君が好きだと叫びたい!   作:みかんフレーク

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序章
#1 先生、雄英高校にコネとかってないですかね?


 ──人生が変わるほどの"恋"をしたことがあるか? 

 

 その人を視界に入れただけで幸せな気分になれるような、そんな甘い感情。

 

 俺がその味を知ってしまったのは、まだ5歳の頃。

 

 忘れもしない、鬱陶しいほどに暑い夏の日。

 

 柑子色の髪を揺らしながら。

 

 カンカンと照りつける太陽に、負けないくらいの笑顔を咲かすキミに。

 

 俺は人生を奪われた──。

 

 

 

 

 〇

 

 

 

 

 俺──愛生 千晴(あいおい ちはる)はいつも朝から幸せな気分になる。理由は足し算より簡単だ。何故って? 

 

「おい千晴、早く起きなよ、学校に遅刻するぞ。もう、いつまで寝てんだよこの男は……」

 

 最愛の幼馴染が、起こしに来てくれるからだ。

 

 綺麗な橙色の髪をサイドに束ね、凛とした雰囲気を醸し出す女の子──拳藤 一佳(けんどう いつか)は、俺の体を揺すりながら呆れた声を出す。

 

 そう、彼女こそ俺のハートを奪った張本人である。

 

 まだ5歳であるピュアな愛生少年を、一目惚れさせた罪な女である。

 

「う〜ん……あと5分……」

 

「早く起きなきゃ、ガツンといくよ」

 

 これは一佳の常套手段である。一回じゃなかなか起きない俺を無理やり起こすために、彼女はお得意のからてチョップを繰り出してくる。

 

 正直ご褒美なのだが、痛いものは痛いので、大人しくベッドから体を起こすことにする。

 

「おはよう。今日もいい天気だぞ」

 

「……長い夢を見ていた」

 

「夢? どんな?」

 

 一佳がキョトンとした。その動作すら愛おしい。

 

「俺と一佳が結婚して、幸せな家庭を築く夢」

 

「バカちん」

 

 ペチッと額をはたかれた。おかげさまで頭スッキリ。そのまま部屋から引きずり出され、学校まで行かされる。

 

 俺の朝は、いつもこうやって始まるのだ──。

 

 

 

 

 〇

 

 

 

 

「あ〜あ、もう中3の秋だぜ。中学校生活なんてあっという間だなぁ」

 

 学校への道を、そう呟きながら歩く。この前入ったばっかだと言うのに、卒業はもう目の前まで来ていた。流れる時の速さに心がついていっていない感じだ。こうやって歳をとっていくのかね。

 

「アンタみたいにボケーッと過ごしてたら、そう感じるのも無理ないかもね」

 

 隣を歩く一佳は、本を読みながら俺の言葉に反応を示す。歩き読書は危険だぞ。もし転んでその綺麗な体に傷でもついたらどうする。俺が責任を取る。

 

「平和が1番だよ。この3年間、何も不幸なくお前と過ごせて俺は満足だったよ」

 

「またそんなこと言って。どうせ適当こいてんでしょ」

 

「んなわけあるか! 俺がお前を想う気持ちは本物だ!」

 

「うわ、急に大声だすなよ……」

 

 おっと、俺としたことがつい熱くなっちまったぜ。けど、今言ったことは嘘偽りない真実だ。この可愛いすぎる幼馴染がいたから、中学生活も頑張れたってもんだ。

 

 にしても、なんでコイツはこんなにも動じないんだ? 普通の女子中学生なら異性に好意ある言葉を言われたら、頬を赤らめモジモジし、上目遣いで「え、私のことそんなに好きなの……? もう、しょうがないなぁ……」とか言ってくるものじゃないの? そしてそのままゴールイン! なんて展開になるんじゃないの? なんでコイツは白けた面でずっと本なんか読んでられるんだ? 

 

「おい一佳」

 

「あんだよ」

 

「こっち見ろ」

 

「いま忙しいから」

 

「その本と俺、どっちの方が好き?」

 

「この本」

 

「その幻想をぶっ壊す!!!」

 

 ババッ! と一佳の手から、その小さな本を取り上げる。ふはは! そんなにこの本が大事か! こんなもの、俺の手にかかれば秒で紙くずに変えられるわ! 

