「ふぁ〜…よく寝た…」
次の日の朝、公安の施設に併設されている宿舎で俺は目を覚ました。
簡素な机とベッドが置いてあるだけの無味無臭な部屋で身支度を整え、朝食を摂るべく俺は食堂へ向かった。
「いただきます」
食事の挨拶が、俺以外誰もいない食堂に響く。
だだっ広い食堂にぽつんと1人、そこで朝食をかき込む。この寂しさは一体なんだ。
寂しさを紛らわす為に、スマホでネットニュースでも見ようと電源をつけた時、着信が1件入ってきた。画面に表示されているのはただのTEL番号のみ。未登録の人からのようだ。怪しみながらもとりあえず出てみる。
「はい」
『私だ』
いや分からん。女性の声だが、電話越しだと声変わる時とかあるから余計に分からん。
「あの…どちら様で…」
『ナガンだよ。いま朝メシか?』
なんだレディ・ナガンか。それならそうと早く言ってくれればいいのに。てか何で俺の番号知ってんの?
「うす。味噌汁飲んでます」
『それ食ったら指示する場所まで来い。今日のお仕事だ』
プツンと通話が切れる。この人アレだな、言いたいことだけ言ったら話終わらせるタイプだな。こっちの返答も待たずに指示だけ出して。
ナガンからメッセージで飛んできた場所だけ確認して、俺はネットニュースに目を通す。政治のことやらスポーツのことやら、毎日新しい情報がどんどん流れてくるな。正直、俺はその辺には疎い。
そんな中で、俺の目を引くタイトルのニュースがあった。タップして内容を確認する。
【頻発する自殺と黒い雪】。そんな名前のニュースが、いま世間を騒がせているようだ。見ると都市部で自殺者の数が増加。不可解なのは、その現場に季節外れの雪が積もっているとのこと。しかも黒色の。
なんだろう、何故か他人事じゃないような気がする。自殺だけならまだしも、そこに黒い雪が降り積もっているとなるとな…。
「ま、シリアスなことは考えなくていっか!」
内容は頭の片隅に置きつつ、考え込んでもしょうがないので俺は席を立つ。食器を片してナガンの所に向かおう。あんまり遅くなると怒られそうだからな。
コスチュームに着替えて、俺は公安の施設から飛び出した。今日は一体どんなことをやるんだろう。なんだかんだでプロの現場を味わえることに、ワクワクしている自分がいた。
○
「今日の仕事はこれだ」
伝えられた場所に赴いた俺は、着くやいなや速攻ナガンに1枚の用紙を渡された。受け取って上から見ていく。
「ふむふむ、なるほどね」
ヴィラン名:フットワーク。個性"健脚"による高威力の蹴撃、強靭な脚力による高速移動にも注意。
文章と一緒にヴィランの写真が添付されている。短髪に切りそろえ、サイドに剃りこみが入った男。スポーツ選手のような雰囲気が感じ取れる。
蹴りに要注意となると、近接戦闘は控えた方が良さそうだな。中距離もしくは遠距離からの戦術で戦いを組み立てよう。被害は最小限に、成果は最大限にだ。
「もうコイツの根城は特定している。まずはそこに行くぞ」
「え、そうなの?」
「…公安ってのは、街でゲリラ的に発生する事件を解決するだけじゃないんだよ」
なるほどね。確かに街で暴れている奴らだけがヴィランじゃないもんな。ヴィランだって一日中悪いことをしている訳じゃない。一般市民に紛れて普段は生活をしているんだ。そこを特定して確保するのもヒーローの仕事か。
「さ、急ぐぞ。やることは山積みなんだからな」
「うす」
そうして俺とナガンは、ポイントしたヴィランのもとへ向かった。
ただ少し気になったのは、ナガンの瞳がどこか憂いを帯びているように見えたことだ。
○
「目標地点に着いたよ。いつでも始められる」
市街地にあるマンションのとある一室。そこが今回の標的のヴィラン、フットワークが拠点にしている場所だ。その部屋の玄関扉の前に到着した俺は、無線でナガンにそう伝えた。
『住民の避難は済んでいる。いつでも始めていいぞ』
あらかじめ近隣住民の避難は済ませてある。出来れば戦闘無くしてヴィランの確保に努めたいが、相手がどう出てくるかは分からない。万全を期して周囲の方々には安全な場所に避難してもらうことにしてある。市民の皆の大切な住居が戦場になるかもしれないんだ、あまり物とか壊さないようにしなきゃいけない。
超能力で部屋の鍵を開け、ゆっくりと扉を開ける。玄関に靴は無し。人がいるような気配も今のところない。そのまま土足で踏み入り、とりあえずリビングをチェック。うん、誰もいないな。買い出しにでも行ってんのか。
リビング以外にもう一部屋…そこもチェックしてみよう。
1LDKの洋室の扉に手をかけると、ぎぃ…という音が鳴る。見ると、簡素な机と椅子とベッドがある程度だった。机の上に何やら写真のようなものが数枚、乱雑に置かれている。気になって近づき、それらに目を通す。
「何だこいつら…。みんなして変なマスクつけてる…」
その写真に写っている人物たちに、首を傾げる。写真には数人の男たちの姿が写っていた。意味深なのは、そいつらの全員が鳥のくちばしのようなマスクを付けていることだ。パッと見ハロウィンの仮装にも見えるけど、一体どういう状況なのかが読めなさ過ぎる。いや、こういう形のマスクを本か何かで見たことがあるぞ。名前…なんだっけ?ペス…いや…パス…パンストマスク?
