夏休み、初日!!!
高校に入って最初の夏休みが遂に始まった!
この夏を後悔しない夏にする為に、俺は夏休みの全日程に予定を詰め込んだ。1日も無駄にすることなく夏を満喫するための、パーフェクトスケジュールをだ。夏祭り、海水浴、肝試し。夏といえばコレといったイベントをこれでもかと入れてある。一切の妥協は許さない。なんか1日の中にアメリカとオーストラリアを満喫する日とかあるけど、まあ特に問題は無いだろう。
「さてさて、今日の予定はっと」
俺の夏休みに休息の時など無い。休む時間があるならその分他のことを楽しみたいからだ。だから今年の夏休みは不眠不休の24時間営業、コンビニといい勝負ができそうだぜ。
壁に掛けてあるカレンダーを見て、今日やることをチェックする。俺はアナログ派だから全て紙に起こさないと気が済まない。電子化?AI化?けっ、寝言は寝て言え。
「今日は…爆豪を山に連れて行って野生のクマと戦わせる日だな。よーし、全速前進だ!!」
意気揚々と部屋から飛び出そうとした時、スマホがブルブルと振動を始めた。なんだなんだとポケットからスマホを取り出してみると、画面には登録のない知らない番号が映し出されていた。
とりあえず出てみる。
「はい」
「愛生くん、久しぶりね。私よ、会長よ」
「その声は…まさか会長…!」
電話の主は、まさかのヒーロー公安委員会の会長だった。あのピリッとした声質は忘れられない。職場体験の時にはよくお世話になったものだ。そんな会長が俺に一体なんの用だろう?
「そのまさかよ、突然のお電話でごめんなさい。あなたにお願いがあって連絡させてもらったの」
「お願い?会長ともあろう方が俺に何の?」
「今から伝える場所に何も考えずに、そして何も聞かずに来て欲しいの」
「なにその意志の放棄」
一体なにを言っているんだこの方は。仕事のしすぎでおかしくなっちゃったんじゃないのか?公安の仕事は激務とか言ってたしな。
にしてもどうしようか?今日は今日で予定があるし。
「無理を承知でお願いするわ。もし受けてくれるのであれば、裏ルートでヒーロー仮免許を贈呈するわ」
「アンタ自分で何言ってるのか分かってんのか」
おいおい本格的にヤバいぞこれ。血迷ってるなんてレベルじゃない。もはや正常な判断が出来ていないじゃないか。本当に助けが必要なのは市民よりもこの人なんじゃ。
「──まぁ、会長が言うなら従うさ。なんか色々と心配だし、爆豪との予定はまた今度にしよう」
「悪いわね、貴重な夏休みなのに」
最後に場所と時間を伝えられて、会長との通話は終了した。お昼の12時に木椰区ショッピングモールに入口に来てほしいとのことだ。
会長の言う通り、俺は何も考えずにその場所に向かうことにした。
〇
木椰区ショッピングモール、そこは県内最多店舗数を誇るナウでヤングな商業施設。困ったらとりあえずここに来いというだけあって、常に人がごった返している。夏休みということもあるだろう、とにかく人がヤバい。
「んで、来たはいいけどこっからどーすんだ…?」
俺は、ショッピングモールを入ってすぐの広間にぽつんと立っていた。会長に指定された時間と場所に来たはいいが、ここからどうしたらいいんだろう。何も考えずにここまで来たが、流石に少しは頭を使うべきだったか。せめて誰が来るのかだけは聞いておくべきだったな。
施設内を見渡すと、家族連れやカップルが多く見受けられる。そんな中で1人でいるのは…どことなく寂しさが溢れてくる。畜生、なんで夏休み初日にこんな思いをしなくちゃいけないんだ。頼む、誰でもいいから早く来てくれ。俺をこれ以上1人にしないでくれ。
心なしか、周囲の人の目線が鋭いような気がする。なにあの人?1人でこんな所に来て何がしたいの?寂しい人なのね、とかそんな心の声が聞こえる。やめろ!これ以上俺を惨めにさせないでくれ!
