娼館オズマ   作:とりなんこつ

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第八話 元冒険者が久しぶりに旅をかける話

 

 

  

 

 夕暮れも近い書き入れ時。

 そろそろ俺も出張るかと準備していた支配人室に、サイベージの野郎が駆けこんできた。

 

「旦那。ちょっと妙なお客人が……」

 

「妙な客だァ?」

 

 身なりを整え大食堂へ降りていけば、ああ、なるほどと俺は納得する。

 白銀の軽装鎧に、裏地が漆黒の赤外套。

 何とも気品のある所作でワインを傾けている男は、こんな娼館にはつくづく似合わないものだ。

 

「これはこれは。騎士様ともあろう方が、こんな場末の店に何用で?」

 

 騎士という階級は、その存在が国へと帰属する。

 国への絶対の忠義を捧げ、在り様と立ち振る舞いには格が求められる。

 そもそも人品ともに相応しくない者は、決して騎士になれるものではない。

 

 ゆえに、こんな世俗に塗れた娼館に騎士が参るなど、前代未聞だ。

 店員も客も誰もが、驚いたり気味悪そうに遠巻きにしてやがる。

 だが俺は、臆さず騎士へと近づくと、

 

「しかもその真紅のケープは、王宮騎士様の証では?」

 

 おおう、と周囲からどよめきが上がる。

 文字通り王宮の守護を任じられた騎士は、いわばエリート中のエリートだ。

 

「……キサマがこの店の主か?」

 

 杯を置き、ジロリとこちらを見てくる騎士。

 

「さいで。尾妻連太郎というつまらないものですが」

 

 不意に目前に書面が示される。

 

「ここら娼館一帯への従軍要請だ。代表して貴様が取りまとめろ」

 

 今度は娼館全体にどよめきが走った気がする。

 

「そりゃなんとも急な話でござんすね。引き受けるのも吝かじゃねえですが、まずは詳しい話を、どうぞこちらで……」

 

 俺は騎士を支配人室へと誘う。

 ふん、と鼻を鳴らし、騎士も黙ってついきた。

 

 部屋へと戻り、騎士殿に椅子をすすめる。

 すかさずサイベージの野郎が茶を持ってきたのは上等だ。

 

「粗茶ですが」

 

 そういってカップを置いたサイベージの顔を、騎士がマジマジと見上げている。

 

「……アルクダの黒鳥がここで何をしている?」

 

「え? な、なんのことでしょう? あたしはしがない居残り冒険者ってヤツで……」

 

 珍しく慌てているサイベージに、俺は顎をしゃくる。

 

「おら、さっさと部屋を出ていかねえか。俺ぁ、いまからこの騎士さまと大事な話があるんだからよ」

 

 泡喰ったような表情のサイベージが去って、支配人室には二人きり。

 目前の騎士の鋭い眼差しを俺は受け止める。

 むしろ睨み返してやって―――果たして笑い出したのは、どっちが先だったもんか。

 ゲラゲラとひとしきり笑ったあと。

 

「……相変わらずいい度胸をしているな、レンタロー」

 

「それはこっちの台詞だぜ、メッツァー。おめえこそ、いつの間に王宮騎士なんぞに」

 

「言葉遣いには気をつけろ。今のオレはランドルフの姓を賜っているんだぜ?」

 

「へえへえ。で、そのランドルフ卿は何用があっていらっしゃったんですかね?」

 

 棚から酒瓶とグラスを二つ取り出しながら俺。

 

「グルレルフの件はオマエの耳にも届いているだろう?」

 

 完全に砕けた口調で語り掛けてくるメッツァーに、俺は眉をしかめる。

 

「都の軍隊が出張っているとこだろ?」

 

 北のリングリア界隈からやや西に位置する、比較的大きな国だ。

 国と同じ名前の首都グルレルフは結構な人口を抱えて栄えているって話だが、そんなところを大聖皇国の正規軍が包囲していることが気にかかかる。

 ましてや、魔王戦役はとっくに終わったはずだろ? 俺がそういうと、メッツァーは遠慮なく酒を飲み干してから言った。

 