疑問に思いながら他の写真を確認していると、とある少女が写っている写真があった。白髪に赤い瞳の少女、特徴的なのはおでこの小さな角だ。怯えたような目でカメラを見ている。
「…なんか危ない匂いがするな」
まさかとは思うが、この家に住んでいる今回のターゲットヴィラン…もしやロリコン…?
いやだって、部屋に幼女の写真を置いておくなんて、もうそうとしか考えられない!むしろ自分からアピールしてるようなもんでしょコレは。
ふと、視界の端にとある箱が映り込む。拾い上げるとそれは女児用のおままごとグッズ…。決まりだな…。
「お人形さん、お化粧のおもちゃ、アクセサリー。おーおー出てくる出てくる」
部屋の中を漁っていると、次から次へと女の子が喜びそうな類の玩具が出てきた。これは相当危ないヤツの家に来てしまったのでは?考えられるのは、写真に写っていた白い髪の少女に渡す為かな。
「なんにせよ…世の中には色んな奴がいるんだなぁ」
と思いつつ本当に危ないと感じたので、一旦写真類は回収することにする。後でナガンに提出しておこう。ヴィランに関して重要な情報だ。いつかどこかで役に立つかもしれない。
他にめぼしい物は無かったうえ、対象のヴィランも姿を見せない。これ以上ここに居ても仕方なさそうだという旨を報告するべく、俺はインカムに手をかけた──その瞬間。
「誰だ」
太い男の声が背後から聞こえてきた。
いつの間にそこに居たんだ…?足音ひとつしなかったし、この距離に来るまで気配すら感じなかった…。
そして、この背中に突き刺さる重いプレッシャーはなんだ?背後の男から感じ取れるものだが、それが俺の体を鎖のように縛り付ける。けど、そんなこと言ってられないよな。
意を決してバッと振り返ると、そこには鳥の頭を模したマスクを付けた男性が。この家の持ち主──標的のヴィラン、"フットワーク"だな。…さっき写真で見た集団も似たようなの着けてたような。
「人の家に勝手に入り込むなんて、そんな悪いことお天道様は許しちゃくれないぜ。端的に話せ。お前はどこのどいつだ?」
「ロリコンに答えてやる義務はねーな」
一瞬の静寂、その後空気が一気に張り詰めた気がした。
「じゃあ蹴り殺してやるよ!」
「やってみろよバ〜カ!!」
○
バリン!とガラスが砕ける音が響く。
マンションのリビングから外に飛び出した俺とヴィランは、そのまま空中で取っ組みあっていた。
「どうした!俺を蹴り殺すんじゃなかったのか!」
「ガキがッ!!」
掴み合いながら、砕け散ったガラスを個性で浮かす。いい感じに砕けた鋭利なガラスは、使い方次第で強力な武器になる。
「そらよっ!」
「チッ!」
フットワークの体に足を強引に押し出すことで距離をとり、そこに無数の透明な刃物を飛ばす。奴はそれを、脚を薙ぎ払う事で発生させた衝撃波で無効化してきた。
個性"健脚"…あの両脚から放たれる一撃は申し分ないだろう。今みたいに蹴りの勢いで遠距離攻撃も可能となると、なかなかどうしてやりづらい。
「シッ!!」
自慢の脚を薙ぎ払った勢いのまま、フットワークはアパートの壁面を土台に肉薄してくる。
俺とフットワークの間にあった数十メートルの差なんてものは一気に縮まってしまう。
バリアを創る暇もなく、俺の腹部にフットワークの回し蹴りが深々と突き刺さる。
瞬間、腹の中心から全身に痛みが駆け巡る。
朝食なのか血なのか分からないものを吐き出し、背中から地面に思いっきり叩きつけられた。
「んなろ…ハッ!?」
「まだまだ終わりじゃねぇぞ!!」
ヴィランは痛みに悶える時間なんて与えてくれやしない。
フットワークはそのまま急降下し、俺が寝転がっていた場所めがけて脚を振り下ろしてくる。
