娼館オズマ   作:とりなんこつ

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第二話 横暴な冒険者の話

  草木も眠る丑三つ時――って文句は、娼館には通じない。

 方々に耳を澄ませば睦言や嬌声が聞こえてくるし、朝まで娼婦に酌をさせながら飲み続ける客もいる。

 娼館が静まり返るのは、夜明け前のほんの一時くらいなもんだ。

 

 そんな夜更けになると、一仕事を終えた娼婦たちは決まって俺の部屋を訪れることになっている。

 

「……よし、これで大丈夫だろ」

 

 若い娘の腹部の弾力を感じながら俺が言うと、

 

「本当に効いてるんですか?」

 

 不安そうに聞き返してきたのは新人娼婦のサヤだ。

 

「俺が若いころ齧った魔法でな。こう手を当てて、子種だけを殺すって寸法よ」

 

「……魔法、ですか」

 

「なんなら一種のおまじないみたいなもんだとでも思っておけばいい。だが効果は抜群さ。今までこの店で誰かが身籠ったって話は聞いたことあるか?」

 

 サヤたち娼婦にとっての最大の心配は妊娠ごとにある。

 身体が資本の彼女らにとって妊娠すれば仕事にならないし、誰の子種であるかもトラブルの素となる。

 そうならないために先達から様々な避妊技術を伝授されているが、それでも100%は望めない。

 そこで俺の出番となる。魔法と標榜しているが我ながら説得力のない話だ。

 だが俺の力は、先述したとおり効果抜群である。

 

「よし、次」

 

「はいよ、支配人さん」

 

「クエスティンか。なんだ随分とくたびれてないか?」

 

「なんでもないよ」

 

 そう笑って上着をまくり上げるクエスティン。

 滑らかな腹部と乳房の下あたりまでが露わになる。

 情事が終わってから一風呂浴びてきたのだろう。脂の乗り切った肢体が赤く火照っている。

 その腹部に触れようとして、

 

「痛ッ!」

 

 クエスティンが小さな悲鳴を漏らす。

 よくよく見れば、赤を通り越して黒ずんでいる箇所が見受けられた。

 

「……客にやられたのか?」

 

「馴染みの人に、ちょっとね……」

 

「もしかして例のやつか?」

 

 最近売り出し中の冒険者の姿が脳裏に浮かぶ。

 腕っぷしは確かで羽振りも良かった。ただ、性格はお世辞にも上品とは言えない。

 

「何なら出禁にしてやってもいいんだぜ?」

 

 クエスティンに例の処置をしたあと、腹部に薬を塗ってやりながら俺は言う。

 しかし彼女は首を振った。

 

「あたしだからどうにか捌けるけど、他の娘が相手したら酷いことになるよ? 新人の子なんかきっと壊されちゃう」

 

 性癖の問題かそれともナニがデカいのか。

 どう言葉を返せばいいのか考えあぐね、俺の口から飛び出したのは本心というより感想に近い。

 

「……おまえ、優しいなあ」

 

「冗談。あんな金払いの良い上客、よそさまに渡せないだけよ」

 

 素っ気なくいいはしているが耳の先が真っ赤に染まっている。照れてる照れてる。

 

「おまけに逞しくなったもんだ。ここに初めて来たときはこんなに小さかったのによ」

 

「そうだね。あの頃のあたしは全く初心(うぶ)で純真な小娘だったってのに」

 

 クエスティンは色っぽい流し目でこちらを見た。

 今のあたしは―――と続けようとする彼女の台詞を遮るように俺は言う。

 

「だが、夢は変わってないだろう? あの頃の夢だけは」

 

 ボロボロの服に傷んだ髪。垢塗れの細い身体の少女は、娼婦になると誓約したあと、こう語ったのだ。

 

『たくさんお金を稼いでお店を出したい。綺麗な服がたくさんあるお店を』

 

 おそらく娼婦という職業を詳細に理解できず不安があったのだろう。

 泣きべそをかきながら、それでもその夢だけは笑顔で訴えてきた少女の姿を、ありありと思い出せる。

 