 

「なにすんだよ。返せ」

 

「一佳。お前に俺の気持ちは通じないのか?」

 

「何言ってんのコイツ」

 

「俺がお前を好きだって気持ち、お前には届かないのか?」

 

「あの……もう学校近いから。周りに人もいるから」

 

 確かにもう校門は目の前、周りに同じ中学校の生徒もちらほら見える。引いたような目で俺を見るやつや、キャーキャーと叫ぶ女生徒もいる。

 

 だがしかし、そんなこと気にするものか。周りの端役なんぞ目につかない。俺の目は、一佳しか映さないようできているのだ。

 

「ふふふ、これを返して欲しけりゃ俺の問いに答えるんだな。なぜお前は、俺の想いに無関心なんだ?」

 

「慣れ」

 

 

 ……慣れ、だと……? 

 

 

 たったの2文字。こいつ……ただそれだけの言葉で、俺のクエスチョンにアンサーしやがった。

 

 しかし、"慣れ"とはどういうことだ? 0.5秒くらい考えたけど、よくわかんないや。IQ200を超える俺でも理解できない答えをお出しするなんて、恐るべし女、拳藤一佳。さすが俺の惚れた子だ。

 

「つまり、どういうこと?」

 

「だってお前、いつも"好き"とか"愛してる"とか言ってくるじゃん。そんなの毎日聞いてたら、別になんとも思わなくなるわ」

 

「──ッ!?!?!?!?!?」

 

 なんだ……これは……? この脳天に落雷を喰らったかのような感覚は……? 思わず膝から崩れ落ちてしまう。

 

 そうか……この手の中にあるものが……。

 

「──心か」

 

「いやマジで意味不明なんだけど」

 

 地面にうなだれる俺を一佳は見下ろす。ああ、こういうのも良いな……じゃなくて。つまり、毎日のように好きだ好きだって言ってるから響かなかったってこと? 

 

「そうか……押しに全フリしても駄目だったってことか……」

 

「いや、フツーに気づくだろ。お前の場合は年単位だぞ」

 

 あはは、こいつは傑作だったぜ。どうやら女の子は、一筋縄ではいかないようだ。誰だ、女の子は押しに弱いからとにかく押せなんてほざいてた奴は。ぶっ飛ばすぞ。こちとら10年間は愛を伝えまくってたわ。その結果、生まれたのが今の一佳なんじゃねえか。並の言葉じゃ揺らがない、鋼のハートを持った女がなぁ! 

 

「恋は盲目なんてよく言ったもんだぜ。悪かったな、一佳」

 

「謝んなくてもいいけど。まぁもーちょい駆け引きとかしても良いかもね」

 

「アドバイスさんきゅー。取り入れてみるよ」

 

 謎が解けた俺は、大人しく一佳に本を返す。それを受け取り、2人で校門をくぐりぬけた。今日も今日とて、後輩共が朝練に励んでら。遠目に見えた知り合いに、挨拶代わりに手を振っておく。一佳は、黙々と本に目を落としていた。

 

「その本、そんなに面白いのか? どんなやつ?」

 

「面白いって、何か勘違いしてない? これ英語の単語帳だよ」

 

「たん……ご、ちょう……?」

 

 なにそれおいしいの? 鳥の1種? プリプリと柔らかく、焼いて食べたら美味いとかそういうやつ? 

 

「おいおい大丈夫か? もうすぐ入試だぞ? ちゃんと受験勉強してんのか?」

 

 ……ジュケン? あー、呪剣のことね。負の感情を纏わせて、呪いから生まれた呪霊を祓うための武器の話な。全く、一佳はもう少し女の子っぽい趣味をだな。

 

「……千晴、高校はどこに行く気?」

 

「一佳と同じトコ」

 

「私がどこ目指してるか知ってる?」

 

「いいや、知らない。家から通えるとこか?」

 

「はぁー……」

 

 いやなにその凄いため息。俺なんか変なこと言った? なんでそんな呆れた目でこっち見てくんの? 

