「受験票持ったか?」
「うい」
「筆箱は? 消しゴムもちゃんと入ってる?」
「おうよ」
「ハンカチは?」
「卸したてのうえ、アイロンもかけてやったぜ」
「よーし、なら行くぞ」
この日のために努力を重ねてきた。
全ては愛する者の隣に立ち続けるため。
1番近い場所で笑っていられるように。
「おっしゃ、いっちょかましてやんぜ」
遂に、雄英高校の試験日がやってきた──!
〇
俺はその後の中学生活の全てを、勉強に捧げた。それもこれも、雄英高校に入学するためだ。登下校中も、休み時間も、年越しの瞬間すら参考書を開いていた。こんなに本気を出したのはいつぶりかってくらい、血反吐を吐きながらも何とか頑張ってきた。
そりゃ挫けそうになった日もあったさ。でもその度に背中を叩いてくれた奴がいたから、俺は何とか頑張ることができた。
そして今日、その成果を発揮するのだ。
「むちゃくちゃ人おるやんけ。これ全員が受験生?」
雄英高校に辿り着いた俺たちは、案内に従って試験説明会場へ足を踏み入れる。そこは見た感じライブ会場のようになっていて、中央にステージとどデカいモニターが設置されていた。そのモニターには、雄英の校章が映し出されている。
して、俺が驚いたのはこの箱の中にいる人の数だ。右見ても人、左を見ても人。だだっ広い会場が既に受験生で埋め尽くされている。確か定員が40だったから、倍率300倍とすると全部で大体12000人いるってことになるのか。はえー、すっごい数。みんなちゃんと滑り止めの学校あんのかな。
「おーい千晴。キョロキョロしてんなよ、私たちの席はこっちだ」
「うっす。今行くっす──ってうお!」
「きゃっ!」
一佳に呼ばれて行こうとした矢先、前にいた人とぶつかってしまった。声色と感触的に女子だ。小さかったし、なんかいい匂いした。シャンプーの。
「すみません、周りちゃんと見てなくて……。怪我とか無かったですか?」
「いやいやなんのなんの。ぶつかったのは俺の方だから」
「そうですか……。じゃあ私はこれで……、お互い試験頑張りましょうね!」
「そだな。また会えたらそん時はヨロシク」
名前も知らない女の子に手を振る。その子は丁寧に頭を下げて人混みの中へ消えていった。……にしても、割と可愛い子だったな。清楚で控えめな感じで。他県の子かな? 雄英を受けるために全国から人が集まってるし。俺の予想では秋田県出身だありゃ。
そんなことを考えながら一佳の方へ向かうと、彼女はギロリと鋭い目つきで腕を組みながら俺を睨んでいた。あれ? 俺なんかやっちゃいました?
「一佳、可愛い顔が台無しだぜ」
「そりゃどうも。ほら、油売ってないでさっさと行くよ」
「わとと、急に腕を引っ張るのは危ないって」
一佳に連れられ指定の席へ。それから少しすると会場が暗くなり、ステージ上を照らすように照明が点けられた。気づけばそこに1人の人影。あの特徴的な髪型にグラサン、あの人は確か──プロヒーローの"プレゼント・マイク"だ。
『受験生のみんな、今日は俺のライブへようこそ。エビバディセイ・ヘイッ!』
「……」
反応を求めるようにマイクは耳をこちらに向けてきたが、誰も何も言わなかった。なんか滑ったみたいになっとる。多分悪いのはあのオッサン。
『こいつはシビィーな。なら受験生のリスナーに、実技試験の概要を説明するぜ。アーユーレディ? イェェェイ!!』
「……」
凄い。プロヒーローっていうのは、挫けない人のことを言うんだ。並大抵のメンタルじゃ、プロなんて務まらないよな。そんなプレゼント・マイクに心で拍手を送る。
そして、プレゼント・マイクは背後の巨大モニターを使って実技試験の説明を始めた。その内容は至ってシンプル。
制限時間10分の間に、演習場の中に現れるロボットを倒す。ただこれだけ。ロボットの種類によってポイントがあり、それらを倒して得た点数で競い合うようだ。
そして中には、倒しても点にはならないお邪魔ロボットもいるとか。そんなの用意してなんの意味があるのか分からないが、別に文句もクソもないのでそういうものだと理解する。説明が終わると、さっそく移動と着替えに移るようだ。残念ながら一佳とは会場が別だった。それだけが悔やまれる。
「じゃあな千晴。ポカやらかすんじゃないよ」
「おうよ! この後の筆記の方が大事だからな!」
「そ、そうか。お前は筆記の方に比重をおいてんだな……」
コホン、と間を置くと、一佳は気合いの籠った眼差しで、俺に拳を突きつけてきた。
