テリーアの影   作:やまもとやま

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6、鍛錬

 アルマはオーハの憲兵所の寮に戻って来た。

 エーナクライス部隊としてオーハを離れてから久しい帰還だった。

 

 寮には約3000人の兵士が住んでいるが、この寮には1万人以上の兵士が住めるようになっている。

 末端の兵士寮は雑然としているが、王室を構える憲兵所の寮は、メイドをたくさん雇っているので、ゲートをくぐった先からきれいに整っていた。

 

 オーハの兵士の待遇はかなり恵まれているが、どの国も兵士の待遇には厚い傾向がある。兵士のクーデターを阻止するために監査をたくさんつけるより、待遇を良くして反乱する必要性をなくしてしまったほうが安上がりという理論が成立している。

 

 アルマはビスマルクから与えられた部屋に入った。一人で1つの部屋が使えるだけでも、テリーアにいたころに比べて恵まれている。

 しかし、がらんどうとした静かな一室に立ち尽くしていると、心が虚無感に包まれてしまった。

 

 アルマは土産として持ち帰ったテリーアの花を部屋に飾った。

 静かな部屋の中、アルマはしばらくその花を見つめていた。

 

「テリーアか……また戻りたいな」

 

 アルマはそうつぶやいた。再び、テリーアに行きたいと言う兵士はアルマを除いて誰もいなかった。

 

 ◇◇◇

 

 アルマは翌日からさっそく鍛錬に復帰した。憲兵所はタイムスケジュールで成り立っているので、毎日のように憲兵所のロビーにスケジュールの書かれた張り紙が出される。

 新規鍛錬と継続鍛錬と2つに分かれている。

 継続鍛錬は現在継続して行われている鍛錬のことであり、それに参加する場合は中途参加として合流することになる。

 新規鍛錬は新しく今日から始められる鍛錬を意味している。

 すべてのプログラムは部隊ごとに参加するのが決まりなので、アルマは隊長のビスマルクが決定を下すまではロビーでのんびりして待つほかなかった。

 

 オーハの鍛錬はいくつかのプログラムに分かれており、その詳細も張り紙に詳細に書かれていた。

 

 オーハ・クオーツ山の鍛錬、憲兵所の鍛錬、魔動機クエストの鍛錬などなど、色々なプログラムが出ていた。

 それぞれのプログラムに合わせて集合場所が違っている。

 

 アルマがロビーでたたずんでいると、ビスマルクがやってきた。昨日と少し雰囲気が変わっていた。昨日までは、エーナクライス部隊として実戦に従事する隊長としての姿だったが、今日は隊長の日常の姿だった。

 昨日よりもカジュアルに髪をまとめていた。

 ビスマルクは張り紙を5分ほど凝視した後に、ロビーにいた部下を集めた。

 

 エーナクライス部隊は一応解散となり、幾人かは部隊を離れたが、若手の兵士はいずれもビスマルクのもとに残る決断をしていた。

 16人の若手がビスマルクのもとに集った。内訳は男性が7人、女性が9人。全体の7割が女性という魔道士の世界にあって、少し男性が多くなっていた。

 ビスマルクのもとにとどまりたいと思った者は男性のほうが多かったということを意味していた。

 

 スケベ心を持っている者もいただろうが、男性が多くとどまった背景には、魔道士の力は女性のほうが高いという原則がある。

 魔力の高い女性はよりよい待遇を目指して部隊を抜けていく者も少なくなかった。

 ビスマルクも上位の隊長ではあるが、ビスマルクよりも上位の隊長も他に多くいて、美人の隊長というだけなら、「鉄斬」の異名を持つスラーンドや「消滅波動」の名手であるラズムなどもいる。

 

 魔力の低い男性は高望みせず現状維持で安定を図ろうとする者が多かったために多くがビスマルクのもとにとどまった。

 

「昨日は眠れたか?」

 

 ビスマルクの質問にイエス、ノーに関わらずみな「はい」と口をそろえた。

 

「皇帝の命令はまだ出ていない。しばらく鍛錬に従事することになる。諸君らに、従事したい鍛錬が何かあれば要望を聞くぞ」

 

 ビスマルクは部下の意見を引き出そうとしたが、ビスマルクのもとに残った者はいずれも従順なタイプだったため、意見する者はいなかった。

 なので、ビスマルクが名指しした。

 

「マーベル、お前は火炎魔道術をもっと伸ばしたいと語っていたな。ならばクオーツ山に向かいたいか?」

「は、はい、私は隊長の意向に従いたいと思う所存でございます」

 

 名指しされたマーベルは自分の意思を述べなかった。メガネをかけたおとなしそうな女性の魔道士だった。

 

「ケイリス、お前は?」

「はっ、隊長の意向に従いたいと思います」

 

 ケイリスも同じように答えた。ビスマルクはため息をついた。

 

「ならば今日のところは憲兵所でリハビリと行こうか」

 