 

「私、雄英受けるから」

 

 ユウエイ……? あー、ユウエイって雄英高校のことね! 俺知ってるよ。強いからね、そういう方面の話には。

 

 俺はポケットからスマホを取り出し、シュタタタタと指を走らせた。雄英高校──国内屈指の難関校。なんかバカでかい敷地を持ってるから、校内をバスで移動することもあるんだって。金かかってんね。ふーん、学科も色々あるんだ。

 

「何科を受けるの?」

 

「ヒーロー科」

 

「うん?」

 

「ヒーロー科」

 

「なになに? よく聞こえない」

 

「ヒーロー科だっつってんだろ!!」

 

 鼓膜にダイレクトアタックだ! 耳がキーンとするぜ! 

 

 続けてスマホで雄英のヒーロー科について検索をかける。ふむふむ、なるほど。数多くのプロヒーローを輩出してきた超名門。偏差値79に倍率は300倍……なんだこれバカか? なんか色々バグってない? 

 

 ヒーロー科ってことは、一佳はプロヒーロー目指してんのか。テレビでよく見るあのカッコイイ人たちだな。どんなピンチにも駆けつけて、どれだけ傷を負っても笑顔で人々を救う、コミックのキャラクターのような人のことだ。

 

 ふーん、一佳もそれになりたいんだ。へー、なるほどね。

 

 スマホの電源を落とし、ポケットに戻して一息つき、俺は一佳の両肩に手を乗せた。そして、真剣な眼差しで彼女の美しい瞳を見つめる。

 

「一佳、落ち着いて聞いてくれ」

 

「なに?」

 

「ヒーロー科は危ないからやめときなさい」

 

「お袋か」

 

「ほら、雄英ってなると家から遠いでしょ? 電車の乗り方わかるの?」

 

「ぶん殴られたいならそう言えよ」

 

 即座に俺は膝をかがめ、地面に頭を擦り付け懇願した。

 

「頼むから雄英だけはやめてくれぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」

 

 朝っぱらから、俺の悲痛な叫びが校庭に響き渡った。その叫びに誰もが振り返り、鳩たちはクルッポーと鳴き、紅葉が風に吹かれて空高く舞い上がった。

 

 

 

 

 〇

 

 

 

 

「いつか〜、お昼食べよ〜」

 

「OK、屋上いこ!」

 

 私──拳藤一佳は、屋上でお昼を摂ると決めている。風を受けながらの食事が好きだ。特に今日のような良い天気なら尚更である。友達と他愛ない話をしながら、購買のパンを頬張る。うん、今日も美味しい焼きそばパン。

 

「それにしても、今朝の愛生くんも凄かったねえ」

 

「一佳ホントに愛されてるねえ」

 

「やめてよ、その話は……」

 

 からかうような、生暖かい視線が私に注がれる。いつもそうだ。お昼には必ずと言っていいほど、私のバカな幼馴染の話題があがる。

 

「俺が一生幸せにするから、ヒーローなんて危ない職業はやめてくれ。だっけ? めちゃくちゃ綺麗な土下座してたよね」

 

「どんだけ一佳のこと大事にしてんだよって話だわ」

 

 ケタケタと笑う友達に、私はやれやれといった気持ちになる。それもこれもぜんぶ千晴の野郎のせいだ。いつもあいつが無駄に騒ぎ立てるから、私たちのあることないことの噂が、学校中に広まっている。

 

 やれ将来を誓い合った仲だの。やれ熟年夫婦だの。こっちの都合もお構い無しに面白がってくる奴らが多くいる。アイツにはもっと、こっちの身のことも考えて欲しいものなのだが。

 

「でもまあ〜、一佳も結構満更でもなさそうだしぃ〜?」

 

「は……!? ちょ、変なこと言うなよ!」

 

「あ、顔が赤くなってる。図星なんだ〜」

 

「くっ……! いつまでも飽きもせずまあ……!」

 

 私は深呼吸をして心を落ち着かせる。ここで下手にノってしまったら、それこそイジられる要因になってしまう、頭を冷やしてクールになるのだ。

 

