアの魂を持つ者に。