──光の破片が胸の中で輝いていた。
その欠片は暖かく、そして優しく俺の背中を押してくれている気がした。
まるで母親に抱かれているような感覚を味わいながら、俺はゆっくりと立ち上がる。
「愛生……千晴……!」
目の前のボロボロの男が、消え入りそうな声でそう呟く。
愛生千晴……?
誰だそれ……?
って言うか、この白髪の男もどこのどいつなんだ……。
辺りはまるで台風が過ぎ去った後のように、地面が抉れている。
一体ここで何があったのか……。
酷い頭痛の中で考えたが、その答えは俺の中には無かった。
ここがどこで自分が誰なのかも分からない。
それでも微かに知覚できるものがあった。
2人の女性との薄らとした会話が、記憶が、俺の往くべき道を朧気に示してくれている。
──行ってこい、●●。
多分俺の名前を呼んでいたのだろう。
その部分だけ塗り潰されたかのようにノイズが走っている。
綺麗な黒髪に深紅の瞳の女性が、笑ってそう言っていた。
「何が不完全だ……何が託されるだ……。そんな弱者の理論は要らない……」
白髪の男がゆっくりと立ち上がる。
肩で息をし、口からは鮮血が流れている。
相当消耗しているのが明らかだった。
そんな状態なのに、この人が俺に対して憎しみを込めた目をぶつけてくるのは何故なんだろう。
俺、この人に何かしたのかな?
──何が何だかよく分からない。
──それでも。
──俺の魂が。
──目の前のこいつを倒せと叫んでいる。
「どこの誰だか知らねぇが……」
拳に力を宿す。
ほんの僅かなエネルギーを手のひらに。
身体が自然とそう動いていた。
まるで全身に染み付いているかのような、滑らかで淀みの無い動作。
「あんたはぶん殴っとかないといけないみてぇだ……」
細胞がそう言っている。
名前も知らない目の前の"悪"を打ち倒せと心が叫んでいる。
「最後に立っているのはこの私だ……!!」
「そうか……頑張ってな……」
蹴る地面。
握った拳を打ち出す。
標的は目の前の"悪"、それだけは何故か確信している。
ポン……と俺の肩に誰かの手のひらが優しく置かれる。
見るとそこには、記憶に残っている黒髪の女性が凛とした佇まいで前を見据えていた。
『行け』
直接脳内に入り込んできたその言葉が、俺の背中を強く押した。
「消えろ……!ヒーロー気取りの弱者が……!!」
「歯ァ食いしばれ」
伸びてきた腕を回避し、奥歯をグッと噛み締める。
やることは簡単だ、引き絞った自分の腕を打ち出すだけ。
「お前の負けだ、悪党」
残った力を込めた拳が、白髪の男の頬を的確に撃ち抜き。
割れるくらいの勢いで大地に叩き付けた。
〇
──憧れてヒーローになったんだ。
テレビに映るプロヒーロー達は、いつだってキラキラとしていて。
例え険しい壁だったとしても、笑顔で勇猛果敢に飛び越えて行く。
そんな人間になりたいと思っていた。
その思いは消えやしなかったけど、あの日あの場所でとある女の子に会ってから俺の人生は変わった。
女の子に会ったという思い出だけがこびり付いていて、肝心なその子の名前は分からない。
だけど、その子の為に生きるという決断が俺の原動力となっている。
名前も思い出せない女の子の為に戦う、命を懸ける。
ちゃんちゃら可笑しい話だと思うけど、俺だけはそれを否定しちゃいけない。
忘れてしまった遠い記憶の中で、それだけが唯一俺の中に残ってくれている。
何の為に戦うのか、何の為に生きるのか。
俺の生きがいがそこには在る。
「行かなきゃ」
だからきっと、こんなボロボロの体を引っ張り上げる程の存在なのだろう。
痛みで全身が悲鳴をあげている。
それでもこの体を突き動かすのは、とっくに失くなった思い出たち。
まだ俺を必要としてくれている人がいる。
きっといるから。
「待ってろよ……」
名前も知らない誰かの為に、力を絞り出す。
理屈じゃない、本能がそうさせるんだ。
地面に這うようにしてその場所を目指す。
朧気にだけど場所は把握出来ている。
そこには2つの力を感じていた。
邪悪な気配を持つ者と、殆ど消えてしまいそうな残り火のような力。
行ってあげなきゃ……助けてあげなきゃ……。
残り火を絶やしちゃいけない……。
あれは希望の火だ……。
これからずっと繋いでいかないといけない意志だ……。
ポツポツと小さな光がそこに集まり始める。
一つ一つは小さくても、重なり合うことで大きな光となっていく。
それを体現しているかのようだ。
懐かしい感覚がする……。
「ぐっ……!うぅ……!」
俺も行かなきゃ、そこに。
皆が待っている……。
皆が誰かは知らないけど、呼ばれている気がする……。
俺のことを……呼んでいる……。
「──乗れ、愛生」
声を掛けられる。
聞き覚えのある声だった。
見ると、そこにはバイカラーの女性が俺に向かって差し伸べていた。
「ナ……ガン……?」
「まだ死んじゃいけないみたいだよ……。私も……お前も……」
希望を感じる瞳が未来を指し示していた。