娼館オズマ   作:とりなんこつ

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第二十話 クセの強い冒険者の話

「一目会ったその日から~恋の花咲くこともある~♪ とくらぁ」

 

 鼻歌なんぞを口ずさみながら、俺は夕暮れの迫るヒエロの街を歩く。

 今日は馴染みの酒屋に新酒が入荷したとのことで、さっそく何杯か試飲させてもらっていた。

 おかげでほろ酔い加減の良い気分ってやつで、足取りもフワフワと軽い。

 

 娼館(みせ)に戻る道すがら。

 ちょいと遠周りして門前の噴水広場まで足を向ける。

 今日もなかなかの盛況ぶりで、様々な職種の人間が行き交っている。だからといって全てが生粋の人間というわけではない。

 

 フードを目深にかぶった格好は脛に傷を持つ人間って相場が決まっているが、陽も高いうちからそんな姿で表を出歩くのはほぼエルフで間違いない。長い耳と秀麗な顔は嫌でも目立つからな。

 自分の背丈ほどの戦斧を担いで歩く筋骨隆々のドワーフ。

 その足元をくぐるように、荷物を配達しているらしいハーフフットの男。

 お、あの背中から覗く翼は、珍しい、妖翼族(ハーピー)か?

 

 とまあ、見回せば、異種族というか亜人と呼ばれる連中も結構見かける。

 そしてそれぞれが独自の言語を駆使したりするわけだから、その喧噪は推して知るべしだ。

 

 

 そんな騒めく広場に人だかりが出来ていることに気づく。

 盛大な人流を見込んで大道芸を披露する連中も結構多い。

 

 どれ、見事だったらお捻りでも弾んでやるべえ。

 

 そんな軽い気持ちで人の輪をかき分けると、なにやら中心に細身の男が立っていた。

 

 すっきりと通った鼻梁に切れ長の瞳。

 街路樹にもたれてシナを作る様子なぞ、男と分かっていても腰にゾクッとくるような印象を受ける。

  

 さんざか視線を集めておいて、男はリュートを掻き鳴らす。

 細い指がしなやかに弦を弾く様子に、見物人たちがうっとりとした表情を浮かべて―――うん? ううん?

 

 目を凝らし、「やべ」と俺が思わず口走ったのと、男が歌い出したのは全く同時。

 男にしては高く澄んだ声。ホロホロと物悲しい音を奏でるリュート。

 その取り合わせは完璧にして、男の口ずさむ歌の音程は壊滅的に狂っていた。

 誰もが目を見張り、続いて呪い染みた唸り声と不平不満を訴える。

 ところが男は全く意に介した様子はなく、最後まで朗々と歌い上げた。

 

 終わるまでその場に行儀よく立ち尽くしていた俺は、つくづく酔っ払っていたとしか言いようがない。

 ハッと気づいて慌てて回れ右したが、時は既に遅し。

 

「オズマさん!」

 

 背後から声を掛けられた。

 よく通る声は、聞こえなかったと無視するには無理がある。

 俺がぎこちなく振り返ると、今さっき調子っ外れの歌を披露した男がなれなれしく肩に腕をかけてきた。

 

「お久しぶりです! 今からあなたの店に行こうと思ってたんですよ、ボクは!」

 

「は、ははは。こちらこそご無沙汰しておりやす、スワルニキさん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 スワルニキと一緒に娼館に戻る。

 入浴を済ませ、肌着だけの姿になっても彼は決して愛用のリュートだけは手放さない。

 大食堂に着くなり、ぽろろんと弦を爪弾くと、よく通る声を二階へと向けた。

 

「さあ、愛しの天使たち! その麗しい顔を見せておくれ!」

 

 見た目通りの澄んだ声に、二階からキャーと黄色い歓声を上げたのは、比較的新顔の娼婦たち。

 中堅どころ、もしくはベテランの娼婦たちは、こぞって複雑な笑顔を浮かべている。

 

 俺も心情的には全くの後者で―――っといけねえいけねえ。お客である以上、分け隔てなくもてなさないと。

 気を抜けば苦虫を噛み潰したくなる表情を必死で立て直していると、ちょいちょいと服の裾を引かれた。

 

「支配人さん、ちょっと、なに? なにあの美形!?」

 

 興奮した顔で訴えてくるのは娼婦のマニ。

 

「あいつはスワルニキってな。ハーフエルフなんだよ」

 

「ふぇ~……」

 

