女性恐怖症のIS   作:概念

1 / 16
追記 6/28 3:10

矛盾があったために内容を修正いたしました。


<第一章>カワルセカイ【突然の変革】 1. 

すべての始まりは母親だった

最初に『その行為』行われたのは、六歳の頃だった

とても久しぶりに母親と買い物に行くことになったので自分ははしゃいでいた

 

自分が歩けるようになる前から両親ともにほとんど家におらず

 

幼稚園に入るころには夜ご飯のときにお手伝いさんが作りに程度だったし

 

もう思い出せないがたぶんその時、嬉しかったのだ。母親と買い物に行けることが

そしてわがままを言った

よくあるお菓子を買ってくれという奴

 

いつも姉と出かけていて何度か買って貰えたのもある

 

そんな他愛のない、たった約百円の本当に他愛のない事に

母親は言った

「男の子なのにわがままを言わないで」

言葉だけならそれこそ日常にありふれている光景だったのだろう

だが、その言葉がつぶやかれたのは

トイレに連れ込まれ

髪を掴まれ

頬を張られ

顔を強かに幾度も殴られたあとだった

泣き喚くと更に暴力を加えられる

その後も母親の暴力は母親が数ヶ月に一度、家に帰るたびに続いた

 

幼稚園も辞めさせられて自宅学習という名の幽閉を敷かれ

 

少なかったが父親がいるときはそのことに気づかせないためか徹底していたのもある

 

父親は仕事で忙しかったためかこの事に気がつかず

一つ年上の姉は留学をしていてそもそも会った記憶すらない

 

虐待から逃れる術を知らない自分は奴隷のように扱われながらも母親を怒らせないようにするだけだった

しかしまるで存在自体が母親を憤らせるかのように・・・実際そうだったのだろう

ことあるごとに虐待を受けた

 

加えてISの操縦者だった母が事故を機に引退して家にいるようになってからの二年間は地獄のような生活だった

買い物を間違える

 

通信教育のテストの点が悪い

 

母親に口を聞く

母親と目が合う

母親の視界に入る

 

それらすべてが暴力の起因となった

 

会うたびに暴力を受ける母には恐怖という感情よりもただただ出会いたくない忌避するというほうが近かったと思う

母親から暴力を受けなくなったのは12歳の時だ

留学から帰ってきた姉がこのことに気がついたらしい

 

その時の自分は1週間のあいだ、ろくな食事を与えられていなかった為ほとんど意識がなかったらしい

母親は逮捕、自分は病院へ、入院すると同時に様々な検査を受けた

 

打撲、骨折、栄養失調etc.etc.etc.

 

様々な疾患が見つかり今でもあざが残るものもある

だけど一番重かったのが・・・

 

「対人女性恐怖症」

かなりの間、友人や知人といったものがおらず、人とのコミュニュケーションを行えなかったため重度のコミュニケーション障害に加えてがこの症状は特に強く現れた

その当時はおおよそ人の女性を見るだけで、目眩から嘔吐、失神を起こした

 

原因は出会った女性を母親と重ね合わせてしまうからである

 

目が合えば頬を貼られ口を利けば殴られる

 

女性という性別を見ただけでその経験がフラッシュバックするのが原因といわれた

それから自分は病院に通い続ける

医師の先生方のカウンセリングによってようやく言葉を交わす程度は可能になった、だが

目を合わせることはできないし、まともな会話に発展させるまではまだ無理だ

これでも3年という時間でここまでこれたと先生は言ってくれた

自己形成が進む段階で虐待を受けていたもののトラウマは一生のこることが多いそうだ

これからもカウンセリングは続いていくだろう

コレが自分「中務 神楽(なかつかさ かぐら)」の過去である

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。