「受験勉強の方はどうなの? 雄英いけそう?」

 

 女子中学生のトークテーマは一瞬で切り替わる。千晴の話の次は、私の受験のことだ。

 

「まあボチボチかな。判定も良い感じだし」

 

「えぇ〜すっげぇ〜! 今のうちにサインもらっとこ!」

 

「気が早いって」

 

 雄英高校──プロヒーローを志す者なら誰しもが目指す高き山。現状筆記だけだが、合格圏内にいる私にかかっている期待は大きい。もし合格したのなら、その功績はこの中学の誇りになる。そのため、先生たちも全力で私の受験をサポートしてくれているのだ。

 

「さ、そろそろ教室戻ろ!」

 

 昼食を摂り終えた私たちは、パパっと片付けて教室へと戻ることにする。次の授業開始まであと数分、準備のことも考えると、もうそろそろ戻った方が良い時間だ。

 

 階段を1段飛ばしで降り、教室に着くと、中から何やら聞き覚えのある…否、もう耳に染みついている声が聞こえてきた。

 

「俺の貯金口座には300万ある。どうだ? これで手を打たないか?」

 

「千晴のヤツ、何してるんだ…?」

 

 教室内では、幼馴染の千晴がクラスの秀才に近寄って何やら怪しい動きを見せていた。

 

「300万もあったら、なんでも好きな物買えちゃうぜ〜。ほら、お前の好きなプラモデルだって、部屋に溢れるほど手に入れられるんだぞ〜。俺の代わりに雄英の試験を受けるっていう条件でさ…」

 

「何をしてんだお前はーっ!!!」

 

「おどふっ!!」

 

 瞬間、私は飛び跳ね、千晴にドロップキックをお見舞していた。

 

 横腹にクリーンヒットしたそれは、千晴の体を勢いよく吹き飛ばし、空いていた教室の窓から外へと落ちていった。

 

「一佳…アンタやりすぎなんじゃ…」

 

「ふん、アイツにはこれくらいが丁度いいんだよ」

 

 全く、何がどうなってお金で人を釣ろうなんて考えに至ったのか。冗談だとは思うが、人として駄目なことは駄目だ。やって良い事と悪い事の分別は、きちんとつけさせなければ。

 

「さ、授業授業。入試本番まで時間ないよ」

 

 何事も無かったかのように席につき、先生の到着を待つ。千晴のことなんか知らない。もう授業が始まるが、それまでに戻っては来れないだろう。

 

 案の定、授業に遅刻した千晴は先生にしこたま怒られていた。

 

 

 

 

 〇

 

 

 

 放課後──提出物をまとめて職員室に持ってこいと言われていた私は、クラスの皆から集めたプリントを運んでいた。

 

 校舎内に響き渡るトランペットの音、声を張り上げる運動部の熱気を肌で感じる。私はこの時間が好きだった。

 

「失礼しまーす」

 

 そう言って職員室に入り、担当の先生の机の場所に向かう。居たら直接渡せば良いし、居なかったら机の上に置いといておけば良いと言われていた。

 

 さっさと仕事を終わらせて家に帰ろう。そう思っていた時、またもや幼馴染の声が私の耳に入ってきた。

 

「先生、雄英高校にコネとかってないですかね?」

 

 …また千晴がバカなことやってる。正直ツッコむのも面倒臭いから、今日はもうスルーでいいや。私は千晴と先生が話しているところに、提出物を持って近づく。

 

「先生、クラスの皆の分を集めてきました」

 

「おお拳藤、ありがとな。先生助かっちゃったぞ」

 

「ご苦労さん」

 

 なんか腹立つなコイツ(千晴)。お前のその立場はなんなんだ? なにが"ご苦労さん"だ、はっ倒すぞ。──と、手が出そうになるのをグッとこらえる。先生の前だし。

 

「じゃあ先生、また明日も来るよ」

 

「おう。愛生が勉強に熱を入れ始めて先生も嬉しいぞ」

 

「へへへ、まあ見てて。──じゃあ一佳、帰ろうぜ」

 

「うん…」

 

