#26 林間合宿に行きたいので、テストは優しめでお願いします!!
オッス、俺の名前は
どこにでも居るようなしがない高校生だ。
ひょんなことから自分の中でも特に大切な記憶(感情?)が消えちまったんだ。クラスの皆は心配してくれたけど大丈夫、細かいことは考えない主義なんだぜ!
「よーし、今日も学校に行ってやるとするか」
勉強は嫌いだ!教科書を開くとサブイボがたつし、黒板に書かれた文字を見ると目眩がする。そもそもペンを握る手に力が入らない。俺の体は、きっとそういう風にできている。正直、筆記試験をパス出来たのも奇跡に近いことなんだ。
「お、綺麗な花が咲いてやがるな。丈夫に育てよ!」
道に咲いた花にさりげなく笑いかける。コンクリートでも必死こいて生きようとする花は好きだ。生への執着って大事なことだよな。ことヒーロー業に関しては、生きようとする意志が最も重要ってどっかの誰かが言ってたような気がするぜ。
「あ、あの!愛生千晴さん…ですよね…?私、体育祭でアナタを見た時にビビってきちゃいました!これ、クッキー焼いたのでよかったら食べてください!」
道の途中で見知らぬ女の子に声をかけられる。これぞ雄英高校体育祭マジック。一応アレ全校放送されてたから、それを見て未来のヒーローに憧れを抱く子っていうのは割といる。きゃー、と言いながら小走りに去っていったあの女生徒もきっとそうだろう。青春って甘酸っぱいわ。貰ったクッキーをバリボリ食いながら学校を目指す。これめっちゃ美味い。
「あぁ!?んで朝っぱらからテメーの顔見なきゃなんねーんだ!どっか他所の学校に転校しろ!」
こちら爆豪勝己少年。見ての通りヤバい奴である。爆発的な頭に爆発的な言動。雄英教師陣も彼には手を焼いているのだ。でも俺は知っている。爆豪のヒーローコスチュームに、オールマイトのブロマイドが仕込まれていることを。意外と可愛いところがあるんだなコレが。だからそれをこっそり峰田の生写真と入れ替えておいた。理由?面白いから。
「おう。おはよう拳藤」
「ん、おはよっ」
ヒーロー科のB組にも顔馴染みは居る。
拳藤一佳、同じ中学校だった女子。
オレンジ髪のサイドテールが特徴的な、B組の姉御肌。
それ以上でも、それ以下でもない。
沢山いる同級生の1人さ。
「期末テストがあります」
相澤先生の放った強烈な一言に、俺たちA組は阿鼻叫喚に陥った。
「嫌だーッ!!!勉強のことなんて考えたくないよーッ!!!」
「アホか。お前ら学生の本分は勉強だろ」
「ぶくぶくぶくぶく…!」
「先生!愛生くんが泡吹いてます!!」
「ほっとけ」
学生であれば避けることの出来ない定期テスト。ちょうど1学期が終わるということで、ハッピーな夏休みの前に地獄がやってきた。これを乗り越えなきゃ夏を手にすることは出来ない。目の前に現れたどデカい壁に、俺たちは息を飲んだ。
「テストの後には林間合宿があるが、今回の期末で赤点取った奴は合宿には不参加…学校で夏の間補習地獄だ」
先生の追撃に、俺たちの悲鳴はさらに大きくなった。
「先生ーッ!!」
「何だ愛生デカい声出すな」
「林間合宿に行きたいので、テストは優しめでお願いします!!」
「分かった。お前のだけ特別難しくしといてやる」
ですよねッ!自分で自分の首絞めちった!
連絡事項だけ伝えると、相澤先生はそそくさと教室から出て行った。
先生がいなくなってから勿論のこと、俺たちは迫る期末テストについてガヤガヤしていた。
「うぁ〜、テストの事とか何も考えてなかったわ〜…。マジでどうしよう…」
「あめーな上鳴。テスト程度でうろたえるなんて情けない」
「盛大に泡吹いてた奴に言われたくないんだが」
そんなこと言う上鳴にはヘッドロック。
とは言うものの、確かにピンチはピンチなのである。なぜなら俺は勉強が大の苦手。数学の公式や英単語を覚えて将来なんの役にたつの?っていう派の人間なのである。
しかし、学生の本分は勉強。例えヒーロー科であってもそれは変わらない。戦う力さえあれば良いという訳じゃない。それこそヒーロー関連の法律やら歴史の科目もテスト範囲として出されている。
…憂鬱だ。俺って、いつもどうやってテスト乗り切ってたっけ…。
「勉強…やべーのか?愛生」
頭を悩ませていると、そっと轟が声をかけてきた。
「そうなんだよトドえもん〜。なんかいい道具出して〜」
「トドえもん?よく分からねぇが、勉強見てやるくらいなら出来るぞ」
「…中間テストの順位は?」
「5位だけど」
「よろしくお願いしまーっす!!!」
キタ!これで勝つる!期末テストなんてちょちょいのちょいだぜ!