「私、忘れてないからな。お前が雄英を目指した理由」
──お前を守るためだ。
前に、一佳にそう言った。危なっかしい一佳をすぐそばで守るために、俺はヒーローを志した。その気持ちは今も変わっていない。むしろ強くなっている。
何よりも大切な人を、俺自身の手で守るために。そのために俺は、今日ここまでやってきたんだ。絶対に受かってみせる。一佳と一緒に。
「俺だってそうさ。俺たちの青春は、まだ始まったばかりなんだからな」
「ぷっ、なにそれ」
そうして拳をぶつけ合わせる。これは約束だ。俺と一佳との約束。今日までやってきたことを無駄にしないためにも、まずは目の前の壁を乗り越えなくては。
「じゃ! お互い頑張ろーな!」
二カリと歯を見せ笑いながらそう言い残し、一佳は駆けていく。その背中を、見えなくなるまで見送った。パチン! と頬を叩き、気合を入れて俺も会場へ向かう。
「やはり、俺の一佳が世界で1番可愛いな」
今の一佳の素敵な笑顔を、俺は一生忘れないだろう。
〇
雄英高校・入試試験会場・演習場E。市街地を模したその会場が、指定された実技試験の場所だ。入口? らしき所はこれまたバカでかい門がそびえ立っている。
動きやすい格好に着替えて他の受験生が集まっている場所へ行くと、先に来た子たちは準備運動やらストレッチやらをして、各々試験に向けて体をほぐしていた。
自信に満ち溢れた顔をした奴、見るからに緊張しきっている奴と、面構えは人それぞれだ。そうだよな。みんな色々な想いを背負ってここにいるんだもんな。俺も負けてられない。
「はい、スタート」
その時、上の方から響く声が聞こえてきた。プレゼント・マイクの声だ。見ると、めちゃくちゃ高い壁の上で彼が、全会場に届く声量で叫んでいた。
「どーしたどーした? 実戦によーいドンなんて無いんだぞぉ!? ほら、サッサと足を動かせ受験生ィ!」
気づけば門が開いている。プレゼント・マイクが言うように、実際の戦闘の時には開始の合図なんてものはない。ゲームじゃないんだから、スタートボタンを押すまで待ってくれたりもしない。
受験生全員が一斉にスタートを切る。幸いスタート地点が広いおかげで詰まったりはしなかったが、この試験はポイントの争奪戦。つまり、スピードとパワーの両方が求められるということだ。誰よりも早く、誰よりも殲滅力が無ければ合格することは出来ない。
となれば、他のライバルたちに足並みを合わせる余裕も意味も無い訳だ。そう考えるや否や、俺は自らの体を浮かし、他の受験生たちの頭上を飛び越えて行った。
「アイツ空飛んでやがるぞ!」
「んだあのチート個性!」
「わっはは、おさきー」
チートね、まあそう捉えられてもおかしくないか。強い能力にはそれ相応のデメリットもあるものだけど、そんなこと知る由もないか。
少し飛んだ先にロボットの群れを発見する。あれが今回のターゲットになる、ポイントを付与されたロボットたちだな。おし、飛んできたおかげか近くにはまだ誰もいない。ポイント大量ゲットだ。
ふわりと地面に降り立ち、ロボットと相見える。深緑のカラーリングをした赤目のロボットたちが、一斉に俺の方を向いた。大きさはバラバラで、だいたい腰くらいまでの奴もいれば、首元までの高さの奴もいる。特に武装しているようには見えないが、ミサイルとかを隠し持ってる可能性がある。それに、あの機械の腕で殴られたら痛そうだ。
「目標確認! 殺ス殺スブッ殺ス!」
「口悪っ! どこで覚えてきた、そんな言葉」
「ミサイル発射! ミサイル発射!」
やっぱりミサイル持ってやがった! ロボットの肩部から飛び出してくるミサイルを避け、そのまま個性でロボットの体を持ち上げる。いわゆる念動力ってやつだ。
浮かした奴をコンクリで出来た建物に勢いよくぶつけると、これまた派手な爆発と共に爆散した。けっこう火薬積んでたみたいね、巻き込まれないようにしないと。そう考えているうちに、敵ロボットたちが集団で襲いかかってきた。
「囲メ! 囲ンデ潰セ!」
「生みの親はチンピラなのかな? ま、何体来ても関係ないけど──なッ!!!」
エネルギーを自身の周りに拡散させ、多方から攻めてきたロボたちを一斉に吹き飛ばす。倒す……といってもどこからがポイント獲得のラインかがよく分からんから、とりあえずその辺のポールを引っこ抜いて1体ずつボカンと爆発させておく。うん、この程度の相手なら困ることは無さそうだね。この調子でガンガン点を取りに行こう。