「そう、その魔王戦役よ。あの最中に、あいつ等は国がらみで阿漕なことをやっていたらしくてな……」

 

 メッツァーの語るところによれば、魔王軍の侵攻に伴う混乱の中、火事場泥棒的に焦土を縄張りに拡張したり、物資の不当な独占や供給のコントロールしていたフシがあるという。

 人類一丸となって魔王に立ち向かわなければならん、と考えている大多数の国にとって、これはまことにけしからん。

 ってなわけで、大聖皇国が代表で査察を行おうとしたわけだが、グルレルフはこれを拒否。

 グルレルフ側は不当な調査だ、言いがかりだという姿勢を崩さず、皇国側は痛くない腹なら探らせろ、と譲らない。

 結果として、双方の軍隊が睨みあう格好になってしまったとか。

 

「軍の配備も長引けば、兵士たちの不満も溜まる。お偉いさんの方では今回は長丁場と踏んで、後方に補給陣地を作ることになってな」

 

「なるほどねえ……」

 

 兵は、飯がなけりゃ働けねえ。それに加えて楽しみがなけりゃ働く気にはなれねえ。

 これが地元ならともかく、遠い異国ともなれば、指揮する国としても自分でなんとかしろなんて口が裂けても言えなくなる。

 補給陣地ってのも、要は娯楽施設の集まりだ。

 美味い飯と酒をかっ食らい女を抱くってのは、男にとって必要不可欠な要素だと俺は思っている。

 

「おかみの要請となりゃ協力するのも吝かじゃねえよ。けれどなあ……」

 

 メッツァーとは、もうかれこれ20年以上の付き合いで、昔は一緒に冒険者をやっていた仲だ。

 こいつがどうやって騎士分なんぞに取り立てられたのかは詳しくは知らないが、昔馴染みの頼みとあっても俺が渋面を作るのには理由がある。

 

 一つに、今も昔も、おかみの要請ってのは渋いって相場が決まっている。

 国のために滅私奉公せよ、って無言の圧力をかまし、いわゆるボランティアを強いてくるのは当たり前だ。

 仮に従軍するにしても、その間の本館の稼ぎが減って、おまけに苦労して赴いた遠方での報酬が持ち出しとなりゃ、踏んだり蹴ったりって話じゃないだろう?

 

「その件に関しては、殿下のご聖断を頂いている」

 

 ニヤリと笑ったメッツァーは、懐から別の紙を取り出して広げている。

 渡されて一瞥し、俺は思わず「ほ」と口を開けてしまった。

 従軍に伴って支給される手当の額は悪くない。加えて補給陣地での一切の経費も国持ちだ。

 だが、真に俺を驚かせた理由は、殿下サマと思しき名前のサイン。

 

「……クラーラ嬢ちゃん、そこまで出世したんか」

 

「敬え。今はクラウディア皇女殿下だ」

 

「あのお転婆がねえ……」

 

「だから敬えっていってるだろうが」

 

 口調に反し、メッツァーはニヤニヤした笑みを浮かべてやがる。

 それから当たり障りのない四方山話をしていた時間は決して長くねえ。

 その間に、俺の秘蔵酒を全て飲み干して帰っていたアイツは、騎士様になっても酒に意地汚いままかよ。

 

 

 

 メッツァーが辞したあと。

 俺はさっそく自分の店の娼婦の選別に入る。

 ここら一帯の娼館への従軍要請と言っていたが、あんな食堂のド真ん中で宣言したんだ。俺が知らせるまでもなく、周囲の店には筒抜けのはず。

 

「取り合えずは、ある程度はこなれた面子にしねえとな……」

 

 まず、水揚げしたばかりの連中は却下だ。兵隊の荒くれどもを捌くにはある程度の度胸が必要になる。

 ちょっとした長旅になるから、身体があまり丈夫でない娘も弾く。体力があるなら器量は二の次でもいいか。

 反面、元気の有り余ってそうな見習いは、身の回りの世話をさせる小間使いとして同道させよう。

 