 エルフは基本的に一夫一妻主義で、男女の性交を神聖視する慣習を持っている。

 彼らは娼館を利用することはまずなく、同時に彼女たちは娼婦という仕事に就くことはない。

 反面、エルフと人間の間に生まれたハーフエルフたちは、そういった慣習とは無縁。

 今こうやってスワルニキのように娼館を利用する連中も多く、娼館で看板を背負っている娼婦となったハーフエルフも存在する。

 

「ね? ね? あの人の相手に、あたしが名乗り出てもいい?」

 

 マニが目をキラキラさせながら訊いてきた。

 そういやコイツ、面食いだったな。

 確かにスワルニキの容姿は際立っている

 容姿端麗なエルフの血を引いたハーフエルフってのは、ほぼ例外なく秀麗な見た目になる。

 若干耳が短かったりと個人差はあれど、マニは言うに及ばず、十人中十人の女が美形と断言するだろうスワルニキ。

 だけどなあ……。

 

「……まあ、お客人がおまえを見初めてくれたら、相手させてもらえや」

 

 ぞんざいな口調になってしまわないよう気を使う。

 嬉しそうに頷いたマニは、さっそく髪を整え直し、しゃなりしゃなりとスワルニキの視界へと入るように歩いていく。

 そのわざとらし過ぎるアピールの仕方に失笑してしまいそうになったが、それに輪をかけて芝居がった仕草でマニを呼び止めたスワルニキに、正直腹が痛い。

 

「おや? そこを行くのは見たことのない子猫ちゃんかい?」

 

 リュートを抱えたますすっとマニへと近づいたスワルニキ。

 笑顔を浮かべているマニの顎を摘まむと、つと上を向かせて、蕩けそうな甘い声で囁く。

 

「どう? 良かったら、今晩ボクと心行くまで麗しい夢を共有しようじゃないか」

 

「は、はい、喜んで……!」

 

 してやったりという内心を押し隠し、笑顔で応じるマニ。

 ぽろろん、と気障ったらしくリュートを一弦だけ爪弾き、その肩を抱くようにしてスワルニキは俺を振り返る。

 

「それじゃあボクはこの姫と、夢の園へと行かせてもらうよ」

 

「……ええ、どうぞごゆっくり」

 

 でんぐり返りそうな腹筋を気合で引き締め、俺は慇懃に頭を下げる。

 二階の部屋へと階段を昇っていくマニと彼の姿に、見習いや若い娼婦たちは羨望の眼差しを。

 ベテランや年かさの娼婦たちは、俺と同じく心の中で合掌をしていたに違いない。

 

 

 

 

 そんで翌朝のことである。

 

 スワルニキも含めて、先日泊りの客たちを送り出し、どれ俺もそろそろ寝るかと首を巡らしていた時だった。

 

「ちょっと、支配人さん! なに、なんなのあの美形!?」

 

 撒くし立ててくるマニの台詞は昨晩とほとんど同じなのに、内容はきっと真逆だ。

 あの美形、とたっぷりと怨嗟の込められた言葉はもちろんスワルニキを指したもの。

 そのスワルニキは、女好きでも知られている。

 なんせ、うちの店の娘のほとんどを一度は抱いているからな。

 そして、それ以上に有名なのは彼の閨での行動にあった。

 

 参考までに、うちのベテランと称されるレネットやサマンサ曰く、

 

「まあ、変にねちっこい方のお相手するよりは楽ですけど……」

「淡泊な方なんでしょうね。本人が満足されているようですし、それでいいんじゃないでしょうか?」

 

 彼女らなりに最大限オブラートに包んだ言い方をするが、クエスティンなど此処だけの話と前置きはしたものの遠慮なく俺にいったものだ。

 

「あれは下手くそってやつね。支配人さんのいうところの三擦り半ってやつ?」

 

 ……娼婦は、相手の旦那を気持ち良くしてなんぼの仕事だ。

 その余禄というか、娼婦の方も気持ちよくしてもらえたりするのが、いわゆる良い客と言えるかも知れない。

 その点スワルニキは、こと肌を重ねるだけなら、良くも悪くも娼婦にとって楽な客と言えるだろう。

 彼が敬遠される理由は、事を終えたあとの寝物語、いわゆるピロートークにある。

 

「あ? ちょうどおまえさん好みの美形だったろ?」

 

 俺がそう返すと、マニはぐっと言葉に詰まったのも一瞬、盛大に言い返してくる。

 

「そりゃあ見た目は良かったけれど、一回済ませたあと、延々とヘンテコな歌やよく分からない妄想語りを一晩じゅう聞かされる身にもなってちょうだい!」

 

 目の下に濃い隈をたたえたマニに、俺は苦笑で応じるしかない。

 

「まあ客は見た目に寄らねえってこった。どうだ、いい勉強になっただろ?」

 

「……っっ!!」

 

 憤然やるせなし、という格好で、ドスドスと足音も高くマニは引き上げていった。

 娼婦として自分を売り込むのも大事だが、相手を見定めるのはもっと大事だぜ?

