「僕はあの人を救いたいと思ってるよ」
決戦の日から遡ること数日前──仮説の寮に移動した俺たち雄英生は荷解きを済まし、各々の時間を過ごしていた。
そんな中、街が一望できる丘の上で俺と出久はその景色を見ていた。そんな時に出久の口から出てきた言葉……"救いたい"。
あの人とは"死柄木弔"の事だ。最凶最悪のヴィラン、いま現在のヒーロー達の最大の敵。
「……なんでそう思うんだ?」
率直な意見だった。だって相手は世紀の大悪人だから。だから正直、そんな奴を救いたいだなんて言う出久の神経を疑った。
「死柄木の中に小さな子が居て……なんかこうその人の核みたいな……戦いの中でその子と目が合ったんだ……」
「オカルトの話か?」
「いや違うんだそれが」
やけに真面目な顔で出久は続ける。
「その子は無数の手に守られていて、殺意がこもった瞳で僕を見てきたんだ。けどその奥底には、救って欲しいっていう感情が滲み出ていた」
「救う……ね……」
出久のヒーロー像はいつもオールマイトだ。救けて勝つ、勝って救ける。そんな理想像。出久の選択肢の中には救うということが常にある。
……だけど俺は違う。どれだけ罪を犯した人でも、その心の中のどこかには善性が宿っているのだと。そう相手を信じきることは出来ない。いや、出来なくなった。悪の道を、人の道を踏み外した時点で然るべき報いを受けるべきだと今は思っている。
「もちろん、僕の意見を押し付ける気は無いよ。それに言われたんだ、殺しが救いになる時もあるって」
「殺しが救い……?」
「うん……でも僕はそうは思わない……。どんな人でも間違いを犯してしまうことはある。でも、生まれた時から悪い人なんていないと思うから。だから、やり直すことだって出来るんだと思うよ」
俺の目を見て出久は言い切る。コイツは冗談でこんなことを言う奴じゃない。腹の底からそう思っている。
「飯田くんじゃないけど、手を引いて導くのもヒーローの役目なのかなって」
そっと微笑む出久を見て、俺は──……。
「クソゲーは終わりだ。立場が逆転するぜ、これからは」
相澤先生と物間の"抹消"が使えなくなった……。2人は今、突如発生したトゥワイスの大群に襲われ、死柄木を視界に収めることが出来なくなっている。
『厄介な事になったな』
アンナチュラルも思わず固唾を飲んでいる。抹消が使えなくなったことによる、死柄木弔の全個性の解放。これが意味するものは──。
「大量の個性を持ったオールマイトが、殴りかかってくるようなもんなんだぜ」
まず飛びだしてきたのは衝撃波だった。普段俺も愛用している空気を押し出して相手にぶつける技だが、死柄木も同じ手で攻撃を仕掛けてくる。いや違う。威力は段違いに死柄木の方が高い。
「ははっ!台風を直で喰らったみたいだな!」
言いながら死柄木は、こちらに向かって肉薄して来ていた。死柄木……AFOの事だ……肉体活性の個性も備わっているのだろう。その跳躍は人間離れしたものだった。
放たれた死柄木の腕が、俺の目の前に形成された見えないバリアと激突する。
「相変わらず面倒臭い個性だな」
「ああ?超能力のポテンシャル舐めんなよ?」
「ポテンシャルね……。引き出す前に殺してやるよ」
死柄木の表情に笑みが浮かぶ。俺をいつでも殺せるみたいな顔だ。抹消が解かれたことによって個性の使用が可能になり、一気に溢れ出てきた全能感がそうさせるのか。
