娼館オズマ   作:とりなんこつ

4 / 40
第四話 物好きな冒険者の話

 

「エルフの娘を抱きたいんです!」

 

 開口一番そう言ったのは冒険者のウーゴ。まだ若手だが将来有望で、俺の店の常連だ。

 ってことで、出来ることなら願いを叶えてやりたい。

 だが―――。

 

「悪いこたあ言わねえ。やめておきなさい」

 

 俺は心からそう答える。

 

 確かにエルフって種族は揃いも揃って容姿端麗を絵に描いたような美形揃い。遠目には男も女も区別がつかないほどだ。

 

 別名妖精族とも呼ばれ、精霊魔術に堪能。

 

 性格は穏やかで争いを好まないってことになっているが―――連中は執念深いんだ、これが。

 

「それでも、どうしても一度抱いてみたいんですよ!」

 

 ウーゴが食い下がってくる。

 

「どうしてもってんなら、ほら、あんたの徒党にもエルフ娘がいるでしょう? 彼女とねんごろになってみちゃどうです?」

 

 あいにくと、エルフを雇っている娼館ってのは、寡聞にして聞いたことはなかった。

 けれど街を見回せば、冒険者稼業に勤しむ妖精族はそれほど珍しくない。

 彼、彼女らは森林探索のエキスパートで、ほぼ例外なく弓術を修めている。

 

 俺がそう言うと、ウーゴがなんとも渋い顔になった。

 

「クゥレカに手を出せってんですか? 僕はまだ所帯なんて持ちたくないですよ!」

 

「……ごもっともで」

 

 巷間にいるエルフってのは、とかく異性との恋愛に飢えた連中だ。

 まず、長命族ということでエルフ同士の子供は滅多に生まれない。で、生まれた子供は恋愛しようにも、周囲の仲間は見た目は同じでも大抵年上ばっか。

 

 それに辟易し、隠れ里を飛び出したエルフはとかく惚れっぽい。加えて、基本的には保守的な種族なので、ウーゴの懸念する通り一度でも肌を重ねれば命とり。一夫一妻主義の彼女らと、即婚姻で人生の墓場まで一直線。

 

 妖精族に遊びで同衾するという習慣はない。これは如何に連中が男女の交わりを神聖視しているかということと、エルフの娼婦がいないことの説明にもなる。

 

「ってなれば、やっぱり無理筋な頼みってもんじゃねえですかい?」

 

 昔、やりての冒険者がエルフの小娘を手籠めにして打ち捨てた。

 娘は復讐の旅に出た。

 その旅は数十年にもおよび、エルフは小娘の容姿のまま、枯れ枝のような身体でベッドに伏せる老人の胸に刃を突き立て、復讐を果たしたという。

 エルフの執念深さを象徴する有名な話だ。

 

「そこをなんとか!」

 

「拝まれましてもね……。

 そういやウェッピン川のほとりに娼館があるでしょう? そこには確かハーフエルフの娼婦がいたと思いやすから、それで妥協されては?」

 

「そこの主のマリエさんの紹介なんですよ。オズマさんのところなら何とかしてくれるかも知れませんって」

 

「ッ!?」

 

 瞬間的に俺は沸騰した。

 マリエ、あんにゃろう、なんつー下駄を預けてきやがる!!

 

「あ、そうそうマリエさんから言付かっていたんだ。

 確か『そろそろ蒼の日です。お忘れなく』ですって。……どういうことですかね?」

 

 とぼけた表情をするウーゴに、今度の俺は一気に血の気が下がっている。

 

「ウ、ウーゴさん! 今日は何月の何日でしたっけ!?」

 

「え? えーと、緑水月の26日ですけど……?」

 

「……! そうですか」

 

 俺は椅子にひっくり返る。

 やべえやべえ。あと三日で、蒼月祭の晩じゃねえか。

 すっかり忘れていたぜ。

 

「……オズマさん?」

 

 額の汗を拭う俺を、おそるおそるウーゴが窺ってくる。

 おっと、こっちも失念するところだった。

 居住まいをただし、俺はウーゴを真っ直ぐ見つめる。

 

「ひょっとしたら、ウーゴさんのご期待に沿えるやも知れません」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

 

 

 

 

 

 

 夜空に浮かぶ二つの月。それぞれが赤色と黄色だ。

 それが一年に一度ぴったりと重なり、蒼い月となる。

 ……俺だって光の三原色くらい知っているし、赤と黄が重なっても蒼にならないのも知っている。

 ここいらは、まあファンタジーな世界のこった、深く考えない方が勝ちってことだろう。

 