 とまあ、色々と頭を捏ねくりまわしては見たが、最後には娼婦本人の意向を確認せんとな。

 いくら直接的な戦闘が行われてないにせよ戦場へ向かうのは間違いない。旅程も含めて危険が伴う。

 覚悟もなしに無理やり命を賭けさせるのは俺の主義に反するってもんだ。

 

「そういや旦那。例のグルレルフが各国の査定を拒んでいるって小耳に挟んだんですがね……」

 

 いかにもそこいらの世間話で聞いた風にサイベージが言う。

 まあ、コイツのこったから、支配人室から出たと見せかけて耳を欹てていたのかも知れないが。

 

「要は、大聖皇国の査察じゃあ公平性が担保されないってグルレルフ側がごねているわけでしょ?」

 

「ふむ……」

 

 サイベージの野郎、なかなか鋭いところを突きやがる。

 

 俺だってメッツァーの言い分を鵜呑みにしたわけじゃあない。

 確かにグルレルフは魔王戦役にかまけてあくどいことをしたのかも知れん。

 その報いは当然受けるにしても、大聖皇国に絶対的な正義があって正しい査察をするとも思えなかった。あれこれ理由をつけて、罪業をでっちあげるくらいするだろう。

 国家間の政治ってのは本来そういうもので、一歩引けば相手は一歩踏み込んでくると考えて良い。

 グルレルフとしては、下手を打って付け込まれたり、弱みを晒したくないっていう思惑があるに違いない。

 

「だったら、ほら。アレスさんに査察の使者をお願いしてみたらどうですかね?」

 

 かつて俺の娼館で男になった勇者は、魔王を討つという大役を果たした。

 公には魔王と相討ちになって生死不明となっている。

 実際は、引く手あまたの要職や身分待遇、高貴な地位も全て断り、自分の生存は伏せたまま野に下った。

 対価として得られた報奨金と引き換えに俺の店の看板娘を娶った彼は、今は市井でひっそりと暮らしている。

 確かにかの勇者が生きていたと表明し査察の使者と立てば、それはこれ以上のない中立者となるだろう。

 

 だが俺はサイベージを叱り飛ばす。

 

「与太を飛ばしてんじゃねえよ。今のあの人は静かに暮らしているんだ。山ほどの名誉よりウチのカリナを選んでくだすったんだぜ? そっとしておいてやるのが仁義ってもんだろう」

 

「さいですか……」

 

 まだ釈然としないふうのサイベージの野郎をもう一度叱り飛ばし、俺は支配人室をでる。

 そいじゃ、目をつけた娘どもにナシをつけに行くか。

 そう思って廊下を進めば、何やらガヤガヤと騒がしい。

 

「どうした、いってえ何の騒ぎだ?」

 

 娘どもの中心にいるのはクエスティンだ。客の相手もせずに、なにやら色々と指示を飛ばしてやがる。

 

「おいおい……」

 

 叱ろうと近づいた俺に向かって、

 

「あ、支配人さん。従軍メンバーはあたしにサマンサ、ネイブ、それとアリンね」

 

「……あ?」

 

「見習いからは、リンダ、パーシャ、ミルラ、ダリア、それにマリィにメリィあたりかな?」

 

「おいおい、何勝手に話を……」

 

 言いかけて俺は口をつぐむ。クエスティンの提案は、俺が考えていたのとドンピシャだった。

 ふーっと大きく溜息をつき、俺は頭を掻く。

 

「ったく。仮にも従軍ってんだから、戦火にまみえる危険もあるんだぜ? 先走るにもほどがあるだろう?」

 

「全員承知の上よ」

 

 クエスティンは胸を張る。こうしてみると随分と態度も胸も大きくなったもんだ。

 

「危険なことからは支配人さんから守ってもらうとして、どうせ国からの要請なんでしょ? 断れないでしょ?」

 

 俺はぐうの音も出なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ウチの娘たちが全員納得済みってんなら是非もねえ。