「そう簡単に行くかな」
けど、こっちは1人じゃない。
死柄木の背後に回り、攻撃の予備動作に入っている奴が2人もいる。ずっと一緒に過ごしてきた、頼れる仲間って奴が。
「余所見してんなよッ!!」
轟く爆風と炎熱が死柄木の全身を包む。放たれた熱風に目を細めた。火力なら俺より2人の方が上、人数の差で押し切ることが出来れば……。
「浅い……」
這い出てきたのは死柄木の腕。死柄木は爆炎を物ともせず、爆豪と轟の頭をがっしりと掴む。そのまま2人の頭をシンバルのようにぶつけ合わせ、彼方へ放り投げた。
「爆豪ッ!轟ッ!」
「ダメ押しだ」
ジェット機のように飛ばされて行った2人に追撃をかけるように、死柄木の手のひらから放たれる空気砲。助けの手を伸ばそうとするが間に合わず、爆豪と轟はそれを真っ向から受け、電磁バリアへ叩きつけられてしまう。
「ぎっ!」
「ぐぉ……!」
痛々しい声が耳に届く。
「あっはっは!!俺の動きを制限する為のシステムが、味方を傷つけてるぜ!」
「畜生……!」
咄嗟に2人の元へ駆け出す。
駄目だ……今ここで2人を戦闘不能にしておけるほどの余裕は無い……。情けないことに、俺一人じゃ死柄木にはとても……。
──僕はあの人を救いたいと思っているよ。
ふと蘇る出久の一言。
凄いよなあいつは。ヒーローの仇敵にそんな考えを抱けるなんて。死柄木を倒すんじゃなくて、その先にある救うという選択が出来るんだ。そんな選択ができる程、今の出久は強いんだ。
「お友達が心配か?先ずは自分の心配をしろよ」
こっちはいっぱいいっぱいだってのに!!
『"反転"で治せ。今の私と融合している状態なら、造作もない筈だ』
「──させると思うか?見えてるぞ亡霊、先生のターゲット」
「!?」
死柄木の発言……こいつにもアンナチュラルが見えているし声も聞こえているのか……。
肉薄してくる死柄木。全盛期オールマイトの膂力が齎すその推進力に身の毛がよだつ。不味い不味い不味い……一撃でも喰らったら致命傷……避けなきゃ……防御しなきゃ……でも爆豪を、轟をすぐにでも介抱してやらなきゃ……ヤバい……どっちを取れば……!
その思考回路が既に間違った選択なのだと気付いた時には、死柄木の腕が俺の体に撃ち込まれようとしていた。
「迷ったな」
途方もない衝撃が俺の腹に突き刺さる。痛みを遥かに超えたダメージが、鳩尾を通して全身へ伝わる。筋肉が、骨が、その衝撃でバキバキにされるような感覚。
続け様に脳天に拳を貰う。視界が一瞬ブラックアウトし、鼻から今まで出したことの無い量の血液が流れ出てきた。頭が凹み、脳に深刻なダメージが入ったんじゃないかと……確実に障害が残るようなレベルの負荷を味わう。
「……!」
「声を出すことも出来ないか、無様だなヒーロー」
その死柄木の言葉も、ちゃんと聞き取れなかった。たった2発、それだけの攻撃で体が死の一歩手前まで来ている。明確に捉えた"死"……こんなの初めてだ……。
駄目だ……意識が……とぶ……痛みなんて最早感じない……音も聞こえない……体が機能していないことが分かる……もう死んでいるのか……。
くそ……やっぱり強いな……勝てなかったな……くやしいな……でも……出来る限りの事はやれたのかな……?