 後ろ姿にそっと呟き、俺はふああと大欠伸。

 どれ寝るべ寝るべと寝室へ向かえば、そこにはベッドに端座するエルフが一人。

 俺の女房であるミトランシェだ。

 

 ベッド脇のナイトテーブルの上には、酒瓶と杯が二つ。

 杯の片方は使われていて、その証拠にミトランシェの顔はほんのりと桃色に染まっている。

 トロンとした目を俺に向けてくる様子は、我が女房殿ながら少しばかり色っぽい。

 

「済まねえな、お楽しみのところだったか?」

 

 首はぷるぷると左右に振られた。

 手を引かれベッドに腰を下ろすと、無言で胸に頭を埋められる。

 これは彼女なりの甘えであり、俺の胸は申し訳なさでいっぱいだ。

 

 ミトランシェが娼館で暮らすようになってしばらく経つが、基本的に営業時間中は彼女に支配人室か寝室へと籠って貰っている。

 こういっちゃなんだが、うちの娘どもが残らず霞むような容色だからな。冒険者たちがたむろする大食堂に姿を見せちゃ、どんな騒ぎになるか想像もつかない。

 というわけで宵っ張りで娼館が営業している間、彼女は独り部屋で無聊を囲うことになる。

 慰めになれば、と酒やら何やらを渡しちゃいるが、それでも俺の気は晴れない。

 

「わかったわかった。そろそろ寝ようぜ」

 

 こりゃ一戦交えなきゃ寝つけないかなあ、と俺は覚悟を決めたが、女房殿は無言で空の杯を差し出してくる。

 

「そうか、一杯付き合えってか?」

 

 コクンと頷き、俺の持つ杯に酒瓶の中身を注ぐ。

 先日貰ってきたばかりの新酒の華やかな香りが溢れた。

 

「そういや、夕べきたハーフエルフの客がよ……」

 

 ツマミは、俺の見聞きした四方山話だ。

 嬉しそうに自分の杯を持ちながら、ミトランシェは視線を向けてくる。

 世間的にはまだ早朝と呼ばれる時分の、ささやか過ぎる俺たち夫婦の時間ってやつだ。

 

 

 

 

 

 

 

 冒険者は稼いだ金は何に使う? と訊けば、一番多い答えは自分への投資だそうだ。

 ギルドの新しい依頼や、受けられる仕事の幅を広げ、より稼ぐために装備を整える。

 自分を鍛えるため、剣術道場や魔法道場へと通う。

 そして、飲み食いの代金はともかく、娼館へ通うのも自己投資とうそぶく輩にも事欠かない。

 なんでも男を磨くんだとか。

 

 一見、笑い話にも思えて、これが冒険者の実情であるとも言える。

 そりゃあ計画的に金を貯めて市井で生きる方法を模索するやつもいないこともないが、大半は刹那的で享楽的な連中だ。

 

 悪い言い方をすれば、その日暮らしの根無し草。

 上手い飯を食って、酒を飲んで、女を抱ければ言うこと無し。

 明日の暮らしはギルドの依頼をこなせばなんとかならあ。

 江戸っ子は宵越しの金を持たない、ってのを地で行く生活。

   

 そんな連中も、何かの拍子にがっつりと大金を稼げば、そりゃあ使い切るまで遊び呆けるわけで。

 

 

「オズマさん。今日も来ましたよ!」

 

 喜色満面の笑みをたたえて翌日もやってくるスワルニキ。

 ここ二年ばかり姿を見せなかったのは、南方の未開島まで冒険に出かけていたからとのこと。

 たんまりと稼ぎがあったらしく、それをヒエロの街で使ってくれるのは地域の経済的にも有難かったが、俺の内心は複雑である。

 

「……毎度ご贔屓の程、ありがとうございやす」

 