「あ、あの…お待たせしました…!」
うなだれていると、1つの声が耳に入った。頭を上げて辺りをキョロキョロと見渡す。はて、一体声の主はどこにいるのやら。どこかで聞いたことのあるような声だった気もするが。
「こっちです…こっち…!愛生さん…!」
「あっ!お前は!」
Tシャツの袖をクイッと引っ張られる。その方へ顔を向けると、黒髪の少女がすぐ傍に立っていた。
「
「覚えていてくださったんですね。お、お久しぶりですわ」
そこに居たのは前に職場体験の時に交戦したヴィラン、メモリー・スノウこと姫乃黒雪だった。
「そりゃ覚えてるさ。俺の頭に雷落としてきた女の子のことなんて、そうそう忘れられないよ」
「うっ!その節はどうも…」
過去に姫乃と戦った時、彼女は他人から奪った個性で俺に雷を落としてきたことがあるのだ。あれは結構効いたな…ちゃんと死ぬかと思ったもん。そんなことをしてきた子を簡単に忘れられる訳がない。
「んでもよ、そんなお前が何でここにいるんだ?てか、何でフツーに出歩いてんの…?」
職場体験の時、姫乃はヴィランとして確保したのだ。ぐるぐる巻きにしてしっかり警察に引き渡したのを見届けている。本来なら刑務所に入れられているハズなんだけど…。
「会長とのお約束…そう言えば分かりますか?」
「…まさか」
「そのまさかですわ」
姫乃から告げられたその言葉に、俺は度肝を抜かれた。
姫乃黒雪──メモリー・スノウは一時世間を騒がせたヴィランなのだ。そんな彼女が自由に外を出歩けているなんて。一体あの後なにがどうなってこうなっているんだ?
「…まぁ、立ち話もなんだしどっかお店に入ろうか?時間も時間だし、姫乃は何か食べたいものある?」
「そうですわね…。愛生さんのオススメをお願いしますわ」
「ガッテン承知。いい店知ってっからそこに行こう」
状況が気になるところだが、こんな所で話していてもしょうがない。一旦は腰を落ち着かせて、そこで話を聞くことにしよう。
俺はくるりと体を回転させ、ショッピングモール内にあるレストラン街へと歩を進める。
「あ、そうだ」
俺の後に続いて歩いていた姫乃の方へ向き直る。キョトンとした表情で、姫乃は俺を見ていた。
「髪、切ったんだな。よく似合ってるよ」
職場体験の時、姫乃は腰の下くらいまであるツインテールに髪を纏めていた。今は髪を切り、肩の少し下くらいまでの長さにして下ろしている。最初に印象が違うなと思ったのは、髪型が変わったからか。
「あっ…そ、そんな…似合ってるだなんて…。うぅ…ありがとう…ございます…」
なんか後ろでボソボソと聞こえたが、ハッキリとは伝わってこなかった。
まあいい、とにかく俺は腹が減った。行きつけのレストランに行くとしよう。
…誰かと行った記憶があるけど、誰だったかな?よく思い出せない。
ズキリと、頭痛がした。
〇
「えぇ…会長も思い切ったことしたなぁ…」
お昼に入ったレストランで商品を注文し、それを待っている間に大方の話を聞いた。どうやら姫乃は、公安の監視下に置かれることを条件に少しの自由なら許されることになったらしい。勝手に外に出たりは出来ないが、ちゃんと許可を得てたまにであれば、今日のように外出もできるとのことだ。
「1度ニュースでも流れていますので、そのために髪を切ったというのもあります」
「髪切ってどうこうなるもんでもないだろ…」
「渡る世間は甘かったですわ!」
「世の中なめんな!」
自分の生きている世界が心配になる。警察とかホントにちゃんと仕事してる?
