娼館オズマ   作:とりなんこつ

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第三話 熟練の冒険者の話

 食堂を通りかかると柑橘系の匂いが鼻をつく。

 見ればキッチンテーブルの上に橙色の果物が籠に積まれて置いてあった。

 

「ほう。ヒュレオの実か」

 

 大人の拳ほどの不恰好な実を、矯めつ眇めつする俺に、テーブルの裏からのっそりと巨大な影が立ち上がる。

 ここのコック長の六腕巨人族(ヘカトンケイル)のゲンシュリオンだ。

 

「そいつは初物だよ、支配人」

 

 ダンジョンで出会ったらチビリそうな外見に反し、本人は至って温厚な性格だ。下働きの小僧や給仕娘には『ゲンさん』と敬意を込めて慕われている。

 

「ほう、初物か。こりゃ縁起がいいねェ」

 

 言われて、俺は皮ごと一齧り。酸味たっぷりの果汁が口いっぱいに広がって―――。

 

 ぐるる、と獰猛な犬が鳴くような音がする。

 音のする方向を見れば、ゲンシュリオンが牙の生えた口元に手をやって笑っていた。

 

「そいつは完熟してないからな。生で喰うのはまだ早いぞ?」

 

 よっぽど俺は面白い顔をしていたらしい。

 ふんっ、と鼻を鳴らし、すっかり酸っぱくなってしまった口を曲げる。

 

「誰だ、こんな未熟なモンを持ってきやがったのは?」

 

「レミリィだよ。今年になって初めて出来たものだから、何かに使って欲しいとさ」

 

 どこか遠くを見るような眼差しになるゲンシュリオンに、俺も倣う。

 しみじみと手に持った未熟なヒュレオの実を見下ろし、俺は思わず呟いていた。

 

「……そうか。あれからもう二年にもなるのか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 徒党(パーティ)六弁花(クラウチス)』。

 冒険者の界隈で、この徒党の名前を知らない連中はモグリだ。

 そんな彼らが俺の店を常宿としてくれているのは、ちょっとした自慢である。

 

「レンタローさん。今日も世話になるよ」

 

 ジェラルダインは年の頃は40前後。日に焼けた顔は浅黒く、苦み走ったいい男だ。

 

「へい。毎度ごひいきのほど、ありがとうございます」

 

 恭しく頭を下げ、俺は脱衣場で手ずから鎧を脱ぐのを手伝った。

 使い込まれた半板金の鎧は、元の銀色より更に鈍い光沢を放つ。胸の意匠として刻まれた六弁花は、その名を現す徒党の代表である象徴(シンボル)だ。

 

 脱ぎ終えたジェラルダインを湯殿に案内し、さっそく背中を流させてもらう。

 鍛え抜かれた筋肉に、無数の傷が刻まれていた。切り傷、火傷はもちろん、寝かせた指がすっぽりと埋もれてしまいそうなほどに陥没した古傷もある。

 そこにまとわりつく漢気というか、立ち昇る迫力が半端ねえ。

 

 それもそのはずで、俺をしても、20年以上も党首が代替わりせず続いている徒党を他には知らなかった。

 冒険者の寿命は短い。よしんばダンジョンや荒野で屍をさらさなくても、どこかで身体を壊して引退。

 市井の仕事にありつけるのはまだいい方で、街の辻で野垂れ死にする連中も多い。

 要はヤクザな商売ってヤツで、一山当てて引退して悠々自適なんてのは、本当に一握り。

 

 それが曲りなりにも未だ一線級で活躍しているジェラルダインとその徒党は、この世界では有名だ。

 もっとも、未知のダンジョンを踏破したり、伝説級の怪物を屠ったという目を見張るような栄誉とこの徒党は無縁。

 粛々と堅実にギルドからの依頼をこなし続け、多くの後進たちを育成、指導した六弁花という徒党は、冒険者たちにとっての生きるお手本みたいなものだ。

 ましてやそのリーダーとなれば、若手や新人どもに神の如く崇められていると聞く。

 

 そしてそのカミサマと思しき男は、白髪の混じってきた洗い髪を撫で上げて、ゆっくりと湯船に浸かっている。それだけで凄い貫録だ。

 多くの党員を纏め、依頼をこなし、実績を積み上げてきたのだ。そこいらの有象無象に勤まるわけもなく、重ねてきた苦労は並大抵のものじゃねえだろう。

 

「……ふう。一度この風呂を知ってしまえば、よその店に泊まるのは億劫でね」

 

「ありがとうございやす」

 

 冷たい水の入ったジョッキを手渡し、俺は慇懃に頭を下げる。

 

「仕事で北のリングリア界隈まで足を延ばしていたんだが、遠征中もここの風呂が恋しくて仕方なかったよ」

 

「そりゃあ俺らも冥利に尽きるってことで」

 

 この風呂は俺の店の目玉だ。いくら源泉が沸いて出てきてくれるといっても、浴室のメンテナンスや掃除には相当の費用がかかっていた。手ぇなんぞ抜けるわけがねえ。

 

「まあ、次の大仕事が済めば、あとは終わりだ。ゆっくりと日参させてもらおうかね……」

 