 それなりの報酬も約束されていると伝えれば、娼婦たちは揃って当然という顔をする。

 

 まだ見習いの小娘たちは緊張していたが、全員がしっかりと俺の目を見て大丈夫だと頷いてくれた。

 これは度胸がいいと評するより、俺に対する義理の方が大きい感じがして多少モヤモヤしたが。

 

 食料や移動手段は国が差配してくれるが、個人の荷物やら着替えやらと、従軍する娼婦たちは出立の準備をしなきゃならない。

 準備する連中はその間に客を取れねえが、残留組はそのまま通常営業だ。

 クエスティン目当ての客はぶー垂れていたが、そんな準備の慌ただしさもあって店全体が活気づく。

 それを横目に、俺もしなきゃならないことが多い。

 

 メッツァーのもってきた要請書が錦の御旗ってわけじゃあねえが、それを携えて他の娼館のあいさつ回りだ。

 丁寧に事情を話し、今回の取りまとめ役を担うことを伝えていく。

 従軍要請があったこと自体を、どこの娼館も既に把握していたのはさすがだが、おかみの仕儀ってことで渋られたのは最初の一、二軒ほど。

 そこからはクラーラ嬢ちゃん、いやさクラウディア殿下の決裁書が物を言った。

 掌を返すと言えばあからさまだが、打って変わって協力的になった店を後にすりゃあ、次の店からの態度も一様ってことで、さっそく派遣する娼婦の準備に忙しそう。

 いやはや蛇の道は蛇とはいったものの、この情報の広まり具合ってのは、同じ界隈で働いていてうすら寒くなるほどだぜ。

 こうなると今さらな気もするが、まあ一応の仁義ってやつで説明を繰り返し筋を通していく。

 そのたびにペコペコと頭を下げて、最後の最後に訪れたのは、ある意味一番頭を下げたくない場所だ。

 

「なんで父さんが行くわけッ!?」

 

 幻翆苑の女主人マリエが、銀煙管を噛みながら金切り声を上げている。

 

「こらっ、声がでけえって…!」

 

 一応、こいつが俺の娘であることは周囲に伏せている。いくら個室で二人きりったって、そんな大声でしゃべっちゃ誰に聞かれているもんか。

 

「そういうのこそ、若いあたしが率先して行くべきじゃあないの?」

 

 まだ二十歳を出たばっかりのくせに偉い剣幕だ。

 

「仕方ねえだろう。指名されたのはあくまで俺だ。まあ、おまえとは貫目が違うんだよ」

 

 本当はメッツァーらの差し金だろうが、そこはマリエには黙っておく。

 

「う゛~。リングリア地方は魚が美味しいって評判なのに~」

 

 とかくハーフエルフってのは好奇心旺盛だ。その長い寿命にかまけて大陸を踏破し、えらく正確な地図を作った先人の例がある。

 

「おいおい、遊びに行くわけじゃねえんだぞ?」

 

 釘を刺すと、マリエはソファーにひっくり返る。

 

「はいはい。とりあえず、うちからも五人だすわ。小間使いとして見習いが十人くらい?」

 

 その提案に、俺は目を見張る。

 

「俺んとこより出すたあ、偉く張り込むじゃねえか」

 

「ふふん、そこいらはそれ、父さんとうちじゃあ、貫目が違うのよ?」

 

 やり返してるつもりかよ。ったく、店の看板は違えど、根っこの出資者は俺なんだがなあ。

 

「予め断っておくけれど、あんまり粗野な客とかは受け付けないからね。みんなそういう風に仕込んでいるから」

 

「分かった分かった。善処してやるよ」

 

「みんなうちの将来の金の卵だからね。きちんと守ってあげてね?」

 

「そこいらへんは言われるまでもねえよ」

 

 娼館の経営者が娼婦を守らねえで、他に誰が守るってんだ。

 

「まあ、父さんが一団を仕切るなら、あまり心配はしてないけどね……」

 

