気づけば時刻は夕方に差し掛かっていた。
午前中に森に入り、その中でクラスメイトと協力しながらの魔獣討伐。数が多い上に1体1体が強くしつこい。そんなヤツらが俺たちに休む暇を与えてくれることも無く、連戦に次ぐ連戦。
「つ…着いたぁ〜…」
マンダレイが指さした宿泊施設に着く頃には、俺たち全員ヘトヘトのボロボロだった。個性の使いすぎで頭痛が激しい。糖分を、糖分をオラに分けてくれ。
「まぁまだ成長途中のヒヨっ子だもんね。これくらい時間がかかるのも当然っちゃ当然。けど、中でも特に動きが良かったのは──キミたち4人!」
ピクシーボブがデク、爆豪、轟、そして俺を見て指をさす。その後、ギラりと瞳を光らせてこちらに飛び出してきた。
「3年後が楽しみ!ツバつけとこ!」
ぺぺぺっとピクシーボブが物理的にツバをかけてきた。いやそんなことする人初めて見たわ。比喩表現を実際に行うとは。疲れすぎて避ける気力も湧かないから、ただひたすらツバの雨を受けるだけだ。
「ご飯の準備は出来てるから。皆、中に入った入った」
「お前ら、テキパキ動け」
パンパンと手を叩くマンダレイと、こっちの疲労も知らないでいつもみたいに指示を出す先生にぶうぶう言う体力も無い。俺たちはヘトヘトの体を引きずりながら、重い荷物を持って部屋に行く。男子は全員一緒の大広間で寝泊まりするみたいだ。
「爆豪〜、疲れた〜、おんぶしてぇ〜」
「死んでもやるか。勝手にくたばってろ」
「なら肩だけでもいいから貸して〜」
「…チッ、しゃあねぇな」
了承を得たのでありがたく爆豪の肩を拝借する。こんなこと、昔の尖りまくっていた爆豪からは考えも付かない。何だかんだで丸くなっているんだなと、横の狂犬を見て思う。
荷物を部屋に運び、すぐさま食堂へ直行。土鍋で炊いた米にテンションを上げながら平らげ、お風呂へダイブ。峰田が女湯を覗こうとしていたけど、マンダレイの甥っ子である洸太くんに阻止される。そんなこと気にもならないほど疲れていた為、入浴が済んだら部屋で布団に潜り込む。
(そういや、この合宿にB組の皆も参加してるんだよな)
眠りに落ちる直前、ふとそのような事を思い立つ。それと同時に、とある日の光景が頭に浮かんでいた。
──私とのこと、思い出してよ。
泣きそうな声で言われたその言葉が、あの日から頭から離れない。
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林間合宿2日目、早朝5:30。
叩き起された俺たちは学校指定の青いジャージに着替え、宿泊施設から少し歩いた所にある開けた場所に辿り着いた。眠い目を擦りながら、これから何をするのだろうと物思いにふける。昨日の疲れが若干体に残っている気がした。
「おはよう諸君。じゃ、これから林間合宿が本格化するということで、こちらで各々のトレーニングメニューを考えてきた」
口を開いた相澤先生が悪そうに笑みを浮かべる。あ、これロクなこと考えてないやつだ。
──それから地獄が始まった。
今回の林間合宿の目的は、それぞれの個性を伸ばすこと。
入学してからこれまでの経験で、精神的には成長をしている我々。
しかし、個性の方はあまり成長していないとのこと。
そのため、俺たちA組の面々は用意された林間合宿用のメニューを行うことになった。
「──で、俺に課されたメニューはコレかい」
目の前には大木。高さは優に10mは超えているだろう。この立派な木を拳でへし折れという。
…相澤先生は、人の限界って知ってる?
超能力で引っこ抜くとか粉砕するとかならまだ分かるけど、素手て。流石にこのふっとい木を素手で破壊するのは無理な話だ。そりゃ簡単なエネルギー操作等で身体能力を増強することは出来るが、オールマイトのような超パワーを発揮出来るレベルまでは至らない。
──お前の個性の根底にはイメージがある。お前自身が持つ想像力で、この木をへし折ってみろ。
「──と、言われてもな。なかなかどうして…難題だ…」
とりあえず1発、拳を打ち込んでみる。手が気に触れた後、じ〜んとした痺れのような痛みのような感覚が全身に伝わって来た。うん、分かりきっていたことだ。
「…みんな頑張ってるな」
周囲を見渡すと、それぞれ課されたメニューに愚直に取り組むクラスメイトが見える。それを見て、俺だけ辞めますなんてこと言えそうもない。
「よ、ちゃんとやってる?」
そんな時、ふとそう声が聞こえてきた。声の主の方へゆっくり振り返る。
「拳藤か…。お前もここで木を折れって言われたのか?」
B組の担任はブラドキングことブラド先生。熱血漢である彼ならば、俺が今やっているメニューと同じものを生徒にやらせるのも頷ける。そこに男女差等ないのだ。
俺の疑問に拳藤は、乾いた笑みを浮かべて答える。
「そーゆーこと。でも他に誰かがいて良かったよ。こんなの、1人なら確実に心が折れてる」
「はは、言えてる」
「…」
「…」
何だこの微妙な雰囲気。どうしよう、ここから会話が続かねえ。なに話したらいいのかが分からん。病院での出来事もあってから余計にだ。
チラリと拳藤の方を見やると、拳藤も俺の方に視線を向けていた。思いがけず目が合ってしまい、慌てて俺たちは視線を逸らす。…何やってんだ、俺たちは。
「あ、あのさ…!」
唐突に拳藤の声がその場に響いた。
「まえ病院であったことはさ、忘れてくれたら嬉しいなって。ほら、一方的に私が話しちゃったやつ。何か…色々気にしてたら申し訳ないし…」
「あ、ああ…病院のことね!そ、そうだな…特に気にしてないから大丈夫だぜ。拳藤もそんな気にすんなよ、人は一時の感情で動く生き物でもあるんだからな」
俺は一体何を言っているんだ…?
