娼館オズマ   作:とりなんこつ

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閑話 ある娼婦見習いの話 2

 ベッドから降りて、肌着の上に仕事着でもある黒いワンピースを着ました。

 そして、同じ部屋の子たちを起こすところから、わたしの朝は始まります。

 

「ほら、マリィ、メリィ、起きて。朝だよ」

 

 わたしと同じくらいの年齢の双子の二人。

 それぞれのベッドがあるのに、いつも二人で一つのベッドに眠っています。

 

「……んにゃ? ふわああ、おはよう、ロサ」

「んん……。ロサ、おはよー…」

 

 まだ寝ぼけているみたいな二人を手伝って、ワンピースに着替えさせました。

 それから二人と一緒に夕べ汲んでおいたタライの水で顔を洗うと、まずはベッド周りの片づけからです。

 シーツをピンと伸ばして、毛布もしっかりと四隅を整えてたたんで。

 窓を開ければ、うっすらと空が青くなってくるところ。

 中庭から入ってくる空気はしっとりとしていて、鳥さんの鳴き声も聞こえて、うん、今日もいい天気みたい。

 

 わたしが毎朝の日課としているお人形の髪の毛を整えていると、部屋のドアがトントンとノックされました。

 

「おう。みんな、起きたか?」

 

 入ってきたのはオズマさんでした。

 そしてオズマさんを見るなり、マリィとメリィが飛びついていきます。

 

「あ、おとーさん、おはよう!」

「おはよう!」

 

「おうおう、二人とも今日も元気だな」

 

 嬉しそうに双子の頭を撫でたあと、オズマさんはわたしの方を見ました。

 

「お、おはようございます、店長さん……」

 

 オズマさんはこのお店の店長さんだそうで、そう呼ぶように言われています。

 

「ん、おはようさん。挨拶ってのは大事だぜ?」

 

 そういって頭に手を伸ばしてくるのですが、人形を抱えて身を引いてしまうわたし。

 オズマさんは照れ臭そうに伸ばした手を引っ込めてぼりぼりと頭を掻くと、部屋の中を見回します。

 それからベッドの傍まで歩いていって、わたしたちに向かって言いました。

 

「よし。寝具はしっかりと畳んであるな。合格だ」

 

 マリィが不思議そうに首を捻ります。

 

「でも、おとうさん。この部屋はマリィたちしかいないのに、キチンとする必要があるの?」

 

「何事も見えないところが大切なのさ。確かにてめえの目しか届かないんであれば誤魔化し放題出来るだろうけど、そういう不調法を続ければ、今度はみんなの前でも無様を晒しちまうってもんだ」

 

「ふーん……?」

 

 メリィも一緒に首を捻っているけれど、わたしもオズマさんのいう事が良く分かりません。

 

「っと、わりいわりい。おめえらにはちょっと難しかったかもな」

 

 オズマさんは苦笑しながら懐から小さな包みを三つ取り出すと、

 

「ほれ、朝飯だ。夕べの残りもんで悪いが、しっかり喰ってしっかりと働くんだぞ」

 

 渡されたのは、冷めたパンに昨日の料理を挟んだもの。

 オズマさんは悪いとは言っていますけど、村で暮らしていたころの朝食は、薄い味付けのスープに小さくて固いパンの欠片をかじるくらいでした。

 それに比べたら、こんな具沢山のパンは朝からごちそうです。

 

 あ、今日もお肉の切れ端が入っている。嬉しいな……。

 

 わたしが夢中で味わっていると、いつの間にかオズマさんは部屋からいなくなっていました。

 マリィとメリィは食べ終えるなり、わたしの肩をずんずん押します。

 

「ほら、早く早く~」

 

「先に中庭にいっちゃうよー?」

 

「わ、わかったからちょっと待って……」

 

 もっとゆっくり食べたかったのに、残りは口に押し込んで中庭へと向かいます。

 お口をモゴモゴさせながらはお行儀が悪いけど仕方ないですよね。

 

 わたしたちの住んでいるのは〝離れ〟と呼ばれる別の建物で、そこと中庭を囲むようにコの字型でお店が建っています。

 中庭には井戸や丸い池があって、その周辺は真っ白な花でいっぱいです。

 わたしたちが朝に一番最初にする仕事は、このお花を摘むことなんです。

 

「綺麗な花だよねー。それにいい匂いもするねー」

 

「まぐだりあ? って言う名前なんだって」

 

「何に使うんだろ?」

 

 おしゃべりしながら大きく花のひらいたものを選んで、茎をハサミをでちょきん。

 カゴがいっぱいになるくらいに集めたら、噴水の縁の所に座って今度は一枚一枚ていねいに花びらをむしります。

 こちらもカゴいっぱいになるくらいに花びらをむしったころには、お日様もすっかりと顔を出していました。このころになるとお店の方のガヤガヤと賑やかになります。

 

 一休みして三人で井戸の水を飲んでいると、お店の方から黒い格好の男の人たちが出てきてわたしたちを手招き。

 にっこりと笑う男の人はサイベージさんです。

 