 呟いて、ジェラルダインは空のジョッキを返してきた。寸前に、しまったと悔やむような表情を看取った俺は、礼儀正しく彼の呟きを聞かなかったことにする。

 

「さあて、今日は……」

 

「へい。レミリィのヤツなら、今頃身体を磨き上げてますよ」

 

「……お見通しかね?」

 

「野暮なことは言いっこなしで。アイツも、旦那の来訪を首を長くして待っていたんですから」

 

 俺が笑うと、ジェラルダインも苦笑して湯殿から立ち上がる。

 歴戦の、鋼のような痩身に漂う男の色気が凄い。丁稚の小僧どもも見惚れているじゃねえか。

 

「あ、ジェラルダインさん……!」

 

 浴室に居た顔見知りらしい若い冒険者がいそいそと立ち上がる。

 無言で片手を上げ、挨拶と制止をいっぺんに済ませたジェラルダインはさすがの風格だ。

 基本的に娼館で客同士が互いの名前を大声で呼びあうのは褒められたもんじゃねえ。

 気づいた若い男は赤面して座り直している。

 悠々と湯気を掻き分け、ジェラルダインは脱衣所へと消えた。

 その背中に幾つもの羨望の視線が刺さっていた。にも関わらず全く意に介さないあたり、渋い。渋すぎる。

 

 俺も着換えて食堂に赴くと、ジェラルダインがさっそく料理に齧りつこうとしていた。テーブルの上に既にジョッキが三つほど空けられている。

 徒党の皆さんも何人か利用しているはずだが、他にテーブルには人影はない。

 まあ、今日はそれほど混んでいるわけじゃあねえし、旅先でずっと面を突き合わせているんだ。娼館でまで一緒にいる道理はねえのかも知れないな。

 かくいう俺とて、客に付き合えとでも言われなければ同席することは滅多にない。

 

 ゆっくり静かに食事をとって、英気を養ってなさるんだろう。

 そう思い食堂を離れようとした俺の耳に、けたたましい声が響く。

 

「あ、団長さん~!」

 

 声を上げながら二階から駆け下りてくる娘の姿に、俺は思わず額を押さえた。

 おいおい、そんなドレスを着て走ったら―――。

 

「むぎゅ!」

 

 べタン! と音がして、娘はドレスの裾を踏んで派手に転んだ。

 

「ったく、何やってんだレミリィ」

 

 呆れ顔で近づいた俺は、彼女の手をとって立ち上がらせてやる。

 

「あ、支配人さん。ありがとうございます」

 

 しかし、礼を言ったのもそこそこに、レミリィはジェラルダインのテーブル席まで一直線。

 やれやれ、なんともせわしない娘だ。

 

「団長さん! お久しぶりですッ!」

 

 小さな顔を紅潮させ、ジェラルダインのテーブルの対面で足をパタパタさせる姿はまるで犬っころだ。彼女が獣人族だったら、間違いなく尻尾がブンブン振り回されていたことだろう。

 

「おまえな、ちったあ落ち着けよ」

 

 見兼ねて俺が声をかけるもジェラルダインは笑っている。

 

「私は全然かまわないよ。これだけ歓待されてると思えるからね」

 

 そういいながらジェラルダインは、テーブルの上のナプキンでレミリィの頬を拭ってやっていた。

 

「ああ、せっかくお化粧頑張ったのに~」

 

 嘆くレミリィだったが、てめえですっころんで台無しにしたんだろう? 自業自得だっての。

 

「いや、君は化粧をしなくても十分に綺麗さ」

 

「……ッ! だから団長さん大好きッ!」

 

 首っ玉に抱きつかれてますます笑顔を浮かべるジェラルダインだったが、見た目としてはなかなか違和感がある。親子ほどの年齢差は別にしても、かの海千山千の凄腕の団長殿がなんとも優しげな笑顔を浮かべているのだ。

 加えて先ほどまでのやり取りも含めて失笑が起きてもおかしくない光景のはずが、食堂の誰もが笑わない。

 六弁花の党首がこの娘に痛く執心していることを、少なくとも店の常連の中で知らないものはいなかった。

 

「せっかくお迎えが来てくれたんだ。私はもう部屋へあがるよ」

 

「へい。なんなら料理と酒の方もあとから部屋へお運びしやしょうか?」

 

「頼む」

 

 ひょいと抱きつかれたままのレミリィを片手に抱えて階段を上っていく後ろ姿は、俺がいうのもなんだが格好良すぎる。

 抱えられたレミリィも、なんとも幸せな表情を浮かべていた。

 

 ……しかし、あのレミリィがねえ。

 あれだけ口酸っぱくしても垢抜けねぇ娘が、あんな太客を掴まえるたあ、世の中わからねえもんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あらかた客が部屋へ戻った夜半過ぎ。

 何気なく食堂へ足を向けると、明りがしぼられたそこで、一人テーブルにつくジェラルダインを見つけた。

 手酌で黙々と酒を口に運ぶ姿に俺は思わず声をかける。

 

「旦那。なんでわざわざこんな薄暗いところで? レミリィのやつは酌もしないんでしょうかね?」

 

