10話「ふたりぼっちのハッピーエンド」   作:FGO太郎

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第1話

僕の名前は坂本龍馬。

この東京で、しがないサラリーマンをしている。

 

お竜さんが僕の元から離れてしまい、あれから暫く経った。

 

沖田くんから聞く限りは、どうやら元気にしているらしかった。

 

作り置きのカレーも、冷凍しておいてくれたおかずも、とっくに底をついて終わってしまった。

 

「...行ってきます」

 

誰も居ない部屋に、そっと語りかけるように声をかける。

 

お竜さんが居なくなり、僕は前の生活に逆戻りしてしまった。

部屋は散らかり放題だし、夜中に洗って干したアイロンがかかっていないシャツに袖を通す毎日だ。

 

手にはガサガサしたビニール袋が二つ。

中身は、コンビニ弁当や惣菜の入れ物ばかりだ。それらを見て、ため息を吐く。

 

お竜さんのお味噌汁が飲みたい。

 

ちょっとしょっぱいし、豆腐はギザギザだったけど。何でも良いから、料理が食べたい。

誰かと、一緒に食事が食べたい。

お竜さんに会いたい。話がしたい。

なんでも良い、声が聞きたいーーー。

 

そんなことを考えながらドアの鍵を閉めていると、お隣さんに出くわした。

 

「...あ、おはようございます」

苦笑いしながら、軽く頭を下げる。

「ちょっと、良いかしら?」

「へ?何か?」

びくりとしながら、手にしたゴミ袋を見る」

「あ、もしかしてこれですか?燃えるゴミの日は、確か今日だったと...」

「違うわよ!」

「じゃ、じゃあ...夜中に洗濯物を回してる音が?」

「だから、違うわよ!あの娘の姿。もうしばらく見てないけど...どうかしたの?」

「え、ああ。...もしかして、お竜さんですか?」

そう言うと、ぎろりと睨まれた。

「もしかして、貴方達別れたの?」

「いや、その...」

どう言っていいのやら。

口籠もったまま俯いてしまった。

「居場所が分からないなら、私が探してあげましょうか?」

「え?いや、それは分かってるんで大丈夫です」

そう言うと、あからさまに不機嫌な顔をされた。

「はあ?なら、さっさと迎えに行きなさいよ!

「...へ?」

「人間の命なんか短いわよ。ぐだぐだしてたらシワシワのジジイなって、本当にあの娘に見向きもされなくなるわよ?」

「いや、でも」

「なによ?」

「どんな顔して謝れば良いか、分からないんです...」

「あの娘に、もう会いたくないの?」

「え?」

「そうやって諦めて、他の男に掻っ攫われていいの?」

「いいや、そんなの...」

 

「そんなの、嫌に決まってるじゃないですか」

 

自分でも、びっくりしてしまった。

 

「なんだ。まだ、そういう気骨はあるのね」

「ええ、まあ...すみません、怒鳴ってしまって」

慌てて謝ると、頭を下げた。

「もしかして、心配してくれてたんですか?」

「別に。朝になる度、くたびれた貴方を見てイライラするのが嫌なだけよ」

 

そう言って、バタンとドアを閉められてしまった。

 

ーーー

 

お竜さんが沖田の家に来てしばらく経った。

バイト代の帰りでは、山にはすぐ帰れそうにない。

なので、家事をやる代わりにバイト代を貰いながら世話になっていた。

 

「ふう、洗濯終わり」

 

やってることは、リョーマの家と変わらない。

だが沖田は、すごくだらしないから世話のしがいがある。

それからよく仕事の愚痴を聞いてやっている。

 

ふと、ドアを見る。

お竜さんは、リョーマが迎えに来てくれるんじゃないかと思っていた。

ドアを開けたらすぐ向こうにリョーマが居て、

「ごめんよ、お竜さん」

そう言って、申し訳なさそうにへらへら笑っている。

 

お竜さんはチョロいから、きっと全部許してしまうだろう。

でも、そんなことは無い。

ドアの向こうにリョーマは居ない。

あれから、何も連絡は無い。

まあ、お竜さんはケータイも無いししょうがない。

 

(リョーマ、ちゃんとご飯食べてるんだろうか...)