 褒めてんのか揶揄っているのかよく分からない台詞を言って、マリエは銀煙管からフーっと煙を吹かす。

 

「それで、こっちからも頼みがあるんだが」

 

「なあに?」

 

「俺が不在の間、俺の店の面倒を頼まれてくれねえか?」

 

 マリエに向かって深々と頭を下げる。

 俺の店には、副支配人っていう立場の人間がいない。

 ずーっとワンマンで差配していた俺の明らかなミスだ。

 それなりに娼婦たちには自己判断できるように仕込んではいたが、さすがに頭が不在じゃあ不測の事態には混乱するだろう。

 従軍は一応一か月ないし三か月で交代ってことになっているが、その間に店を休ませるのは論外だ。

 一瞬だけサイベージに任せてみるか、と考えたが、ありゃ元は借金まみれの冒険者だったわ。それに、あいつも今回は俺についてくるって譲らねえしな。

 

「分かったわ」

 

 マリエが即答。ここまでは俺の予想範囲。

 

「それでぇ、留守番のご褒美なんだけど……?」

 

 小さく口元をすぼめるように笑って俺を見てくる表情は、母親そっくりだ。

 絶対に逃がさないって決めたアイツは、よくそんな笑顔を浮かべていたっけな。

 

「そいつは先払いしとくさ」

 

 俺はマリエに向かって金の鍵を放る。

 

「部屋の引き出しの鍵だ。中からは好きなもんを選べ」

 

 きょとんとした顔をしたマリエだったが、間もなく凄い笑顔になる。

 

「い、いいの? なんでも?」

 

「ああ」

 

 頷く俺。

 

「そして、一番上の引き出しの中には、店の権利書とかの一切合切が入っている」

 

「え……?」

 

「万が一、俺が戻らねえときは、おまえが全て差配しろ」

 

 笑顔も一転、顔を白くしたマリエがそっと近づいてくる。

 

「父さん……?」

 

「ああん? なんて顔をしてやがる! 万が一っていったろ、万が一って!」

 

 がははと笑いながら、俺は久しぶりに娘の髪をグシグシと撫でつけた。

 

「とはいっても、俺もいい歳だ。いつ何時何があってもおかしくねえ……」

 

 言いかけて、マリエの真剣な目つきに気づく。

 

「……けどよ、勝手におっ死んだら、それはそれでミトランシェに殺されちまうわな」

 

 そう続けると、噴き出すようにマリエは笑いだす。

 

「そうだよね。母さんの執着は半端ないから」

 

「そういうこった。まあ、それも含めて俺の留守を頼むぜ?」

 

「うん、分かった」

 

 目尻の涙を拭いながらマリエ。その涙は笑い涙だと思いたいところだ。

 

 

 

 

 ヒエロの門を出て街道へ至る。

 その街道を、何十もの馬車が連なって進んでいく。

 振り返れば、大聖皇国首都ロノキアの城の尖塔が望めた。これから赴く北国を思えば、妙な郷愁が沸いてくる。

 

「どうしました、旦那?」

 

 荷馬車の手綱を操りながらサイベージが訊ねてくる。

 

「……なんでもねえよ」

 

 相変わらず器用なヤツだな。つーか、なんでおまえが御者をしているんだ?

 そんなことを考えながらデカい荷台を見れば飼い葉が満載だ。

 その上できゃっきゃと騒いでいるのは、うちの見習い娘たち。

 物見遊山というか、緊張感がないというか。

 

 まあ、それも無理もないことか。

 どだい、街で暮らす人間のほとんどはその街で一生を終える。

 遠出をするのは冒険者や商人といった生業であって、こんな風に軍隊の護衛付きでの移動となれば、旅行気分になるのは分からなくもない。

 

 ちなみに今回の主役である娼婦たちは、それぞれが屋根つきのしっかりとした馬車へと載せられていた。御者も熟練で、馬車の横を馬に乗った兵士たちが等間隔で並走している。

 馬車ん中ではきっとそれぞれがおしゃべりに花を咲かせていることだろう嬢ちゃんたちも、いつまで元気でいられるもんかね?