 俺の姿を認めて、ジェラルダインは苦笑。

 

「彼女なら、今頃ベッドでぐっすり夢の中だろう。起こすのも忍びなくてね」

 

「あんにゃろう……」

 

 娼婦の心得として、歓待する客より先に眠っちまうのは行儀が悪い。

 客より後に寝て、客より早く起きるってのが作法ってもんだろうに。

 

「すみません。俺の仕込みがまだ甘かったみたいで…」

 

 もっともこのジェラルダインという男、若い頃は一晩で娼館の五人もの女をとっかえひっかえ全員大往生させたという話だ。いくら齢を喰ったとはいえ、レミリィには荷が勝ちすぎるか。

 

「いやいや、彼女はあれで良い。……違うな。あれが良いんだ」

 

 鷹揚にジェラルダインは空の盃を向けてくる。

 

「もしレンタローさんが引け目を感じているなら、ちょっと付き合ってもらえないかな?」

 

「そういうことでしたら否応もありやせんぜ」

 

 盃を受けとり、注がれた酒を一気に呷る。

 結構きつい蒸留酒だが、この喉を焼かれる感じがたまらねえ。

 飲み干した盃を返盃。こちらから酒を注ぎ返す。

 それからどれくらい盃を重ねただろうか。

 お互いに無言で会話はない。それでも妙に満ち足りた楽しい気分なのは決して酒の力だけじゃあるまい。

 

「……おっと。もう酒がなくなったか」

 

 空の酒瓶を逆さまにして振るジェラルダインに、俺は即座に席を立つ。

 

「ちょいと待っててくだせえ。お替りを取ってきます」

 

 キッチンへと走る。

 勝手知ったる酒棚を空け、新しい酒瓶を二、三本。

 ツマミになるものはさすがに何もないか。

 ……ん? これは?

 

「お待たせしやした」

 

 戻ってきた俺にジェラルダインは目を見張る。

 

「レンタローさん。それは?」

 

「これはヒュレオの実でさあ。こいつの皮をむいて、こうやってね……」

 

 酒を注ぎ、皮をむいたヒュレオの果肉の汁をしぼって注ぐ。

 

「こうやると、また飲み口が違いますぜ?」

 

 おそるおそるといった風に受け取ったジェラルダインだったが、一口啜って目を見張る。

 

「これは……いけるね。驚いた」

 

「でしょ? 最近は、こういう風に様々な果汁を酒に入れるのが流行っているんですよ」

 

「それも驚いたけれど、私が驚いたのはヒュレオの実のことだよ」

 

「へ?」

 

「それはね、本来、リングリア周辺の北国でしか栽培してないものなんだ」

 

「そ、それは貴重なものなんでしょうね…」

 

 答えつつ、俺はじっとりと冷や汗をかく。たまさか厨房にあったから拝借してきたわけだが、勝手に貴重な食材を使ったとか明日にでもコック長にガチで吊るし上げられはしないだろうな?

 

「貴重といえば貴重だろう。ここいらでの栽培は難しいよ」

 

 そういってからジェラルダインは、また一口啜って目を細める。

 

「……懐かしいな。故郷の味がする」

 

「あれ? 旦那は北国の出身で?」

 

「ああ。薄寂れた寒村の出だよ」

 

 六弁花のジェラルダイン。界隈では有名でも、彼の過去のことは殆ど知られていない。身内もいるとかって話も聞いたことはない。

 正直いって興味はある。だが、人様の過去を詮索するのは不調法。ましてやここは娼館で、俺は店主だ。

 むしろ俺はそんな流れに会話を持って行ってしまった相槌を恥じる。

 

「ま、それはともかく。故郷の味とやらもいいでしょうけど、よろしければ他の果実も試してみますか?」

 

 俺がそう答えると、ジェラルダインはにっこりとする。

 

「それが、私がここを常宿にする理由の一つさ」

 

「はい? どういうこって?」

 

 困惑する俺の前でジェラルダインは盃を空にすると、真っ直ぐに目を見てきた。

 

「これもせっかくの機会だ。ちょっと相談させて貰えるかな?」

 

「相談を受けるのは吝かじゃないですが、あっしはただの娼館の親仁ですぜ? 稼業違いの仕事には、ロクに答えられる自信はありやせんが……」

 

 すると、日焼けした顔がほころぶ。何か得心がいったような表情で歴戦の冒険者はコロコロと笑った。

 

「いや、すまない。言い方を間違えた。この店の店主であるレンタローさんに相談があるんだよ」

 

「はあ。そういうことでしたら、なんなりと」

 

「レミリィを、彼女を身請けさせて貰えないかな?」

 

 

 

 

 

 身請け。

 つまりは、娼婦自身を個人で買い上げることだ。

 親の借金やら何やらのカタに娘を娼婦にして働かせているところも多いが、ちょっと気の利いた店や高級店などでは、娼婦を磨き上げるのに投資を行う。

 礼儀作法から始まり、各種遊戯の知識や料理、炊事洗濯までみっちりと仕込むところも珍しくない。

 そんな設備投資分も含めたものが娼婦にとっての借金にあたり、年季が明けるまではその借金分を稼がなきゃ自由な身分にはなれない。

 それが娼婦と娼館の大原則だ。

 

