そして迎えた体育祭当日。
学年別に行われるその祭典の主役である俺たちは、クラスごとに控え室で開会式の準備が終わるのを待っていた。
雄英高校の体育祭といえば、今や日本の誰もが注目する超ビッグイベント。ヒーロー社会となった現代社会において、雄英の生徒たちへの世間の期待は計り知れない。この国の未来を託せる子供たちなのかどうなのか、そういう目線で俺たちを見る人もいるだろう。
「にしても…今日はやけに静かじゃん?流石の爆豪さんも、こういうのには緊張するもんなの?」
俺はテーブルの向こう側に静かに座っている爆豪に、そう声をかけた。今日の爆豪は凄く大人しい。お腹でも痛いのかって心配になるくらい。やっぱ皆に注目されるってなると、緊張のひとつやふたつしちゃうもんだよな。
「るせぇな、別にそんなんじゃねえよ」
「あ、そうなの。いつもは発情期の犬くらいキャンキャン吠えまくってるのに」
「誰が発情期の犬だコラ!!体育祭欠場にしてやろか!?つかなんでジャージじゃなくて学ラン着てんだテメーは!?」
「あ?体育祭といったら学ランにハチマキだろうが!見ろ、ちゃんとサラシも巻いてんだぞ!」
なんやかんやで爆豪と取っ組み合いをすることになる。これだよこれこれ。爆豪といったらこんくらいの激しさが無いと。エンジン吹かして駆けつけた飯田と切島に仲裁に入られて事なきを得る。
「とっても良くお似合いですわ、愛生さん」
飯田に注意されてる途中、八百万が近づいてきた。あなたも委員長でしょうに。一緒に注意しなくても良いのか?
「サンキューヤオモモ。良かったらあと1着あるけど、どう?」
「あら、いいですわね!1度こういうもの着てみたかったんですの!」
取り出した学ランに、八百万は目をキラキラと輝かせている。そこに血眼の峰田がミサイルのように飛んできた。
「おいおいおいおいィ!それ一体どういうサービス!?八百万がサラシ巻いて学ランんん!?なぁおい、巻くサラシの量は少なめで頼むぜぇ!?」
「………」
「何とか言ってくれよ!?」
「不潔」
「知ってっけどさァ!」
全開な峰田はほかっておくとして、やっぱりアイツの姿は今日も見えない。
「もう本番当日だぜ?何してんだよ緑谷のやつ」
上鳴がそう声を漏らす。実は、体育祭があるとの連絡を受けた次の日から、緑谷は学校に来ていないのだ。あの真面目な緑谷が。三度の飯よりヒーローが好きなあのデクが。不登校になってしまったのだ。
「女だ、絶対に女だ。あいつそういうのには興味無いフリして、裏では凄いんだぜきっと。雄英生だって言いふらして、他校の女子生徒と不純異性交友に勤しんでんだぜ」
「まさか…デクくんに限ってそんなこと…」
「甘いぜ麗日。男は皆オオカミさんなのさ。放課後のデクは、デクじゃないかもしれない」
「アホくさ。あのクソナードがんな真似できるわけねーだろ」
まぁ、幼馴染のかっさんが言う通りだな。デクが女の子をたぶらかしてるところなんて…悪いけどあんま想像できない。てかそんなだらしない奴には見えないよな。じゃあ尚更なにしてんだろ。
デクについて色々と考えている時、控え室のドアが勢いよく開かれた。それはもう、扉がぶっ壊れちゃうんじゃないかって程に。皆の視線が一箇所に集まる。そこには、話題で持ち切りになっていたそのクラスメイトの姿があった。
「良かった、まだ始まってないみたいだね」
ほっ、と安堵の息をつくデク。安心するのは分かるけど、ちょっといくつかツッコミたいことがある。
「なんだその格好。虎の皮で出来たみたいな服じゃねえか。ご丁寧に模様までついてるけど、どこで買ってきた」
「現地の虎を狩って、そいつの皮を剥いだ」
なんか物騒なことになってんな!?こいつホントにデクか!?