 

お竜さんの方からさよならしたのに、思い出すのはリョーマのことばかりだ。

 

リョーマの好きな料理。

リョーマと一緒に行った場所。

リョーマから貰ったもの。

 

一緒に暮らした時間は僅かなのに、思い出が多すぎる。

 

(リョーマもこうして、時々はお竜さんを思い出すのか?いやーーー)

 

沖田がそれとなく話すリョーマの様子は、普段と変わらず元気そうだ。

 

やっぱり、お竜さんが居なくてもリョーマは平気なんだな。そう思うと、辛くて胸が締め付けられた。

 

やはり、人間なんか好きにならなければ良かったんだろうか?

出会わなければ良かったんだろうか?

 

優しくされた記憶が、今はただ辛いばかりだ。

 

この街は、リョーマとの思い出があり過ぎる。

 

ーーー

 

お隣さんに言われたわけではない。

 

いつもいつも、引き返してしまっていただけだ。

意を決して、インターホンを鳴らす。

 

「はーい、どちら様...って坂本さん?」

「沖田くん、ちょっと良いかい?」

「え、ああ。はい」

「...お竜さん、居るよね?」

「それが....」

「迎えに来たんだ。呼んでくれるかい?」

「それが...私もさっき起きたら気付いて。もう、居ないんです」

「えっ?」

 

そうして驚く僕の目の前に差し出されたのは、世話になったとだけ書かれた紙切れだった。

 

「すみません。なにしろ、ついさっき気付いたので」

「...嘘だろ?どこに?」

「多分、山?」

 

山ーーー。

お竜さんが封印されていた場所。

僕らが、初めて出会った場所だ。

 

「そう言えば昨日、部屋のパソコンで何か調べてたみたいなんです。それを履歴を見る限り、あっちに帰る方法だったので」

「じゃ、じゃあ...」

「駅に向かったんじゃないですかね?多分...」

それを聞くと

「ごめん。今日は会社休むよ!」

「え!?サボり?ズルいですよ!」

「会社には、上手いこと言っといてくれる?」 

 

そうして駆け出す。すると、

 

「さ、坂本さん!」

「なんだい?」

「サボりはどうかと思いますけど...今の坂本さんの方が良いと思いますよ!」

 

そう言われ、はは...と苦笑いした。

 

 

「ええと、3番ホーム...ここか」

 

駅のホームに到着すると、次の電車を待っていた。

 

リョーマは、もう

いつまでも沖田の世話になるのも悪い。

だからお竜さんは、山に帰ることにした。

 

色々と思い出しながら、ベンチに座っていた。

ふと、年の初めに行った神社のことを思い出す。

 

「リョーマと来年も、その次もずっと一緒に居たい」

 

リョーマには内緒にしたが、そう願い事をしたのだ。

例え好きでなくても、何も変わらなくとも、側に居たい。

でも、そのお願いはやっぱり無理みたいだったみたいだ。

だってしょうがない、お竜さんはドラゴンだからな。

 

「人間だったら良かった。カエルも喰わない、普通の人間だったら...」

 

リョーマは、もしかしたら好きになってくれたかも知れない。

弱々しくて儚くて、守ってあげたいような女の子だったならば。

でもそれは無理な話だ。

マフラーに顔を埋めると、涙が溢れて止まらなかった。

 

ようやく電車が来た。

あれに乗れば、本当にお別れだ。

多分もう二度、この街には来ないだろう。

そう思うと、ガヤガヤした人混みすら急に愛おしくなる。

 

荷物を持って立ち上がろうとした、その時だった。

 

ーーー

 

駅に着くと、慌ててホームに入った。

スーツ姿の通勤者や学生を書き分け、ようやくお竜さんを見つけた。

 

今まさに、電車に乗ろうとする腕を掴んだ。

 

「お竜さん、行かないでよ」

 