 ところが、その借金を肩代わりしてくれる御仁が現れたとする。

 借金が無くなれば、年季明けを待つことなく晴れて娼婦は娼館から解放される。だが今度は借金を払ってくれた御仁に従わなければならない。

 身請けされてお大尽の妾に囲われるか、馴染みの冒険者の伴侶となるか。

 もしくは年季が明けて市井に散っていくってのが娼婦の第二の人生ってやつで、身請けしてくれるだけの良客を掴むのは、娼婦にとっての理想で憧れと言えるかも知れん。

 だが、さすがに嫌悪する相手に好き勝手に弄ばれるためだけに身請けされちゃあ、娘もたまったもんじゃないだろう。

 なので、身請けにはあくまで娼婦本人の同意が必要となる。

 

「……レミリィのやつも、きっと喜ぶと思いますよ」

 

 酒のせいにしても、俺の反応は若干鈍かったと思う。

 その原因は、もちろんレミリィのことだ。

 

 何の衒いもなく言ってしまえば、レミリィはずば抜けた容姿を誇るわけじゃあない。

 何べんいっても垢抜けねえ言動に、19も過ぎたというのに10かそこらのガキみたいに落ち着きもねえ。

 そんなアイツの良い所を上げろというのなら、ただ、ひたすらに明るかった。

 

 アイツは近くの村の出身で、街へ買い物へ行くという口実で連れ出された挙句、そのまま親に捨てられた。

 たぶん口減らしかなんかだと思うが、それでもアイツは街の門の前で親を待ち続けた。

 ニコニコとずっと笑っている姿に、門兵たちも「気が触れたのか」と眺めていたらしい。

 ついにはぶっ倒れて犬っころの餌にでもなろうかというところを、お使い帰りのクエスティンが拾ってきやがった。

 風呂に入れて、飯を食わせ、そのままおっぽりだすのも忍びなく、しょうがなく宿の下働きをさせていた。

 あいつが娼婦になった流れは俺も良くは憶えていないが、まあ、あの明るさに救われたと言ってくれる客がいなかったわけでもない。いや、むしろ結構いたか。

 もっともジェラルダインのお気に入りになってからは、かつての客の姿はお見限りだけどな。

 

「そうか。良かったよ」

 

 ホッとしたジェラルダインの声が俺を現実へと引き戻す。

 ……なんでレミリィを? と喉元へと出かかった言葉を飲み込んだ。

 人の嗜好は様々だ。いちいち訊ねるのは野暮ってもんだし、驚きはしてもおくびにも出さないのが礼儀ってもんだ。

 気を取り直し、俺は具体的な話を進めることにする。

 

「では、日取りはいつごろに?」

 

 お金を持ってきました、では即日に身請け―――という流れはあり得ない。

 ハレの日を定め猶予期間を設け、周囲に周知徹底する必要があった。

 はっきりと言ってしまえば、かつて肌を重ねた客への義理通しと、他の娼婦たちの希望を鼓舞するセレモニーの意味合いが強い。

 もっとも俺としても他ならぬウチの娘だ。精々盛大に送り出してやるつもりである。

 

「そうだね。次の仕事を終えて私は引退するつもりだから、最後の仕事が終わる時期は―――」

 

 さらりと引退宣言するジェラルダインには驚いたが、俺があんぐりと口を開けてしまったのは、彼の指定した日取りだ。

 それはちょうどレミリィの誕生日の一月前。

 娼婦にも需要と供給が存在するわけで、やはり若い娘の方がもてはやされる。

 年季明けは25歳過ぎとなっているが、実際のところ20歳を過ぎると身請け金は値下がりするのだ。

 これは娼婦たちのやる気を掻き立てる店側の配慮ってことになってはいたが、裏を返せば需要の減ったものからさっさと身請けでも何でもされて出て行って欲しいと言っているようなもの。

 

 ジェラルダインがわざわざレミリィを20歳になる直前に身請けをすることに、俺が驚いたのはこのためだ。

 あと一月待てば支払う金は減るというのに、それを意に介さない。

 すなわちそれは、身請けする相手に対する並々ならぬ思いの表明に他ならないのだから。

 

 俺はぐっと口先まで出かかった言葉と、胸に思うところをまとめて飲み下す。

 それから精一杯丁寧に頭を下げた。

 

「委細承知しました。やつがれの娘に目をかけてくださったこと、ありがとうございます。身請けに関わる諸々一切合切、こちらで差配させて頂きやす」

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日、ジェラルダインが娼館を発つ前に、俺はレミリィを叩き起こす。

 寝ぼけ眼に「風呂入って目ぇ覚ましてこい!」と怒鳴りつけ、湯上りもそこそこの彼女を支配人室へと誘う。

 

「なんなんですか支配人、こんな朝っぱらから~。まだあたしは眠いのに~」

 

「……お相手の旦那より寝扱けておいてすげえ言い草だな」

 

 ったく。これだけ見りゃあ、ジェラルダインも物好きってやつになるんじゃねえか?

