テリーアの影   作:やまもとやま

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5、可能性

 帝国オーハの意向を受けて、エーナクライス部隊はセレクマ王国から撤退することになった。

 アルマは魔動機の窓から、視界から遠ざかっていくセレクマの景色をぼんやりと見ていた。

 

 4足歩行の魔動機は今から70年前に発明された兵器である。

 オーハはそのころ、近隣国の侵攻を繰り返していたが、魔動機がない時代、その侵攻はとてもコストのかかることだった。

 

 人の足で進軍し、侵攻地を実効支配しなければならなかったので、敵地の100倍以上の戦力を必要とした。

 魔動機が発明されると、人手が3分の1ほどで済むようになった。

 

 魔動機のプロトタイプは敵地を攻撃するものではなく、人を運ぶためのものであった。

 4足歩行で組み立てられたのは、荒地を進むためである。車輪を用いた魔動機も並行して開発されていたが、いずれも凹凸の強い山地の進軍に課題を残し、いずれも開発が中止となった。

 最後に残ったこの魔動機は帝国オーハの拡大に大きく貢献した。

 

 その後、道が整備されると、かつて開発が頓挫していた車輪型も増えてきた。

 しかし、軍隊はほとんど4足歩行の魔動機を使っている。

 

 理由は主に3つある。

 1つは敵地でのゲリラ戦では、荒地に隠れた兵士と交戦する際に有利であるから。

 もう1つは瓦礫が積み上がり、道や橋が破壊されていくと、移動に有利であるから。

 最後の1つは愛着である。オーハの部隊はいずれも、4足歩行の旧式魔動機を愛していた。ビジュアルを好むという理由で使い続けられているところもあった。

 

 とはいえ、整備された道を移動するだけなら、車輪型のほうが明らかに能率が良かった。

 平坦な道を移動するとき、旧式は時速30キロが限界であるし、道を消耗させやすい。車輪型は時速100キロを超えるし、道に優しい。

 

 4足歩行の魔動機は大きな音を立てながら、平坦な道を進んだ。

 日が暮れると、遠くの町の明かりが浮かび上がってきた。

 アルマはその光景にどこか後ろ髪をひかれた。

 

 これから故郷のオーハに帰ることができるというのに、故郷から遠く離れていくような気がしてならなかった。

 アルマの手元には花があった。

 ギルドの挨拶の時に購入された「影の花」だった。

 影のように漆黒の花を咲かせている。アルマはその花を大事に持っていた。

 

 兵士にとって、花なんておざなりにもならない。実際、アルマ以外の兵士は誰も花に興味なかった。

 魔動機の中はタコ部屋のようになっていて、アルマの近くには、疲れた様子の兵士が雑魚寝していた。

 

 アルマは彼らとは距離を取って、窓際のポジションを陣取って、外の様子を見ていた。

 

 魔動機は2人の操縦士によって操縦されている。

 ビスマルクはしばらく操縦士らと交じって操縦の様子を見ていたが、やがて兵士が雑魚寝している後部に移って来た。

 

 ビスマルクは兵士一人一人のもとに向かい、2つ、3つ話をした。

 アルマのもとにもやってきた。

 

「アルマ、お前はまだ若いそうだな」

「あ、はい」

 

 アルマは姿勢を正した。

 

「この後の身の振り方だが、オーハは若い連中はできる限り、部隊に残すようにと言っている。お前はどうしたい?」

 

 ビスマルクの質問にアルマは曖昧に応えた。

 

「隊長の意向のままに」

「みな同じことを言うのだな。若い連中はみなそう言った。ケイリスもそう言った」

 

 ビスマルクは振り返って、壁際にもたれかかっていた兵士を指した。

 

「自分の意見を言わないのが若手の特徴か。だが、私は兵士の意向を尊重する主義なのでな。選択肢を与える。いずれかから選べ。いいな?」

「はい」

「おそらくエーナクライスは解散される。どう部隊再編されるかはわからないが、おそらくそのまま私の部隊に引き継がれると思う。1つは私の部隊に残るという選択だ」

 

 アルマはうなずいた。

 

「次は、別の部隊を志願することだな。若手ならもっと出世を望むこともできる。私もハーグの部隊を自らやめて出世した身だ。若手が参加する研技会で認められれば、中心部隊に参加できるかもしれないだろ。それが2つ目の選択だ」

 

 アルマは同じようにうなずいた。

 

「最後の選択は、軍をやめて外に出るかだな。セレクマとの話がついたなら、おそらくオーハの軍縮に進むだろう。ならば、兵士の幾人かは嫌でも外に出ることになる。それが3つ目だ」

