突如として俺と半分野郎の前に現れた"荼毘"という男は、愉快に笑いながら俺たちの攻撃をいなしていた。
場所が森の中ということもあり、俺の爆破と轟の炎は思うように使えない。轟の氷結で攻めつつ、範囲と威力をかなり抑えた爆破で組み立てる。俺たちの炎熱で森を燃やしてしまったら、それこそ大事件に繋がりかねない。
全力を出せないことに歯痒さを感じる。
「アッハハハハ!!そうか、炎系の個性のお前らじゃこのフィールドは不利だな!正義の味方はこれだから!」
対して、荼毘はというと。
「俺はヴィランだからな。周りの被害なんて気にしない」
そう言って、指先から発生させた蒼い炎を加減なしに放出してくる。アイツも炎系の個性…出力を抑えなくてもいいだけあってなかなかに高火力だった。
「お前と個性被ってんな」
「ああ。火力も高いから氷もすぐに溶かされちまう」
「くくっ、推しと同じ系統の個性なんて。ファンにとって嬉しいことこの上ないなぁ」
言って夜空を仰ぐ荼毘。その視線は、夜空の月から俺本人に向かって注がれてくる。その舐め回すような瞳の動きに、鳥肌が立ってきた。
厄介ファン…。愛生、お前が言ったように目の前のあいつはもしかしたら危ないやつなのかもしれない。
だけど、そんな危険なやつを放っておく訳にはいかない。
「爆豪、まだいけるよな?」
隣にいる爆豪にそう声をかける。すると、爆豪は「けっ」と吐き捨てるように言った。
「まだウォーミングアップも終わってねぇんだわ。あんなふざけたやつ、土星辺りまでぶっ飛ばしてやらぁ!」
こういう時、勝気で強気な爆豪がいてくれると助かる。いるだけで周りを鼓舞するかのような、この状況を何とかしてくれそうな雰囲気が爆豪にはある。
それが、ヒーローに求められる本質なのかもしれない。
「あ、推し以外とは話す気ないんで。他所行っててもらってもいいですよ?」
「決めた。殺す」
即座に爆豪が肉薄する。個性である"爆破"を活かした直線的な突撃だった。
「ハッ、芸の無い奴だな」
交戦中に爆豪の動きを見知っていた荼毘は、自分の周辺に炎の膜を発生ささた。青色のカーテンが、荼毘の周りを浮遊している。
「けっ、安もんじゃねぇか!俺は青なんか趣味じゃねぇ!」
その防護幕を飛び越え、爆豪は荼毘の頭上へ。全身を回転させ破壊力を高めた一撃を叩き込もうとする。その様子を、荼毘はにやけ面で眺めていた。
ずっとそうだ。この男にはどこか拭いきれない余裕がある。
「オーダーメイドなんだぜ?」
「ッ!?」
何かを察知した爆豪は、攻撃動作を辞め空中で軌道を変える。次の瞬間、爆豪のいた場所めがけて無数の炎弾が飛び交った。上空へと打ち出されたそれらの弾丸は、夜空を青く照らす花火のように爆ぜる。
「炎って便利だろ?形が決まってないから自由に動かせる。全ては自分のイメージ次第──」
「──潰れろ」
荼毘が言い終わる前に、その頭上に氷塊を落とす。森林という状況から炎熱を使えないことを考えると、攻めては氷結一択になる。爆豪も自身の個性を使ってはいるが、ちゃんとセーブしていた。
荼毘の蒼炎を上回る氷結が勝利への鍵だ。
辺りに冷気が満ちていく。しかし、俺が繰り出した氷塊は瞬く間に水分へと変化を遂げた。
「おいおいおい。人が話してる時に上から氷を落とすなって、親に教わらなかったか?流石に殺意高すぎだろ、鍛えられてんな」
相変わらずの余裕。相性もあると思うが、たとえ扱う個性が逆だったとしてもあの態度は変わっていないのだろう。培った経験が写し出されているのだろうか。
だが、幸い2対1という状況だ。数の差は戦いにおいて重要。爆豪と2人で波状攻撃を続ければ、いずれ綻びは出てくるはず。付け入る隙はそこにある。
「とか、思ってんだろ?けど残念。形成が傾く瞬間ってのは、いつになるのかわからないもんだぜ」
ニタリと荼毘が笑みを浮かべる。その背後から伸びてくる複数の白刃。唐突な動きに対応しきれず、刃が右腕を少し掠めた。
何だ…?いや、考えなくてもわかる。奴らヴィラン側の援軍だ。それも相当厄介そうな。
「肉…肉…綺麗なお肉…見せて…!」
「んだァ?あの気色悪いやつは」
口部以外を黒の拘束着で包んだ新手のヴィランが、荼毘の後ろから現れる。俺たちの方へ伸びてきた刃は、そんなヤツの歯に帰っていくのが見えた。目元は露出していないハズなのに、何故か視線があったような感覚が走り全身が身震いする。雰囲気でわかる、こいつは人殺しに慣れた人間だ。
「おしごとしたら…お肉見れる…?」
「そうだぜ分かってるじゃねぇかムーンフィッシュ。けど、紅白頭を殺したらお前を焼くからな」
「ああ…焼くのはダメだ…。美しくない…」
「それ遠回しに俺のことディスってる?」
さて、と仲間の合流を経た荼毘が改めて俺たちの方へ向き直る。
「じゃあそういうことで、続きをしましょうか」
冷たく…そして鋭い声色。
荼毘からの凍れる熱視線が注がれるのを感じ、俺は息を飲んだ。
○
「このまま真っ直ぐ行くとブラド先生が居る場所に出る!一旦はそこに避難しよう!」