お竜さんはびっくりして、少し困ったような顔をしていた。

 

腕を引っ張ると、人目も憚らずにきつく手を握った。

 

「良かった、見つかって...」

「...リョーマ、会社は?」

「そんなの、サボったよ」

「馬鹿だな、首になるぞ?」

「大丈夫、有給たくさんあるし。なんとかなるよ」

「いや、だって...働かないと、あのおんぼろアパートの家賃払えなくなるだろ?」

「確かに古いけど、ボロは余計だよ。ってそうじゃなくて...」

気を取り直して、落ち着いて言う。

「仕事より、お竜さんの方が大事だ。だから、迎えに来たよ。僕と一緒に、帰ろう?ね?」

 

そう言うが、お竜さんは相変わらず目を逸らしている。

 

「やっぱり、嫌かい?」

「...だって、ずっと迎えに来なかったじゃないか」

「それは......」

唇を噛み締める。

「実は何回か、迎えに行こうとしたんだ」

「...え?」

「でも、嫌だって断られたら怖くて。もう僕なんか好きじゃない、嫌いだって言われたら、立ち直れないからね」

「そんなの、関係ない。離せって」

「いや、出来ないよ。だって、」

 

手を離したら、お竜さんはすぐにでもどこかに行きそうだ。

 

「お竜さん、頼む。行かないでよ」

「...リョーマ」

「行ったら、もう会えない。そうだろう?」

そう尋ねるが、返事はない。

「僕は、お竜さんが居ないと寂しい。寂しいよ。だって、ようやく分かったんだ。だから、ごめん...許して欲しいんだ」

そうして、意を決して話す。

「また、僕と一緒に暮らしてくれないかい?」

「...でも、」

「僕がシワシワのおじいちゃんになって死ぬまで...死体は美味しくないかも知れないけど食べて良いから。だから、どう?」

「...なんだそれ」

「やっぱり、嫌かな?」

「...嫌だ」

 

俯きながらそう言われ、心がぎゅうと痛む。

 

やっぱり、僕らはもう無理なんだろうか。

もっと、僕が素直になれば良かった。

 

一体、どこからやり直せば良かったんだろうか?

あの日、些細なことで口喧嘩をしてしまった日か?

いいや、もっと前だ。

クリスマスだって、伝えれば良かった筈だ。

旅行に行った時にも、言えば良かった。

遊園地の帰りだって、言えた筈だ。

 

本当は僕も、最初からお竜さんが好きだったんだから。

 

今更、もう遅いのかもしれない。

それでも、この手を話せない。

いいや、離したくない。

 

「そんな言い方じゃ嫌だ。もっと、普通の女の子に言うみたいなやつが良いぞ」

「...へ?」

そう言われ、僕は目を丸くした」

「ふ、普通の女の子に言うみたいなやつって???」

「だから!そんな変な言い方じゃ、お竜さんは嫌だ!」

 

そうして拗ねた子供のように、ぷいと顔を背けるお竜さんを見る。

 

「言い方...言い方って?」

「もっと...なんか、ロマンチックなやつが良い。お竜さんだって、一応女の子なんだし...」

「え?ああ、ごめん。分かった、分かったよ...」

 

深く息を吸い込み、口を開く。

 

「お竜さんが好きなんだ。だから、僕と結婚して下さい」

 

頭を下げて、目を瞑って言った。

こんなこと、人前で言うのは恥ずかしい。

まるで、耳まで燃えるように熱い。

お竜さんはしばらく何も言わない。

 

「...フツツカモノですが、お願いします」

 

そう言って、お竜さんも頭を下げた。

 

「...人間の嫁は、こう言うって」

「ああ、そうだね」

「リョーマ、やっと好きって言ってくれたな」

「うん...遅くなってごめんよ」

 

そうして、抱きついてくるお竜さんを宥めた。

周りからはジロジロ見られるし、よく見るとお竜さんは浮いてるし、変なカップルだと思われただろう。

 

でも、僕は幸せだった。

ようやく、好きな人に好きと言えたのだから。

 

 