 

 ビスマルクは3つの選択肢をアルマに与えた。

 アルマの中ではすでに答えは決まっていたが、一応3つの選択の意味を考えた。

 

 ビスマルクの部隊にとどまる。おそらく最も無難な選択。エーナクライス部隊のメンバーはほとんど全員がそれを選択するだろう。

 より高みを目指す。実力に自信がある者はそれを選択してもいいかもしれない。しかし、アルマは自分が底辺の魔道士であることを理解していたから、この選択肢はなかった。

 軍をやめる。これもアルマには選択肢にならない。

 アルマにはコネもないし、他の特技もない。ただ、軍の中で軍人として生きて来たから、今更何かできるわけではない。

 医術の心得もないし、新しいビジネスも何も思い浮かばなかった。

 

 だから、アルマは言った。

 

「隊長のとどまれるならとどまりたいと思います」

「そうか、連中と同じだな。最近の若者は上昇志向というものがないようだ」

 

 ビスマルクは飽きれたようにため息をついたが、そういう若者を嫌いではない様子だった。

 

 ◇◇◇

 

 夜中になって、魔動機は停車した。

 軍の規定で、特別な事情がなければ、深夜1時以降の運転が禁じられている。

 夜半の魔動機の操縦は危険を伴うこともある。

 

 特に山道では、転落の危険が常にあった。

 

 山道の途中での停車であったが、オーハは道にいくつもの「停留所」を設けており、山道にも山小屋があった。

 ここは軍の施設の1つだが、一般の者が宿を切り盛りしていた。

 

 魔動機を降りると、兵士らはその宿に入って一夜を明かすことになった。

 

 ちょうど、山を越えた先のレパーラ南西区から行商人が来ており、宿は賑やかだった。

 ビスマルクは行商人の長と長い話を始めた。

 

 アルマは会話の席には参加せず、隅っこで黙々と食事を続けた。

 山菜を和えたものをパンにはさみ、雑にビリーバードの卵を焼いたものが載せられていた。

 オーハの主食ともいえるものであり、この宿でも当たり前のように出て来た。

 モルモンレット海の幸が使われたコーンスープも添えられていた。

 

 ちなみにオーハの軍食には厳しい規定がある。

 

 1食の栄養素が定められている。

 

 たんぱく質 1全

 炭水化物  3全

 脂肪    1全

 

 全はオーハ軍の用語で、「十分」を意味する単位で約35グラムの分量となっている。

 これらの栄養素が整っていなければ、軍食として提供できないとなっている。

 

 かつて、オーハ軍の長期遠征では、栄養失調が最大の課題であり、食糧事情を強化する中で定められた規定だった。

 

 アルマが黙々と食事をしていると陽気な行商人がやってきた。

 

「いやいや、ご苦労さんですな。大変な戦いだったでしょう」

 

 陽気な男はそう言いながら、「どっこいしょ」と声を上げてアルマの隣に転がるように座った。

 

「おたくなんて若いからね。そんな若くして戦死なんてもったいないことだよ。しかし、生き延びれて良かったですな」

 

 男は大きな声で話を振って来た。アルマは無言でうなずいた。

 

「でも、ワシらも大変だったよ。戦時中はこの道も使えないからね。検問も厳しくなるから。いやいや、別に密売しているものなんてないですけどな、はっはっは」

 

 男はしゃべり続けた。

 

「レパーラの港も大変だったみたいだよ。クラーケンの襲撃を受けていてね、クラーケン討伐隊が駆り出されていたらしいんだ。ますます商売あがったりだよ」

 

 アルマは商業の話題に疎かったので理解できなかったが、戦争の影響は経済界にも響いていたようだった。

 

「戦争が終わって暇になるんなら、クラーケン討伐隊なんてどうかね。今回の件で港封鎖が営業利益に与える影響をよく理解した者も多いから、高額で雇ってもらえるんじゃないの。いやはや、うらやましいですな、軍人はそういう道もあって。ワシなんて運び屋みたいなことしかできないからね、はははは」

 

 男はそう言いながら、ちっともうらやましがっていなかった。おそらく、この男はアルマの10倍以上の金を手に入れている立場であった。

 

「若者には無限大の可能性がある。戦争も終わったんだ、色々と人生の可能性を模索してみてはどうかね」

「はあ」

 

 男はさんざんしゃべると満足したのか立ち上がって、会食の席を後にしていった。

 

 無限大の可能性。

 アルマには自分の可能性がまったく見えなかった。

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