 

「それよか、おまえに身請けの話が来ている」

 

「……へ? だ、誰から?」

 

「そりゃおめえ……ジェラルダインの旦那だよ」

 

 ポカーンとレミリィは放心。しかし間もなく、俺の首根っこを掴む勢いで飛びついてくる。

 

「ほ、ほんと!? それ本当なの、支配人さん!?」

 

「あ、ああ、本当(マブ)だぜっ! つーか、首掴むな首ッ!」

 

「や、やった、嬉しいーー! 返事はもちろん、はい! はいだよ! はいはいはいッだよ!」

 

「わ、わかったから首絞めるな、死んじまう!?」

 

 どうにかレミリィを振りほどき、殺す気かッ!? と睨みつけるも、床にペタンと座り込んでいる。

 えへ、えへへ、とにやけていたと思ったら、一転して今度は泣き始めた。

 

「……どうした? やっぱりイヤだったのか?」

 

「ううん、違うの! 嬉しいの! 嬉しくてあたしは泣いているの~!」

 

「………。取りあえず、返事は了解ってことでいいんだな?」

 

「は゛い゛~」

 

「………」

 

 えぐえぐと泣いたり笑ったりと忙しいレミリィを置いて俺は支配人室を飛び出す。

 ともあれ了承は得た。ならば一刻も早く報せねばなるまいよ。

 

 果たしてジェラルダインは店の前の通りに徒党の仲間たちと佇んでいた。

 店から駆け出してきた俺が頷いて見せると、彼も頷き返す。

 それから渡されてきた皮袋はずっしりと重い。

 レミリィの身請け金だ。これだけの大金を普段から持って歩くはずもないから、朝一にギルドの貸金庫からでも取りだしてきたに違いない。

 

「……アイツは果報者でさあ」

 

 しみじみ俺がいうと、ジェラルダインは全く普段通りの態度で応じてくる。

 

「それでは、レンタローさん。あとは良しなに」

 

「承知しました」

 

 踵を返し、大通りを歩いていく六弁花一党。

 先頭を行くジェラルダインの背中に人を従わせる何かを見て、俺は羨望する。

 決して吟遊詩人の歌の題材にはならず、伝説として書物にも残らないだろう。

 だが、英雄とは、本来的にあんな風な存在なのかも知れないな。

 

 

 

 

 

 

 そして、英雄殿の花嫁はというと。

 

 その日から、レミリィは髪に白い大輪の花を飾るようになった。

 身請けが決まった娼婦は、周囲に誇示するように一際目立つものを身に着けるのが習わしとなっている。

 大抵は身請け相手の旦那から贈られた指輪やネックレスといった装飾品ってな具合なのだが、レミリィが選んだ花はかの六弁花(クラウチス)だ。

 彼女が誰に身請けされるのかはたちまち看破され、近隣の娼館でも相当な話題になったらしい。

 もっとも当の本人は、時折廊下の隅でニヤけている(怖いんだよ!)くらいで、立ち振る舞いは普段と変わりない。

 

 身請けを予約された扱いとなるのでもう客は取らないが、大食堂でお酌するぐらいは働く。

 客の方も心得たもので、わざと「今日相手をしてもらえないか?」と振っておいてから頭の白花に気づいたフリをして、「おっと、相手がいるんだね。これは失礼した」とご祝儀替わりの硬貨を彼女の服の裾へ捻じ込むという小粋なことをしてくれる。

 

 そのたびに周囲の他の娼婦からの羨望を受け、調子に乗るのはともかく苛められるレミリィではない。

 むしろ先輩も後輩もそろって「身請けされて大丈夫?」と心配も露わにしている。

 身請けされたレミリィが不調法をすれば、この娼館ではきちんとした教育をしていないのか、とあらぬ噂が立つ危険がある。

 

 もっとも俺が見る限り、クエスティンを筆頭にした仲間の娼婦たちは、レミリィが娼館を出て市井できちんと家庭生活を営めるかどうかの方を心配しているよう。

 なので、暇さえあれば彼女たちは、交代でおさんどんのあれこれをレミリィにおさらいさせているらしい。

 

 しみじみと皆から愛されているレミリィに、いっちょ俺も派手に送り出してやらねばなるまいよ、と思う。

 あれよこれよと色々と画策しているうちに、毎日があっという間に過ぎていく。

 

 

 

 

 

 

 そんなある日の早朝。

 ギルドから使いの者がやってきた。六弁花の見知った党員とともに。

 俺と、今朝とれたての生きの良い花に差し変えたレミリィが相対した。

 

 彼らは俺たちに向かって告げた。

 つい先日、ジェラルダインが死んだことを。

 

 

 

 

 

 

 