 先生に挨拶して、私たちは職員室を後にする。下駄箱で靴を履き替えながら、私は千晴に質問を投げた。

 

「勉強教えてもらってたのか?」

 

 千晴は私の方をチラッと見る。

 

「そうだよ。ジュケンがあるんだから、勉強しないとな」

 

「どういう風の吹き回し?」

 

「こういう風」

 

 ぴゅ〜と言いながら訳の分からない動きをする千晴の姿に、思わず吹き出す。本当に、コイツの頭の中はどうなっているのやら。だけど、千晴のこういうところは嫌いじゃない。

 

 正門をくぐり、帰路につく。夕暮れ時、真っ赤な夕日が私たち2人を照らす。

 

「いや〜、勉強って意外と奥が深いんだなぁ」

 

「ふふ、そうか? 案外面白いもんだろ?」

 

 なんてことの無い、日常会話。これを何年も繰り返してきた。雨の日も、風の日も、いつも隣には千晴がいて。

 

 千晴と出会ったのは、まだ私たちが5歳の時だ。近所の公園で遊んでいたら、千晴に声をかけられた。

 

 ──すきです、おれとケッコンしてください! 

 

 初対面で名前も知らないのに、真っ赤な顔をしてそう言う千晴を、今でも鮮明に覚えている。あれはなかなかに衝撃的だった。

 

 それからというもの、家が近くだということもあり、千晴との距離は縮まっていった。いや、どっちかというと千晴の方が強引に縮めてきたというか。気づけば1番近くにコイツが居た。

 

 同じ学校に通って、同じ経験をして、同じ時を過ごして。幼馴染というものはこういうものなのだろうと、常に感じている。

 

 一目惚れだった。そう言って千晴は、いつも私への想いを隠さずにさらけ出してきた。…もちろん、嫌な気持ちになんてなるはずがない。私だって女なんだ、そういう甘い色恋に憧れたりはする。だけどまぁ、少しは加減とかがあっても良いのかなと思う。流石に1年中そんなことを言われたら、そのうち対応も適当になっていくさ。

 

 ──隣の千晴の横顔をチラリと見やる。またなんかしょうもないこと言ってるけど、一緒にいて楽しいのは確かだ。

 

 ふと、まだ幼い頃に起きた出来事を思い出す。あれは確か、小学校低学年の時だったな。上級生に遊び場を占領されて、それに怒った私がそいつらに立ち向かって──。

 

「──か。おい一佳!」

 

 耳元で私を呼ぶ声に、ハッと我に返り現実に引き戻される。見ると、険しい顔をした千晴がそこにはいた。

 

「火事かなんかだ、人だかりができてる」

 

「ホントだ…もう消防には連絡してあるのかな」

 

「行ってみよう」

 

 その場から駆け出して現場まで行く。千晴が言っていたように、そこには火の手が上がっていた。立派な一軒家を包む炎が、黒い煙を立てて燃え上がっていた。

 

「こりゃ酷いな。せっかくのお家が台無しだ」

 

 千晴がそんなことを言っている中、私は周囲を見渡して状況の理解を急ぐ。消防隊はまだ来ていない。ヒーローらしき者の姿も見当たらない。近隣住民に肩を抱かれている女性が1人…この家の人か。無事でよかった。

 

 だが、その女性が次に放った言葉に私は息が詰まった。

 

「子どもが…中に…まだ残ってるんです…!」

 

 家を包み込む炎…半分はもう焼け落ちている…消防隊はまだ現着していない…中に子どもが…。

 

 

 

 ──俺が絶対に守ってみせる! 