「てかそもそも、今までどこ行ってたんだよ?2週間近く学校に来てなかったじゃねーか。今日もギリギリに到着だし」
「海外から泳いで来たんだ。日本は島国だからね」
「海外て。どこの国行ってたんだよ」
「ヤッホイってとこ」
「なんだヤッホイ行ってたのか」
「あー、ヤッホイね。久々に聞いたわその名前」
「ヤッホイいい所だよな」
「ヤッホイ…?私の知らない国ですわ…」
「八百万さん、男子のこういうノリには乗っちゃダメだよ」
〇
そんなこんなで始まった雄英体育祭。進行を務めるミッドナイト先生のもと、開会式の幕が上がった。
やはり俺たちへの世間からの注目度は高いらしく、入場している時から既にカメラのフラッシュが止まないのなんの。何だか有名人になったような気分だ。そんな俺たちをよく思わない他クラスのやつらも…。
「愛生、あそこを見てくれ。オレの家族がいる」
全クラスの入場が終わるまでの間の待ち時間、轟が俺の肩を叩いてそう言った。向くと、会場の観客席の一点を指さしている轟が。
「え?どこどこ?」
「ほら、あそこだ。端から3つめの場所。いま姉さんが手を振った」
「いや全く見えないんだけど。あなたどんな視力してるの?」
家族いるらしい場所に向かって、轟は控えめに手で合図をしていた。にしても、家族で息子の応援に来てくれるのか。良い家族だな、轟家は。てかそんなことを知らせてくるなんて、コイツ結構可愛いとこあるじゃないの。よっぽど嬉しいんだな。
「さーて!1年全員出揃ったところだし、早速選手宣誓いくわよ!代表はA組の爆豪勝己くん!ビシッと決めてちょうだい!」
指名された爆豪は、怠そうに台の上へ上がっていく。絶対ろくなこと言わないだろ、アイツ。A組一同は、息を飲んで暴君の言葉を待つ。
「せんせー、オレが1位になる。せめて跳ねのいい踏み台になってくれや」
はいブーイングの嵐。ホントに回りを敵に回すのだけは得意なんだから。ガッカリするような、逆に安心するような。平常運転な爆豪を見ていると、何も気負う必要なんてないんだなと思えてくる。
さっさと仕事を終えてスタスタと戻ってくる爆豪。通り過ぎる際に俺の方をチラッと見てきた。なんだ?やんのか?
「テメーには死んでも負けねえ」
俺以外には聞こえないくらいの、爆豪には似つかない小声だった。
他クラスの連中に負ける気は無い。A組を中心に敵意が集中しているのは承知している。
だけど、真の敵はそいつらじゃない。本当に見据えるべきものは、一番近くにいる背中合わせのライバルたち。
俺たちは証明しなければならない。勝って示さなければならない。自分たちの強さを。
多くのライバル達を押しのけ、頂点に立つのはこの俺だ。
〇
『第1種目、障害物競走!!!ルール無用のガチンコドタバタレース!!!もちろん個性の使用はOK!どんな手を使ってでも、ゴールに辿り着きなさい!!』
テンション高いな、ミッドナイト先生。そんなことを考えながら、これから始まるデスレースに向けて準備運動を進める。
なんでもアリの障害物競走か、正直ラッキーだな。飛んでけば障害物もクソもない。先生方、競技選択ミスってないかい?
『さぁ準備はいいかしら?雄英高校体育祭、第1種目!障害物競走!レディ…』
だからって、油断はしないけど。
『GO!!!!!』
ミッドナイト先生のスタート合図により、1年生一同は一斉にスタートを切った。それと同時に、俺は体を浮かせてすぐさま皆の頭上を往くことにする。うん、やっぱり空飛べるって便利だね。せっまい通路でわちゃわちゃやってる他の皆を見てると尚更だ。
『さーてイレイザー、遂に始まったな体育祭!どうだ?今年のお前の可愛い教え子ちゃん達は?』
『どうだもヘチマもない。今日一日が終わった時の結果や気持ちは、全部アイツら次第だ』
『しけてんなオマエ。応援くらいしてやれよ。──さてさてさーて!早速トップに躍り出たのはA組の愛生だな!あいつの個性便利すぎねぇ!?自由か!』
かと言って飛んでばかりもいられない。正直、体を浮かすのは結構神経を使う。あまりやりすぎるとすぐにバテちゃうからな。この後も続くであろう競技のことを考えると、スタミナは温存しとかないとな。
通路をぬけて少し行ったところでとりあえず着地。大幅なリード…とまでら言えないけど、ある程度の距離は稼げたはず。よし、この調子でゴールまで駆け抜けよう。──と、1歩目を踏み出したその時。
「独走できると思ったか?」
地を這う氷結が、俺の両足をガッチリと凍らせた。これは間違いない、あのイケメソの仕業だ。
「ちべたっ!お前これ卑怯だろ!」
「なんでもアリって言ってたじゃねえか。お前だって空飛んでた」
そう言って轟は、地面を凍らせながらスケート選手のようにコースを滑走していった。あんにゃろう、個性フル活用してんじゃねーか。
「半分野郎にしてやられてるじゃねーか。いい気味だわボケ。そこで一生凍ってろアンポンタン」
いま毒を吐いてったやついたな!?爆豪か、アイツ絶対泣かしてやる。
「あれれれれ?こんな所で道草なんてえらく余裕だねー?良かったのはスタートだけなのかなー?」
物間だけは殴る。何がなんでも殴る。あいつが泣いても殴るのをやめない。そして偏差値を2くらいまでに落としてやる。
パイロキネシスで氷を溶かしている間に、随分と後続に先を行かれてしまった。スタートダッシュの貯金が台無しだ。上位何人が次の種目に進めるかも分かってないし、とりあえず開いた距離を詰めないとだ。
『来たぜ最初の関門、その名も──ロボ・インフェルノ!!!』
コースを走っていくと、前方に人だかりが見える。どうやらそこで足を止めているようだ。そしてその更に先に、巨大な何かが立ち塞がっている。あれは…どっかで見たことあるな。
「愛生、入試の日を思い出すな」
「常闇クン。そーだった、あのロボ入試の時のやつだ」
気付いたら傍にいた常闇クンの言葉で、俺は入学試験の時のことを思い出した。そーいえば入試の時にもあいつ見たな。そん時は確か、常闇クンとダークシャドウと瀬呂に協力してもらったんだっけ?