「なによ、そんな昔のこと……」

 

「たかだか十年前のことだぜ? で、どうなんだ?」

 

「忘れたよ、そんなこと」

 

「そうかい。だが俺は、自分が言ったことは忘れてないぜ?」

 

 椅子から立ち上がり、出ていこうとしたクエスティンの足が止まる。

 

「『おまえが辛抱できるなら、俺がおまえの夢を叶えるため必ず助けてやる』ってな」

 

「そうだった、かしら」

 

「確かにおまえは辛抱できるいい女になった。でもな、辛抱し続けるのも限度があるのを覚えとけ。仏の顔も三度までっていうだろう?」

 

「……ホトケ?」

 

「おっと余計なこと言っちまったな。まあ、俺の故郷のえらく慈悲深い神様のこった」

 

「とりあえず覚えとくわ」

 

 クエスティンが立ち去ったあと。

 俺は少し考え込んでから声を上げた。

 

「サイベー」

 

「旦那、お呼びで? っていうか、あたしの名前はサイベージですって」

 

 部屋の隅からぬっと人影が出てくる。相変わらず神出鬼没なやつ。

 

「……おまえ、化粧くせえ上に香水くせえな? いや、むしろ女くせえぞ」

 

「いやー、サマンサちゃんとネイブさんがなかなか離してくれなくて。ついさっきまで三人でしっぽりと」

 

「うちの娘たちを抱くのはいいが、料金は払えよ?」

 

「そこはツケということでどうか一つ」

 

「敢えて聞くが、借金を返すつもりはあるのかてめえ」

 

「もちろんありますよ! ですがすこぶる魅力的な娼婦さんばっかりの職場で働いていて、抱くなってのは無理な相談でして」

 

 ケロリとした顔で言う。

 職場以前に雇った覚えもないんだがな。

 しかしここまで悪びれないと俺も呆れるしかない。

 

「なら、借金のために一働きしてもらおうじゃねぇか」

 

「はいはい、旦那の仰せなら喜んで」

 

 俺はそっとサイベージに耳打ちする。

 無言で頷くとやつの気配が消えた。

 ったく、ドアも開けずにどうやって出入りしているんだか。

 

 元いた世界では、こういう仕事のケツ持ちには広域指定バイオレンス団とかがつきものだった。

 ところがこの世界では、少なくともこの街にそういう組織が存在しない。

 自衛策として娼館同士で廻状を回し情報共有するか、個々で用心棒を雇うのが精々だ。

 俺がサイベージに頼んだのも、その自衛策の一環と言える。

 正直、遅きに失した感もあるが、遅すぎたということはないはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 五日後、例のやつが現れた。

 

「本日もようこそいらっしゃいやした」

 

「おう、今日も世話になるぜ」

 

 慇懃に頭を下げる俺を前にガハハと笑う。

 筋骨隆々の、オーガと見まごう如き体躯の大男。

 冗談抜きで体格だけならうちのコック長と張り合えるかも知れん。

 名はグダン。

 

「どうぞ、こちらへ」

 

 荷物を預かり、俺が手ずから湯殿まで案内する。

 

「僭越ですが、御背中を流させていただきやす」

 

「店主自らか? 珍しいな」

 

 椅子に据え、俺はグダンの背中を丹念に擦る。

 男は黙って背中で語る。

 逆説的に言えば、背中を見ればおおよそどんな男かわかるってのが俺の持論だ。

 

 筋肉の隆起は凄まじい。ゴブリンの首を引きちぎったとの噂も聞くがさもありなん。

 力強く、すこぶる暴力性を感じさせる。

 

 しかし、それだけだ。

 人品とでも言うべきものが見事に欠落しているであろうことを俺は看取する。

 

 だが、特に口に出しては何も言わない。

 この店では、誰もを平等に扱う。

 それが店のルールに逸脱しない限りは。

 

