──困った。非常に困った。
この日のために作られた特設フィールドの上で、俺は頭を抱えていた。
体育祭最終種目、ガチバトルトーナメント。どっかのバカが2秒で考えたような名前の競技の初戦で、俺は幼馴染と対面することになってしまった。
視線の先には幼馴染、拳藤一佳が身体を伸ばして準備運動に勤しんでいる。気合十分といったように、その瞳には闘志が宿っているようだ。何事にも全力な彼女は、これからの試合にももちろん全力で臨むだろう。
それに対して、俺の心は複雑だった。さっき約束したように、トーナメントを勝ち進んで轟と戦わなければならない。その為には一佳に勝たなければならない。となるとアレだ、一佳とバトらなきゃいけないってことになる。
…無理だな。将来の嫁に殴ったり蹴ったりなんて出来るはずがない。一佳の白く透き通るような体に、あざや傷なんかできた日にゃもう発狂ものだ。冷静でいられる気がしない。したがって、俺は一佳と戦うことができない。
「QED、証明終了」
俺は上からスタジアムを見下ろしている相澤Tとプレゼントマイクに、視線を投げかけた。
「せんせー、暴力は嫌いなので話し合いで解決しませんかー?」
「は?」
『なにいってんだアイツ』
『愛生、おまえ体育祭の趣旨わかってんのか』
相澤先生のごもっともな質問が飛んできた。それを受け止め、俺は一佳の方へくるりと向き直る。
「一佳、俺は逆立ちしても、たとえ天地がひっくり返ってもお前を殴ることはできない…。だからこの試合、殴る蹴るなんて野蛮な行いじゃなく平和的な話し合いで解決しようじゃないか!」
「…」
「あの〜、哀れみの目で見るのやめてもらっていいすか…?」
なんで?俺なにも変なこと言ってないよね?むしろ紳士的でヒーロー的な解決策を示してるよね?昨今のヒーローは暴力だけじゃやっていけないって、なんかの記事で見たことあるぞ。
『拳藤、そいつを叩きのめしてやってくれ』
「そのつもりです、相澤先生」
言うやいなや、一佳は地面を蹴って肉薄してきた。その瞳には…100%戦いの意志!
「ちょまー!話聞けって!」
「歯ァ食いしばれ!馬鹿な幼馴染を修正してやる!」
一佳は自らの右手を"巨大化"させると、それを加減することなく俺に放ってきた。
横に跳んでそれを回避、拳が直撃したフィールドの床がなんと砕け散ってしまった。
なんつー威力、この娘。ただでさえ腕力に恵まれた奴だとは思っていたがこれ程とは。地面割るってなに?これセメントス先生が作ったやつだよね?
──一佳の個性、【大拳】。文字通り拳を大きくさせて敵を殴りに行く個性だ。顔に似合わず物騒な力だが、その威力は見ての通りセメントをも砕く。あれが俺の体に当たったら骨が砕ける。
「チッ、上手く避けたか。今度は外さない」
「顔が怖いよ一佳さん。ほら、笑って笑って」
「問答無用ッ!!!」
「どこぞの戦闘民族だお前ーッ!!!」
再度、俺に向かって接近を開始してくる。大きくさせた両手を躱す度に、1つ2つと地面に穴ぼこが増えていった。
確かに威力はとてつもない。だが、動きが直線的すぎる。ちゃんと見れば捉えられない訳はない。ようし、このまま回避に徹しよう。そのうち疲れてくると思うから、そうなったら優しく降参を促してやろうそうしよう。
俺はぴょんぴょん飛び跳ね続けた。それはもうウサギさんのように。一佳の猛追を身を翻して、フィギュアスケートの選手のように舞う。
『あいつマジで手出してねーじゃん』
『初戦からセメントスが可哀想だな』
舞台のフィールドは、それはもう酷いことになっていた。最早そこは月面といっても過言ではない。整地を探す方が難しいくらいボッコボコになっていた。あ、セメントスが泣いてる。結構時間かけてたもんな、お気の毒に。
「クソっ、ちょこまかと」
一佳の顔に苛立ちが滲んできた。息遣いも荒くなってきている。いいぞ、そのペースだ。このままいけば作戦通りに手を出さずとも駒を進められる。
「…お?」
しめしめ、とほくそ笑んでいた時、俺のかかとが何かに引っかかった。見ると、地面にある小さな穴ぼこ。そこに俺はかかとを引っかけていた。
「しめたっ!」
「やべ──!?」
気づいた時には、一佳の巨大化された右拳で視界が覆われていた。
○
一佳ちゃんは立派なヒーローになるわねー。
幼い頃から周りの人にはそう言われていた。
スポーツ万能、学業優秀、リーダーシップ溢れる気概で常に皆をまとめあげる。当たり前のことを当たり前にしていただけなのに、どうやらそれは当たり前のことではなかったらしく、何なら褒められることが多かった。
一佳がいると助かるわー。