 どうも彼はことのほかウチの店を気に入っているようだ。

 そりゃ自前の温泉もあるし、こちとら商売である。

 歓迎するのは吝かじゃない。吝かじゃないのだが……。

 

 温泉上がりの彼が大食堂へ入ってくると、なかなかに空気が変わる。

 

「やあ、今日はどの子猫ちゃんと夢の旅を満喫しようかな!」

 

 今日も澄み切った声に、着飾った娘たちが笑みを浮かべたまま、そのほとんどが一斉に視線を明後日の方向へ飛ばす。

 いかにも目があったら終わりだ、と言わんばかりの様子は、まるでババ抜きみたいで笑えない。

 

「……よし! 今日はアリンちゃんに相手をしてもらおうかな!」

 

 どこか強張っていた空気が弛緩した。

 

「申し訳ありやせん。アリンのやつは、今日は三人ほど既に指名が入っていまして…」

 

 俺が頭を下げると、また空気が緊張する。

 

「それじゃあ……うん、君は見たことのない顔だね。君に決めた!」

 

 スワルニキの指さす方向にいるのはルー。

 きょとんとしていたルーだが、「はい」と華が咲くような笑顔で応じている。

 隣で露骨にマニが胸を撫でおろしていたのは目障りだったが、ルーを伴ってスワルニキは部屋にしけこんでその翌朝。

 

「……あの、支配人さん。昨晩のお客の相手は、私にはちょっと……」

 

 目の下を真っ黒にしたルーがおずおずと俺に文句を垂れに来た。

 

 その晩も、スワルニキが来た。

 今度の相手はセルフィ。

 そして翌朝。

 

「なんなの、あのハーフエルフは!?」

 

 血相を変えたセルフィの襲来を受ける俺。

 

「……おまえら、仲良かったんじゃねえのか? 情報共有できてねえのかよ?」

 

 マニ、ルー、セルフィが揃って雁首を並べたところにそう訊ねれば、「死なばもろともよ」真顔で言ってのけたマニに、他の二人が絡んで喧嘩になっていた。

 ……やっぱり仲が良いじゃねえか、てめら。

 

 そんな風に眺めていると、おずおずとクエスティンが俺の前までやってくる。

 

「あの、支配人さん? 例のお客のことなんだけど……」

 

 おそらく娼婦を代表して来たらしいクエスティンの言いたいことなんざ、分かり切っている。

 要は、遠まわしにあのハーフエルフの野郎を出禁か何かに出来ねえかって話だろ?

 

「……とはいっても、デカい被害が出ているわけでもねえんだよなぁ」

 

 娘たちに聞こえないように呟く。

 別に酒を飲んで暴れるわけじゃないし、毎日しつこく同じ嬢ばかりに執着するわけでもない。

 実際に金払いも良いし、品性も、まあまともだ。

 そもそも客の愚痴に付き合うのだって娼婦の仕事である。

 なので人身御供みたいに日替わりで、娼婦を一人差し出せばそれで良い……っていけねえいけねえ。

 それが嫌だからこそクエスティンもこうやって相談に来ているわけだしな。

 

「まあ、アイツ自身、腕は確かな冒険者だから、そこは大目に見てくれねえか……?」

 

 言葉を濁す俺だったが、言っている内容はあながち間違いじゃない。

 エルフの器質を受け継いで精霊魔法と剣術を融合させた技を振るうスワルニキは、ここいらの冒険者の中でもかなりの凄腕だ。

 だけに、冒険者ギルドの覚えも目出度い。

 実際に以前、よその娼館の主が苦情を述べにいったが、やんわりと追い返されたらしいからな。

 

「なら、せめてあの歌だけでもどうにかして貰えないかしら?」

 

 このクエスティンの言い分もよっくと分かる。

 スワルニキ本人も「冒険者より吟遊詩人になりたかった」と公言しており、常にリュートを携帯している。

 しかしながら、その音程というか音感が実に壊滅的なのは万人の知る通りだ。 

 これだけでも大概なのだが、問題は本人にその自覚が微塵も存在しないということ。

 スワルニキ自身は、自分が至高の歌い手だと心の底から信じているのである。

 

 かつて面向かってそう言ったものもいないでもなかった。

 率直に罵倒した冒険者すらいたが、いっかなスワルニキは意に介しようとしない。

 かといって力づくで黙らせようにも、やつはここら一帯の冒険者のトップランカーだ。

 

