side:レディ・ナガン
「
通信機からの言葉に、思わず私は声を荒らげた。
遂に始まったヴィランとの最終決戦。その戦いを成功させる為に考えられた作戦が、いの一番に崩壊した。
「ワープゲートを潜らず、どこか別の場所へ転送された?んだよそれ……!」
突発的な状況に思わず語尾が強くなる。
「ナインとかいう化け物はすぐそこまで来ている……。うだうだしてる暇は無いぞ……」
視界に捉えるは前の戦いでサイコが戦ったヴィラン、ナイン。AFOまでとはいかないが、複数の個性を扱う男。そいつとサイコが正面切って戦い、私がそのサポートをするという作戦だったのだ。
まだ学生であるあの子に先陣を切らせるのは胸が苦しかったが、そうも言ってられないのも事実。だが、戦闘の肝になる本人が居ないとなると前提が崩れてくる。
「姫乃、サイコは……愛生は今どこに……?」
聞くと、公安の拠点にいる姫乃からの返答はすぐに返ってきた。
「雄英に飛ばされてます。死柄木と交戦中です」
「雄英でしかも敵のボスか……。すぐに飛んでこれる状況でもねぇな……」
軽く舌打ち。しかし、事実は変えられない。臨機応変に対応するしか方法は無いか。対ナインの為の優秀なヒーローも大勢いる。何も私ひとりで戦う訳じゃ無い。
「仕方ねぇ、私達だけで抑えるしかない。あの個性モリモリ野郎をな」
髪の毛を引きちぎり銃弾に変形、右腕を銃身に。
スコープを覗き標準を定めるは、強力な個性を複数併せ持つ強敵"ナイン"。奴の情報は以前の戦いのデータから割れている。数の利を活かしきって叩き潰すしかない。
スコープ越しにナインと目が合う。その瞬間が戦いの始まりだった。
〇
相対するは最凶のヴィランに成長を遂げた男、死柄木弔。
その攻勢に、爆豪と轟の3人で対処をしていた。
「個性が使えない……」
「はっはァ!ったりめーだろうがッ!使わせねーよテメェの偽モンの力はァ!」
吠えながら爆豪は、遠距離からの爆破で死柄木と距離を保ちつつ攻撃を加えていく。死柄木の最大の武器はストックされた大量の個性。更には肉体の改造手術で得た全盛期オールマイト並みの膂力。接近戦でマトモに攻撃でも喰らえば、こっちの体が砕ける。距離を取って戦うのが基本だ。
「手術だの個性を与えられただの、そんなんで強くなった気でいるんじゃねぇ!!」
マシンガンのように爆破の弾が連射される。ひとつひとつの威力は小さいかもしれないが、積み重なることで着実にダメージは入る筈だ。
「そんなハリボテ野郎に──」
爆豪から莫大な熱を感じる。背部から突出している武装、ストレイフパンツァーが鈍く光った。
そこから放たれるのは、どんな敵をも焼き焦がす爆破の熱線。
「俺達が負けるかよォ!!!」
爆豪から熱線が放たれた瞬間、死柄木の脚は回避行動を選択していた。俺はそこを見逃さず、念動力で体の動きを止める。確実に爆豪の超火力を受けさせる為だ。
体の動きを止められた死柄木は、チラリと俺の方を見やる。
次の瞬間、死柄木目掛けて放たれた熱線が地面を焼き、爆炎が巻き起こった。熱せられた空気が全身に浴びせられる。
──確かに俺は色々出来るが、最大火力でいけば爆豪、轟、お前らの方が圧倒的に上だ。だから死柄木にダメージを与えるのはお前らに任せる。
戦いが始まった直後、爆豪と轟にはそう伝えた。実際いまの死柄木に有効打を与えられるとしたら、俺みたいなちょこちょこ攻撃を喰らわせる奴より、一撃の威力を高められる2人の方になる。
だから、今の俺はとにかく──。
「"嫌がらせ"に徹する」
爆炎の中から死柄木が飛び出してくる。狙いは爆豪……だが、そう簡単に接近させる訳にはいかない。
ステージの床を大量に浮かせ、ブーメランのように投げつける。無数のセメントで出来た板が、死柄木の視界を覆っていった。
「資材の無駄遣いじゃないのか?すぐに品切れになるぞ」
「大丈夫、蓄えはいっぱいあるから」
いま戦っている天空の棺ステージの下層。そこではセメントス先生や八百万が、絶えずステージの床を生成してくれている。死柄木の伝播する崩壊対策で配置された2人のおかげで、俺達は何も心配することなく戦いに集中することが出来ているんだ。欠けた所から補填されていくこのシステムがあるからこその戦い方。対策は充分にしてある。
「悲しいな愛生千晴、前の戦いでは楽しく殴り合いが出来ていたのに。今はもう実力差がありすぎて、板を飛ばすことしか出来ないのか」
セメント板の雨の中を、どこ吹く風とばかりに歩いて来る死柄木。こんなの大した攻撃になんてならない。そんなことは百も承知。死柄木の言うことは正しい。
「先生がお前を狙う理由が、俺には分からない。ただ物を浮かせたり炎を出したりするだけのありふれた没個性じゃないか。そんなの手に入れて何がしたいんだ?」
「そんなのこっちが聞きたいね。俺から個性を奪ったとしても、冷酷でドSなお姉さんが付いてくるだけだぞ」
『おい』