 今回の六弁花の仕事自体は、隊商の護衛ということでそれほど危険なものではなかったらしい。

 事実、行きの道程では何もアクシデントもなく無事に到着。

 戻りの道も入れ替わりの隊商の護衛を務めていた。変わったことといえば、途中で駆け出し冒険者の一行を拾ったことである。

 彼らも帰る道は同じということで、隊商の一角に加わることになった。人が多ければ多いほど街道の魔物も忌避するので歓迎したのだろう。

 途中で雨に降られて街道がぬかるみ、隊商の歩みは遅延した。

 予定の配送に間に合わないと隊商一行は嘆いたが、天候ばかりはどうしようもない。

 ジェラルダインは歴戦の経験から雨が落ち着くまで待つことを提案したが、隊商のリーダーは街道を進むことを主張。

 雇い主の意向には逆らい難く、雨の中を強行軍。

 悪戯に誰もが体力を消耗する中、隊列も乱れに乱れる。

 そこを、一角狼の群れに襲撃された。

 文字通り額に鋭い角を持つ狼は集団で行動する。それでも中級以上の冒険者たちが連携を取れば、さほど撃退するのは難しくない。

 そして六弁花は熟練の冒険者たちで構成されていた。

 足元の悪さの苦戦するも、どうにか大半の撃退に成功する。

 だが、その中の一匹が、新米冒険者の一人に狙いを定めて襲い掛かった。

 咄嗟に間にジェラルダインが割って入った。

 本来の彼であれば、造作もなく叩き落としたことだろう。

 足場が悪かったためか、雨で予想以上に体力を消耗していたのか、それは分からない。

 確かなのは、懐に飛び込できた一角狼の角が、深々とその胸を貫通していたこと。

 回復魔法も魔法薬も間に合わないほどの即死だったという。

 

 聞き終えて、俺の視界はガクガクと揺れていた。

 突然の訃報が信じられねえ。いやさ信じたくなかった。

 鼻の奥が熱く、込み上げてくるものがある。それをぐっとこらえて、俺は隣を見下ろした。

 ぺたんと座りこんだレミリィが、両手で顔を覆って号泣している。

 彼女の頭を飾る花も力なく項垂れているように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レミリィがどうにか泣き止むまで、半日ほどかかった。

 それでもギルドの職員は辛抱強く待ってくれていた。

 玄関先でもあれなんで、支配人室へ河岸を変えた俺たちに、ギルド職員は悲壮な顔のまま告げる。

 

「……ジェラルダイン氏は独身で肉親もおらず、財産の受取人にこちらのレミリィさんを指定されています」

 

 淡々と説明するギルド職員から渡された資料に、俺は顔を顰めた。

 配偶者の欄にレミリィと『妻』と記されていた。

 あの御仁は、伊達でも酔狂でもなく、本気でレミリィに惚れていたのか……。

 

「レミリィさんには、現金として金貨300枚と銀貨50枚を受けとられる権利が。それとは別に……」

 

「別に?」

 

「いえ、これは実際に見て頂いた方が早いでしょう。申し訳ありませんが、一緒に御足労願えませんか?」

 

 呆けたままのレミリィに替わり、俺が頷いた。

 何かは知らないが、まずは見てみないことには始まるめえ。

 

 店の外に出ると、馬車が待機していた。

 手配したには早すぎるし、ひょっとしたらギルドの職員が乗ってきたままずっと待機していたのかも知れない。

 力なく項垂れるレミリィを支えて乗り込むと、馬車は走り出す。

 大通りを抜け、郊外の方へ。

 だだっぴろい平野のここらはまだ開発も手付かずで、ぽつんぽつんと家が建っているだけ。

 その中の一つの前に馬車は止まる。

 なんとも瀟洒な小ぢんまりとした家の周囲には、いくらかの畑が切り拓かれている。

 

「……ここは、もしかして……?」

 

「はい。こちらの家と周囲の土地がジェラルダイン氏の遺産となります」

 

「これもレミリィの相続の対象になるってんですか……」

 

 言葉もなく俺は周囲を見回している。

 すると、今まで黙っていた徒党の一人が語り出す。

 

「……団長は、引退したらここで余生を過ごすことを楽しみにしていたんです。

 元気な嫁さんを迎えて、この地域でもヒュレオの実を作れるようにするんだと……」

 

 語尾に涙が混じり、夕暮れの風に溶けて流れていく。

 きっと、この家でレミリィと仲睦まじく暮らすことを夢みていたジェラルダイン。

 その夢は、あと一歩のところで叶えられることなく儚く消えた。

 

 ふと隣を見れば、レミリィはまた泣いていた。

 わんわんと大きな泣き声を上げる様は、まるで子供のようだ。

 けれど、誰も何も言えなかった。

 俺たちは、周囲がとっぷりと暮れるまで、その場に佇んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 支配人室で酒を口に運ぶ。

 ジェラルダインの好きな銘柄だった。

 

「……参ったぜ」

 

 ヒュレオの実をたっぷり絞ったのに全く味を感じない。

 

「旦那。ちょっといいですか?」

 

 部屋の隅から音もなく痩身の男が現れる。

 

「お、どうだった、サイベー?」

 

「だからあたしの名前はサイベージですって」

 

「んなこたあどうでもいいんだよ。それで? レミリィの様子は?」

 

「さっぱりですよ。あたしが何をしてもほとんど反応してくれません」

 

「……そうか」

 

 ジェラルダインの死の報せから数日後、それなりに盛大な葬儀も済んだ。

 だが、あれ以来レミリィがふさぎ込んで部屋から出てこようとしない。

 

 俺はじろりとサイベージを見る。

 道化染みたコイツの言動を目の当たりにすれば、ちったあ気が晴れるかと思ったんだけどな。

 