 かくいう俺も、過去に一計を案じたことがある。

 うちに居着いたサイベージは実に芸達者な野郎で、歌が抜群に上手かった。

 なので以前にうちの食堂で、スワルニキをおだて上げた挙句、サイベージと歌の勝負をさせたことがあった。

 スワルニキの、でかい卵に皹がいって中から飛び出した狂ったドラゴンが四方八方にブレスをまき散らしそうな歌声に対し、サイベージの歌は誰もがうっとりと聞きほれるほど上手かった。

 勝負の結果は誰の目にも明らかだったが、サイベージが歌い終えてから、余裕シャクシャクの顔でスワルニキはこういった。

 

『うん。君の歌もボクには劣るがなかなかだね。もっと精進したまえ』

 

 絶望の表情を浮かべていたサイベージの姿が忘れられない。

 そういや、今日もサイベージの野郎を見てないな。やつにとってスワルニキは天敵だからか?

  

 回想から立ち返れば、物悲しそうな顔つきのクエスティンが目に入る。

 しかし生憎と有効な策は思いつかない。

 

「あれだけの美形で根っ子は紳士なんだ。多少の欠点は見逃してやろうや」

 

 釈然としない風に引き下がったクエスティンだったが、おそらく掛け合っても無駄だろうって覚悟はあったんだと思う。

 世の中には完璧な人間など存在しない。少しばかり抜けている部分があったほうが可愛げがあるとは個人的に思うが、スワルニキの場合はあまりにも長所と短所が極端すぎる。

 

 冒険者を稼業にしてる人間なんて一癖も二癖もあって当たり前だが、つまるところ、クセが強過ぎるんだよな、あいつは。

 

 

 

 

 

 

 そしてその晩。

 大食堂にまたもや緊張が走る。

 

 今日も今日とてやってきたスワルニキは食事中。  

  

 既に他の馴染みなどから指名を受けた娼婦は足早に部屋へと戻っていたが、酌をしたりして指名待ちの娼婦たちは戦々恐々としていた。

 この異様な雰囲気に、事情を知らない他の利用客は首を捻っている。

 客の嗜好や閨でのクセをペラペラと喋るような礼儀知らずはうちにはいないので、スワルニキの悪癖は膾炙していない。なので一般客にはこの空気の変化が理解できないのだろう。

 

「――オズマさん」

 

 食事を終えたスワルニキが俺を呼ぶ。

 

「はい、いかがしました?」

 

 駆け寄りながらと、背中にはヒシヒシと視線を感じる。

 全てがこの場にいる娼婦たちの視線で「こちらに振ってくれるな!」と呪詛染みたもの。

 

 ――だからって、ここは娼館で客をとってナンボだろうが!

 

 内心、俺の方こそ呪いを吐きたい気分に駆られるも、全身全霊を賭けて笑顔を浮かべて見せる。

 

「実は、急な用事が出来たので、今からすぐに街を離れなければならないんです」

 

「へ!?」

 

 そいつはめでてぇ! と思わず口走りそうになってしまう俺。

 ぐるりと目だけを動かせば、たまたま近くにいたマニのやつが手をグッと引いてガッツポーズを決めていやがる。

 どうにか唇を噛んで堪えている俺の前で、悲壮な顔つきでスワルニキは立ち上がると、

 

「そういうわけで、ボクの天使ちゃんたち。また逢う日までみんな元気でいるんだよ!!」

 

「はーい!」

「スワルニキさんもお元気で!」

「また来てくださいね!」

「さよならー!」

「風邪引かないように気をつけてー!!!」

 

  とびっきりの営業スマイルで応える娘たち。

 特にマニたち三人娘なんざ、そろって両手でハンカチを振り回していた。

 

 ……おまえらなあ。

 

 まあ、気持ちは分かるけどよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スワルニキの災禍、と言っていいのか何とも緊迫した日から数日後。

 俺は、支配人室に珍しい客を出迎えていた。

 いや、世間的には珍しくない取り合わせなんだが、業界的には珍しいというか……自分で言っていて良く分からん。

 

「だからさ。偶には二人して、こう、パーっと旅行にでも行って来たら?」

 

 俺とミトランシェを前にこう口火を切ったのは、マリエ。

 普段は幻翆苑という高級娼館を切り盛りする女主人だが、同時に俺たちの娘でもある。

 

 その提案に俺はきょとんとし、ミトランシェのやつの反応が薄いのはいつも通りだ。

 

「おめえ、旅行って気楽にいうけどな……」

 

 この異世界は、元いた現代日本と違ってインフラさえ満足に整備されていない。

 街道から一歩でも離れれば、あるのは人が踏み固めて出来た道に獣道が精々だ。

 その街道だって、デカい穴が開いていてもしばらく放置されていることなんでザラだ。

 おまけに四六時中怪物も出るし、追剥や盗賊なんてのも普通に闊歩しているんだぜ?