脳内でアンナチュラルにツッコまれる。なんだよ、嘘はついてないだろ。
「ドSなお姉さん……?ちょっと詳しく聞かせろ……!」
「何に食いついとんだお前は」
今度は俺が死柄木に思わずツッコミ。なんなんだよこのヴィラン。もしかしてMなのか?冗談はそのアホみたいに膨れ上がっていく左腕だけにしてくれ。
死柄木の左腕。爆豪の一撃を受けてから徐々に巨大化と複製が始まり、今は膨大な手の波のようになっている。左腕を起点に連なるように生えているソレは、まるでひとつの生き物のようだった。
「もしあの手ひとつひとつが、"崩壊"を発動できるとするなら」
『一巻の終わりだな。あのモノマネ君に感謝しないと。今この状況があるのはあの子のおかげだ』
フィールドの外にいる物間をチラリと見やる。両サイドに相澤先生とプロヒーローであるマニュアルを携え、死柄木から目を離さないでいてくれている。死柄木が無個性状態でいるのは、あの3人が居るからだ。
セメント板による妨害は継続中、だが遂に死柄木に動きが見えた。
「もういい、お前は後だ。先に壊すのは他の2人にする」
その場から跳躍する為に死柄木が膝を曲げた。標的を爆豪か轟に定めたんだ、そのどちらかの方へ距離を詰めるつもりか。
「そう簡単に……!」
地面に手を触れさせエネルギーを送り込む。すると、俺の力を受けた地面がうようよと蠢き出しその形を変える。
茨の棘のように変形させた地面が、死柄木の膝下にグサグサと突き刺さる。それでも奴は動いた。痛みなんて感じない体になったのか、脚を犠牲に空中へ舞い上がる。
「潰れろ」
瞬間、眼前に伸びてくる手の波。それらが俺の体に到達する前に、こちらも地面を蹴り宙へ上がる。追いかけてくる手を避けながら、同じように爆破で空を駆ける爆豪を視界に捉えた。
「爆豪ッ!!」
「わーっとるわ!!」
俺の掛け声に荒々しい返事が返ってくる。俺は瞬間的に体内のエネルギーを増幅させ、両の手のひらから衝撃波を発生させた。爆発的に威力を高めたそれは、空気と一緒に死柄木の生み出した巨大な手の波を裂いていく。
併せて、地面からひっぺがした大量のセメント板をひとつの塊にし、下から死柄木を突き上げるようにぶつける。自分の体より数十倍の質量を持った塊をマトモに喰らった死柄木は、電磁バリアの張られたフィールドの天井に背中を預ける。
「体が痺れる……!」
「ご名答!!」
背中を焦がした死柄木の後ろに回り込み、空中でミドルキックを喰らわせる。
天空の棺を囲う電磁バリアによって、死柄木の体は一瞬硬直した。どんな超人でもその体は電気信号で動いている。それを乱すことが出来れば、"隙"はいくらでも作ることが出来る。
俺の蹴りを受け地面へ叩きつけられる死柄木。バウンドしたその身の元で待ち構えていたのは、爆豪だった。両手を光らせ、次の一手への準備は完了している。
「飛ばすぞ轟ィ!!」
再び巻き起こる大爆発。轟音と黒煙を受けながら、死柄木の体は地面を削りながらカッ飛ぶ。
──大気は冷たくなっていた。
死柄木の飛んで行った方向、そこには居るのは現No.1ヒーローを父に持つクラスメイト。
氷炎の力を身に纏い、轟は準備をしていた。
「赫灼熱拳……」
──
いつかの訓練の日、轟はそう言っていた。曰く、我が子にも自身と同じようにヒーローの道を進んでもらいたいが、"ヘルフレイム"という炎の力だけでは限界が来ると。
「俺にはお母さんの個性も宿っている。その力も扱えるようになれば、親父を超えることだって出来る」
言いながら轟は、自分の胸の中央に顕現させた2つの炎を見せてくれた。赤い炎に白い炎、不思議なことに触れても熱くない。
「親父との訓練中に編み出した技なんだが、如何せんコントロールが難しくてな……。恥ずかしいことに長時間維持することはまだ出来ない……」
それでもと、轟は続けた。
「いつかこの力を物にして、お前と並び立てるようになるよ。体育祭の時に言ったよな、"俺はお前に挑戦する"って。アレまだ終わってねぇから」
──お前が居たから強くなれた。強くなりたいと思えた。ありがとな、愛生。
柔らかな笑顔を浮かべたあの時の轟の顔は、今も鮮明に覚えている。
「──"燐"!!!」
発露された2色の炎が轟の身を包む。
クロス状に発現された炎が超常的なエネルギーを生み出す。
轟の握った拳は、視界に捉えられた悪の権化に向けられる。
「欲望に塗れた薄汚い血め!!」
「違う!!これは親父とお母さんが、俺の為に授けてくれた力だ!!!」
繰り出される白炎の拳。
その腕は死柄木の肉体を正面から捉え、溜め込んだ力を解き放つ。
「
絶対零度と極限温度を織り交ぜた一撃は、辺りの大気を一気に吹き飛ばす。
同時に、地面の接地面から連なる周りの全てを銀世界へと変えていく。
「バカ兄貴を超える為の力だったが……そいつを超えるバカが居てよかった……」
穿った拳は死柄木の体を凍てつかせ、その身を完全に封じ込ませた。