 てなわけでこの自然の催しは、日本の中秋の名月よろしく皆して眺めて楽しむって風習が存在する。

 街には屋台と人が溢れ、一晩中火が絶えることはない。

 この日ばかりは娼館も一斉に全店休業で、着飾った娼婦たちも思い思いに街に散っていく。

 

 そんな無人で人気のない娼館の中庭。中庭の中心には円形の池がある。そこのほとりで、遠く祭りの喧騒を聞きながら野郎二人が雁首を並べていた。俺とウーゴだ。

 

「……オズマさん。本当に今日……?」

 

「ええ。最高に上手くいけばの話ですが」

 

 そわそわするウーゴを横目に、俺はトレクサの花束を両手に抱えていた。

 彼の不安げな気持ちは良くわかった。なにせ俺も喉が渇いてしかたない。

 正直に打ち明ければ、うっかり忘れていた四年に一度のこの逢瀬。万が一でも見誤ったとなりゃあ、俺の命も風前の灯だ。

 

「ですがね、ウーゴさん。今回、エルフ娘を抱けたとしても、決してエルフという種族を侮っちゃいけませんよ?」

 

 軽口を叩いたつもりだったが、声が微妙に震えた。

 

「え? オズマさん、それはどういう……?」

 

 ウーゴがそう問い返してきた時だった。

 夜空の月と、丸池の円形がピタリと重なりあう。

 すると池から俄かに光が溢れ、その光の向こうに見えるのは、目が痛いほどの深緑の木々。

 そこからしゃなりしゃなりと歩いてきたほっそりとした影に俺は目を細める。

 月の光の下に晒されたのは、目ん玉が飛び出るような美女、もしくは美少女と形容しても遜色はあるまい。

 見た目は18歳前後といった感じだが、とかくエルフほど外見と年齢がかけ離れている例を俺は他に知らねえ。

 俺の前にきたそいつは、やけに幼い仕草で首を傾げた。尖った耳につけた金の鎖がシャンと澄んだ音を立てる。

 

「……オズマさん、ひょっとして僕はこの人と、ふぐッ!?」

 

 ウーゴを肘鉄で黙らせておいて、俺はゴホンと咳払い。

 

「……久しぶりだな」

 

 トレクサの花束を渡す。受け取った彼女は、微かに頬を綻ばせる。

 

「本当に」

 

「ま、まあ、なんだ。四年に一度のことだ。今夜は貸切でしっぽりと、な」

 

「……嬉しい」

 

 全然嬉しそうでない表情―――いや、これでも最大限喜んでいるはずだ―――で抱きついてくる彼女を寸前で受け止め、俺はちらりとゴホゴホいっているウーゴを見る。

 

「いや、悪いがその前に、ちっと相談があってな」

 

「……相談?」

 

 実はかくかくしかじかと、こちらの事情を説明する。

 要は、所帯は持たなくても子種が欲しいエルフ娘はいねえかって相談だ。

 

 我ながら酔狂な相談だと思うが、目前の彼女は妖精族でも最大数を誇る翡翠族。

 それなりに数は多いだろうから、もしかしてとの一縷の望みをかける。

 余談だが、妖精族は全部で四支族存在し、それぞれが微妙に風習や考え方も違うそうだからややこしい。

 

 果たして、俺に両肩を押さえられた彼女はしばしの思案顔。

 間もなくコクンと頷くと、池の光の中へと戻っていく。

 しばらくして戻ってきた彼女の隣には、彼女より若干年かさに見えるエルフ娘が連れられていた。それでいて、間違いなく彼女より年下だろう。本当に見た目が宛にならねえやっかいな連中だぜ。

 

「……この子は、今の村で一番若い。そして一番臆病」

 

 つまるところ、ロマンスを求めて村の外へ出る度胸もなくくすぶっている娘ってことか?

 でも、おおっぴらにそんな説明せんでも。気の毒に顔を真っ赤にして伏せているじゃねえか。

 

「ってことで、これでどうでしょうか、ウーゴさん?」

 

「良いも何も……!!」

 

 興奮に顔を真っ赤にするウーゴがいる。

 

「部屋は、空いている客室をご随意に。ただ、相手は本職の娼婦じゃないんです。優しくしてあげてくださいよ」

 

「は、はい! もちろん!」

 

 おそるおそるエルフ娘の肩を抱くウーゴ。

 ありゃ、そのエルフ娘も満更じゃなさそうな表情。

 惚れっぽいにしても、一歩間違えりゃ阿婆擦れじゃね?