しかし、俺のそんな思いもつゆ知らず、拳藤はどこか嬉しそうな表情をしていた。
「記憶が無くなっても、やっぱり変わらないんだな」
少し口角を上げる拳藤。何故だろう、その顔に不思議な懐かしさを覚えている自分がいる。
記憶を失った際の周囲の反応、スマホに保存されていた写真の数々、そして何より病院での拳藤の様子。俺と拳藤には並々ならぬ関係があったんじゃないかと、心のどこかでは思っていた。
聞かなきゃ。記憶を失う前の自分と拳藤のことを。記憶が無いことを理由にしてはいけない、俺自身が知るべきことなんじゃないかと思う。
「拳藤、今日の夜なんだけどさ──」
「──おーい!そこのおふたりさーん!」
俺が口を開くことを見越していたかのように、少し離れたところにいたピクシーボブが大きな声を出した。んー、タイミングって難しいね。
「進捗はいかがかね?」
「まったく全然これっぽっち」
「途方に暮れてたとこです」
「だよね!そう言うと思ってた!」
きゃははと笑うピクシーボブ。冷やかしに来たのか?
「そんなキミらに朗報。ぼんやりしてる状況で特訓してても時間のムダムダ。てなワケで、他の子らと一緒に特訓しよー!」
「他の子?」
浮かんだ疑問もそのままに、俺と拳藤は別の場所に連れて行かれる。次第にその場所に近づいてくると、何やら雄叫びのようなものが聞こえてきた。何だか物騒な匂いがするな。
「膝だァ!もっと膝を上げろォ!憎きヴィランの下顎を粉砕する、黄金の右膝を我に見せてみろォ!」
「うおおおおお!!!イエッサー!!!!!」
そこには、ひたすら己の右膝を上げ下げするデクと、それを見て声を荒らげる虎さんがいた。一体何のトレーニングをしてるんだコレは。筋トレ…なのか?頭のおかしな軍隊のようなことしてるけど。
「よーし、なかなか良い動きになってきたな!心なしか飛び散る汗も輝いて見えてきたぞ!」
「アンタら2人もこれに参加すんのよ」
「え゛っ」
「あ、お腹痛くなってきたんで戻りまーす」
言い訳して逃げようとしたが、ピクシーボブにヘッドロックをかけられ強引にその場に留まらされる。なんつー力だこの人、とんでもねぇ。って顔してたら凄い形相で睨まれた。何この人エスパー?
「おいデク。こりゃ一体どーゆーアレだ?」
「愛生くん…。これは我'sブートキャンプだよ」
「また頭が故障しているな。治れ治れ治れ!」
どうやらデクは重症のようだ。鼻血が吹き出すまで顔面を叩くことにする。イメージはそう、映りの悪くなったテレビを直す感じだ。
「ほう…なかなか見どころのあるやつだな」
なんか目ぇつけられた。常時白目のこの人は"虎さん"。プッシーキャッツ唯一の男メンバーだ。どうやら元々は女性だったらしいけど、性転換をして男になったらしい。
そんな虎さんが、俺の方を見てニヤリとしていた。
「来い…」
「どっからツッコめばいいんだ…!」
急にファイティングポーズ取り始めたんですけどこの人。来いってなに?行ったら何が起こるの?とりあえず説明が欲しいんですけど。
「今は頭で考える時じゃあない。まずは頭を真っ白にしないと、クリアなイメージなど生まれん。その手助けをしてやると言ってるんだ」
「…クリアなイメージ」
イメージ…イメージ…俺の個性の根底にあるもの…。自身の力の拡大解釈が、能力の幅を広げることに繋がる。その為には、ごちゃごちゃとこんがらがっているこの脳みそをスッキリさせろ、ってことか。
よーし、そういうことなら。
俺はその場で小さく飛び、体を動かす準備に入る。相手はプロヒーロー、どうやっても俺を受け止めてくれるのは間違いない。なら、存分に利用させてもらう。
「我'sブートキャンプの受講代は高くつくぞ?」
「学生から金取るのかよ。どうせ動画サイトとかに転がってんじゃないの?」
林間合宿は、まだまだ始まったばかりだ。