 背中を洗い終えたグダンは大浴槽へと浸かる。

 見届けた俺は他の馴染みの客の背中も流し、忙しく立ち回る。

 そろそろ着換えて娼館の方へ戻ろうかと思った矢先、けたたましい悲鳴が上がった。

 悲鳴は大食堂から聞こえた。駆けつけると湯上りのグダンがいた。

 グダンはジョッキを片手であおり、もう片方の手でハーフリングの給仕娘の尻を鷲掴みにして持ち上げている。悲鳴は給仕娘のものだ。

 

「ちょいとお客人、無体は止めて下さいまし!」

 

「おう、店主か? この娘のちっこい身体に俺のモノが入るかどうか試してみたいのだが」

 

「生憎とその娘はただの給仕です。勘弁してやっておくんなさい」

 

「いーや、せっかくの機会だ、是非試させてもらう。金なら払うぞ。ほれ」

 

 テーブルの上に投げ出された皮袋からこぼれる銀貨。

 そういう問題ではない。俺も痺れを切らして声を張り上げようとする寸前、なんとも妖艶な声が降ってきた。

 

「あら、旦那。ちょっと見ないうちに趣味が変わったのぉ?」

 

 着飾ったクエスティンが階段をしゃなりしゃなりと歩いていくる。

 食堂にいた男どもの視線を一身に集める婀娜(あだ)っぽさ。

 グダンの片手からハーフリングの娘は解放された。

 ぐびりと喉が鳴った音は、決してグダンのものだけではないだろう。

 

「い、いや、そんなことはないぞ。俺はおまえが一番気に入ってるからな」

 

「うふ、嬉しい。それじゃあお酒の続きはあたしの部屋でゆっくりと、ね?」

 

 如才なくグダンの腕を取り、二階の部屋へと誘導していくクエスティン。

 食堂の去り際に、俺に向けて軽いウインク。

 ……いやはや大した玉になったもんだぜ。

 

「ちょっと店長! あたしのお尻、あたしのおーしーりー!」

 

 涙目で不平を漏らすハーフリング娘のメンメを宥め、あとで湿布でも貼っておけと言いつけて食堂はいつもの通常営業へ。

 踊り子のステージも終わり、それぞれの客が目当ての娘と部屋へとしけこみ、あとは食堂で未練たらしく酒を舐める連中が少しだけとなった夜半過ぎ。

 再度悲鳴があがった。

 絹を裂くような悲鳴だ。

 自室で仕事を終えた娼婦に例の処置をしていた俺も、何事かと飛び出す。

 娼館の踊り場に人だかりが出来ている。

 その中心にグダンがいた。

 上半身は裸で赤ら顔。

 グダンの横に、髪を掴まれた娼婦見習いの娘が跪いている。

 無残なことに衣服は破かれ、ほとんど胸が露出していた。

 悲鳴は彼女が上げたものに違いない。

 

「いったいどうしたんで!?」

 

 尋ねる俺に、

 

「どうしたもこうしたもあるか! この女、俺のモノに歯を立てやがった!!」

 

 グダンの唸り声と酒の臭いが渦を巻く。

 

「その娘はもともと見習いでさあ。それは無体ってもんです」

 

「ああん? ここにいる女はみな娼婦だろうが!!」

 

 完全に泥酔しているらしいグダンに、嫌な予感がする。

 

「支配人さん!」

 

 別の娘の呼ぶ声。おそらく二階からだ。

 階段を駆け上がり、その声がクエスティンの部屋から響いてくることに、俺は予感が的中したことを知る。

 真っ青な見習い娘や心配そうな顔でかけつけた隣室の娼婦たちをかき分け、ベッドに横たわるクエスティンの前にくる。

 クエスティンの顔は腫れあがり、青あざが浮かんでいる。

 辛うじて裸体に被さっていた薄絹の隙間から、噛み跡から血の滴る乳房や、青黒く染まった腹部が見て取れた。

 細いしなやかな指が二本、奇妙な形で歪んでいる。明らかに折れている。

 俺は素早く首の脈を取り、呼吸の有無を確認。

 大丈夫、まだ息はある。

 

