オオクワガタの挟む力は、500g前後と言われている。
これは体重が10gとすると、約50倍の力を出すことに相当する。
人間で例えると、体重50kgの人が2500kgの物を持ち上げることと等しい。
それに対しヘラクレスオオカブトは、その突進力にを目を見張るものがある。その威力は電灯のガラスをぶち割るほどとも言われるのだ。
かつて誰かが言った。全ての生き物を同じサイズにした時、間違いなく最強なのは昆虫類なのだと。
「やっておしまい、ヘラクレス!」
昆虫王者を決める戦いは、依然ヒートアップしていた。
「やれるな、クワガタくん」
ヘラクレスオオカブトVSオオクワガタ。海外のカブトと日本のクワガタ。体格差は歴然だが、それでもオオクワガタはしぶとい。ヤマト魂なるものが彼を突き動かしているのだろうか…それとも轟の想いを一身に背負って戦っているのか。オオクワガタの中の熱い闘志が透けて見えるようだ。
──絶対に負けられん。
俺とヘラクレスにも、火がついた。
激突する角と顎。飛び散る火花。戦いの行く末を見守っているデクも、生唾を飲み込んでいた。
しかし、野生の昆虫といえど体力が無限にある訳では無い。戦える力には限りがある。そして、先に息を切らし始めたのは…。
「クワガタくん、辛そうだな」
クワガタくんの方だった。
無理もない。体の大きさを考えると、先に限界が来るのはオオクワガタの方なのだ。むしろここまでよく戦ったと褒めてやりたい。
だが、戦いというものは非情である。
力なきものはただ蹂躙されるのみ。そこに平等というルールは存在しない。
「おめぇはよく頑張ったよ、たった1人で。俺ももっともっと腕を上げて。──またな」
クワガタくんは宙を舞う。重力のままに墜落し、戦いのリングからその身を退くことになった。
これで轟も脱落。昆虫は俺と爆豪のものだけとなる。
「さぁてと、残るは爆豪のカブトただひt──」
「──隙ありだぁぁああ!!!」
「な…なにぃぃい!!??」
ヘラクレスが爆豪のカブトムシを視界に捉えた瞬間、猛突進してきたカブトムシによって今度はヘラクレスが宙を舞うことになった。
あんぐりと開けた口が塞がるよりも前に、ヘラクレスは力なく地面にポトリと落ちる。
「ゲームオーバーだ、ド外道」
「お、俺の…昆虫王者への道が…」
決め手──カブトムシの不意打ち。
傍から見ていたデクと轟もポカンとしていた。
こうして、俺たちのひと夏の戦いは爆豪の姑息な手によって幕を閉じることとなった。
○
side:爆豪勝己
「やっぱ夏の夜は花火でしょ」
いつものアホ面でそう言った愛生は、ディスカウントストアで買ってきたらしい花火セットを広げ始めた。
訳の分からねぇ昆虫採集から始まり、ついでに登山。その後は昼にBBQをデクと轟の4人で行い、テキトーに街をぶらついた。ちょうど近くで有名な夏祭りが開催されるとのこともあって、それを堪能して今に至る。
「火とかどーすんだ?」
「轟おまえ、何の為に今日呼ばれたと思ってんだ」
市販のしょうもねぇ、ガキの喜びそうな花火を見てはしゃぐアホども。てかさっき夏祭り中にどデカい花火が打ち上がったろうに。それを見た後に自分たちでも花火をやりたいって、どんだけ少年なんだコイツら。
ベンチに腰掛けて馬鹿なクラスメイトを眺めていると、デクの野郎が隣に来た。申し訳なさそうな顔でオレの横に座るデク。
「んだよ」
「いや…かっちゃんがこうしてるの、なんか珍しいなって」
「オレだって外出くらいするわ」
デクが頬をポリポリとかいた。
ガキの頃は確かに、デク含めた付き合いのある奴らと森や川によく遊びに行っていた。けど、次第にそういうこともしなくなっていった。理由は単純、ヒーローになるために時間を割くようになったからだ。
年齢を重ねる度に、最初はぼんやりとしていたイメージがくっきりと明確になってきた。どうすればヒーローになれるのか。どうすれば憧れに近づくことができるのか。そのための努力は惜しまないようになっていった。
そうすると、自然とダチとつるむ時間も少なくなっていった。学校でこそ他の奴らと飯を食ったり一緒に帰ったりもしていたが、長期連休でまる1日一緒に過ごすなんてことはあまりしなくなった。
「ま、たまにはこういう日もあっていいだろ」
「だね。愛生くんに振り回されてたとも言えるけど」
「けっ、なーにが虫採りだ」
視線の先には花火に火をつけようとする愛生と轟がいた。
「ばっか轟、強火すぎて花火が焦げちまったじゃねーか!」
「わりぃ、こんなもんか?」