「ではお嬢さん方。お風呂掃除に参りましょうか」

 

 お風呂掃除はわたしたちのもう一つの仕事で、これはとても大変です。

 仕事着の裾を結んで、まずは床から磨いていくんですが、すぐに汗をかいてしまうので、マリィとメリィなんかとっくに仕事着を脱いで肌着だけだったり。

 床を隅々まできれいにして、汲んであったお湯で流していると、サイベージさんが言ってきます。

 

「あたしは排水溝をするんで、ロサちゃんたちは湯舟の中をお願いしますね」

 

「はい」

 

 とっくにマリィとメリィは湯舟の中で、残ったお湯とせっけんで泡まみれでした。

 

「もう! ちゃんとしようよ…」

 

 大きな湯舟の中で床を磨いているのはわたしたちだけではありません。男の子も何人か一緒に掃除を頑張っています。

 齢はきっとわたしたちと同じくらいで、わたしたちみたいにお店に住んでいるんじゃなく、近所から通ってきているみたい。

 ずっとしゃがんでいると腰が痛くなるので、最後はほとんど四つん這いで湯舟の底を磨き上げれば、ようやくお風呂掃除もお終いです。

 温泉が出てくるところからお湯を出して、残ったせっけんと汚れを流します。

 流し終えてキレイになってからようやく温泉をためるのですが、湯舟いっぱいにたまるのには一時間くらいかかります。

 その間に、カゴと棚がいっぱい並んでいる脱衣室のゴミを拾って、床を拭いて、しっかりとお掃除しました。

 そうしてから、いよいよお待ちかねの時間がやってきます。

 

「それじゃ、お嬢さんたちお先にどうぞ」

 

 サイベージさんが言い終える前に、マリィとメリィは裸ん坊になって歓声を上げて浴室に。

 自分たちが綺麗にしたお風呂に一番最初に入れるって、すごいですよね。

 それに、サイベージさんと男の子たちは男湯の方に入るそうなので、女湯はわたしたち三人だけ。

 

「こら、マリィ。まだ髪にせっけんがついているよ! 

 メリィも、ちゃんと身体を洗わないで湯舟に入っちゃダメ!」

 

 せっかくきれいに掃除したのに、自分たちでよごしちゃもったいないですよね。

 

「うー、ロサ、うるさ~い」

「うるさ~い」

 

 飛び込もうとする二人の肩をおさえ、ゆっくりと湯舟へと入ります。

 そのたびに、「夢を見ているんじゃないか」と思うくらい贅沢に思えるんですけれど、温かいお湯の感触はやっぱり夢じゃありません。

 毎日お湯をたっぷりと使ったお風呂に入れるなんて、村で暮らしていたころには想像もしませんでした。 

 

 気持ち良くて、このままずっと入っていたいな、と思うのもいつものことなのですが、あまり長い間はいられません。

 なぜなら、これからお店で働くお姉さんたちや大人の人たちが入ってくるから―――。

 

「あら? そこにいるのはロサちゃん?」

 

 声に振り向けば、裸のペリンダさんがこちらに向かって歩いてきます。

 

「す、すみません! いま出ますから!」

 

 わたしが急いで出ようとすると、ペリンダさんはおかしそうに笑います。

 

「そんなに慌てなくてもいいわよ。それにちょうどいいわ。ワタシの背中を流してくれないかしら?」

 

 

 

 

 というわけで、ペリンダさんの背中を洗うことになってしまいました。

 

「それじゃ、お願いね」

 

 ツヤツヤの巻き毛に真っ白い背中。ほんとうにきれいで見惚れてしまいます。

 なんだか触るのも恐れ多い気分になってきました。

 

「ん? どうしたの? 早く洗って?」

 

「は、はい!」

 

 ペリンダさんのお肌はとてもすべすべです。せっけんも使ってないのにすべすべです。

 

「……ああ、気持ちいいわ」

 

 なんだか熱っぽい声で、胸がドキドキしました。

 背中から横にはみ出したおっぱいもとても大きくて―――わたしも成長したらこれくらい大きくなるのでしょうか。

 自分のぺったんこな胸を見ていると、湯舟でバシャバシャと大きな音が。

 見れば、マリィとメリィは互いにお湯をかけあってまだ遊んでいます。

 

「もう、あの子たちったら!」

 

 わたしが頬を膨らませると、ペリンダさんがこちらを振り向いて笑いました。

 

「良いのよ、可愛いじゃない。でもね、ワタシは構わないけど、いい顔をしない子も店にはいるから気をつけなさいね?」

 

 だからといってペリンダさんに甘えているわけにも行きません。

 ペリンダさんの背中を流してマリィとメリィの二人をどうにか湯舟から上げたところに、ちょうど他のお姉さんたちも入ってきました。

 

「それじゃ、ロサちゃん。ありがとね」

 