「今すぐ教会にいって、回復魔法(ヒーリング)の使える坊さんと医者を連れてこい!」

 

「え、でも、支配人さん、こんな時間に…」

 

「断られたら近所の娼館や宿屋を総当たりしてでも回復魔法の使える冒険者を探せッッッ!!」

 

 俺の怒号に、見習い少女たちはたちまち部屋を飛び出して行く。

 お客さまの中に回復魔法を使える方はいませんか!? との彼女らの誰何の声を後に、俺の(はらわた)は煮えくり返っている。

 

 完全に俺のミスだ。

 あんなろくでもない客を娼館に入れてしまった俺の責任だ。

 

 階段を駆け下りると、グダンは未だにクダを巻いていた。

 他の冒険者たちからも遠巻きにされ、さすがにそれ以上の暴挙に出るつもりはないらしい。髪の毛を掴まれた娘も解放されて、ホールの隅ですんすんと泣いているのを仲間に慰められている。

 

「お客人! ありゃあいったいどういう了見で!?」

 

「どういう了見たあどういう了見だ?」

 

 酔漢の眼をじっと睨みつけ、俺は噛んで含めるように言う。

 

「クエスティンのあのザマは、いくらなんでも娼婦の仕事じゃないでしょう」

 

「ああ、アイツはああやって苛めてやると喜ぶんだぜ?」

 

 客によって加虐や被虐の性癖があることは承知している。

 娼婦にもその傾向はあるし、それらを引き合わせる娼館もある。

 だが生憎とうちの店ではその手のサービスは実施していない。

 

「だからってあれは度が過ぎているでしょうよ」

 

 押し殺した俺の声。しかしグダンには届かない。

 

「なのに勝手に気ぃ失いやがった。こっちは金を払ってるってのによ! 不満だから料金ぶんの他の娘を物色して何が悪い!?」

 

 諌めるだけ無駄か。

 そう判断した俺はグダンの腕を取り、ホールの中心から端っこの方へ誘う。

 遠巻きにする他の客に聞こえないよう、声を潜めていった。

 

「では、今日のことはこれで勘弁願えますか?」

 

 俺の掌には金貨が一枚。

 たちまちグダンの眼の色が変わる。

 

「そうだよ、最初からそういう態度でくれば俺も無茶はいわねえよ」

 

 つまもうと伸ばしてくる指をかわす。

 

「ただし、金輪際、うちの店への出入りは禁止させていただきやす」

 

「……まあいいさ。他の店に行かせてもらう」

 

「よその店でもこのような無体を続けりゃ、いずれお客人の利用できる娼館はこの街にゃあ無くなりますぜ」

 

「てめぇ! 廻状でも回すつもりか!?」

 

 激するグダン。しかし、一瞬早く俺の腕が動いている。

 掴んだ先は、いかな男でも鍛えられない急所。

 畢竟、男の喧嘩は、相手の金玉を握った方の勝ちだ。

 さすがに動きを止めたグダンに、俺は囁くように言う。

 

「これを機会に心を入れ替えなせえ。さもないと……」

 

「さもないと? はん、娼館の親仁(おやじ)風情が客の玉を握りつぶすってのか?」

 

「そこまではしやせん。ですがあっしも大昔に魔法を齧ったことがありやしてね。玉は無事でも、このさき一生お客人に子供が出来なくしてしまいやすぜ」

 

「子供だと……?」

 

 性衝動は快楽を求めるが、突き詰めればそれは次代に命を残すための生存本能だ。子供を作れないということは、寿命の短いこの世界ではそれなりに恐怖の対象となる。

 だが、享楽に溺れる冒険者は一笑に付した。

 

「子種が無くなっちまうのはこっちこそ願ったりだ。いくらバラまいても実らせることがなくなるんだろ?」

 

「……改める気はないと」

 

「こちとら金を払っている客だぜ? 金をもらって股を開き、客の都合に合わせるのが娼婦だろう」

 