 

 つまるところ、この世界に命がけでする『旅』はあっても、物見遊山で行く『旅行』なんて存在しないに等しい。

 

「ちっちっち。その考えはちょっとばっかり古いのよ、父さん」

 

 愛用の銀煙管を左右に振りながらマリエ。

 

「今や優雅で安全な馬車旅があるんだからね!」

 

 大陸の流通を担っているのは商人である。

 そして商売ってのは、物があるところから物がないところへと運ぶのが原則だ。

 陸路であれば荷駄。しかし長距離であれば馬の餌代もかさむ。

 加えてその護衛なども心配しなければならない。  

 

 これらのリスクを勘案して、安全に荷物を運び、受け渡すだけのノウハウを確立したのがいわゆる大商家となるわけだが、そんな連中の一人がこう考えた。

 

 街から街へ荷物を運ぶついでに、その街に行きたい馬車の連中も一緒に連れて行けばいいんじゃないか?

 

 この考えは別に珍しいことじゃない。旅は道連れとはいうが、同道する人数が多ければ多いほど怪物たちも敬遠するようになる。それは盗賊といった亡八どもも一緒だ。

 なので、街を出たとたん、それぞれに旅していた連中が即席のキャラバンを組むのは珍しくもなんともないのだ。

 

 ならば、その馬車を豪華に仕立て、優雅で安全な旅を提供するという触れ込みを作ってみたらどうだろう?

 

 発案者の非凡なところは、荷物運びと旅馬車のパッケージ化をしたことにある。

 

 馬車は王侯貴族もかくやという乗り心地と快適性を追求して、各車両に専属のスタッフを付ける。

 道々での食事は、同道する専属の料理人の手によって提供する

 ついでにその材料は、一緒に運ぶ荷物の中の食材を使って。

 馬車の世話係と、荷駄の運び手を共有して人員コストを削減。

 もちろん利用料は高くなるが、その分は信頼出来て腕の立つ護衛人員を雇うことにすれば良い。

 護衛には、旅行客はもちろんそもそもの荷物も護ってもらって一石二鳥。

 

 こんな青写真を描いてピタリと当てたやつは間違いなく商才の塊だ。

 

 ともあれマリエのいう事にゃ、この豪華仕様の馬車旅が、いわゆるセレブの間で密かなブームなのだという。

 

「っても、俺も店を留守に出来ないしなぁ」

 

「大丈夫。その間はあたしが引き受けるし!」

 

「金もどれくらいかかるもんなんだ?」

 

「それもあたしからプレゼントしちゃいますのことよ?」

 

「つーか、そもそも俺は別に旅行になんて……」

 

 いきなりマリエにむんずと耳を掴まれる。

 痛て、痛てて、と引っ張られて連れて行かれた部屋の隅。

 

「いい父さん? 素直に、はい、もしくは、分かったで答えなさい!」

 

「それ、どっちも同じじゃねえか」

 

「四の五の言わないの!」

 

「そうは言うが、どういう風の吹き回しだ? 娘から謂れのない贈り物されるほど、俺は耄碌してねえぞ?」

 

 そう答えると、マリエはやおらスッと表情を消し、小声で訴えてくる。

 

「正直に言うわ。これは父さんに対する問題じゃなくて、母さんに対する問題なのよ」

 

「お、おう?」

 

 マリエの視線が俺の肩越しにミトランシェを見る。

 俺も倣ってそっと振り返り、視線を送ってみれば――。

 

「別に、いつもと変わった風に見えないが……?」

 

 そう答えるとマリエは深い溜息。

 

「そうね。父さんにはそう見えるかもね。母さんの周りに悪い気が溜まって精霊が怯えているのは見えないでしょうからね」

 

「……!」

 

 その台詞に心当たりはないわけでもなかった。

 そりゃあ女房殿に構っていなかったわけではないが、いわゆる家族サービス的なものをした記憶も一切ない。

 考えてみりゃ、外で一緒に買い物や食事といったことすら記憶にない。

 

 ……やべえ、一気に背筋が寒くなってきやがった。

 

 どうしたの? という風にコテンと首を傾げてくるミトランシェに向けた声は、不本意ながら震えていた。

 