 

 苦笑しつつ御者台でもう一度振り返れば、ずらっと並んだ馬車の最後には大規模な輜重隊。

 さらにその後ろには商人隊もぞろぞろついてきているのが見える。

 なんとも大所帯ってヤツだが、これだけガヤガヤしていれば、街道周辺の怪物や獣どもも寄ってこないだろう。

 

 徒歩なら難儀する長旅も、馬に揺られてとありゃあ疲れは違う。

 それでも娼婦たちは、初日の宿泊予定地で、そろってげんなりした顔で馬車から降りてくる。

 

「……お、お尻が痛い…」

 

 涙目で訴えてきたのは俺の店のネイブだ。

 まあ、口に出さないだけで、どこの店の連中もみんなそうだろうよ。

 なんせ娼館で乳母日傘な生活を続けているんだ。王侯貴族様の専用馬車ならいざ知らず、搔き集めただけの乗り合い馬車の粗末な座席じゃ、さぞかし柔らかい尻に響いたことだろうぜ。

 

「それは大変ですね。ここはいっちょあたしがマッサージでも……」

 

 手をワキワキさせるサイベージの頭を引っ叩いておいて、俺は飼い葉を詰めた袋を差し出す。

 

「これを尻の下に敷いておくんだな」

 

「支配人さん、分かっているなら最初からくれればいいのに……」

 

 クエスティンの恨めし気な眼差しを、俺は見つめ返す。

 

「旅をかけるってのはこういうこった。最初は思いもかけないことが次々と起こるんだぜ?」

 

 俺の真剣な様子に顔を見合わせる娼婦たち。

 

「確かに店から連れ出したのは俺だがな、目的地に辿り着くまでの旅程も甘く見て貰っちゃ困るんだ。最悪、てめえの身はてめえで守らにゃならなくなるかも知れないからな」

 

 魔物や怪物もおっかねえが、何よりおっかねえのは人だ。

 山賊、追剥、強盗と、お天道様も仰げない亡八どもの方がよっぽど性質が悪いぜ。

 連中相手に命があるだけマシ、素っ裸で着の身着のまま放置されりゃめっけもんとくらあ。

 

「いくら軍隊に囲まれているっていってもな、ちょいと用足しに―――ってうっかり離れてもみろ。そこを有象無象に襲われちゃ、旅慣れてねえおまえらなんか鴨撃ちも同然だ。ひとたまりもねえぞ」

 

 ゴクリ、と誰かが生唾を飲む音がする。

 っと、いけねえいけねえ、脅しが過ぎたか。

 

「だからって、何から何まで自分でしろって言ってるわけじゃないぜ? 分からないことがあったらすぐに訊く。困ったことがあったら相談する。この道々は一蓮托生、隠し事はなしってこった」

 

 俺としてはせいぜいカッコよく〆たつもりだったが、皆して揃って「イチレンタクショー……?」って首を捻っている。

 

「要は一心同体、運命共同体って意味だ。いいな、分かったかおまえらッ」

 

「は、はいッ」

 

 俺の元の世界の言葉はこうやって時々通じなくなる時がある。それでいてカモウチとかウンメイキョードータイとかって言葉は伝わるんだから、異世界ってのはつくづく不思議なとこだぜ。

 

 

 

 

 

 結構不自由な馬車旅も、慣れりゃあ慣れる。

 うちの店の娘たちも随分と逞しく見えるようになった反面、カチカチの尻じゃ商売にならねえぞーと釘を刺すのも忘れない。

 他の店の娘どもも似たりよったりだったが、幻翆苑の連中は最初から泣き言も言わなかった。 

 揃って美形が馬車から降りる所作もしゃなりしゃなりと色っぽいもんだから、護衛の兵隊たちも阿呆みたいに見惚れてるじゃねえか。

 ったく、マリエのやつ、いったいどんな仕込みをしているもんやら。

 その姿に、旅ズレたクエスティンたちがギギギと歯噛みしているが、悔しかったらもちっとてめえを磨き直すんだな。

 