轟コイツめ、普段ポケーっとしてる割にしっかりやることやってんだな。あれか?教師やってる姉ちゃんに教わったりしてんのか?
「授業聞いてりゃ何とかなるだろ」
1番ムカつくパターンだった!!
○
Side:拳藤一佳
雷に打たれたような衝撃とは、この事を言うのだろう。
そしてその瞬間、私の世界から色が消えた。
千晴が、私との記憶を失くしてしまったから。
先の職場体験から戻ってきた千晴は、普段と何ら変わらない様子だった。
その事実を知ったのは放課後、切奈が慌てた表情で私の元へやって来て言った。
──愛生が記憶喪失になったんだって。
にわかには信じられなかった。
さらに言うと、私との今までの記憶だけが限定的に失われていると。
そんな都合のいい話が…誰が得するのか分からない展開にいてもたってもいられなくなり、私はA組に走って行った。
放課後、皆が帰宅する時間帯、開けた扉で千晴と目が合った。
「ち、ちは…!」
「おう拳藤、また明日な」
それだけ言って、千晴はその場から去った。
私は千晴にとってただの風景になってしまったのだと、そのとき理解した。
ただいまも言わずに家に入り、そのまま自室へ閉じこもる。心に穴が空いたような気分だ。いや、実際に空いてしまっているのだろう。
「ウソだ…」
欠けてしまったモノが、余りにも大きすぎる。
「こんなのウソだ…」
好きな人との思い出が失われるなんて。
机に立ててある写真に目をやる。そこには、千晴とのツーショット写真が飾られている。写真の中の千晴を、そっと指で撫でた。
「どうしよう…私、耐えられないよ…」
叫びたいのに声が出ない。ただ涙だけがポロポロと溢れ出てくる。
そのままベッドに潜り込み、そこでひたすらに涙を流した。
「…寝てたのか」
気づくと窓の外は真っ暗闇だった。
スマホを見ると深夜の2時。
明日も学校があるが、どうしても行く気になれなかった。行く気力が湧かなかった。
このままもう一度寝てしまおう。そう思ってスマホの電源を落とそうとした時、1つのネットニュースが目に入った。
【お手柄!レディナガン、またもヴィランを成敗!】
それはいつものヒーローニュースだった。内容はレディナガンがヴィランを確保したという、もう何度も目にしたことのあるもの。
レディナガン…千晴の職場体験先のプロヒーローだ。何の気なしに私の指は画面をタップしていた。すると、ニュースの内容がより詳しく掲載されていた。
「ウィンザー・ハム…メモリー・スノウ…」
そこにはナガンが捉えたヴィランの名と、ウィンザー・ハムという男の顔が映し出されている。人々を自殺に追い込んでいた男。
その男と組んでいたというメモリー・スノウ、こちらに関しては写真の掲載等はされていなかった。未成年だったのだろうか?文章だけで内容がまとめられていた。
「これ、確か千晴も関与してたんじゃなかったっけ…」
職場体験最終日の朝、千晴から着信があったことを思い出す。確かあの時、千晴は仕事内容についてやけに意気込んでいた。文章を読み進めていくと、それらしき文が出てくる。
【将来有望、学生ヒーロー活躍】
これ…千晴のことだ…。きっとそうに違いない。ナガンと協力して、今回の連続自殺事件に立ち向かったんだ。
その時、私の頭に何かが走った。
注目すべきはメモリー・スノウ…その個性…。ネット検索をかけるとすぐに出てきた。何日も話題になっていたヴィランだ、どっかの誰かがまとめていても不思議では無い。
メモリー・スノウ、個性『記憶強奪』。他者の記憶を奪って自分のものにすることが出来る。
「記憶…うばう…?」
パズルのピースがハマる音がした。
「メモリー・スノウ…」
こいつだ。こいつが千晴に何かをしたんだ。
メモリー・スノウについてより細かくネット検索をかける。すると、鮮明では無いがメモリー・スノウらしき人物の写真が見つかった。
黒髪に雪のような白い肌、真っ赤な瞳。まるでお嬢様のような服装。こいつがメモリー・スノウ。
「──この女か」
こいつだ。全ての元凶は。千晴から私との記憶を奪ったのも、私が悲しみのどん底にいるのも。全部こいつのせいだ。こいつさえいなければ、こいつが千晴と交戦さえしなければ、こんなことにはならなかったんだ。
「待ってて千晴…私があなたの記憶を取り戻してみせるから…」
私の中に決意が宿った。