現在マスキュラーと俺の距離は大体二十メートル程であるが奴は恐らく一瞬でここまで距離を詰めることができる、対して俺はマスキュラーに一発殴られて肋骨を負傷していてなんとか立てる程度、どう考えたって圧倒的に不利である。しかし、ヒーローが助けに来る様子は一切ない上に奴の移動スピードを考えるとどうやったって逃げることは出来ない。立ち向かうしかないのだ。
奴の筋肉は張り詰めすぎている影響か常に筋繊維がブチっブチっと音を立てながら張り裂けているが裂けたそばから筋繊維を張り直している、奴が本気で殺しにきていることが見て取れる、そんなことを考えていたらこちらへ歩きながら奴が口を開く。
「俺も本気なんだ、お前も本気で来いよ!」
「弱くてすまないね、実はこれが全力なんだ」
そんなことを言い返しながらも俺も立ち上がって迎撃の準備をする、流石にそろそろ助けが来るだろう、それにしてもヒーロー来るの遅すぎでしょ、ウォーターホースしかこの町にはヒーローがいないの?それとも職務放棄?
「──俺が言ってんのは"本気"だぞ?」
「え?だから全力だっ「そういうことじゃねぇ」」
歩いてこちら側に近づいてきたマスキュラーが急に足を止め、俺の言葉を遮り話し出してきた、さらに奴は口を開く。
「俺は
「できねぇって分かって言ってるだろ」
「ハハハッ、何言ってんだよ、やれば良いだろ?俺も殺す気でいってんだからよ……アドバイスは終わりだ、そろそろいくぞ」
そうして、またマスキュラーは先ほどと同じように突撃の構えをとる、同じような動きしかしないなとは思うが実際これが1番きつい、今度は反応できるようにしっかりと目を凝らす、恐らくだがもしまた重い一撃を受けたら俺は死ぬ。
「──ッラァ!」
BUNP‼︎
「あ゛あ゛ッ」
くそっ頭が変な声出る程いてぇ、周りの水──ウォーターホースが出してた──も吸って出来るだけパワーを強化した触手で奴の肩を止めた、攻撃を受け流すことができないくらいの速さだったので受け止めることしかできなかった、さらに触手を生やして奴の体に絡み付かせて拘束しておく。打撃と刺突じゃ奴の筋繊維の装甲は突破できない──そもそも攻撃に使う思考領域もない──ので攻撃はしない。
「舐めんな!」
「くそっ拘束抜けるの早すぎだろっ!」
マスキュラーは筋繊維をさらに纏って触手を全て引きちぎってしまった──馬鹿力めっ!──しかしあの量を纏うのは流石にキツイらしく苦悶の表情を浮かべていた。また、追加で纏っていた筋繊維も一瞬で裂けてしまい先程の突撃する前くらいの筋繊維の量となった。どうやら筋繊維が裂ける速度と張り直す速度が丁度釣り合う限界があの状態らしい。さらに見るにあの状態もかなりキツそうである、きっと筋繊維を張るのにもエネルギーが必要なのだろう。俺がそんなことを考えていると奴は更に拳を振り下ろす。
BUNP!