「さて、今は体育祭の競技中…蹴落としあいのデスレースの真っ最中だ。この困難、お前ならどう切り抜ける?」
「んー、俺も考えてたとこ。力は温存したいけど、そんなこと言ってられる気もしなくもなくもなくなくない」
「お気楽な男だな。だが、お前らしいな…」
「お、おお…」
なんだ?なんか俺のこと理解してるつもりになってる?割とまだ出会って間もないよな?俺たち。けっこう距離詰めてくるタイプなのね、常闇クンは。
先頭集団は今どの辺にいるのかな?多分トップを走ってるのは轟とか爆豪あたりだろう。デクは俺のちょっと前にいるし。1機壊れてるロボがあるけど、凍ってる箇所があるから轟がやったんだな、きっと。
轟のせいで割と遅れを取ってしまっている。ここらで巻き返しをしていきたいところだ。
「しゃーない、飛ぶわ」
「ほう…奇しくもオレと同じ考えに至ったか」
「ここで時間食うよりはな〜。爆豪と物間にちょっかいかけたいし」
「…そうか」
という訳で俺たちは二人仲良く空の旅へ。常闇クンはダークシャドウを上手く使ってそらをとぶ?というよりかはロボの機体を駆け上がっている。便利だな、あの個性。
ま、こんな所で時間ロスなんかしてられないし。さっさとトップ層へ追いつかなきゃ──。
「ッ!?愛生!?」
「へ──?ぎゃあああああ!!!???」
『なんと愛生、突如爆発ーーッ!?どんな一芸だそりゃ!?』
『八百万の大砲が直撃したな、不運なことにも』
常闇クンの呼ぶ声がしたと思ったら次の瞬間、すごい勢いで飛んできた黒い塊が脇腹に直撃した。火薬の匂いと共に、そのまま俺は地面に墜落した。
「ああっ!愛生さん!」
悲痛な声をあげながら駆け寄ってきたのは、俺に大砲を直撃させた八百万家の百さん。いやわざとじゃないのは分かるよ?射線上に入った俺が悪いのは分かってるけど、けどこれ死ぬほど痛かったんだぜ…。
「愛生さん!愛生さん!お気を確かに!」
「うう…心配すんな、八百万。俺は生命の書に名を連ねているからな。また何度でも会えるさ…。…ぐふっ!」
「あ…ああ…!そんな…私のせいで…」
『な…なんと愛生!ここでまさかの脱落ーーッ!?』
『アホ抜かせ、大根役者じゃねーか』
ガチ泣きしてる八百万にギュッと抱き寄せられる。しまった、ピュアなお嬢様にこのジョークはレベルが高すぎたか。そりゃちゃんと痛かったけど、別に死ぬほどじゃない。けどなんだ…今はこの状況も悪くない…。八百万の胸の中…とても安心する…。まるで母親に抱かれているかのような…。あと柔らかい何かが顔にダイレクトアタックしてる。何とは言わないけどね、何とは!
「──ちょっと」
そんな夢見心地な気分を無理やり終わらせるような、鋭いナイフのような冷たい声が耳に届いた。今まで生きてきた中で聞いたことのない程の、声色だけで人を殺せてしまいそうなくらいゾッとするような声。
その声の主は静かに、だが確実に俺たちの元へ一歩ずつ近づいてきた。地面を踏みしめるその音が、何故か俺の心臓をキューっと締めつけてくる。
──
「八百万さん…だっけ?あなたそこで何をしてるの?」
「け…拳藤さん…」
「………」
うん、いま目を開けたらダメなやつだなこれ。
緑谷出久②
・学校をサボってヤッホイへ赴く。現地で何をしていたかは教えてくれない。
・虎の皮をはいで作った服で体育祭に参戦。
轟焦凍③
・目がとても良い
ヤッホイ①
・雄英高校のちょうど反対側にある。