辛うじて横に転がる事で事なきを得るが、フットワークの着弾地点はヒビ割れ小さなクレーターができていた。
まともに受けたら死ぬな、コレ。
腹部を押えながらヨロヨロと立ち上がる。
たった1発受けただけでこのザマか。
けどまぁ、動けない訳じゃない。
まだ余力は残してある。
「どうやってオレの部屋に入ったかはこの際聞かねぇ。お前…どこまで見た?」
砂煙の中からフットワークが現れる。
獲物を狩るような目をしながら、そう問うてきた。
「あ〜…とりあえずその辺に置いてあるものはサクッと見たけど。何アンタ、そういう人なの?」
「勘違いするんじゃねぇ。ありゃ仕事だ」
「どんな仕事だよ」
言いながらサイコキネシスで敵の体の動きを縛る。
「超能力者か…おもしれぇ…!」
グググ…と、フットワークが縛る力に対して抵抗を始めた。
負けじとこっちも出力を上げる。
「へっ、それが全力か?」
「クソッタレ…!」
プラン変更。
動きを縛るのではなく、そのまま上下左右へと叩きつけることにする。
多少荒っぽくなってしまうが仕方ない、悪いやつを懲らしめる為だと自分に言い聞かせる。
鋼鉄の塊である建物にヴィランを、打ち付けるように力を操る。
何度も、何度も、何度も。
ブチンと何かがちぎれる感覚が聞こえた。
「あっ…」
「遅せぇ!!」
その次の瞬間には、フットワークの右脚が眼前に迫ってきていた。
どうする?防御か、回避か?
バリアを張る時間なんてあるか?こんな一瞬で?
張れたとしてもほんの薄皮1枚程度、およそ何の意味もない。
なら回避か?どっちに?どう動けばダメージを抑えられる?
早く決断しろ!早く!もう敵の攻撃は目の前まで来てるんだぞ──!
『足が止まってるぞ』
通信機からそう聞こえた瞬間、フットワークの顎にレディナガンの弾丸が突き刺さった。
「…あれ…?」
あっという間に白目を剥き、捕縛対象であるヴィラン"フットワーク"は、その場に崩れ落ちた。
…何も見えなかった。ただ風を斬る高音が一瞬聞こえただけ。
それに─、
「まさかの1発KOかよ」
たった1発の弾丸で、こうもあっさり。
泡を吹きピクピクしているフットワーク。泡が喉に詰まって窒息死しないよう体勢を整えてあげる。そうこうしている間に、レディナガンがその場にやってきた。
「おう、怪我ねーか?」
「ナガン…」
ナガンは、呼んだらすぐに駆けつけてくれた警察たちに指示を出しつつ、作戦の後処理を始める。
あっという間に警察への引き継ぎを終わらせ、フットワークの身柄は刑務所へ移送。倒壊した建物も何とか上手く直すそうだ。
「今日の仕事はおしまいだ、さっさと戻るぞ。…どうした?蹴られた腹がそんなに痛いか?私に見せてみろ」
「えっ…あ、まぁ痛いっちゃ痛いけど…。ってちょ!急に服まくんないでよ!」
「なに恥ずかしがってる、小便くせえガキが。ん…少しアザになってんな…。戻ったら一応医者に診てもらえ」
「うす」
テキパキと身体を見てそう判断される。この辺りはさすがベテランなだけはあるな。蹴られたお腹を擦りながらそう思う。
「私も一緒にいてやろうか?」
「意外と過保護だな!母親か!」
公安に用意してもらった車に乗りこみ、俺とナガンは帰還する。
今日の戦闘で、俺はヴィランに大した有効打を与えることは出来なかった。
今の俺の課題…それを克服しなきゃ前には進めない。
それをここで見つけるんだ。トップヒーローの近くで、盗めるものはあるはずだ。反省点も沢山ある、それを常に意識していくんだ。
「自分を客観視…ってやつだな!うん!まだまだ頑張れそうだ!」
「急にどーした。頭も蹴られたのか?そーいや体育祭でもぶっ壊れてたな」
「それは黒歴史だから言うのやめてッ!!!」
こうして、職場体験の日々は過ぎていった。