──大事な話があるんだ。
最終決戦の目前を控えたある日、千晴からそんなメッセージが入った。
ガラにもないなと思いつつ、今アイツが背負っているものを思うと妙な胸騒ぎを覚える。
昔から見ているから分かる、千晴はおかしな奴だ。
年がら年中変なことを考えてるし、突飛な行動や発言も目立つ。
けどそれは周りの皆を楽しませるものだったし、私もよく楽しませてもらっていた。
それが千晴という人間だった。
「なに……?話って……?」
その日の夜、雄英の敷地内にある高台で私と千晴は落ち合った。
春だと言っても夜風はまだ冷たい、上着を持ってきて良かったと心から思う。
「悪ぃな、急に呼び出して」
先に待っていた千晴が、私の顔を見て顔を綻ばせる。
……可愛い、そう思う私は異常だろうか?
「別に……ちょっと珍しいなとは思ったけどね……」
「ガラにもないって思っただろ?」
「だいぶね」
「はっはっは、流石は一佳オレの幼馴染み。伊達に長い付き合いじゃないな」
高らかに笑った。
その拍子に──。
「ぶえーっくしょん!!!」
「はっ!?」
千晴は特大のクシャミをかました。
鼻水も勢いよく飛び出している。
こいつまさか……。
「どれくらい前から待ってたんだ?」
「ざっと5時間くらい前」
「アホか!時間指定間違えすぎだろ!そりゃ体も冷えるわ!」
「面目ねっす」
やっぱり千晴は馬鹿みたいな時間、私を待っていた。
にしても5時間前って……こいつのスケジュールはどうなってるんだ……?
「一佳と2人で会うって思うと、何だか待ちきれなくて」
照れ臭そうに言う千晴。
その顔に思わず胸がキュンとなる。
「……ばか」
つくづくズルい男だ。
私達が今いる高台は、丘の上に建設されているここ雄英の眼下に広がる街並みを一望できるスポットだ。
意外と有名な所で、ちょくちょく逢瀬の場として使われているらしい。
見たところ今日は私達以外には誰もいなさそうだけど……。
「もうすぐヴィランとぶつかるだろ?その前に、ちゃんとこうして話しておきたくてさ」
「……うん」
2人で夜の街並みを眺めながら、千晴の言葉を聞く。
「戦場ではきっと会えないだろうから」
今回の戦い、千晴と私は別々の配属となる。
私は、避難施設内の警備と潜り込んでいると予想されるAFOの刺客の特定。
千晴は、その戦闘力を買われて戦いの最前線に繰り出すことになっている。
命のやり取りをする場に赴くということだ。
「いや、分かんないぞ。お前なら私に何かあったらすぐさま飛んできそうだし」
「それもそうだな……一佳を傷付けるような奴は消し炭にしてやるのが、俺のポリシーみたいなとこあっから……」
軽いジョークを交わす。
けど、心の奥底では分かっている。
「救けに行けるくらいの余裕があれば……ホントならそうしたいところなんだけどな……」
すぐに千晴は真面目な顔に戻る。
昔の千晴からは想像もつかない表情だ。
雄英に帰還してからだ、時折千晴が遠くの存在に感じる時がある。
私なんかじゃ背負い切れない程の重圧が、千晴の背中に乗っかっている。
「俺の記憶が失われていっているのは知ってるよな?」
「うん……」
「正直言うとさ……これまでの思い出がだいぶ朧気になってきてる……」
胸がズキリと傷んだ。
「人の名前とかはまだ覚えてるんだけど、些細な出来事とか、友達と過ごした時間とか、そういうのが薄れていってる。写真とか見返しても、何のことだか分からない時があるんだよ」
「千晴……」
声が震えていた。
千晴の個性は脳に負担がかかる。
強大な力と引き換えに、過去の記憶がどんどん失われていく。
戦えば戦うほど、千晴は過去を捨てていくことになる。
「こわい……」
ポツリと漏れたその言葉。
それが千晴の本音なんだと、幼馴染の私にはすぐに分かった。
「皆との思い出が……一佳との時間が消えていくのが怖い……。俺が俺じゃなくなるのが怖い……。このまま戦い続けてもいいのか……戦いが終わった後の自分がどうなってるのか……想像するだけで……」
胸が締め付けられるような思いだった。
目に溜まった涙が頬を流れていく。
ずっと……ずっと言えなかったんだろう……。
言えば心配させてしまうから。
千晴が弱音を吐くことで、他の誰かがもっと頑張ってしまうから。
優しい人達に囲まれているからこそ、自分が逃げ出すことは許されない。
背負わなくていいものを、背負わせてしまうことになるから。
それを知っているから、千晴は雄英を出て行ったんだろう。
「けど、一番怖いのは……」
私の方へ顔を向け、千晴は唇を震わせた。
「一佳を好きだって気持ちを忘れるのが、一番怖いんだ……」
弱音。
他の誰にも言えなかった心の声。
千晴は友達の前でこんな顔は絶対にしない。
私だから、私の前だからこそ腹の底からの言葉が言えるんだ。
──私は千晴に対して何が出来るんだろう。
遠くに行ってしまったように思える幼馴染。
想像もつかない圧に押し潰されそうになっている幼馴染。
目の前で苦しんでいる好きな男の子に、私は何をしてあげないといけない?