 

 不意にぐっと顔を掴まれて前を向かされた。

 斜め下から、こちらのエルフも俺を見上げている。

 

「他の娘を見ては駄目」

 

「……ああ、分かったよ、ミトランシェ」

 

 やれやれ、こっちはこっちで嫉妬深いのは相変わらずだ。

 まあそれもこれも四年に一度で我慢してくれるってんなら、こちらが贅沢言う義理はねえけどよ。

 

 ミトランシェの肩を抱き寄せて、俺は背後を振り返る。

 いつもは明りが絶えない店は、誰もが出払っているいるためひっそりと佇んでいた。

 蒼い月に照らされるそれは、普段の猥雑さも消し去り、いっそ荘厳に見える。

 だから俺は言ってやったさ。

 

「ここが俺の城で、おかげ様でいまだ健在だ」

 

「オカゲサマ……?」

 

「要はみんなの力を貸してもらってってことさ。……おまえさんも含めてな」

 

 くしゃくしゃっと昔のクセでミトランシェの髪をかき回してしまう。

 しまったかな? と思ったけれど、彼女はすっと瞼を閉じ、ますます腕に身体を絡めてきた。

 遠い深緑の匂いを嗅ぎながら、俺は彼女を城の中へと誘う。

 

 まず向かうのは浴室で、今日ばかりは完全に貸切。

 彼女が温泉を堪能して身体を洗っているうちに、俺は手ずからキッチンで料理を作る。酒の用意もたっぷりと。

 風呂上りの彼女を従えて向かったのは俺の私室で、そこでゆっくりと喰って盃を傾ける。

 

 積もる話もあるはずだが、強いて話題を振ろうとは思わない。

 妖精族ってのはとにかく気長だ。同じ大樹の枝に丸三日ほど腰を降ろしていても、まるで退屈しないとか聞いたことがある。

 人間が持つものとは、物事の尺度が違うのだろう。

 だからといって決して分かり合えないわけでもない。

 

 あらかた飯を食べ終えて、彼女は言う。

 

「……美味しかった」

 

「そうかい」

 

 俺はホッと胸を撫で下ろす。

 四年に一度の夜の持て成しで、必ず彼女を満足させる。

 俺がミトランシェと交わした唯一の誓約にして聖約だ。

 それを忘れて反故にしたとあっちゃあ、ガチの本当(マブ)で俺はこの世からおさらばしていただろう。

 

 気づけば、目前にミトランシェの顔があった。

 ついと唇を押し付けられる。

 

「おいおい、もう酔ったのかい?」

 

 俺はやんわりとかわそうとしたが、思いのほか彼女はぐいぐいと来る。

 ちっこい身体に抗いがたく、いつの間にか俺はベッドの上。

 

「わかったわかった。でもちょいと待ってくれ。俺も風呂入ってくるからよ」

 

「……構わない」

 

 そういって、俺の下服(ズボン)の帯に手をかけるミトランシェ。

 

「……初めての時のあなたは、そのままだった」

 

「って、おめえ、そんな昔のことを…」

 

 肌衣(シャツ)の前を開く華奢な手を取り、俺は身体を入れ替えて彼女に覆いかぶさる格好になる。

 

「……生憎と俺も齢を喰っちまった。おめえを満足させられる自信はねえぜ?」

 

 するとミトランシェは少女じみた仕草で笑った。初めて会った時とまったく同じ表情だ。

 

「頑張って。それは、あなた次第……」

 

 耳元でささやかれた。

 何故か気恥ずかしくなり、俺は彼女を抱きしめたままベッドへと突っ伏す。

 

 

 静かな娼館の夜は更けていく。

 階下で若い娘の嬌声が聞こえたような気がしたが、御愛嬌だ。

 

 

 

 

 

 まだ夜の名残の匂いがする中庭で、俺たちは一夜の相手を見送りに来ていた。

 白み始めた空の月はそろそろ蒼さを失いつつある。

 弱まっていく池の光の中で、ミトランシェはこちらを振り向いた。

 

「……達者でな」

 

 俺が片手を上げると、コクンと彼女は頷く。

 ウーゴの相手となったエルフ娘は、必死に彼女の影に隠れるようにしていた。どうやら照れているらしい。

 それを見送るウーゴの顔は、見事なばかりにヤニ下がっていた。

 まあ、気持ちは分かる。エルフのナニが具合がイイって噂も、抱いてみなけりゃ知りようもねえしな。

 