それからというもの、俺はポイントを稼ぐために奔走した。
迫り来るロボットをちぎっては投げちぎっては投げ。
ただひたすら、鉄クズの山を築き上げた。
時には危険な目に遭いそうな他の受験生を助けたり、動けなくなってしまった子を安全な場所まで運んだりもした。
何故そんなことをするかって? 一佳なら絶対そうするからだよ。
残り時間もあと少しかな、と思い始めた。その時だった。
試験会場の地面が、大きく揺れ始めた。
「なんだ? 他の子らが逃げるようにこっちに向かってくる」
未だ続く地響きと、湧き上がる悲鳴。前方からなだれ込むように、受験生たちが駆けてきた。そこから、焦りや恐怖といったの感情が見える。そして、その意味を俺はすぐに理解した。
前にある高い建物。その影から巨大な手がヌッと出てきたかと思うと、その建物を掴んで粉々にしながら全身を現した。さっきまで狩っていたロボットとは比べ物にならない大きさの、超巨大ロボット。そいつが、俺たちを見下ろしていた。
──所狭しと大暴れするお邪魔ロボ。リスナーの諸君には、上手く避けることをオススメするぜ。
実技試験の説明の時に、プレゼント・マイクがそう言っていたのを思い出す。確かに所狭そうだけど、流石に限度ってものがあるだろうに。手を乗せただけで鉄筋コンクリートがバラバラだよ? あれ? もしかしてこの試験って死人とかでるやつ?
次の瞬間、巨大ロボットが右腕を大きく振りかぶった。その予備動作で、ほとんどの受験生が次の動きを予想しただろう。明らかに逃げる足の速度が上がった。巻き込まれたら死ぬと、誰もがそう思った。
勢いよく振り下ろされた巨拳は、いとも簡単に地を砕き突風と砂煙を巻き起こした。バリアを張って耐えていると、風に飛ばされた奴がいたので、念動力でキャッチしてやる。
「残り時間は2分を切ったぞーッ!! ラストスパート掛けてけよおめぇーらァ!!」
プレゼント・マイクが吠える。時間はもう無い。今まで結構な数のロボを倒してきたけど、それで合格に達するかは分からない。他の会場にだって凄い奴らは居るハズだ。それなら、残りの時間でポイントを取りに行くのが賢い判断か……。ただのお邪魔キャラである、目の前の巨大な敵を無視して……。その足元でうずくまるライバルたちを見捨てて……。
「誰かァ! 誰か助けてーッ!」
「いてぇ……いてぇよ……!」
「こんなの聞いてない……、なんでこんな目に遭わなきゃいけないんだ……」
聞こえてくるのは、他人の泣き叫ぶ声。それは、同じ夢を抱いて努力を積み重ね、同じ理想に手を伸ばした者たちの声だった。今アイツらが思っていることは、何となく分かる。理想と現実の大きな差に絶望しているんだ。こんなはずじゃない、ヒーローはもっと輝かしい存在のはずなんだって。
──よく考えろ。少しでも合格に近づくための道はどれだ? 今ここであのデカブツの相手をして、もしそのせいで得点が足りずに試験に落ちたら……。一佳との約束も、俺の夢も全部パーになっちまう。それだけは、絶対に避けなくちゃいけない。選べ。1番合理的で現実的な道を。
「おい! 2発目が来るぞ!」
「はぁ!? まだ足元に何人か転がってるぞ!?」
「おいおいおい、まさか死人なんて出さねーよな? 雄英」
また地面を割る一撃が来る。一体誰が操作しているのか……いや、AIによる自動操縦なのかもしれない。ただ、またあの攻撃が来たら、洒落にならないことが起きるかもしれない。もしそうなったら……。
いま思うと、最初からやることってのは決まっていたのかもしれない。
たとえ他に大事なことがあったとしても、目の前の傷ついた人たちを放っておくことなんて、そんなこと。
俺は絶対にしたくない──。
意識を最大にまで集中させ、俺は念じる。持てる力を振り絞る。このおじゃま虫の動きを止める、ただそれだけに全力を尽くす。
飛ばした力がロボットを包みこみ、その動きを制限させる。引き絞っていたその腕を、打ち出す直前で留めることに成功した。ギギギ……と、重低音が響いてくる。ロボットも抗っているんだ。
「くっ、おおおおお……!」
ズシリと全身にかかってくる強烈な重み。これだけの質量を持つ相手に、超能力を使うのは初めてだ。そう長くは持たない。目を丸くしてこちらを見る負傷者たち。そいつらに向かって、俺は声を張り上げた。
「逃げろ! 俺がアイツの動き止めとくから、その間にこっから離れるんだよ!」