拳藤がクラスにいると、先生楽できちゃうな。
人の役に立つことがしたい。それが私の行動原理。だから常に先陣切って、誰かのために時間を使った。自分よりも他人を優先。他人が困っていたら自分が動く。ヒーローを目指すならそれくらい当たり前だと思っていたし、何も苦じゃなかった。
周りの人もそれを褒めてくれたし、それで交友関係が増えたりもした。良いことをしている、人の役に立っている。ヒーローになるための地盤固めは、着々と進んでいた。
いちかー、掃除当番代わりやっといてー。
これセンコーの机によろしくー。
人間って不思議なもので、どんな出来事にも段々と慣れて適応していく。私の中では人を助けることが当たり前であるように、みんなの中でも拳藤一佳が人を助けることは当たり前になっていった。頼られ方の方向性が変わっていった。
これは苦じゃないと思い込むようにした。
「あ、いいとこにいた。便利屋じゃなくて一佳。これゴミ箱に捨てといて」
「あ、うん。わかった」
これは人の役に立つこと。私の中の当たり前。ヒーローにとっては当然のこと。
だから苦じゃない。だから断っちゃいけない。だから私がやらなきゃいけない。
一佳ちゃんは立派なヒーローになるわねー。
ヒーローになるために、必要な…。
受け取ろうとしたクラスメイトの飲み干した紙パックのジュースが、ペチンと弾かれた。
「そんくらい自分でやれうつけ者。一佳にいらんストレス抱えさすんじゃねーよ。綺麗なお肌にニキビでもできたらどーしてくれんだぶっ○すぞ貴様」
そこに立っていたバカ1人。そいつの放った言葉は、ゴミ捨てを要求してきた生徒に鋭く突き刺さった。それと同時に、何故か私の心をスっと軽くしてくれた。
「あんなー、何でもかんでも安請け合いしたらソイツのためになんねーだろ?自分のことくれー自分でやらせときゃいーんだよ」
「そ、そうだけどさ。困ってる奴がいたら、放っとけないじゃん…。助けてあげなきゃってなるんだよ…」
「ふーん、そんなもんかね…。ぐわぁーっ!!急に右足に痛みがーっ!!!」
「バカやってないで早く帰るよ」
「どういう了見だよ!なんで俺は助けてくんねぇの!?」
「だって嘘だってすぐわかるし」
「んだよ、ちゃんと気づけてんじゃん。だったら、明日からどうしたらいいかもう分かるな?──そもそも、優しすぎなんだよ一佳は。知ってる?ヒーローって優しすぎる奴にゃ向いてねんだぜ?」
「なら千晴にはもっと厳しくするね」
「あれ?話通じてないような」
私に大事なことを教えてくれた奴。
当たり前に縛られて本質を見失っていた時に、不器用ながら道を示してくれた奴。
私がヒーローになって、一番守りたい大切な人。
──さしずめ、騎士様ってとこかな?
だから…。
「やべ──!?」
「ハァァァァァ!!!!!」
そんな千晴より、私は強く在らなきゃいけない──!!
だから全力で挑むんだ。
だから勝たなきゃいけないんだ。
この最高にバカで愛しい幼馴染に──!!!
鈍い感触が右手に伝わった。
思いっきり振り抜いたその手は、確かに千晴を捉えた。
地面を割るほどのパワーを秘めた【大拳】。当たればひとたまりもないだろうけど、千晴なら平気だと思った。
ただ場外に落ちてさえいてくれれば。
「…っぶねぇ〜。つい足を取られちまったぜ」
…そう簡単には、いかないよな。
けど、やっぱり私の攻撃はちゃんと喰らってる。衝撃の直前に咄嗟にバリアでも張ったのか、ダメージは軽減されてるかもだけど、それでも体力は減っているはず。
このまま畳み掛けて、一気に勝負をつける。
「最近読んだ漫画で見たんだ。一流の実力者同士なら、拳を交えただけで相手の気持ちが読めちまうってよ」
「──ッ!?急に何の話だよ!」
私の声に、千晴はニッと笑って答えてみせた。
「俺には伝わったぜ。お前がこの体育祭に懸ける思いってやつがよ」
「…そうかよ。だったら真っ向から──」
「──ああそうさ。だからもう手を出さないなんて甘いことは言わない。やり合おうぜ一佳、力のかぎり」
瞬間、舞台が揺れ始める。千晴が個性を使ったのだとすぐに分かった。次第に浮き始める周囲の瓦礫、散々叩いて壊したステージが、千晴の武器になる。
大、中、小様々なサイズのセメントの塊が、次々私に降り注ぐ。小さいものは弾き、大きいものは殴って壊す。それの繰り返し。ただそれじゃダメだ、すぐに限界が来る。相手の物量が上すぎるんだ、攻めに出なきゃこのままじゃ負ける。
私は地を蹴り千晴に突進。細かい粒は無視!ダメージのデカそうな大きい瓦礫は避けるか砕く!この無限にに続く弾幕を抜けなければ。