 半ば絶望し、半ば憤り、俺は最後の説得を試みる。

 

「なるほど、娼婦の渡世は身体を張ってなんぼ。傍目にゃあ(したた)かに見えるかも知れやせん。

 ですがあの娘らの本質はね、辛抱に辛抱を重ねて、小さな希望を胸に抱いて生きるカゲロウみたいなものです。か弱く儚いもんなんですよ」

 

 だから、だから、あまり虐めてくださいますな―――俺の心よりの説得。

 

「………」

 

 グダンは俺の顔をマジマジと見返した。珍妙なものを見るような目つき。

 それから、案の定大笑いしやがった。

 

「うははははははっ!! あいつらがか弱いだって? 店どころか街角に溢れている連中のどこが弱いってんだ!

 しょせん娼婦なんざ、客の干からびた精液を啜って生きる茶羽虫(ゴキブリ)みたいなもんだろうが!!」

 

 言い放ったグダンの身体が緊張する。

 我知らず、股間を握る手に力を込めてしまったようだ。

 

「おう、お客人。いや、てめえ(・・・)の考え方はようく理解できたぜ」

 

「な、ならとっとと離せッ」

 

「時に、子種には二億、三億もの魂が宿るといいやす。多い方では、一回分の子種に六億もの魂が宿るとか」

 

「……おまえ、なにを喋っている?」

 

「冥土の土産に教えてやらあ。

 俺の力は『六億殺し』。六億分の魂を一気に鏖殺出来る、なんとも因果な力でしてね」

 

 おそらくグダンは俺の言っている内容はほとんど理解できなかっただろう。

 だが、それでいい。

 本来ならクエスティンの味わった苦痛の何倍ものお返しをしたいところだが、それはこの腐れ冒険者と同じレベルに落ちるだけだ。

 

「だったら、六億の数の上にもう一つの命が乗っかっても、大した違いはねえってことで」

 

「っ!? お、おい、やめ」

 

 その言葉を吐ききらず、グダンは絶命している。

 おそらく本能的に何か悟ったのだろうが、文字通り後の祭り。

 こっちの世界のあの世とやらでせいぜい後悔するがいいさ。

 

 がくりと力が抜けたグダンの身体を抱きとめる。

 クソ重い。

 が、ここからが俺の芝居の腕の見せどころ。

 

「ちょいとお客人!? いったいどうしやした!?」

 

 騒ぎ立てる俺の周囲にたちまち人が駆け寄ってくる。

 

「卒中かも知れません。そーっと、そーっと!」

 

 客たちの手を借り、グダンの死体を横たえる。

 苦悶の表情が浮かんでいるが外傷はなし。

 ついさっきまで俺と会話をしていたのを周囲の人間が目撃している。

 当の俺が犯人だとはお釈迦様でも気づくめえ。

 

「とりあえずあとでギルドへ連絡しておきやす。

 皆様方はどうぞお部屋へ戻ってくださいやし」

 

 見習い娘たちを指揮し、後片付けも一段落したところ、ひょっこりと黒い影が現れた。 

 サイベージだ。

 

「ありゃりゃ、さっさと旦那が殺っちゃったんですか?」

 

「うちの娘たちを虚仮にされちまったからな。ついカッとなっちまった……」

 

「まあ、それが正解ですね。あと腐れもないようですし」

 

 その言葉に、俺はそっと胸を撫で下ろす。

 サイベージに言いつけておいたのは、グダンの身元の調査である。

 出自や親兄弟はもちろん、冒険者として有名になれば色々な伝手が増える。

 それらの関係者が今回の死を不審に思えば、想像もしていないところから尻に火がつく可能性があった。

 

「孤児院出身。子供のころから腕力が強く、ひどい暴れん坊だったということですよ。冒険者になっても狼藉も性格も改まらず、ギルドも正直手を焼いていたらしいです」

 