 来るときと同じで帰りもさっぱりしたもんだ。愁嘆場染みたものもなく、妖精(エルフ)たちは光の中へと消えた。

 間もなくその光も収まり、朝露に濡れた中庭の静けさが戻ってくる。

 しかしまあ、四年に一度とはいえ、遠く離れた場所とここを繋ぐ移動魔法ってのは大したもんだぜ。

 

「オズマさん、このたびは本当に、本当にありがとうございました!」

 

 礼を言ってくるウーゴが、俺のわずかな感傷を振り払う。

 

「……ところで、今回のお代はどれくらいですかね?」

 

「さいですねえ……」

 

 正直に言えば、今回の逢瀬を用立てても、金自体はろくすっぽかかっていない。

 だからといって僅かばかりの金を頂戴するってのも沽券に係わる。

 

「それじゃあ……今回はこのくらいで」

 

 俺が指を折って示した額は、うちの一番人気の娘の二割がけほど。

 どうかな、と思ったが、ウーゴ的には想定内だったようだ。

 

「ありがとうございました!」

 

 笑顔で予め用意していたらしい金を渡してくるウーゴに、一応釘を刺すのは忘れない。

 

「ともかく。あの娘とは後腐れないように筋は通しておきましたけれど、エルフって連中はすこぶる執着するやつらばかりってことを、決して忘れないで下さいよ?」

 

「はあ」

 

 気の抜けた返事をするウーゴに、俺は内心で合掌。まあ、早けりゃ20年もかからねえかもな。

 もっともその頃にはウーゴは冒険者としてやってないかも知れないし、徒党のクゥレカとかいった娘といい仲になって所帯を持ってるかも知れん。

 まあ、将来は誰にも分からねえ。神のみぞ知るってもんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 蒼月祭から五日ほど経ち、街もようやくいつもの落ち着きを取り戻してきたころ。

 

「旦那。お客人ですよ」

 

「……誰でえ、こんな時分に?」

 

 サイベージの声に、俺は露骨に不満の声を上げた。

 時刻は昼になろうとする直前。

 だがそれは世間的なもので、夜を徹して営業する娼館にとっちゃあほとんど早朝みたいなもんだ。

 まだ重たい瞼をこじ開け、どうにか身形を整えていると、許可も待たず部屋の扉が開く。

 入ってきたのは、まるで黒曜鳥のような艶のあるドレスに、肩から長い緑の髪を流した何とも妖艶な雰囲気の女だ。

 

「……マリエか」

 

 俺は驚きの声を出さずにはいられない。

 

 『幻翠苑』と呼ばれる娼館を切り盛りする女主人マリエ。

 とにかく質の高い娼婦を揃えて、生半な小金持ちは相手にしない高級店。

 看板には絶世の美貌を誇るハーフエルフを抱えた、いわば同業者だ。

 

 マリエは、案内してきたらしいサイベージを外に出るように顎で指し示す。

 弾かれたようにサイベージは部屋の外へ消え、扉が閉ざされた。

 

「おめえ、何しにきやがった?」

 

 俺の質問に、女主人は答えない。

 薄く笑うと、マリエは、彼女のシンボルともいえる長い銀煙管を桃色の唇に咥えて煙を吸い込み―――たちまちむせ返る。

 

「ほら、無理するなって」

 

「もうッ! 三回に二回は上手くいくのッ!」

 

 俺の呆れ声に、涙目の蓮っ葉な声が応じた。

 そのまま近くのソファーに乱暴に腰を降ろす仕草なんぞ、小娘のまんまだ。

 思わず俺が笑っていると、マリエのやつが銀煙管を突きつけてくる。

 

「とにかくッ! 五日も経つのにお礼一つ寄越さないってのはどういうこと!?」

 

「あん? てめえんとこで捌けねえ客を廻してきたクセになにいってやがる」

 

「そんなことより、今年の蒼月祭が四年に一度の約束って忘れてたでしょー?」

 

「……っ! ばっか、おめえ、そんな大切なこと忘れてるもんかよ!」

 

「前日にもなって、大慌てて街中の花屋からトレクサを物色しまくってたのは誰だったのかなー?」

 

 小憎らしい口調でさえずるマリエを、俺は睨みつけた。

 だが一蹴するには、彼女の言は図星に過ぎる。

 俺は頭をバリバリと掻いて、非常に、本当に非常に業腹だったが口を開く。

 