 

 

 

「おい、一佳!!!」

 

 気づけば私は走り出していた。背後からの制止の声を振り切り、炎が燃え盛る家の中に飛び込む。

 

「どこだーっ!! どこにいるーっ!! 居たら返事してくれーっ!!!」

 

 煙を吸わないよう姿勢を低くして、かつ家のどこかにいる子どもに聞こえるくらいの声量で叫ぶ。いま自分がどれだけ危険な行為に及んでいるのか、私が1番理解している。しかし、考えるより先に体が動いていた。

 

 中にいる子を救い出さなければ。その思い一心で、後のことも考えずに飛び出した。後悔なんてしてない。守れるかもしれない命があるのに、ただあの場で事の顛末を見届けるだけなんて、私にはできない。

 

「どこーっ!! どこにいるのーっ!!」

 

 喉が熱い。当たり前だ、ここは火災現場のド真ん中。自分の身も顧みずに突入したのだ。これしきのことで、へこたれる訳にはいかない。

 

「──けて。──すけて!」

 

 ふと、上の階からそのような声が聞こえた。甲高い、泣き叫ぶような子どもの声。

 

 いる。まだ生きている。その確信とともに階段を一気に駆け上がり、聞こえてくる声の方へ向かう。

 

「たすけてー! おかあさーん!」

 

「この部屋かッ!」

 

 声が聞こえる部屋の扉を突き破り、中を見渡す。いた、正面の机の下。小さな女の子が、布を被って泣き叫んでいる。私は一目散にその子に近づいた。

 

「もう大丈夫! 助けに来たよ!」

 

「うっ…うっ…おねーちゃん…。おかあさんは…?」

 

「外にいるよ! 私についてきて!」

 

 女の子の手を取り、急いでその場から離れる。炎が激しさを増している。早く外に出なければ、2人とも焼け死んでしまうだろう。来た道を戻れ、階段を駆け下り外に飛び出せ。

 

「…くそ! 階段が焼け落ちてる…!」

 

 1階へと繋がる唯一の退路は、既に焼け落ちてしまっていた。これでは1階へ行けない。どうする…子どもを抱えて2階から飛び降りるか? いや、かなりの高さがある。小さな子どもには危険すぎる。

 

「どうする…! どうする一佳…!」

 

 じわじわと迫り来る火の手が、私を余計に焦らせる。タイムリミットは確実に迫ってきている。このままでは、私もこの子も危ない。

 

(こんな時…アイツならどうする…? どうやってこの危機を乗り越える…?)

 

「おねえちゃん! うえっ!!」

 

 少女の声に、反射的に上を見る。直後、私の見ている世界はスローモーションになって見え始めた。

 

 落ちてきた天井、無論炎に包まれている。かなりの大きさ、質量。私たち2人くらいなら、簡単に潰せてしまいそうなほどの。

 

 思い起こされるのは、幼き日々の思い出。幼馴染と過ごした何の変哲もない日々が、記憶に刻まれたものたちが次々に蘇ってくる。

 

 あ、これ、走馬灯だ。私、死ぬんだ。

 

 だけどせめて、この子だけは…。

 

 死を捉え始めた脳に鞭打って、私は思考を走らせる。目の前に迫ってきている死から、この女の子だけでも救う方法は。

 

 弾き出した結論は、個性の使用。私は自分の両手を巨大化させ、少女の全身を包み込む。

 

 この子だけでも、せめてこの幼い子どもだけでも守りきる。そう決意した後、私の視界は真っ暗になった。

 

 

 

 

 〇

 

 

 

 

 ──おい、女の子が1人飛び出して行ったぞ! 

 

 ──消防車は! ヒーローは何してる!? 

 

 ──ヒーローを呼べ! 誰でもいいからヒーローを! 

 

 拳藤一佳が火の中へ消えていった。俺の最愛の人が、自らの命も顧みず。

 

 それは勇気と呼べるのか。助けられるかも分からない命のために、自分の命を賭けられるものなのか。

 

 いや、一佳は賭ける。賭けることができてしまう。そういう人間だから。

 

 だったら、俺だけがこの場所に居ていい理由なんて無い。

 

 俺は地面を蹴る。まるで兎のように。誰の目にも止まらぬスピードで。

 

 人混みを抜け、住宅街を駆け抜け、一軒家の裏まで回る。一佳と中に残っている子どもを助けるには、これが最善の道だからだ。

 

 俺は周囲を見渡し、近くに人がいないことを確認する。思った通り、ここは裏路地。人なんて滅多に寄り付かない。

 

 つまりここなら、俺は俺の個性(ちから)を使うことができる。

 

 個性──人々に宿りし奇跡の力。ある者は火を吹き、ある者は翼を生やし、ある者は万物を創造する。本来なら、公共の場での個性の使用は禁じられているが、今この場には俺しかいない。それに緊急事態だ。いま使わずにいつ使う? 