 サイベージの報告をまとめると、力の使い方を知らない子供がそのまま大人になってしまった典型だろう。

 それが冒険者として半ば成功してしまったのは運か何かは分からないが、俺があいつに対して心が動いたのは捨て子だったという一点だけ。

 もしかしたら母親は娼婦だったのかも知れない。ゆえに歪んだ憎悪が加虐行為として現役の娼婦たちへと向けられた……。

 何も確証はない。益体もない妄想で、同情するつもりなぞサラサラなかった。

 

 グダンの死体は、翌朝冒険者ギルドから派遣された職員が回収していった。

 どこか適当な墓地に埋葬されるようで、手間賃代わりにいくらか銀貨を包んで渡した。

 

 クエスティンは夜中にも関わらず駆けつけてくれた医者によって診てもらった。

 回復魔法も使える腕っこきだったことも幸いし、翌朝には意識を取り戻した。

 ちなみに医者からはグダンも診てもらったが、彼も死因は卒中であると判断してくれた。

 

 最後に、その晩に泊まっていたお客たちに騒がせた詫びに料金は要らないと告げたが、ほとんどの人が正規料金を払ってくれた。

 騒がしくひどく疲れた夜だったが、客の誠意がしみじみと身に染み、俺の慰めとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「有望な冒険者が娼館で客死、か」

 

 この街では有り触れたニュースだ。

 グダンの死はあっと言う間に街中にひろがり、あっという間に忘れられた。

 窓の外を眺めれば、珍しく雲一つない快晴である。

 

「支配人さん。ありがとうね……」

 

 振り返ると、ベッドの上でクエスティンがはにかんでいた。

 腫れていた顔も痣もほとんど元通りだ。

 回復魔法の甲斐もあって、指の骨折も日常生活にはほとんど不便はない。

 

「もう少ししたら、あたしもまた一生懸命働くから」

 

「………その話だが」

 

 俺はじっとクエスティンの顔を見つめて、

 

「おまえ、そろそろ引退したらどうだ?」

 

「どしたの、藪から棒に……」

 

 目をぱちくりさせるクエスティン。

 

「今回の件で懲りたろう。あんな目にあってまでこんな因果な商売、続けろとは言えねえよ」

 

 冗談抜きで、今回の彼女は死にかけている。医者の処置がもう少し遅かったら、間違いなく後遺症も残っただろう。

 少なくとも何らかのPTSDを発症してもおかしくない。

 

「おめぇが他の娼館の娘や仲間を慮って、あの野郎の責めを一身に引き受けてたことは分かっているんだ」

 

 本来、クエスティンに被虐趣味はない。

 なのに彼女が人身御供のような立場に甘んじたのは、結局のところ俺の掲げた店のモットーのせいだ。

 どんな客でも平等に扱う。誠心誠意サービスする。

 

「それは買い被りすぎだよ」

 

「なんにせよ、もうある程度の金は溜まっているだろう。娼館(ウチ)からも出来るだけ援助するから、大通りに小さな店の一軒も持てるんじゃねえか?」

 

「…………」

 

「考えてみりゃあ、ぼちぼちおまえも引退してもおかしくない歳だし」

 

 娼婦はだいたい15歳で初見世となり、20を過ぎたあたりから引退を視野に入れる。

 馴染みのお大尽に水揚げされる例もあれば、通い詰めた冒険者といい仲になって引退とともに所帯を持つってのもよくあるパターンだ。

 ともあれ、25歳を過ぎてまで娼婦を続けるものはほとんどいない。

 平均寿命の短いこの世界では、娼婦のサイクルもまた短いのだ。

 

 俺は静かにクエスティンの返事を待った。

 しかし。

 

「……嫌だよ」

 

「おい、何で泣く?」

 

「あたし、まだ引退なんてしたくないよ」

 

「いや、だからもう十分やったろうって話で……」

 

「だって、まだ全然支配人に恩を返せてないもの」

 

「…恩だぁ?」

 

 益々俺は困惑してしまう。

 

「何を恩義に感じているかは知らねェけど、さっきもいったが娼婦なんて因果な商売なんだぜ? 適当なところで見切るのが利口ってもんだ」

 