「その、まあ、なんだ。……おかげで助かったよ」

 

 一瞬マリエはきょとんとし、それから盛大に足をばたつかせて笑い始めた。

 その仕草はドレスから剥き出しの太腿が見えるくらいで、俺は顔を顰めている。

 

「ひーひーおかしー! やっぱり忘れてたんだねー!」

 

 さんざんとゲラゲラ笑い倒してから、マリエはまたもや銀煙管で一服。

 今度は上手く吸い込めたらしく、唇から細く煙を吐き出してこっちを流し目で見てきやがる。

 

「まあ、下手を打てば、あたしのケツにも火が点くことになりかねないからねー」

 

 伝法くさい口調でそんなことをポツリという。

 

「まったくなあ……」

 

 しみじみと同意してから俺が苦虫を噛み潰したのは、あっさりと賛同してしまった迂闊さと、彼女の言葉づかいと態度の生意気さにだ。

 

「っていうか、そんな身体に悪いものやめちまえよ」

 

「これがないと同業者の連中に舐められるでしょー!」

 

 銀煙管を胸に抱くようにしてマリエが「いー!」と歯を剥いてくる。

 まあ、一理なくもない。

 

 今をときめく幻翠苑の女主人が、まだ20歳をいくらか出たばかりの小娘であることなんざあ、お釈迦さまでも分かるめえ。

 そんでいて、この界隈の娼館の百戦錬磨な主人どもと五分に渡りあってきているんだから、なんともはや。

 

 もちろん度胸が良いだけじゃ勤まらない話で、本人も化粧や道具で化けることに余念がない。いわば張子の貫録ってわけだが、結局のところ、マリエも言った通りこの業界も舐められたら終わりだ。

 そのくせに、俺に対するこの舐め腐った態度はどういうワケだ?

 

 まあ、種を明かしちまえば、幻翠苑の出資者は俺だ。

 この街に店を構えるに際し、大衆志向の店と高級志向の店とどちらにするか悩んでみたが、俺は大衆向けの方が肌に合う。

 色々と落ち着いて、いざ二号店ということで高級志向の店の方を作ってみた。そっちはマリエに任せてみたところ、どうしてなかなか才覚があったらしい。

 そういや、もともとマリエも娼館を運営したいってから、二つ目を作ったんだっけかな? まあ、今となってはどっちでもいいか。

 

「さて、わざわざご足労頂いたのは申し訳ねえが、礼は言ったぜ? そろそろお前もヤサに戻って夜の準備でもしろや」

 

 俺がそう告げると、マリエは露骨に眉根を寄せた。

 

「言葉なんてタダ同然でしょ? ちゃんと形で欲しいんですけれどもー?」

 

 俺は深々と溜息をつく。

 

「案の上、タカリに来たってわけか」

 

「タカリだなんて人聞きの悪い。おねだりって言ってくれない?」

 

 椅子に腰を降ろす俺の背後に回りこんだマリエは、左手の人差し指でつーっと俺の肩あたりをなぞる。

 

「やめろ気色悪い。……で? 今度は何がご所望なんだ?」

 

 彼女の右手に持つ銀煙管をぼんやりと見つめながら言った。これも俺が贈ったものだったが、今となって別のものにしときゃ良かったと悔やんでいる。

 

「上限は?」

 

 マリエはにっこりして言う。

 

「まずは欲しいものを言え」

 

 仏頂面で俺。

 

「もう。なんでそんなにツレないのかなー?」

 

 背後からしゃなりと両腕が前に回ってくる。顔が近い。マリエの吐息が俺の頬をくすぐる。

 

「もっと仲良くしましょ? お・と・う・さ・ん」

 

 緑色の髪が零れ、尖った形の良い耳が覗く。

 

「は~~。迂闊にガキは作るもんじゃねえなあ」

 

「その台詞。母さんに伝えても良い?」

 

「……なんでも好きなモノを持っていけ、このべらぼうめ」

 

「ありがとう、おとーさーん!」

 

 抱きついて来ようとするマリエをどうにか躱し、俺は未熟なヒュレオの実を丸かじりしたような顔をしていたことだろう。

 そんな俺の目の前で、マリエは嬉々として机の引き出しを漁っている。

 一応、特製の鍵がなきゃ絶対に開かない魔法をかけてあるんだが、今日は全開だ。

 それでも釘を刺すのは忘れない。

 

「いいか、一つだけだぞ、一つだけ!」

 

 引き出しの中は、俺の若い頃の戦利品だ。金目のモノってことで適当に突っ込んでいる。

 娼館の経営が立ち行かなかった時の虎の子だが、幸いにも今のところは陽の目を見ないで済んでいた。

 

「…うん! これこれ! これが良いなッ!」

 

 そういってマリエが奥から引っ張り出してきたのは、夜の闇より黒い宝石を嵌めこんだ首飾り。

 

「ん~……?」

 

 俺は首を捻る。何かしらの曰くがあったような……っと思い出した!

