「はぁ…せっかくの夏休みに入院とは…。ついてねぇ…」
重く苦しいため息が、病院の個室内に響き渡る。専用の部屋が与えられたのはいいことだが、如何せん広すぎる。15畳くらいあるんだけど。そこにセミダブルサイズのベッドと、小さなテレビがあるだけの部屋が今の俺のテリトリー。窓の外からは下校中の小学生たちが見える。みんな仲良くて楽しそうだなぁ…。
俺──愛生千晴は、ひとり孤独を噛み締めていた。
○
今の状況を説明しよう。3日前の夜、俺自身が花火になることを決意し、八百万が創造した煙火筒から夏の空めがけて俺発射。火薬の爆発を受けながら見事夜空に咲く花となった俺は、お医者さんに"全治1ヶ月"の烙印を押された。
そして問題のお体の方だ。全身火傷で痺れと痛みがある。包帯はぐるぐる巻きにされてあるし、現代のミイラみたいになってる。正直少しでも体を動かすと全身が引き裂かれそうになるから、基本ベッドの上でじっとしている。マジでひま。
たまに様子を見に来る看護師と軽くおしゃべりするだけの日々。まだ3日しか経ってないけど気が狂いそうだ。あーあ、誰かお見舞いにでも来てくんねーかな。そんで俺の為になんか面白い話とかしてくんねーかな。
「あ、でもこうなったのも自業自得か。テヘペロ☆」
…個室にしては広い部屋に響くは、己の独り言のみ。
もうやだ、帰りたい!もっと夏を満喫したい!あんなに綿密に立てたスケジュールが全部パァだ!
「うっ…うっ…でもいちばん辛いのはひとりぼっちになることなんだよなぁ…。さびしぃよぉ…」
俺は極度の寂しがり屋だった──。
そんな時、一筋の光明が差すように個室のドアがコンコンとノックされた。
「──はいッ!!!どうぞッ!!!」
めちゃくちゃデカい声が出たわ。
突然の来客が嬉しすぎて昂っちゃったわ、なんか恥ずかしいわ。院内中に響いてたんじゃないか今の俺の声。ノックした人もビックリしてるわきっと。え?看護師の人かもしれないって?モーマンタイ、担当の看護師はもはやノックすらせず入ってくるから。
「失礼します」
待ちに待った来客タイム。俺は既に嬉しさで涙が出そうになっていた。ゆっくりと扉が開かれ、ひょこっと顔を出したのは──。
「黒雪!黒雪じゃないか!」
「お元気そうで何よりですわ、千晴さん」
ニコリと柔らかい笑みを浮かべながら、黒雪は部屋の中に入ってくる。
「びっくりしました、千晴さんが大火傷を負って入院したと会長様から聞いた時は」
言いながら、黒雪はベッドのすぐ横に椅子を持ってきて、丁寧に腰を下ろした。
「これ、公安の皆様からのお見舞いの品ですわ。これを持っていく為に、外出の許可をいただきましたの」
「お、サンキュー!」
黒雪が持ってきてくれたのは豪華な果物のかご盛りだった。それをベッド脇の机に置いてくれる。優しいな公安のみんなは…お気持ちが胸に染みるぜ…。
「それで…今度はいったい何をしてこうなったのですか?」
「実はかくかくしかじかで」
事の顛末を黒雪に伝える。すると、彼女はやれやれといった表情を見せた。
「全くもう、あなたという人は…」
「いーやこれは夏が悪い。夏の雰囲気が俺をたぶらかしたんだ」
「ふふ、そういうことにしておきましょうか」
──相変わらず綺麗な所作だなと思う。
黒雪は…確か良いとこの子だったんだっけ。話し方や佇まいにそれが出ている。なんというか、美しいという言葉が似合うというか。こんな綺麗な子が、なんで俺の見舞いに来てくれてるんだろう?シンプルにそう思う。
じーっと黒雪を見つめていると、彼女は照れくさそうに頬を赤らめた。
「そ、そんなに見つめられると…」
「あっ…ごめんごめん。相変わらず綺麗だなーって見惚れてた」
「きっ…!綺麗だなんて、そんな…!まあ…今日は千晴さんの為におめかしも気合を入れて…」
なんか小声でモゴモゴ言ってる。たまにこういうことあるんだよな。そういや、前に黒雪と一緒に買い物とかしたな。なんだか懐かしいぜ。
「千晴さん、お腹空いてませんか?宜しければ果物を切りますけど」
「食べる!」
「ふふふ、じゃあお皿とか貰ってきますわ」
そう言って黒雪はパタパタと部屋から出て行った。なんだか悪いな、世話を焼いてもらって。退院したらお礼をしないと。また一緒にどこかに出かけようか?前もそんなようなこと言ってたし。
「お待たせしましたわ」
「戻んの早っ!」
秒で戻ってきた。恐ろしく早い帰還だ。そして気づいたらりんごの皮を剥き始めている。そしてめちゃ手際良い、りんごの皮がまるでサランラップのように剥けていく。なんだこれ現代の魔法?