「でも、あのときのあたしには、それしか道がなかった。拒んでいたら野垂れ死んでいただけ」

 

 クエスティンの涙目が俺を映す。

 

「だけど、支配人はそんなあたしを拾ってくれた。温かいお風呂に入れて、新しい服を着せてくれた……!」

 

 ポリポリと俺は頬を掻く。

 

「商品として売り出すんだぜ? 磨いて綺麗にするってェのは、当然のことだろう」

 

「それでも嬉しかった。あんなに優しく、暖かくされたのは生まれて初めてだった。本当に、本当に嬉しかったんだよ……?」

 

 じっと見つめてくるクエスティン。

 

「だからあたしはその時決めたの。絶対にこのご恩は返さなきゃって」

 

「だったらもう十分だ。もう十分にやってくれたよ、クエスティン」

 

 しかしクエスティンは激しくかぶりを振って、

 

「あたしの身体を治すのに、お医者を呼んだんでしょ?」

 

 この世界では回復魔法も医術も希少だ。

 ゆえに腕のいい医師や魔法使いへの報酬は天井知らずになる。

 実のところ、先日の医師へ支払った額は、心付けも含めて金貨50枚は下らない。

 

「たかだか娼婦を治すために、何やってんのよ支配人」

 

 普通に考えればクエスティンの言うとおりだ。

 どう考えても割に合わない。

 だが―――。

 

「仕方ねえだろう。俺ぁ、うちの店にいる娘を本当の娘だと思っている。娘が死にかけりゃあ、何としてでも治してやろうって考えるのが親心ってもんだぜ」

 

 俺の紛れもない本心である。同時に大きな欺瞞も孕む。

 そんな俺の心の裏を指摘したのは、当のクエスティン本人だった。

 艶やかな笑みを浮かべて彼女は言う。

 

「そんな愛娘に男を宛がって稼がせるなんて、本当、ひどい父親」

 

「……ああ、そうだな。とんだ極道、いや外道野郎だ。絶対にいい死に方をしないだろうぜ」

 

 自虐的に俺も笑う。

 年端もいかない娘を見込んでは、磨き上げて男たちの欲望の供物とする。

 やってきたことは慈善事業とはとても言えねえ。

 だが、同時にこうも叫びたい。

 孤児院に受け入れられることもなく、路地裏でひもじい思いをして痩せこけていくだけの彼女たちを、他にどう救う道があったというんだ。

 だが、いくら言葉を重ねても、言い訳は言い訳だ。

 

「俺はきっと死んだら地獄に落ちるな」

 

「……地獄?」

 

「死んだあとに、生前悪いことしたヤツが送られて、延々と苦しまなきゃいけない場所だよ」

 

 こちらの世界の死後の概念は良く分からない。

 教会はあるし、何かしらの宗教と宗派が存在するらしいが、俺は今のいままで無宗教を通している。

 クエスティンも良く理解できないらしく、しきりに首を振っていたが、やがてポツリとこういった。

 

「だったら、あたしも死んだら地獄へ行くよ。あたしの他にも、この店の子たちも、みんな地獄へ行くっていうと思うよ?」

 

「おいおい、なんでそうなる?」

 

「だって、支配人のしてきたことが悪いことなら、あたしらも全員悪人だよ。それに―――」

 

 クエスティンは笑った。

 それは、自分の夢を語った幼い彼女が浮かべたものに似ていた。

 

「辛い地獄の道行だって、みんな一緒ならきっと寂しくはないって」

 

「馬鹿抜かせ。娘たちを地獄に同道する親なんているか」

 

 俺はぐっと首をもたげ、まっすぐ天井を見上げる。

 

「それよか、おまえたちにはみんな天国に行ってもらわにゃ困るんだよ。

 天国からみんなで糸を垂れて力を合わせ、地獄にいる俺を引っ張り上げてくれや」

 

 まったく、歳を取ると涙もろくなっていけない。

 

 

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