「そうだ、それでいい。それをこっちの花火に…どぅわ!いやそれネズミ花火!!あちちちちッ!!!こら轟、火傷したらどーすんだ!」
「オレとお揃いにするか?」
「おま…!全く笑えねーんだけど!?」
2人の光景にデクが苦笑する。
昔のオレならくだらないと一蹴していただろう。
けど、何故だか今はそうは思わない。
そう思わせているのは多分デクと、轟と、愛生なんだろう。
コイツらといると、張り詰めていた何かが解けるような気がする。気が楽になるというか、コイツらと過ごす時間も悪くないと思ってしまう。
「おーいそこの幼馴染コンビ!こっち来て花火しよーぜ!」
愛生がオレたちを呼んでいる。デクと少し顔を見合せて、ゆっくりとベンチから立ち上がり、愛生と轟の方へ向かう。
「2人でコソコソ何の話してたんだ?」
「テメーの悪口」
「え…?」
「ううう嘘だよ愛生くん!他愛もない与太話してただけだよ!」
ジョークを真に受けた愛生の顔が傑作だった。
轟がオレとデクの分の花火を持ってきて、火をササッとつける。
「あんま動かしすぎると危ねーぞ」
「言われんでも分かっとるわ」
「爆豪…」
「あ?」
「楽しいか?花火」
一体なんなんだこいつ。
「オレは楽しい。友達とこんなことするのは初めてだ。いつもは、家族の皆とやっていたから」
「そうかよ」
急に身の上話をしてくる轟にどう反応したらいいのか分からず、とりあえずテキトーな返事をする。
「来年も、その次の年も。また皆でこうして集まれたらいいな」
花火の明るさに目を細めながら、轟はそう言った。
小っ恥ずかしいことを平然と言うな、こいつ。
けどまぁ、分からんわけでもない。
友達と花火…同じ時間を過ごすという当たり前のことかもしれないが、実は当たり前じゃないこと。俺がいつしか手放していたものだ。
「なに笑ってるんだ、爆豪」
「テメーのすっとぼけた顔が笑えるんだよ」
「それはチクチク言葉か?」
「うっせえわ」
そんな時だった。ドタドタとうるさい足音がこちらに近づいてきた。見なくてもまあ、大体の正体の検討はついている。
「か〜つきく〜ん、どうだい夏の夜の花火は〜?」
「けっ、こんなちゃちな花火じゃ物足りねーわ」
その言葉に愛生は目を光らせた。その後不気味に「ふっふっふ」とほくそ笑む。
「そう言うと思って、すげーの用意しといたんだぜ。──そろそろだ」
そろそろ?その言葉に疑問符を抱いていると、ゾロゾロと多くの人影が現れ始める。なんだ?花火業者でも雇ってこの場所で花火でも打ち上げるのか?
「おーいみんなー。こっちこっちー」
愛生の声に導かれるように、その人影たちはオレたちの居る方に集まってきた。その正体に、オレは思わず目を丸くする。
「なーに先に始めちゃってくれてんのよ」
「花火、沢山買ってきたよ!」
そこに現れたのはA組の面々だった。見たところ全員いる感じだ。
わらわらと集まり始め、各々が市販の花火に群がり始める。さっきまで静かだった公園が、一気に普段の教室みたいに騒がしくなった。
「な、爆豪。ビックリしただろ?」
すぐ隣で線香花火をしながら、愛生は言った。
「全員は呼びすぎだろ」
「どうせなら皆でやった方がいいかなって。夏の思い出って感じで、いいだろ?」
ししし、と歯を見せて笑う愛生がそこにはいた。
夏の思い出…クラスメイトと過ごす時間…やけに新鮮に感じるのは気のせいではないのかもしれない。
「…ま、そーだな」
これは誰にも言うつもりは無いが、どうやらオレはこの友達と一緒にいることに居心地の良さを感じてしまっているらしい。
「おーしそろそろフィナーレだ。八百万、あれの準備は出来てる?」
「勿論ですわ!」
不意に愛生が立ち上がり、八百万の名を呼ぶ。何事かと皆で注目すると、八百万が巨大な筒をカートに乗せてやってきた。
「本当にやるのですね?」
「もち!高校最初の夏休み、皆の中で最高の青春時代の思い出となるために、俺は必死こいて考えてきたことがあるんだ」
それは、と続けざまに奴は言葉を連ねた。
「俺自身が花火になることだ」
…またバカなことやってやがる。
そう言って愛生は、八百万が運んできた煙火筒に入り込む。またバカがバカなことやってると、オレたちA組の面々は黙ってその場から距離を取った。
「3…2…1…イグニッション!!!」
火をつけられた導線が筒まで伸びていき、中で火薬が弾ける。
花火玉と一緒に勢いよく空まで打ち上げられたバカは、夜空に輝く星となった。
「み…みんな…お見舞い来てくれてありがと…」
愛生は、全治1ヶ月の重症を負って入院することになった。