「ったく、ギルドにもそろそろ話を纏めにゃならんし、どうしたもんだか」

 

 俺が悩んでいるのは、もちろんジェラルダインの遺産の相続の件である。

 過去に、同じく冒険者が道半ばで倒れ、遺産の相続相手に馴染みの娼婦を指名するといったケースがなかったわけではないが、今回のジェラルダインの場合は額が違う。

 既にレミリィの身請け代金は頂戴していたし、その上で彼女がジェラルダインの遺産を相続すればちょっとした小金持ちだ。

 額が額なだけに、本人の了承もなしに俺が出張って差配するのは難しいところ。

 

 だからといって、こうグジグジしてても埒が明かねえ。

 だいたいレミリィのやつが明るくねえと、娼館自体が暗くてしようがねえんだ。

 

 ふと、俺はジェラルダインがレミリィを見初めた理由の一端を知った気がした。

 しかし現実の俺は、支配人室を飛び出し、レミリィの元へと走っている。

 別に大した考えがあるわけじゃない。だが、このままにもしておけない。

 

「レミリィ!」

 

「……支配人さん」

 

 ベッドに蹲っていたレミリィがこちらを見る。目だけが泣き腫らしたせいかギラギラとしていた。少しやせたか?

 妙な迫力を感じ近づくのを躊躇してしまったが、俺は敢えてずかずかと部屋へと上り込み、その頭を撫でつける。

 

「いい加減に出てこい。みんな心配しているぜ?」

 

「………」

 

 無言で俯くレミリィに、「いつまで死人に拘っているんだ」系の言葉は禁句だ。

 俺は学のない頭の中で、せいぜい言葉を弄り回す。

 

「このまま籠っていても、どうしようもないだろう? だいたい、おまえが元気をなくしちゃ、ジェラルダインの旦那が浮かばれねえよ」

 

「………」

 

「その上で、お前は何をどうしたい? これから何をするのか考えてもいいはずだ」

 

「……わっかんないよ!」

 

 頭をぶるぶると振って、レミリィは喚く。

 

「あたしだって何をしていいかわかんないよ! 何がどうなっているのかわかんないよ!」

 

 枯れたと思えた涙を流すレミリィの訴えは、まるでオママゴトのよう。

 

「だ、団長さんと結婚して、お嫁さんになって……!

 そんな風にばっかり考えていたのに……。それから先のことなんて、わっかんないよぉ……!!」

 

 だが、それは紛れもない本心であるはずだ。

 俺は大きく頷く。

 

「よし、分かった。ならばおまえとジェラルダインの結婚式を挙げようじゃねえか」

 

「……え?」

 

 

 

 

 

 

 冥婚、という言葉がある。

 日本でも山形のむかさり絵馬という話が有名だが、要は死者と生者の結婚式である。

 現世で添い遂げられなかった二人を、死後と現世の隔たりを越えてせめて結婚だけでもさせてやろうじゃねえか、という寸法だ。

 

 俺はその考えを、娼館の全ての人間に打ち明けた。全員が口々に「やりましょう」と賛同してくれた。

 会場は、俺の店の食堂で。

 新郎の席には、胸に大穴が空いたままのジェラルダインの鎧が飾られた。

 その隣に、純白の花嫁用のドレスを着たレミリィが並ぶ。

 

「それでは、これより、六弁花代表ジェラルダインと、ウチの娘であるレミリィの結婚式を始めさせて頂きやす」

 

 俺は声を張り、会場中を見回す。

 参列者はうちの従業員だけではなかった。六弁花の徒党の連中はもちろんとして、かつて世話になった冒険者や彼を慕う者が大勢詰めかけて、会場を溢れ二階の吹き抜けの廊下にも鈴なりになっている。

 ごく身内にだけ冥婚の回状を廻していたはずだが、ジェラルダインの存在の大きさを改めて知ることとなった。

 ギルドを代表してギルドマスターが来ているあたりからも、それは窺い知れる。

 

 時に、俺はこちらの世界の結婚式のことは良く分からない。

 なので、あくまで俺の知っている範囲で進めさせてもらうことにした。これはレミリィも了承してくれている。

 

 見習いの二人の娘が、それぞれ酒瓶を持ってレミリィたちの前に立つ。

 そこから新郎の盃へと酒が注がれた。

 六弁花の意匠も眩しい鎧の前の盃を、レミリィがそっと持ち上げた。

 俺に言われた通り三々九度で盃を飲み干してから、レミリィはそっと懐紙を取りだす。

 

「……この盃の交換を持って、わたしレミリィは、ジェラルダインと夫婦となりました」

 

 花嫁の挨拶を皮切りに、踊り子の衣装を纏った娘たちが新郎新婦の周りを踊り回る。

 楽器を操るのはサイベージで、つくづく器用な野郎だ。

 その間に、酒を満たした酒杯が参列者一同に手渡された。

 踊り子たちが下がり、参列者の皆が酒杯を持っていることを確認して、俺は声を張り上げる。

 

「それでは、ここに誕生した新たな夫婦を祝しまして。―――乾杯!」

 