 

「おいおい、それはやめとけ! その宝石は血涙石ってな、着けたやつの寿命を一日ずつ吸って輝くっていう曰く付きの……!!」

 

 慌てる俺を差し置いて、マリエはもう首にそれを掛けていた。

 黒一色のドレスの首元で、赤い妖しい光が煌めく。

 

「偶に着けるだけだから大丈夫だよー?」

 

 暢気な声に、俺は脱力して椅子にもたれてしまう。

 人間とエルフの間に生まれたいわゆるハーフエルフは、生来的にエルフとしての器質を大きく受け継ぐ。つまりは、寿命もエルフに準じるわけで、一日二日呪いのアイテムを身に着けたところで屁でもねえわけだ。

 

 思わず片手で顔を覆う俺の膝の上に、上機嫌で座ってくるマリエ。まんまガキの仕草だが好きにさせてやる。

 さっそくの戦利品を眺める娘に、俺は何とも言えない感慨を抱く。

 

―――まったく、何悲しくて父親と同じヤクザな仕事をしてるんだか。

 

 てめえの娘のことを言うのもなんだが、マリエは母親ゆずりの美貌を受け継いでいる。世間を出回れば、見初める野郎どもの枚挙に暇はないだろうし、仮に娼婦になりゃ文字通りの傾城となるだろう。

 それでなくてもハーフエルフってことで、もっと奔放に生きてもいいはずだ。

 ……いや、今のこの生き方そのものが、コイツにとっては奔放の極みか?

 

「なあに? どうかした、おとうさん?」

 

 眺めている視線に気づいたらしい。小首を傾げてくるマリエに、俺は全然考えていたこととは違う言葉を口にしていた。

 

「その、なんだ。ミトランシェのやつは、おまえの方も尋ねてきたりしないのか?」

 

「ううん、全然」

 

 あっさりと、微塵の感慨もない返答。

 

「母さんが執着しているのは父さんだけだからねー」

 

 戦慄とうんざりとした感情に襲われる俺は、何べん繰り返しても慣れることはねえ。

 エルフが執念深いのは前述した通りだが、それを言い換えればひたすらに一途ってことでもある。

 実際に、マリエも隠れ里を一人飛び出して俺のところまでやってきたもんだが、そのこと自体をミトランシェは全く意に介した素振りもない。

 アイツは、別れる際に俺が交わした約束の遵守だけをひたすら望んでいる。その周囲に実の娘がいようがいまいが全然構わないらしい。

 肉親の情がないわけではないのだろうけど、エルフってのは超個人主義者の集まりともいえるのではなかろうか。

 

「……まあ、価値観の相違ってやつだろうな……」

 

 どうにか俺はその声だけを絞り出す。

 つまりはエルフと関係を持つってのは、それだけ重いのだ。

 ウーゴがエルフを抱きたいといったことに俺が反対したのは伊達じゃない。純粋な実体験によるものだったのである。

 

「………」

 

 俺は無言でマリエの頭に手を載せた。

 嫌がられるかな、と思ったが、存外素直にマリエは俺の手を受け入れてくれた。

 娘の緑色の綺麗な髪をかき回す。

くすぐったそうな目つきで「どうしたの?」と小首を傾げてくる仕草は、ゾクッとするほど母親に似ていた。

 

「なあに、なんでもねえよ」

 

 誤魔化すように苦笑して、俺は先日の物好きな冒険者のことに思いを馳せる。

 同族同士だとエルフってのは子供が生まれづらいが、人間に抱かれると妊娠率が格段に高いという。それをウーゴが知っていたかどうか。

 生まれたハーフエルフの娘が妖精族の生活に倦んだとき、間違いなく頼ってくるのは父親だ。それは無碍にしようものなら、例の執念深さが出張ってくることになるだろう。

 

 断言できる遠いようで近い未来。

 なんとも背筋が薄ら寒くなる話だが、そこは将来のウーゴの器に期待しよう。

 さすがに俺もその頃までは責任を持てない。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。