籍を入れると、指輪を買って渡した。

安物だがとりあえず形式だけでも、お竜さんを娶った証が欲しかったのだ。

 

「...僕の安月給じゃ、式は当分挙げられそうにないからね」

「なあ、リョーマ...」

「ん?」

「お竜さんは、お前が居ればそれだけで幸せなんだ。だから、式とか無くても平気だから。な?」

「お竜さん...」

 

「なあ、リョーマ。ずーっと、こうして一緒に居てくれるか?」

「ああ、約束するよ」

「なら、お竜さんは他に何も要らない。お前さえ居れば、生きててくれればそれで良いんだ」

 

そうして、屈託なく笑う。

 

ドラゴンの寿命は、途轍も無く長い。

それに比べれば、人間の命など瞬きに等しい。

だが彼女は、そんな瞬きを愛してくれたのだ。

そうして、また一緒に生きたいと。

またこうして、僕を選んでくれたのだ。

 

「お竜さん、僕と居てくれてありがとう」

「リョーマ...」

「こるから何があっても、ずっと一緒だ」

 

そう言うと、繋いだ手を握った。

お竜さんは、硬く握り返してくれた。

嬉しかった。でもーーー

 

「お竜さん。僕の手は簡単に折れちゃうから、あんまり強く握らないでね?」

「ああ、すまんすまん」

 

手が痺れてしまい、思わず苦笑いした。

 

僕の名前は坂本龍馬。

東京で、しがないサラリーマンをしている。

 

何の力も何の才能もない、ただの人間だ。

見知らぬ誰かの為に、奔走しない。

世界の為に、自分を犠牲にしない。

至って普通の、どこにでもいる小市民だ。

 

そんな人間に転生したのに、お竜さんはドラゴンだった。

何度生まれ変わっても、変わらずに僕を好きになり、勝手についてきてしまうお竜さん。

 

いつか僕は、お竜さんを一人にさせてしまうだろう。

たくさん泣かせて、悲しませてしまうかもしれない。それは、確かに不幸なことかもしれない。

いずれ来る別れは、絶対避けられない。

だがそれを恐れて暮らすよりも、今を大事にしたい。

お竜さんとまた会えた今を、僕も選んだんだ。

 

まあ、なんやかんやで僕らは今幸せに暮らしている。 

きっとこれからも、僕らは幸せになるに決まっている。

いや、今度こそ、きっとーーー。

 

好きな人が悲しみにくれない未来(ルート)を、僕らはようやく歩き始めたんだ。

 

(まあ、お竜さんは浮いてるわけなんだけどね)

 

 

おしまい!

 

 

ーーーーー

 

オマケ!

 

結婚してからしばらく経った頃...

 

「お竜さん、あのさ...」

「なんだ?」

「そろそろ...その、ずっとふたりぼっちだとちょっと寂しくないかなって」

「そうか?お竜さんは、リョーマが居れば全然寂しくないぞ?」

「いや、そうじゃなくてね...」

 

少し前を歩く、楽しそうにしている親子連れを見る。

 

「ああいうの、良いなぁって思うんだよね。最近」

「なんだリョーマ、もしかして子どもが欲しいのか?」

「え!?いや、その...」

「じゃあ、欲しくないのか?」

「いや、まだちょっと早いかなって。でも、いずれは...」

「確かに。寂しくはないが、賑やかなのも悪くはないかもな...」

 

そう言われ、じっと見つめて合う。

なんだか照れてしまい、頭をかく。

 

「ま、まあ...別に、すぐってわけじゃあないしね」

「そ、そうだな...」

 

互いの手が汗ばんでいるのを感じる。

 

「な、なぁ。リョーマ...」

「...う、うん...?」

「お竜さんは、別に今のままで幸せだ。でも...」

「でも...?」

「お前が、その...そうしたいなら。お竜さんはオッケーだからな...うん...」

 

赤らんだ顔が可愛くて、つい見惚れてしまう、

 

「ま、まあ...気長に考えよう。気長に」

「そうだな...うん...」

 

 

 

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