 ビスマルクは最も無難な選択をした。

 

 ◇◇◇

 

 憲兵所は広い草原の先まで続いている。広い草原、そして見上げれば、王室というクラシックな鍛錬施設となっている。

 すでに多くの兵士が鍛錬に出ていた。

 

 鍛錬は法によって厳密に定められている。

 憲兵所での訓練では、魔道レベル4までに制限しなければならないとされている。

 魔道レベルはオーハが定めたものであるが、他国もそれと同様にレベルを定義している。

 

 一般に以下のようになっている。

 

 魔道レベル1 人体に危害を加えることがない魔道術を分類する。

 魔道レベル2 警備レベルの魔道術を分類する。

 魔道レベル3 正当防衛において最低限度の魔道術を分類する。

 魔道レベル4 特別な注意がなければ殺傷範囲を含む魔道術を分類する。

 魔道レベル5 明確に殺傷範囲を含む魔道術を分類する。

 魔道レベル6 施設破壊攻撃範囲を含む魔道術を分類する。

 魔道レベル7 ギルド破壊攻撃範囲を含む魔道術を分類する。

 魔道レベル8 疫病を含む長期的影響範囲を含む魔道術を分類する。

 魔道レベル9 学術的に定義が完了していない範囲を含む魔道術を分類する。

 

 レベルが上がるごとに魔法はその力を高める。憲兵所では明確に殺傷する魔法を使用することができない。

 また、オーハでは魔法を魔道術と記すことが多いが、同じ意味として扱われる。

 

 アルマは先ほど名指しされていたマーベルと対面して鍛錬することになった。

 憲兵所での鍛錬は魔動機を使った対人術を扱う。

 

「アルマ、あなたとの立ち合い3度目ですね。私のことは覚えていますか?」

 

 アルマはうなずいた。うなずいたが、マーベルのことはこれまで意識したことがなかった。

 エーナクライス部隊として共に戦ったとはいえ、アルマはわざわざ部隊の一人一人と深くかかわらなかった。

 

「それではよろしくお願いします」

「お願いします」

 

 両者は頭を下げた。

 アルマは魔動機を構えた。手につけられたブレスレットが輝くと、アルマはその手に炎の剣を握り締めた。

 この魔道は炎の力によってレベルが変わるが、アルマの生み出した火炎はレベル2相当である。火を斬っても、重症化してもやけどで済む程度である。

 マーベルも同じように炎の剣を握り締めた。

 

 マーベルが踏み込んだ。

 右へのクロスステップ。ただのステップではなく魔法によって強く加速されていた。

 

 アルマはディフェンスの基本で剣を構えると、マーベルの剣を弾いた。

 相手の剣を受け止めるのが許されるのは初心者まで。

 それなりの兵士になると、基本は相手の攻撃は弾く。感覚としては押し込んで魔力の流れを後方に押しとどめるイメージとなる。

 

 弾くと、アルマの体は大きく右側に流れた。少し足がもつれたが、アルマは視界だけはしっかりとマーベルを捉えていた。

 マーベルの追撃もしっかりと対処して、距離を置いた。

 

 魔道レベル3程度までだと、ディフェンスが優勢になるから、簡単にどちらかがやられるということはない。

 アルマは剣を構え直した。

 マーベルが今度はそちらから来いと誘ったので、アルマはマーベルと同じく鋭くステップを刻んだ。

 

 マーベルの癖は右にステップを踏むが、アルマは低い姿勢から下から上へ突き上げる攻撃を基本としている。

 このあたりの型は人によって、あるいは魔法の種類によって変わる。

 

 アルマは流派としては「十字火炎」で鍛錬してきた。

 この型は昔からあるオーソドックスなパターンで縦の動きを重視したパターンである。

 特徴としては低い姿勢から攻撃するので、相手の魔力の流れが上から下という循環になる点だ。

 魔法の世界では魔力が下方に向くことを「悪循環」と言う。

 魔力は下から上がベストである。なので、他の兵士を見ても、みながみな低い姿勢から剣を上方に跳ね上げる動きを取っている。

 上段に構えて上から剣を振り下ろす者は少ない。これは悪循環を避けるためだ。

 

 ただ例外もいて、例えばビスマルクなどは悪循環の使い手として知られている。悪循環を好む者は異端児と言われやすい。

 

 アルマは十字の構え一徹でやっていた。

 アルマが切り上げると、マーベルはうまくそれを弾いた。

 

 実力に大きな違いはなかった。

 

 お互い繰り返し打ち合った後、魔力のわずかな乱れを逃さなかったマーベルがアルマを斬りつけた。しかし、レベル3の魔法程度だと、オーハの兵士がまとう制服にはびくともしなかった。

 

「強いな、敵わない」

 

 アルマはムキにならず負けを認めて立ち上がった。

 

「私の方が運がありましたね。立ち合いありがとうございました」

 

 最後はお互い礼をした。

 


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