「こいつはどうだ」
その時、頭上が暗くなっていることに気がつく。見上げるとそこには、一際大きな礫塊。
「避けなきゃ死ぬぜ!」
「かかってこいやァ!!」
まるでそれは小さな隕石だ。
…ビビるな、いけ。
進め。
立ち向かえ。
ここで迎え撃たなきゃ、何のための──。
──だから俺は雄英に入って、ヒーローになれたらお前を守るよ。危なっかしい一佳を、傍で支え続ける。
私の両手と千晴の隕石がぶつかり合った。
○
「お、目ぇ覚めたか?」
次に聞こえてきたのは千晴の声だった。
視界に移る彼は私と目が合うとニッコリ笑い、私の前髪をかき分けてくれる。
状況が読めず、とりあえず体を起こそうとしたが上手く力が入らない。
「医務室のベッドさ、無理に起きなくていい。リカバリーばーさんの治療も入ってるからな、疲労感ハンパないだろ」
「あ、そういう…こと…」
やっと出た言葉は途切れ途切れだった。千晴の言うように、全身の疲労感がとてつもない。ベッドに寝転がってゆっくり息をするのも精一杯な感じだ。それだけの傷だったんだろう。
それに対して千晴は…見た感じ元気そうだ。それはそれで安堵する。それと同時に、込み上げてくる気持ちもあった。
「負けたんだ…私…」
グルグルに巻かれた包帯が、戦いの激しさを物語っている。こんな大怪我をしたのは生まれて初めてだった。
そっか。私、千晴に勝てなかったか。
「あのデケー岩を砕かれた時もビビったけどさ、その後もフラフラになりながら俺んとこ向かってきてたんだぜ」
「はは…そうだったんだ…」
悔しさ、たったひとつのその感情が私の中で暴れている。悔しすぎて頭がおかしくなるくらい、涙が出そうになるくらい。
ダメだ、いま話しかけられてもロクな返答ができない。それどころじゃないんだ。今はただ、自分の弱さが悔しい。千晴に追いつけなかった、追い越せなかったことが許せない。
「んじゃ、一佳も起きたことだし席戻るわ」
「え…あ、そう…?」
「なになに、もっといてほしかった?」
「いやちがうけど…」
驚いた。千晴のことなら、次の試合が始まるまでずっと居るとか言い出しそうだったから。意外な行動だ。
「この後も試合あっから、ちゃんと応援しててくれよー。一佳の応援があれば、俺のパワーは何万倍にもなるからなー」
はっはっは!と笑いながら医務室から千晴は出ていった。そんな背中に苦笑しながら、私はボケーッと天井を見上げる。
「…強くなりたい」
結局、いまの私じゃ千晴の傍には立てやしないんだ…。
心にポッカリと穴が空いたような気分だ。
「強くなりたい…」
じゃあどうするか。その穴を埋めて、悔しさを消し去るにはどうしたらいいか。
「強くなるしかないな」
答えはずっと前から決まっていたことだから。
いつか千晴に並び立てる日まで、私は挫けない。
今日の悔しさは、一生忘れず取っておこう。
悔し涙を流すのは今日が最後。
最後にするんだ。
○
「ここにいたんだね、愛生君!」
「お、お前は…!?」
通路を歩いていると突如として呼ばれる自分の名前。
声の主は目の前にいた。
「デク!お前まだ獣の皮の服着てたのか」
「通気性がイイからね、ストックあるけどいる?」
とりあえず1枚貰っておいた。
「んで、なんの用?」
「2回戦の相手、僕の相手は君だよ愛生くん」
やけにドヤ顔で言ってきたな、こいつ。
しまった、一佳のトコに居たから他の試合とかあんま見てねーや。
轟とか爆豪はどうなったんだろうか。
「無視かい愛生くん!」
「いやちがうけど。まー、デクが相手かー。いっちょお手柔らかに頼むわ」
「なんでそんなダルそうに言うの?」
「いやそんなことないけど」
なんか近いなコイツ。あれ?前からこんなだっけ?ヤッホイ行ってからおかしくなったんじゃないの?倫理観とか。
「まぁお前には障害物競走で1着取られてっからな。そのリベンジさせてもらうぜ」
「ふふふ、そうこなくちゃ。僕も見せてあげるよ。ヤッホイで会得した"フルカウル"をね」
それだけ言い残し、デクはどこかへ去って行った。
何はともあれ、2回戦がデクなら油断はできないな。何か対策とか練りたいけど、俺アホだからそういうの苦手なんだよな。あ!そういう時は相手の言動から弱点を見出すって、テレビで言ってたな!
そこで俺は、デクが放った1つのワードにピンときた。
「あいつ…そういや去り際に何か変な英語喋ってたよな。僕のフルなんたらを見せてあげるって…。フル…フル…フ…。"フルチン"…?」
「あいつまさか…」
戦いの刻は近い。
・愛生千晴
▶あんなに必死こいて覚えた英語を、もうほとんど覚えていない。