「さて、長い間の馬車旅、ご苦労さん」

 

 昼過ぎに到着したのは、スーニエの港町。

 集められた嬢たちのほとんどが興奮した顔つきになっている。

 目の前に広がる青い海。内陸育ちにゃあ絶対にお目にかかれない光景だ。

 

「なんか変な匂いがする……」

 

 小さな鼻をヒクつかせているのは、うちの見習いのリンダだ。

 俺にとっちゃ妙に郷愁を誘う磯の香りも、知らない娘たちにゃ変な匂い、か。

 

「ひろーい! おーきーい!!」

 

「あ、あれはお水なの? お水が勝手に動いているのッ!?」

 

 マリィとメリィがそれぞれではしゃいでいる。

 

「そうよ、あれは海っていうの」

 

 訳知り顔でいうクエスティンだが、おまえも海を見るのは初めてだろ?

 

「支配人さんについてくれば、こういう珍しいものをたくさん見られるんだからね」

 

 悪戯っぽい目でこっちを見てくるが、そんな持ち上げられかたしても何もでねえぞー。

 

「取り合えず、今日はここに一泊して、明日からは船旅だぞ」

 

「船?」

 

 不思議そうな顔になる皆の前に、ちょうどデカい船が帆を立てて入港してくる。

 

「なにあれ? なにあれ!?」

 

「あんなでっかいものがなんで浮いているの?」

 

幼い目を丸くしているさまは微笑ましかったが、あいにく驚きまくりの年少組に詳しく説明している暇はない。

 

「それじゃ、あとは頼むぜ」

 

 俺がそう振り返ったのは、『紫の夜明け亭』から派遣されたマイネール。

 『紫の夜明け亭』ってのはヒエロ界隈じゃ老舗中の老舗ってことで有名だ。

 そこの番頭を務めるマイネールは、まだ30そこそこの若さのくせに偉い貫禄がある。

 店長であるジェスタ爺さんは歳だから出張ってこなかったにせよ、この機会に秘蔵っ子に色々と経験させようって魂胆なのだろう。

 

「はい。任されました」

 

 請け負ってくれたマイネールに礼を言い、俺は兵士の貸してくれた馬の手綱を握る。

 

「あれ? 支配人さん、どこ行くの?」

 

「俺ぁ、一足先に大森林を抜けて駐屯地へ向かう」

 

 大森林にも街道があって、そこを突っ切るのが目的地への一番の近道だ。

 だが、魔獣や賊どもが身を潜めやすいって点で言えば、平地の街道と比べてその危険度は大きく跳ね上がる。

 実際に街道をちょいと逸れるだけで、行方知れずになった連中の枚挙に暇はない。

 好き好んで森林の奥深くへ出向くのは冒険者くらいだ。

 

 そんな厄い場所を、嬢や娘たち連れて通るのはあまりにリスクが高い。

 ってなわけで、娼婦たちはまとめて船に乗り込んで、大森林を迂回。

 俺らと兵士の先行部隊は、一足先に駐屯地へと早駆ける。

 向うの港町についてから陸路を辿る娼婦組と、およそ一日半ほどの到着時間のズレが生じるが、逆にそれがいい。

 駐屯地に先に行って、それなりに受け入れの差配や住居の確認、現場の指揮官への挨拶周りとか、やることはいくらでもあるからな。

 

 久方ぶりに馬に乗ったが、意外と身体は覚えているもんだ。

 しかし、長い間の堅気暮らしで、すっかり柔らかくなっちまった尻ばかりはどうしようもない。

 大森林の道行きは、幸いにも特にこれといったことはなかった。馬を飛ばして森林を抜ければ、開けた視界に遠く煙がたなびいているのが見える。

 人が生活しているところに立つ炊煙だ。

 

 すっかり擦り剝けた尻を撫でながら、俺は目的地がもうすぐであることを知る。

 ヒエロの街を発ってから、ちょうど二週間あまりが過ぎようとしていた。

 

 

 

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