 ペリンダさんに見送られて脱衣所へ。

 あらかじめ準備しておいた新しい肌着は、お日様の匂いがして気持ちいいです。

 急いで髪を拭いて、次に向かったのはお店の食堂です。

 びっくりするほど広い食堂にはたくさんのテーブルと椅子。

 壁一面にはステージがあって、二階へ向かう大きな階段はこちらにも広い踊り場があります。

 そして何より、広間の中心に調理場があるのは、初めて見たときは本当にびっくりしました。

 そこで働いている料理人のゲンシュリオンさんにも驚きました。6本も腕のあるヘカトンケイルなんて種族の人を見たのは初めてでしたから。

 

「あ、やっと来た~。ほら、お皿を配ってちょーだい!」

 

 そう声をかけてきたのはわたしたちくらい背は低くて、それでもお店の大先輩のメンメさんです。

 給仕長をしているメンメさんはハーフリングという種族なので、背丈は子供ぐらいで顔付きもわたしたちと変わらない感じなのですが、本当の歳は幾つなんだろ……?

 

「―――コラ、ジャリたれ。今、何考えた?」

 

「い、いえ! なんにも!?」

 

「……そお? ならいいけど」

 

 時々、とても怖いと思うメンメさんです。

 

 お皿と食器を配り終えるころになって、二階からぞくぞくとお姉さんたちが降りてきます。

 みなさんはクラエス姉さんより年上で、とても綺麗な人たちばかり。

 次々と席に着くなか、わたしたちはスープやサラダを盛りつけたお皿を持って次々と運びます。

 これはサヤさんたちも手伝ってくれます。

 最後に、近所のパン屋さんから買ってきた焼き立てのパンが配られました。

 わたしたちの席は一番端っこで、急いで椅子に座ったところでオズマさんもやってきました。

 

「おう。今日も全員顔を揃えているな? 具合の悪いヤツはいないな?」

 

 はい! と食堂にいたみんなが返事をします。

 満足そうに頷いてオズマさんも椅子に座ると、両手をピタリと合わせて顔の前へ。

 

「それじゃあ、頂きます」

 

 頂きます! とみんなも同じように両手を合わせます。

 村でもしたことのないお作法なのですが、このお店ではこれが決まりなんですって。

 それから、みんなして朝ごはん―――わたしたちにとってはお昼ごはんなのかな? を食べます。

 ゲンシュリオンさん特製のスープは、具がたくさん入っていてとっても美味しいです。

 野菜のサラダも新鮮で、パンも真っ白で焼きたてのふわふわです。

 村でも滅多に食べられないくらいのご馳走が、オズマさんのお店では毎日食べられるのです。

 

 食堂を見回すと、さっき一緒にお風呂掃除をした男の子もたくさんいて、すごい人数ですね。

 これだけの人が働いているお店は、お風呂屋さんでもあり、食堂でもあり、〝しょうかん〟ということでもあるらしいのです。

 このお店に来てから一ヵ月は過ぎたはずなのですが〝しょうかん〟という意味がわたしには良く分かりません。

 サヤさんに訊ねたら、恥ずかしそうに『男の人と女の人が一緒に寝るところ』と教えてくれましたけれど。

 うちではお父さんとお母さんも一緒のベッドで寝ていたから、やっぱり宿屋さんなのでしょうか?

 

 ……お父さん、お母さん、元気かな……。

 

 お昼ごはんが済んだら、今度は食堂やお店の掃除をします。

 お店はとても広いので、サヤさんたち〝見習い〟と呼ばれるお姉さんたちに教えてもらって一生懸命お掃除を手伝います。

 それから汚れ物を運んだり、新しいシーツを用意したり、ゴミを運んで片付けたり、ちょっとした洗濯物を干したり、取り込んだり。

 

 夕方になる頃にはへとへとで、その頃になるとサヤさんたちは忙しそうに二階へと上がっていきます。

 入れ替わるように食堂のゲンシュリオンさんに手招きされると、お皿にのった料理を渡されました。

 わたしたちの夕飯です。これまた出来立ての料理で、お風呂と同じくらい楽しみな時間なのです。

 

「ほら、さっさと食べてしまいな」

 

 見た目とは違ってとっても優しい声でゲンシュリオンさん。

 マリィとメリィと一緒にスプーンで食べる料理は卵料理が多いです。そしてそれは舌がとろけそうになるほど美味しくて美味しくて。

 

 ゆっくりと少しずつ食べたいわたしですが、ゲンシュリオンさんにもさっさと食べろと言われてはそうも行きません。

 もったいないと思いながら食べ終えると、後は〝離れ〟に戻されてしまいます。

 

 それから明日の着替えを用意して、歯を磨いて、仕事着を脱いで寝る支度をします。

 買われてきたばかりの頃はもっと夜遅くまで働かせられると思っていたのですが、村にいたころより早く眠るように言われていました。 

 オズマさんが言うには『子供は寝るのが仕事!』なんですって。

 

 ベッドに横になるとすぐに瞼が重くなります。

 大事に人形を抱きしめ、遠くお店の方からのざわざわとした人の気配を感じながら、わたしは眠りにつくのでした。

 

 

 

 




 
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