「どうだ? ひとつおまえも俺と一緒に出掛けてみねえか……?」

 

 

 

  

 

 

 

 マリエから旅行をプレゼントすると言われたものの、はいそうですか、とすぐに出立できるわけもなく。

 そもそもヒエロの街中を一緒に歩いたことさえないのだ。

 ミトランシェ自身が無意識でガス抜きを望んだとしても、いきなり旅行はハードルが高すぎる。

 

 ということで、次の日の昼間から、さっそく二人で街へ繰り出すことにした。

 さすがにミトランシェはフードを目深にかぶりその容貌を隠していたものの、がっちりと俺の腕をつかんで離さない。

 

「おいおい、歩きづれえよ」

 

 そういうと、ますます強く抱き着いてくる。

 はあ。こりゃ好きにさせるしかねえか。

 

 馴染みの店や屋台売りの間をそぞろ歩く。

 こうやって二人して街をぶらついた記憶はなかった。

 (マリエ)が生まれる前も。その後も。

 

 そりゃあエルフの女房殿は遠い故郷の村に住んでいたわけだし、会うのは四年に一度の蒼月祭の晩だけ。

 その日の夜こそ精一杯もてなしていたが、本来的にミトランシェもこういうのを望んでいたのかもな。

 

 一緒に歩きながら、彼女の足取りは軽快だ。

 フード越しにも翠の瞳をキョロキョロさせ、興奮して長い耳の先端がぴょこぴょこ動いているのが分かる。

 

「ありゃ、お連れさんですか? 珍しいですね、旦那」

 

 小間物屋で。顔見知りの店主から声をかけられる。

 

「おう。久しぶりだな。元気にしてたか?」

 

「お蔭様で。時にこちらの御婦人は?」

 

「俺の女房だ」

 

 店主は驚いていたが、別に俺も隠すつもりはなかった。

 なんせ以前に娼館で療養していた時期に、見舞いにきた連中のほとんどに俺の傍にぴったりとくっつくミトランシェを見られていたわけだからな。

 

「そうでしたか。結婚されていたんですか……」

 

 ミトランシェがエルフであることに気づいた風の店主に、

 

「今後もちょくちょく顔を見せるから、よろしく頼むぜ」

 

 とりあえず、娘がいることはまだ伏せておこう。こっちはこっちで別の意味で面倒くさいしな。

 

 ありがとうございました、と頭を下げる店主の声を背に店を出た。

 ミトランシェは俺の買ってやった木彫りのブローチを嬉しそうに眺めている。

 その後は、適当に屋台で食事を済ませ開店前の娼館へと戻った。

  

 俺には精霊なんてものが見えやしないが、これで多少なりとも女房の気が晴れるってんなら御の字ってヤツだぜ。

 

 

 

 

 

 

 デートと言えばこっ恥ずかしい、そんな街の散策ももう何度目だろうか。

 今日はミトランシェにねだられて芝居を見に行く予定だ。

 

 けれど芝居が始まるのは夕方から。

 なのでそれまで色々と店の段取りに腐心する俺だったが――。

 

「大丈夫だから。安心してミトさんと楽しんできなよ、支配人さん」

 

 クエスティンが貫禄たっぷりにそう言ってくれる。

 

「クエスティンさんの言う通りですよ。及ばずながら、あたしも留守を御守りしているんで」

 

 サイベージもそう言ってくれたが、そもそもおまえは俺の店の従業員じゃなくて――って、もうどうでもいいか。

 

「わかった。あとは頼むわ」

 

 そう言いおいて、一張羅で支配人室を出る俺。

 多少なりとも召かし込んでおかないと、クエスティン謹製のドレスを着たミトランシェに見劣りしちまう。

 急いで階段を降りれば、二階の吹抜けから食堂で椅子に座るミトランシェの姿が。

 既に夜の準備を済ませた娼婦たちも近くにいたが、その容貌は案の定垢ぬけてやがる。

 下働きの娘たちが見惚れる中、幸いにもまだ客は来てないので、何の騒動も起きてない――と、思ったら食堂に駆け込んでくる一つの影。

 

「こんばんは! 久しぶりだね、子猫ちゃんたち!」

 

 よりにもよって本日の一番乗りを果たすスワルニキ。

 そして彼の美声を耳にして、もれなく凍り付くうちの娘たち。

 