 

 ──最愛の人を、守るために。

 

 神経を集中させ、俺はとあるイメージを作る。全てを寄せ付けぬ強靭なバリア。猛る炎の中でも突き進んでいけるほどの。

 

 次は宙を浮くイメージ。空に浮く風船の如く。自由自在に空を駆ける鳥の如く。

 

 すると、俺の体にオーラが走り始める。それが俺の体を包み込み、全てを遮断する鉄壁の盾となる。さらに、地面から足が離れ、俺の体は宙に浮き始めた。

 

「いま行くぞ、一佳!」

 

 俺は2階の窓を外から突き破り、家の中へと侵入する。思っていたより炎が激しい。一佳は平気か。すぐにでも探し出さなければ。

 

 背後から物が焼ける音がした。この家もそう長くはない。時間を無駄にしている場合じゃない。部屋から飛び出し、目に飛び込んできた状況が、俺の体を否応なく突き動かした。

 

 一佳、それと大きな手に包まれている子ども。その頭上に迫り来る屋根の素材。あれが2人に落ちてきたら──。

 

「──間に合えっ!!!」

 

 俺は右腕を伸ばし、落ちてきていた天井を掴むイメージを走らせる。すると、炎に食われたそれはその場で落下をやめ、宙で浮いて動かなくなった。

 

 間に合った。2人の上に落ちる前に止められてよかった。留めている天井を他所へ放り、俺は一佳と少女の元へ駆け寄る。

 

「一佳! おい、一佳! 平気か、助けに来たぞ!!」

 

「あ、千晴…。なんで…?」

 

「そんなのどうだって良いから、すぐここから出るぞ!」

 

「うん…」

 

 女の子を抱えた一佳を抱え、俺は一目散に外へ飛び出す。襲い来る火の手はバリアで封じ、俺含めた3人を浮かせ、2階から外へと脱出した。

 

 ふわりと優しく地面に着地し、すぐさま2人の状態を確認する。見たところ、少女の方は大丈夫そうだった。

 

「一佳、痛かったり苦しかったりするか?」

 

「ん、ゲホッゴホッ! 少し煙吸っちゃったかな…」

 

「大丈夫だ、救急車も来てる。一緒に病院に行こう」

 

「うん…ありがと…千晴…」

 

「礼なんていらねえよ。一佳が無事で本当によかった」

 

 俺は一佳の手を、優しくギュッと握った。一佳がここにいる。最悪なことにならなくて、本当によかった。

 

 

 

 

 〇

 

 

 

 

 それから病院で検査を受けて、家に帰ってきたのは夜の0時前。幸い怪我や異常は見つからなかった。両親には叱られたけど、その後に褒めてくれた。立派な子だって。

 

 帰りが思っていたより遅くなったのは、マスメディアのせいだ。火災現場に果敢に乗り込んだ女子中学生として、取材やらインタビューを受ける羽目になった。その時の心境や、普段どんなことをしているかなど。適当に流してその場は収めることにした。疲れていたからだ。

 

 助けた女の子と、その両親はずっと傍にいてくれた。何度も私にお礼を言って、それから別れた。少女にも怪我などはなく、至って健康だそうだ。本当によかった。それだけで私は胸がいっぱいだ。

 

 テレビやネットのニュースは、今日の火事のことで持ち切りだった。ついでに私のことも取り上げられており、友達から色んなメッセージが届きに届きまくった。それらに返事をしつつ、今日はもう寝なさいと母親から言われたのでその通りにする。

 

 ベッドに横になり、今日のことを振り返る。勝手に体が動いたはいいけど、後先のことを考えずに飛び出してしまったのは反省すべき点だ。実際、いま私が生きてここに居るのは、奇跡のようなものだ。

 

 千晴が私を助けてくれたから──。

 

 アイツがいなければ、私も女の子も助かっていなかった。間違いなく火事に巻き込まれて命を落としていた。千晴が来てくれなかったら…。

 