 乾杯! と大きな波のうねりのように声が唱和した。

 

「さあさ、あとは無礼講ですよ! めでてぇ席だ。誰もかれも喰った飲んだ喰った飲んだ!」

 

 待ち構えていたように別室に用意してあった料理が運び込まれてくる。酒も酒樽ごと大放出の大盤振る舞いだ。

 見ればレミリィの前には人だかり。

 ほとんどの連中が娼婦仲間で、皆して「おめでとう、おめでとう」と感極まった顔をしてやがる。

 すると、いきなりその人波が割れた。

 その先にいるのはまだ年若い男だ。彼は、必死の形相でレミリィの前に土下座して声を張り上げる。

 

「……すみません! ジェラルダインさんは僕を助けるために……! 本当にすみません!!」

 

 その叫びで、若い男が誰であるのか皆が察したことだろう。彼こそがジェラルダインに命を救われた冒険者に違いない。

 何も結婚式の場で無粋な、とは思わなくもないが、やつの気持ちも分かる。

 本来ならば、生身の二人で挙げていた結婚式だ。

 それを叶わなくしてしまった責任を感じ、花嫁の健気な姿にとうとう堪えきれなくなったに違いない。

 

 レミリィが若者の前へと歩いて行く。

 誰もが固唾を飲んで見守る中、若者は床に額を擦り付けるようにしている。怒りのままに罵倒されるのも蹴飛ばされるのも覚悟している風情。

 ところが、花嫁はそんな彼の頭を上げさせると、そのまま立たせてむしろ優しげな顔で言った。

 

「きっとあの人は怒ってません。だからあなたは、あの人に助けられた命を大切にして? ほら、約束して下さい」

 

 若者の両眼から涙が溢れた。

 ずびずびと鼻を啜り、顔面をくしゃくしゃにしながら彼は何度も頷く。

 

「あ゛い゛……。やぐぞぐじまず……!」

 

 その顔をハンカチで拭ってやっているレミリィを見て、ジェラルダインが彼女を妻にしたいと思った理由が分かった気がする。

 

「さあ、飲んで踊れ! ついでに唄え!」

 

「え? 旦那、それってあたしに言ってます?」

 

「他に誰がいるってんだ、べらぼうめ!」

 

 渋々という風でサイベージが唄った祝いの歌は、度胆が抜かれるほど上手かった。

 それに触発されたのか、方々でも思い思いに祝いの歌が流れ始める。

 これでいい。結婚式が辛気臭くちゃいけねえ。

 酒杯片手に俺は新郎新婦の席まで挨拶。

 鎧に向けて片手を上げて献杯。それから花嫁へと向き直る。

 

「おめでとさんよ。これでおまえも晴れて人妻だわな。市井に戻っても、努々うちの評判を落とすような真似はすんじゃねえぞ」

 

「……ありがとう、支配人さん」

 

「礼は言われるまでもねえぜ? こちとら、たっぷりと代金は頂戴しているからな」

 

 本音を言えば、今日の結婚式はジェラルダインからもらったレミリィの身請け金でも足が出ている。それでも、今日の参列者から大量にご祝儀を頂戴したので、どうにかトントンに落ち着きそうだ。

 

「もう、嘘ばっかり!」

 

 レミリィが言う。

 

「おいおい、誰が嘘つきだって?」

 

「支配人さんはね、すぐに嘘が顔に出るから信用できるんだって、あの人も言っていたよ?」

 

 台詞の内容より、「あの人」とレミリィが呼んでいることが心に染みる。

 

「へッ。てえと、レミリィ、おめえも同類だな?」

 

「え? どういうこと?」

 

「おまえほど、思っていることが明け透けに顔に出るヤツはいねえってばよ」

 

 たちまちふくれっ面になるレミリィは本当に分かりやすい。

 同時に思う。ジェラルダインが愛したのは、この裏表のない少女の心根そのものなのだろう。

 

「ほら、そんな顔をしてんじゃねえよ。花嫁だろ? あの人のためにも笑った笑った」

 

 俺がそう言うと、一瞬だけ半べそをかきかけてから、レミリィは笑った。

 泣きながら笑ってくれた。

 

 それを見て、俺も笑った。

 笑いながら泣いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 レミリィは、相続した財産のうち、金貨の全てはギルド経由で孤児院へと寄付していた。

 他に残されたのは家と畑だったが、俺が適当に処分してやろうかという提案をレミリィは断った。むしろ彼女はそこに住み、日々畑を耕して生活している。

 女一人で物騒な、とも思ったが、そこいらへんは六弁花の徒党のメンバーや、故人を慕った冒険者の歴々が色々と便宜を図ってくれているらしい。

 そんな彼女は、ヒュレオの木を育てている。

 現世では添い遂げることが出来なかった旦那の想いは、しっかりと妻へと受け継がれたようだ。

 

 

 

 

 

 

 

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 俺は、手にもったヒュレオの実をもう一口齧る。

 未成熟なそれは、やはり舌が痛くなるほど酸っぱい。

 だが、なぜか懐かしい心地になった。

 あの強くて優しい熟練の冒険者の故郷の風を感じることが出来た気がする。

 

 

 

 

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