聞くと、個性を使って危害などは加えてないことに加え、公安の権力を振りかざしての現状らしい。姫乃の行いと有用性を天秤にかけての考えだそうだ。
「それで…会長からいただいた貴重な自由な時間で俺に会いに来たってか?」
「とどのつまり、そういうことですわ」
「それまた何でさ。他に会いたい人とかいなかったの?」
その質問を受けて、姫乃はモジモジしはじめた。
「…知ってる人が貴方しかいませんでしたの」
あ…そういう…。あんま深く聞いちゃいけないやつだ…。
「…まァいいか!!よろしくなァ!!」
せっかくの日なんだ。楽しまなきゃ損ってやつだ。
運ばれてきたランチを頬張り、この後の予定を立てる。とりあえず観たい映画があるとか言ってたからそのチケットを取り、時間まで適当にぶらつくことにした。
「違いますわ、そっちじゃなくて!もっと右!右にアームを!」
「こっちか!?思うように動かねぇぞコイツ!!」
ゲーセンに行ったり。
「あら愛生さん。頬にクリームがついてましてよ。取って差し上げますわ」
「サンキューおかん」
「誰がおかんですの」
姫乃が食べたがっていた甘い物を食べたり。
「夏といえば海だよな。水着とか買ってくか?」
「ななな…!何故あなたに水着姿を見せなくちゃいけませんの!?」
「別に見せろとは言ってねーけど…」
季節の物を見に行ったりと、友達と過ごすような感覚でショッピングモールを堪能した。
そして時刻は映画の開始少し前に─。
「あ!なんでお前ポップコーンじゃなくてチュロス買ってんだよ!」
「なぜって、こっちの方が甘くて美味しいからですわ!」
「分かってねーなお前は。映画にはポップコーンとコーラって相場は決まってんだよ。ったく、そんなんじゃアメリカ人に笑われちまうぞ」
「この方はどんなスケールで物事を考えているのかしら…」
そんな言い合いも挟みつつ、チケットに記されたスクリーンへ移動。席は後方右端だ。俺はいつも映画は端っこで観る派なんだ。中央で観たがる姫乃とジャンケンをして勝った。この世の8割の争いごとはジャンケンで決まるのだ。
「んでさ、なんの映画観るんだっけ?」
「もう忘れてしまったのですか?まったく!さっきチケットを買ったばっかだと言うのに」
さっき…?お昼前に先にチケットだけ買って、それから施設内の色んな所を回って今もう夕方なんだけど…。こいつ時間の流れが人と違うのか?
プンスカプンプンしながら、姫乃は今日観る映画のポスターを指さした。それは最近テレビのCM等でよく見る、SNSでもバズり散らかしている話題作だった。
「ふ〜ん、実話を元にした恋愛映画ね〜。女子はそーゆーの好きだなぁ」
「…悪いですか!ずっと気になってたのです!嫌なら観なきゃいいじゃないですか!」
「いや…流石にそりゃチケットが勿体ねぇよ…。それに、この映画観るの楽しみにしてたんだろ?」
「はい。公安という檻の中から、血の涙を流すほど観れる日を待ち望んでいましたわ」
「そうか、色々察するぜ」
熱意がものすごいということと、もうすぐ上映開始ということで足早にスクリーンへと向かう。席に座って近日公開のあの話題作を一挙公開されているのを観つつ、ポップコーンをひとつまみ。うん、塩味が効きすぎててイイネ。横では姫乃が頑張ってチュロスをハグハグしていた。今更だけどこいつのチュロスめちゃめちゃ長いな。
「なぁ姫乃、俺にもチュロス食べさせてくれよ」
「へぁ!?きゅ、急に何を…!」
ウ○トラマンみたいな声出すやん。びっくりしたのかチュロス喉につまらせてるし。
「見てたら美味そうに思えてきたんだよ。そんなに長いならちょっちくらいイイだろ〜?」
「で、でも!私がもう口をつけてしまいましてよ…」
「反対側があるじゃねぇか」
「は…反対とは…!?」
この子反対の意味も知らないのか。
「チュロスを片方から姫乃が食べて、もう片方から俺が食べる。ポッキーゲームならぬチュロスゲームってやつよ。2人が食べ終える頃、どうなってることやら…」
「は、はわわわわ…そ、そそそそんなの…!」
プシューと姫乃の頭から湯気が出てき始めた。職場体験の時も思ったけど、こいついじるの楽しい。ベタでウブな反応を見せてくれるからからかいがいがあるな。ま、あんまり困惑させすぎてもアレだし、この辺にしておくか。
「な〜んてね。ジョークだよジョーク。相変わらずすぐ顔真っ赤になるなぁ姫乃は─」
「─破廉恥ですわぁあああ!!!!」
「おどふっ!!!」
瞬間、脳天に落とされる鉄拳。かつてない衝撃が全身へと響く。姫乃の拳が頭に突き刺さった俺は、鼻血を吹き出しながら気を失った。
「お兄さーん、大丈夫ですかー?」
目を覚ました時には映画は終わっており、場内には俺一人だけが取り残されていた。キングサイズのポップコーンは、ほとんど減っていなかった。