「──カハッ」
なんとか直前に触手で威力を軽減することができたが勢いよく吹き飛ばされてしまい地面の瓦礫で脇腹をザックリと切ってしまった、服の穴から結構な血が出てるのが見える。くそっ、この痛さ奴にも与えてやりたいくらいだぜ……ん?良い案が思いついたかもしれない、できなかったら多分死ぬがヒーローは全然来ないから自分で打開するほかない、どうせこのままだと死ぬんだ、一か八かやってみるとしよう。
「ハァ、ハァ、まだ生きてんな、じゃあ次行くぞ」
「もうちょい待ってくれても良いんだよ?」
「待つわけ、ねぇだろ!」
JUMP‼︎
そういうとマスキュラーはこちらに向かって大きく跳躍した、なかなか距離があり突撃はさっき避けられたのでこの方法で距離を詰めにきたのだろう。しかし、今でもたまに訓練と言って梅雨ちゃんと鬼ごっこをしていた俺を舐めるなよ!着地狩りなんて飽きるほどしてきたからな。
CATCH‼︎
ナイスキャッチ!触手は降ってくるマスキュラーをしっかりと捕らえることができた、そのままさっき捕らえた時以上の力で奴を拘束する、もちろん相手もなんとか抜け出そうと暴れるので並大抵の力じゃ抑えることができずに抑えている触手が千切れるがその都度また触手を生やして抑え込む、新たに触手を生やす度に頭の中で花火でも打ち上げているのかという痛みと熱が襲いかかってくるが我慢してやるべき事に深く集中する。
「クソッまたか、ラァッ!」
またマスキュラーが過剰に筋繊維を纏おうとする──今だ!集中しろ、俺大切なのはイメージだ、《メタモル》で硬質化した触手を更に変形させるイメージ、大丈夫、触手の性質でさえ変えられるんだ、変形なんて造作もないだろ?
「《メタモル》‼︎」
「め、めた?なにを──⁉︎」
SLASH‼︎
流石は
ブチブチブチッ!という音を立てて奴の纏っていた筋繊維が全て裂け、奴の身体にも大きくはないが切り傷を与えることができた、あそこからまた新しくさっきくらいの量の筋繊維はまとえないだろう。けれども──
「──ゴホッ、ゲッホ!」
どうやらこっちもかなりピンチらしい、さっきの鉤爪触手を生やした反動で鼻血が出たのと、マスキュラーに殴られた影響が今になって出てきたようで口から血を吐いてしまった、そのせいで顔面が血だらけで不快だ。それにウォーターホースが撒いた水も使い切ってしまったし、そもそも、もう一本も触手が出せないし体もピクリとも動かない、このままだとマスキュラーが動かなくとも多量出血で死ぬなぁ〜。
…………あ、ヤバ、ちょっと思考が回らなくなってきた、ちょっと血を流し過ぎたな。
「……ヘヘヘ、俺ァまだ動けるぞ……最後にお前だけはぶっ殺してやる……」
……どうやら、まだ奴は動けるらしい、纏っている筋繊維も最初の本気を出していない時の量よりもさらに少なく貧弱なものだが防御も回避もできない上に重傷を負っている今の俺を殺すには十分な量だった。あ〜これ死んだなこんな締まらない死に方ある?
「じゃな、ヒーロー!」
くそう、南無三‼︎
BAM‼︎
……あれ、死んでないな、もしや本当に仏様が助けてくれたのだろうか、怖くて閉じてた目を開けてみる。
「すまん!遅れた!」
「……ミルコ?え、ほんもの?」
「ああ、正真正銘ミルコだぞ!」
小麦色の肌に真っ白で綺麗な髪、輝くような赤色の瞳、紛れもなくヒーローミルコであった、助けてくれたのが仏でも神でもなく推しだとは……ああそうだウォーターホースのことを伝えないと……。
「あの……ウォーターホースがむこうに……」
「それはもう大丈夫だぜ、もう病院まで送った、後はお前だけだぞ、よく頑張ったな!」
やっと、やっと終わったのだ、戦いとしてはかなり短かったのかもしれないが俺にとっては永遠にも等しい時間だった気がする、折角憧れの人がいるんだし願い事を言うだけならバチも当たらないだろう。
「あ、サインと……あくしゅ……いいっすか?……」
「もちろん!当たり前だろ?」
まさか握手だけではなくサインも貰えるとは、マスキュラーに殺されそうになった時は最悪だと思ったが、これは黒字だな……。
「あざっす…………少し、寝ます……」
「おう、ぜってーサインやるからそれまで死ぬなよ」
推しに命令されたんだ逆らえないよな、俺はゆっくりと眠りに落ちていった……。