「あ、足が……でも足が動かない……」
「気合い入れろそんなもん! ヒーロー目指してんなら、そんくらいやってみせろコンチクショー!!」
ズキン! と脳内に痛みが走る。俺の個性のデメリットだ。力を使いすぎると、脳に負担がかかってしまう。今がまさにそれだ。あ、この調子だとたぶん鼻血も出てくるわ、きっと。
「……! やべぇ……! そろそろ限界かも……!」
俺の超能力とて、対象をずっと止めておける訳じゃない。拘束できる時間には限度がある。しかし、ロボの近くにはまだ3人いる。這いずってでもその場から離れようとしているが、このままだと……。
その時、2人の怪我人が白い布のようなものでくるまれたかと思うと、釣り上げられるように体ごと引っ張られていく。いや、あれは布なんかじゃない。テープのような粘着性が見られる。
何事かと思わず振り向いて、確認する。そこには、1人の男が引っ張った2人を受け止めていた。
「おぉい! 何だかとんでもねぇ事になってんな!」
「おお! どこの誰かは知らんがナイスだ!」
「困った時は助け合いの精神よ。──あと1人!」
「行け、
低い声が聞こえると同時に、黒色の物体が俺の横を通過した。鳥のような形をした頭に、2本の黒い腕。禍々しい雰囲気をもつモンスターのような何かが、ロボットの足元に残っていた最後の1人を抱き抱え、こちらに戻ってくる。
「すまない、来るのが遅くなった」
「と、鳥!? 鳥が喋ってる!」
「鳥じゃない常闇だ。負傷者の回収は済んだな」
常闇と名乗る鳥頭の彼が言うように、付近に怪我人はもう見当たらない。これにてミッションコンプリート!
──と、安堵から一瞬、体の力が抜けた。
しまった、と思った時にはもう、ロボットの腕が俺めがけて振り下ろされようとしていて……眼前に……視界が埋めつくされようと……。
「サイキッカー!!」
「ダークシャドウ!!」
手助けしてくれた2人の声が聞こえた。けど、多分間に合わない。俺のバリアも、一瞬では作れない。しくったな、ポカはやらかすなって言われてたのに。最後の最後で、油断、した。
俺の視界がロボの手で染まった時、あの人のうるさい声が轟いた。
「タァァイムアァァァァァッッップ!!! そこまでだああああああ!!!」
その瞬間、お邪魔キャラの動きが止まった。鼻先ほんの数センチ。口づけ出来そうな距離でギリギリ。
「お、おわった……」
プレゼント・マイクによる終了の合図。それを聞いたら一気に力が抜けた。ドサッと背中から地面に倒れる。まさか、こうも体力を消費するとは。しかも、何の得点にもならないことで。
「オイ、平気カ?」
黒い影が心配そうに覗き込んできた。こいつは……確かダークシャドウっていったか? 喋る鳥さんの個性なのかな?
「ああ……。全然全く問題しかない……」
「こりゃ派手にやったなあ。鼻血出てるぞサイキッカー」
「あ、やっぱり? 誰かティッシュとか持ってたりしない?」
「俺の物を貸そう。まだ新品だ」
テープの男と、喋る鳥さん──常闇クンが俺の体を持ち上げてくれた。この2人がいなかったら、本当に危なかった。2人が駆けつけてくれたから、怪我人も増えなかったんだ。感謝しよう。
常闇くんが鼻栓を作って、鼻に突っ込んできた。まさかのジャストフィット、こいつ鼻栓職人か? テープの男──瀬呂も気さくに話しかけてくれる。コミュ力高いなこいつ……。一応初対面だぞ、俺たち。
「あーあ、この後に筆記かよ。さっきので勉強してきたこと全部飛んじまったわ」
「俺もそっちの方が不安だわ。緊張で口から心臓出てきそう」
瀬呂が冗談を言った。
「俺も勉強は苦手だ」
常闇クンも空を眺めながら、そう呟いた。
3人で笑いながら出口へ向かう。
俺の選択は最善じゃなかったのかもしれない。
だけど、自分の心に嘘はつかなくて良かったと、そう強く思った。
愛生千晴③
・個性でサイコキネシスやテレキネシスといった、一般的な超能力を使える。
・しかし、本人はその2つの違いをあんまり理解していない。バカだから。
・一応、超能力で身体能力を向上させることも可能。
・力を使いすぎると、脳にダメージが入る。次に鼻血が出てきて、その次に目から出血し、最後には全身の毛穴という毛穴から血液が噴出される。
瀬呂範太①
・コミュ力お化け
・目玉焼きにはしょうゆ
常闇踏陰①
・ティッシュを常に携帯している。
・鼻栓を作るのが妙に上手い。