 気持ちは痛いほど分かる。

 以前は二年もの間ご無沙汰だったが、こんな短いスパンで再来店されるなど想定外だったのだろう。

 

 しかもほんの数日前に、あれだけ盛大に送り出したのだ。今日、指名されれば、表面上でもとびっきりの笑顔で応えなければ筋が通らねえ。

 

 がらりと空気が変わった食堂で、なお超然と輝いているのはミトランシェただ一人。

 そしてどうやらスワルニキにもそれは眩しく映ったらしい。

 

「おや、そこに座っているお嬢さんは新顔かな?」

 

 馴れ馴れしくもミトランシェの前に近づき、芝居がかった仕草で優雅に膝を折るスワルニキ。

 対するミトランシェは無言。翠の瞳も微動だにしないのは、対象に全く興味がないことの表れ。

 

 しかしスワルニキが次に口にした台詞に、俺はあらゆる意味で度肝を抜かれる。

 

「どうです? 貴女のその美しさに対して、一曲捧げさせてもらっても?」

 

 やめろ! と足早に階段を急ぐ俺だったが、ミトランシェはコクンと頷いていた。

 ポロン、とリュートが爪弾かれる。

 続いて、スワルニキの女もかくやと思われる唇から紡がれる美声は、聴衆の歌というものに対する価値観を蹂躙した。

 

 いや、真面目に、まだサーペントのかく鼾の方が意味がわかるぜ。

 

 唖然として立ち尽くす俺たちに、静まり返った食堂に響くミトランシェの声。

 

「――あなた、歌が下手ね」

 

 直球も直球の火の玉ストレートだ。

 これが舞台であれば観客も沸きに沸き、盛大な拍手を送っていたことだろう。

 

 しかし残念ながら、これは現実である。 

 さすがのスワルニキも一瞬鼻白んだかに見えたが、悠々と言い返していた。

 

「ほう? ボクの天上神もかくやと思われる唱歌がご不満だと?」

 

 その自身の根拠はどこから来るのか本気で知りたい俺の前で、ミトランシェの返事はこうだ。

 

「わたしの方が、上手い」

 

 俺は間抜けにも「へ?」と口を開けてしまう。

 ミトランシェがここまで自己主張をするのはスワルニキの野郎の歌の酷さの表れにせよ、俺も今まで彼女が歌うのを聞いたことがない。

 

「支配人さん、ミトさんって歌、上手なの?」

 

「いや、俺も知らねえよ」

 

 駆けつけてきたクエスティンの質問にそう応じる。

 

「しかしミトランシェさんもあの美声ですからね。きっと――」

 

 同じくいつの間にか俺の隣に来たサイベージが囁く。

 

 食堂に、いや店全体の注目を一身に集め、ミトランシェは立ち上がっていた。

 スッと軽く息を吸い込み、目を閉じた彼女の細い喉から朗々と紡がれた歌は――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「申し訳ありません。ボクがおろかでした……!!」

 

 ミトランシェが歌い終えたあと。

 彼女の前に這いつくばって頭を床にこすり付けるスワルニキがいる。

 

「貴女の歌こそまさに天上の歌。いえ、貴女こそが歌の女神の化身! ボクなど及びもつきません! 身の程知らずにも、ボクはそんな神に対してなんてことを……!」

 

 驚くべきことにスワルニキは男泣きに泣いていた。

 平伏する彼に対し、ミトランシェはまるで神託のごとく厳かに告げる。

 

「修行して、わたしに及ぶと思ったら、また来なさい」

 

 ふんす! と鼻息も荒いミトランシェは珍しく得意げな様子。

 呆然と立ち尽くす俺だったが、そんな彼女に腕を取られて店を出た。

 

 後ろを振り返り、店の連中を確認する勇気はなかった。

 芝居の内容だってこれっぽちも覚えていない。

 

 

 

 

 

 

 

   

 

 

 

 結果として、スワルニキは俺の店には疎遠となった。

 なんでも歌の女神がおわす場所へ粗忽な顔を見せるのは恥ずかしいんだとよ。

 これはこれで喜ぶべき結果だったかも知れないが、店の娘たちを始め従業員たちがミトランシェのことを少し遠巻きにするようになった。

 

 女房の新たな一面を知らされた俺は、ふとサイベージに提案してみた。

 いっちょ、ミトランシェに歌の稽古をつけてやってくれないか、と。

 

 すると、やつの返事はこうだ。

 

 

 

 

「なら旦那、いっそ死んでこいと言ってくださいな」 

 

 

 

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