──考えるまでも無い。
静かに流れる千晴の涙を、指で優しく拭き取る。
そのまま両手で千晴の顔を包み込み、目を閉じる。
そっと重ねる2回目のくちづけ。
今度は前よりも長く、深く、私という存在を流し込むように。
1度離してから、再度くちびるを合わせる。
体温が上がる。
心臓が跳ねる。
千晴と繋がっている感覚がする。
「ありがとう……千晴……」
顔を離してそう伝える。
「そう言ってくれて逆に安心した。ちゃんと弱音を吐ける人なんだって。私に弱音を吐いてくれるんだって」
自分が千晴の受け皿になっていることに、密かに喜ぶ。
千晴の本心を知り、支えることが出来るのが私しか居ないと思えるから。
「でも大丈夫だ!」
強く言い切る。
笑顔で、力強く。
それがヒーローの、人を安心させる為の本質なのだから。
「たとえ千晴が全部忘れても、また私が思い出させてやるから!だから大丈夫!」
強がりなんかじゃない。
本気の本気でそう思っている。
千晴が全てを忘れても、私が覚えているから何も心配は要らない。
また今までと同じように、同じ歩幅で同じ道を歩いていくだけ。
そして──。
「アンタは私に、2回目の恋をするんだ」
そうだ。
どうせ千晴の事だから。
私のことを忘れても顔を見たらすぐに恋心が芽生える。
単純な男なんだから、簡単に想像がつく。
「……そうだな、一佳の言う通りだ……。きっと……きっとそうだ……」
「うん……きっとそうだよ……」
未来のことは誰にも分からない。
確信なんて無い、それでも。
曖昧な未来では無く、より色濃く明確な将来が私達には見えている。
「──やっぱり一佳なんだよな」
「え?」
ボソッと出てきた言葉に思わず声を出す。
「うん、そうだよ。俺の目に狂いは無かった!」
「え?え?なに?どゆこと?」
急に声を荒らげ始める千晴に戸惑う。
さっきからコイツは何を言っているんだろう。
「話したかったことさ、まだあるから」
真剣な瞳。
千晴の視線が私に注がれる。
それだけでドキッとし、再び心音が高まる。
今日私は、何回心臓を昂らせるんだろうか。
「一佳……」
「はい……」
千晴の次の言葉を、唾を飲み込んで待つ。
「この戦いが終わったら、結婚しよう」
ボッと顔が茹で上がる感覚がした。
え?え?けっ、ケッコン!?
今ケッコンって言ったか!?
ケッコンってあれだよな?
男女が永遠を誓うあのケッコン!?
唐突な発言に脳が混乱し始める。
「忘れてしまう前に絶対に言っておきたかった。こんな大事な想いを失うなんて、耐えられないと思ったから。自分の想いを無かったことになんてしたくない。何よりも一佳が大切だから。これも俺が伝えたかったことだ」
「あ……は……そ……ういう……!」
不意に体を抱き寄せられる。
思わず変な声が出るが、抱きしめる力はより強くなっていく。
「返事……聞かせてくれるか……?」
「あ……そ……それ……は……!」
なになになにこれどうしよう!?
いきなりプロポーズされると思わないじゃんか!?
心の準備とか何もしてなかったよ!?
いやちょっと前にもそれっぽい発言や会話もしたことはあるけど、直で結婚っていうワードが出てきたのは、それもこんな真剣な顔で言われたのは初めてじゃんか!?
一体どうしたら……!?
「俺をお前だけの物にしてくれるか?」
コイツそんな台詞どこで覚えてきた!?
幼馴染の変化に頭が追いつかない!
どうしよう……どうしたら……返事をしなきゃ……いや答えは決まって……ちょい待て!ここは冷静に……!
『一佳を好きだって気持ちを忘れるのが、一番怖いんだ』
さっきの千晴の言葉を思い出す。
私への恋心を失う事が怖い……そうだよな……。
それなら……。
「返事はしない……!」
「……え!?」
顔を真っ赤にし、体を震わせながら言い切る。
「返事は戦いが終わってからします……!」
「な……なんで……!?」
すぐに千晴はハッとしたような顔になる。
「私からの返事があるって思うと、絶対に忘れられないだろ?」
千晴の記憶を繋ぎ止める方法。
それは忘れてはいけないと強く思わせる。
言葉で表すのは簡単だが、実際に出来るかどうかは分からない。
けど、こうやって具体的な物事があればまた変わってくるかもしれない。
「……だな。確かに一佳からの返事を聞けるって思うと、死んでも忘れられなくなりそうだわ。考えたな」
「でしょ?焦らすようで申し訳ないけどね」
「言えてる」
2人で笑い合う。
これでいい……これで千晴の記憶の忘却の妨げになるのなら……。
だって、こんなに嬉しい言葉を言った本人が忘れるなんて、そんなことさせたくないし、されたくない。
「いいか千晴。これからとんでもない戦いが始まる。それでも、最後は必ず私の元に帰って来い」
千晴の手を握る。
ゴツゴツした男の子の手。
たくさんの傷跡が残ってしまった手。
そんな手を包み込むように握る。
「……何があっても」
決意は力になる。
千晴への想いは一旦胸にしまっておくことにする。
全てが終わって、ちゃんと2人向き合えるようになったら。
私が長年抱えてきた全ての気持ちを、この愛すべき幼馴染にぶつけようと思う。