ごめんみんな……死柄木を止めることが出来なくって……。俺の力じゃ至らなかったみたいだ……。
ごめん……ごめん……ごめんな、一佳……。約束、守れなくて……。やく……そく……。
──……こん、しよう。
何だ……何かが……。
──……婚しよう。
言葉が、情景が流れ込んでくる。
──……最後は……の元に帰ってこい。
一佳の顔が思い起こされる。これは……戦いが始まる前に交わした約束……。
そうだ……おれ……。
──……死ねないんだった。
潰れた脳に代わって腹の中心からエネルギーを捻出。
そいつを全身に澱みなく回すことで、普段と何ら変わりのないエネルギー運用を実行。
全身に行き渡らせたエネルギーを用いて各部位の細胞の活性を促す。
すると、俺の体は徐々に再生を始めた。
激しい頭痛が俺を襲う。
それでも、再びクリアになった視界で死柄木の姿を捉えた。
「そうか……お前も再生もち──」
言い切る前にその顔面にドロップキックを叩き込む。
ぐにゅりとした変な感覚が足裏に伝わり、そのまま一気に膝を直線上にし吹っ飛ばす。
後方へ飛んで行った爆豪と轟をサイコキネシスで近くまで運び、2人に"反転"をかける。白い光に包まれた2人は、息も絶え絶えだったが徐々に落ち着いていった。
『小僧、平気か?』
アンナチュラルの声が頭に響く。
「あー……だいじょぶだいじょぶ……。いままでみたいにいっきにはなおせないけど、ちょっとずつ……治……せる」
話しながら自分の体に反転を流し続け、失った体の機能を少しずつ取り戻していく。
大丈夫……うん、まだいける……。
俺はまだ戦える……戦わなきゃいけないから……。
「可哀想に……再生出来ちまうから、まだまだ戦わないといけなくなっちまったな。今ので死んどけば楽だったのに」
潰れた顔面を治しながら、死柄木がヨタヨタと歩いてくる。
そりゃそうか。
こいつにも当然与えられてるわな、再生の個性が。
USJの時の脳無ですら持ってたんだ、オールフォーワンから個性を継承したコイツが宿してない訳が無い。
「ソレこっちの台詞でもあるんだけど。残念だったな、お前も苦しむ羽目になるぞ」
「怖いなぁヒーロー。優しくしてくれよ?」
「フェザータッチは苦手なもんで」
……けど、今のままじゃ死柄木には勝てない。
こいつの居る所までは辿り着けない。
なら、俺が取るべき選択は……。
死柄木を倒す為に払うべき代償は……。
「アンナチュラル、もっと寄越せ」
『……は?』
俺の言葉にアンナチュラルが変な声を出す。
「言葉のまんまだよ、アンタの全部を俺に捧げろって言ってんだ」
『私の……全部……?──ちょ、調子に乗るなよ小僧!そこまで許した記憶は無いぞ!』
「なーに勘違いしてんだこの人は」
アンナチュラルの反応に息を漏らす。こんな時に緊張感のない人だ。
「もっと深く混ざり合うんだ……俺たち2人の力が完璧に融合出来たら、この世界の誰にも負けない……」
「それは否定しないが」
うん、だよね。言うと思った。
『けど、記憶の喪失は加速するぞ』
「いいよそんなの。俺の事より皆の未来の方が大切だ」
間髪入れずに切り返す。
安いもんだ、俺の記憶を犠牲に皆の未来が約束されるなら。
そりゃ忘れたくない記憶が沢山あるさ。
けど、この世界が無くなっちまえば、これからの未来を刻むことすら出来なくなってしまう。
俺はそれがいちばん怖い。
『そうか……お前がそう決めたのなら……』
ドクンと心臓が跳ねる。
アンナチュラルの全てが俺の中に流し込まれていくのが分かる。
彼女の感情、力、そして記憶が。
『こうなってしまうと、今までみたいにお喋りすることは出来なくなるぞ。悲しいな』
「おいおい、そういう大事なことは先に言ってくれよ。けどま、うるさい同居人が居なくなってせいせいするかな」
『言うようになったなクソガキ』
その言葉を最後に、アンナチュラルの全てが体に定着する。
かつて皆に恐れられた力が、俺の体に宿るのを感じた。
「捨て身の一手……無駄にならないといいな、愛生千晴」
「うっせバーカ。病院送りにしてやんよ覚悟しろ」
俺の出来る全てをかけて、目の前の悪に挑戦することにしよう。
ちなみに記憶の欠落は結構進んでます。
多分砂糖くんのことは忘れてる。