 体を起こし、勉強机に飾ってある写真立てを手に取る。そこには、中学校入学の時に、2人で撮った写真が飾られていた。

 

 続いて引き出しを開け、中から手紙を取り出す。これは…今まで千晴から貰ったラブレターだ。引き出しの中だけじゃない、押し入れの中にも沢山入っている。その全てを、捨てずに保管している。

 

 千晴はいつも、私のことを1番に考えて行動している。今日だって、多分そうだ。私1人じゃ危険だと判断して、守るために炎の中を助けに来てくれた。命の恩人…。

 

 胸がきゅうっとなって、私はベッドに倒れ込む。実は未だに心臓がドキドキしている。それに理由があった。あの火事の家の中から、外へ飛び出す時、千晴は…。

 

「お姫様抱っこしてくれたなぁ…」

 

 思い出すだけで顔が赤くなる。耐えきれなくなって、ぬいぐるみを抱きしめベッドの上をゴロゴロ転がる。ニヤけが止まらない…。

 

「あんなのズルだろ…! アイツめ…ああいう時に限って…!」

 

 普段から千晴は、私に好意をストレートにぶつけてくる。それも恥ずかしがったりせず、堂々と。それに対してドライな反応を私はしており、それについて今朝に言及された。なんでそんな動じないんだ、と。

 

 慣れ、確かに私はそう言った。あれは嘘ではない。だけど、強がりの面の方が大きい。本音を言うと、めちゃくちゃ嬉しい。それはもう飛び上がってダンスを踊りたくなるくらいに。

 

 だって、私も一目惚れだったんだもん。千晴に告白されて、目と目が合った時、体に電流が走ったもん。私の運命の人はこの人だって。そんな人に、毎日のように好きだって言われる気持ちが分かる? 

 

 千晴はいつもルーティンのように好意を口に出す。だけど、私は強がってしまう。本当は喜んでいる自分の心を押し殺して、冷静な対応をしてしまう。

 

 それには理由がある。

 

 私はプロヒーローを目指している。きっかけは至極単純。ある人に憧れたからだ。それが千晴。

 

 幼い頃、遊び場を占領されている上級生に私は刃向かった。だが結果は返り討ち。圧倒的な力と年齢の差に、私は恐怖を覚えた。

 

 そこで私を助けてくれたのが、愛生千晴だった。自分よりも背丈も大きく力も強い相手に向かって、1歩も引かずに立ち向かった。

 

 それからだ。私もそんなふうになりたいと思い始めたのは。私を助けてくれた千晴のように、私も誰かを助けられる人間になりたい。それがヒーローを目指す理由。憧れに追いつくために、私は努力を重ねてきた。

 

 それと同時に、自分自身と1つの約束をした。それは、憧れに追いつくまで千晴の想いに応えないというものだ。千晴にふさわしい人になるまで、私のこの気持ちは押し殺しておくことに決めた。

 

 本当なら、今すぐにでも千晴の気持ちに応えて、今時のカップルのようなことをしたい。だけど、今の私では駄目なのだ。自分に嘘はつけないし、それでは後悔しか残らない。

 

 だから、自分の価値に納得のいける日が来たら、千晴の想いに応えようと思う。たとえその時、千晴の私に対する想いが冷めてしまっていても、それは私のせいだ。

 

 千晴の気持ちは嬉しい。だけどまだ応えられない。いつか憧れのキミに追いつける日が来たら、その時は私から。

 

「だから待ってて、千晴…。──私も大好きだよ」

 

 ぬいぐるみを抱く力が強まる。これは千晴に買ってもらった思い出のぬいぐるみ。私の宝物。

 

 今夜もまた、想い人のことを考えながら私は眠りにつくのだった。

 

 

 

 

 




愛生千晴 ①
《個性》→超能力
・幼馴染の拳藤一佳に想いを寄せる15歳。
・毎日のようにアプローチを繰り返している。
・超能力者っぽいことはだいたいできるぞ。
・しかし、そう大したことはできないと本人は言う。
・感情の爆発により、凄まじい力を発揮する…?
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