「まずはこちら、リングリンガ・リンゴーハットになりますわ」
そして意味の分からん名前のりんごが出てきた。果肉を1ミリも削ぎ落としていない、ツルツルのりんごが俺の前に出された。
「すげー、包丁使うの上手いんだな」
「大したことじゃありませんわ。さあさあ、召し上がってください」
「そだな。ほんじゃいただきまーあいてっ」
フォークに触れた些細な刺激にも、俺の体は反応してしまう。カランカランと床にフォークが落ちてしまった。
そうだった、俺いまフォークすらロクに持てなかったんだった。
「大丈夫ですか?よろしければ、私が食べさせて差し上げますわよ」
「うぇっ!?あっ、じゃあ…お願いします…?」
なんだこの展開。
いや確かに1人は寂しかったけど、まさかこうなるとは思わないじゃん。
「では、口を開けていただいて。──はい、あーん」
恥ずかしっ!なにこれめちゃくちゃ恥ずかしいんだけど!
え?同い年くらいの女子にあーんされるのって、こんなに恥ずかしいの?俺の顔赤くなってないよね?死ぬほど照れくさいんだけど。
しかも相手は、顔の整った綺麗な女の子。こんな子にあーんをしてもらえるなんて…。
「お、美味しいですか?千晴さん…」
「…おっふ」
しまった!つい"おっふ"が出てしまった!長らく出ていなかった心からのおっふが、今ここに!
だって仕方ないじゃん!可愛い女の子が、頬をほんのりと桃色に染めながら上目遣いでこちらを見てきたら!こんなのおふらない方が失礼ってもんだぞ!
「可笑しな人ですこと」
──トゥンク。
心臓が軽く跳ねた気がした。
なにいまの?まさか今のが最近流行りの"トゥンク"ってやつ?
気になる異性に対して、無意識に体が反応してしまう例のやつ?
「もっとだ!もっとくれ!」
「きゃっ!急に大声を出さないでください!焦らなくてもまだ沢山ありますから」
こうなりゃヤケ食いだ。この筆舌しがたい感情をフルーツで消化せねば。ひょいひょい口に運ばれるフルーツをガツガツ食らう。その姿はまるで飢えた獣のように見えただろう。そう、男は狼なのだ。常に心にビーストを飼っているものなのさ。今度は僕の番ってか?
「平らげてしまいましたね」
「うむ、余は満足じゃ」
あっという間に持ってきてもらったフルーツがなくなった。さすが公安の皆様、美味しいフルーツをありがとう。
「あ、口元が汚れてますわ。拭きますね」
「サンキューおかん」
俺は赤ちゃんなのか?
最早これは母親とその赤子。高校生が食べ終わった後に口を拭いてもらうなんて、そんなの聞いたことある?いくら体の自由が少し効かないからって。
「うふふ、なんだか小さな子を相手にしてるみたい」
「なんかごめん。色々世話かけちゃって」
「気にしなくていいですわよ。あなたの為なら何でもしますもの」
…え?なにそれどういう?
パッと黒雪の顔を見ると、黒雪は咄嗟に口を手で押さえて目線を逸らした。今のは聞かなかったことに…という意味なのだろうか。
「さっ、さあさあ千晴さん!フルーツも食べたし、次はどういたしますか!?最近は暑いので、汗なんかかいていらっしゃらないですか?私、お身体を拭いて差し上げますわ!」
「いや、別にそんなことないけど──って、うおおお!なに服脱がそうとしてんだッ!」
「遠慮しなくていいですわよ!裸なら見たことあります!」
語弊があるわ!裸は裸でも上裸であって全裸じゃないだろ!
抵抗しようにも体に上手く力が入らないし痛みもある。黒雪にされるがままだ。病院服のボタンが1つずつ外されていく。
「はあ…はあ…お久しぶりですわ…」
「目が血走っとる!おっ、おかあさーんッ!!」
ベッドで馬乗りにされながら、俺は声を張り上げた。しかし、誰も助けは来ない。ならばナースコールだ、ポチ!…コンセント抜けとる!
「私に全て任せて…千晴さんは楽にしてて下さい…」
黒雪の白くて細い指が上半身をなぞる。あれ?この子体を拭くんだよね?なんか雰囲気があやしいのは気のせいか?
このままじゃ…このままじゃ俺は大切な何かを失ってしまう気がする…!
大切な…物…人…。
…まただ、頭痛がしてきた。最近やけに多いな。
けど、なんだ。頭痛がする度に、頭の中に何かが溢れてくる。パズルのピースのように、細かく刻まれた欠片のようなものが折り重なっていく。
「優しくしてあげますわ…千晴さん…」
その時だった。
──ガラッ!!
病室のドアが勢いよく開かれた。
痛む頭を扉へ向けるとそこには。
「なんだ、全然元気そうじゃんか」
「けん…どう…」
「八百万から、アンタが入院したって聞いたから来てやったのよ。せっかく人が心配してお見舞いに来てあげたのに、この状況は…」
瞬間、拳藤の瞳が鋭くなった。その眼光が注がれる先には。
「拳藤一佳…何故ここに…」
「そこのアンタ。どこのどいつか知らないけど、さっさとそこから下りなさい。でないと──」
拳藤がポキリと指を鳴らした。
「そこのミイラ男と同じ目に遭うことになるよ」
「あら、部外者は黙っててくださる?」
2人とも目がマジになっていた。
これが…この状況が…女の戦い…!
「やめて!俺の為に争わないで!」
これじゃヒーローじゃなくてヒロインだわ。