プッシー・キャッツ所有の森の中を、私はひたすらに駆け回っていた。目的はクラスメイト達を守るため。肝試し中に発生した未曾有の事態に戸惑いながらも、私は私のできることをやる。
つい先程、鉄哲が有毒ガスを散布させていたヴィランをとっちめた。少し吸ってしまった子もいたけれど、ガスが辺り一面に広がる前に止めることが出来たため、被害を抑えることに成功。
その後、鉄哲と一緒にクラスメイト達への避難の呼び掛けをして回ることにした。危険だと判断したのは何も有毒ガスだけじゃない。恐らく襲撃してきたヴィランの仕業であろう蒼い炎が木々に燃え移っており、火災を引き起こしていた。倒壊する大木を避けつつ、肝試しの為に配置したクラスメイトの場所を回っていく。皆の場所はだいたい頭に入っていた。
「一佳!!」
ふと、自分の名前を呼ぶ大きな声が轟いた。向くと、レイ子の肩を支えてこちらを見る唯の姿が。私を見つけて安心したような表情になる唯と、顔を下げ辛そうにしているレイ子の元へ駆け寄る。
「唯、レイ子!2人とも平気か?」
「私は平気…。でもレイ子がガスを吸っちゃったみたいで」
唯の心配そうな声を受け、レイ子の状態を確認する。確かに間近で見るとかなり辛そうだ。肩で息をし、汗もすごい。
「向こうに皆を向かわせた。そこに行こう。レイ子は私が持つよ」
「うん」
「ごめん…2人とも…」
弱々しくレイ子は謝る。いま辛いのはレイ子の方だろうに。自分がこんなに辛い時に、謝らなくていいんだよ。そんなレイ子の頭にポンと手を乗せる。
「気にするな!もう少しの辛抱だから!」
「うん…」
大きくした私の左手にそっとレイ子を乗せ、唯と一緒に先生の元へ向かう。進めば進むほど火事が酷くなってきている。蒼く燃え広がっている木々、煙を吸わないよう慎重に先を急ぐ。
「なんで…なんでこんなことになっちゃったのかな…」
横を走る唯がそう呟く。不安と恐怖が入り混じった声だった。そんな唯の背中を私は強く叩く。
「不安がるな!大丈夫、きっとみんな無事に乗り越えられるから!今まで雄英で学んできたことを活かすんだ!」
自分に言い聞かせる意味でもあった。正直、私も不安な気持ちでいっぱいだ。だけど、こんな状況で友達が辛そうで不安がっている。その中で私までそんな顔を見せてしまったら、誰が皆を導ける?
たとえ虚勢でもいい。今は皆の恐怖を振り払ってあげる。それがヒーローの為すべきことだ。その土台だけは崩してはいけない。
『だから俺は雄英に入って、ヒーローになれたらお前を守るよ』
いつかの千晴の言葉を思い出す。その想いが私の原動力になっていた。
皆を守らなくちゃ。
その時、一際鈍い音が辺りに響いた。連なるように発生するその音は、私たちの近くから聞こえてくる。メキメキと木が倒れる音もする。
「誰かが戦ってるのかもしれない…ヴィランと…。──唯、ごめん!レイ子を頼む!」
「ちょ、一佳!?どこ行くの!?」
「助けに行く!誰か分かんないけどこの音、かなり激しい!手助けに行かなきゃ!」
レイ子を唯に預けて、私は走り出す。2人には悪いと思う。だけど、この戦闘音は尋常じゃない。先生方やプッシーキャッツの方々の個性から出せる音じゃないのは確かだ。
そうとなれば戦っているのは生徒…その可能性は高くなるんじゃないか?もちろんヴィランの猛攻から逃げ惑っているのかもしれない、そういうケースも考えられる。それだとしたら余計に助けに行かなきゃ。
それに…なんだろうこの胸のざわめきは。何か良くないことが起こるような、そんな悪い予感がする。
音のする方へ、私は強く地面を蹴った。
○
劈くような機械音が迫る。
ヴィランの背部に埋め込まれた多数の狂気の雨を捌き、躱し、一撃ずつ確実に打ち込んでいく。
幸い目の前の脳無はUSJの時とは違い、バケモノじみた耐久性や再生能力は持ち合わせていなさそうだ。現に、俺の攻撃は確実に敵の体力を削っている。打ち込む度に仰け反り、動きが鈍くなっていく。脳無は改造人間、スタミナに限界はあるのは決定的だ。
しかしそれは俺も同じこと。動けば動くほどに体力は減っていき、身体から流れ出る血は徐々にその量を増していく。個性の使いすぎによる頭痛もずっと続いている。鼻血なんてもはや鼻水感覚。辺りに散らばる赤い血痕が戦いの生々しさを加速させる。
「ほひゃ!!」
脳無の攻撃の手は緩まない。ただひたすらに、目の前の俺を潰すことにだけ頭を使っている。いや、脳無だから考える頭なんて持っていないのか?インプットされたプログラム通りに動いているだけか?どちらにせよ、そう指示して改造したのはあの薄汚いヴィラン、死柄木弔なのだろう。
「あー、思い出すだけでムカムカしてきたわアイツの顔」
虎に教わった近接格闘術は、確実に俺のレベルを引き上げていた。まだ基礎中の基礎だが、それでも身体の動かし方を知っているだけでもかなり違う。
格闘戦と距離を取って念動力を用いた戦闘スタイル。それが今の俺の戦い方。近〜遠距離までカバーし、不得手を減らす。ピクシーボブの提案が俺の成長に繋がっている。
振り下ろされる鋼鉄のハンマー。それを避けるとズシン!と鈍い音と共に地面にクレーターが出来る。何度も何度も同じ攻撃をしてくるから、辺り一面でこぼこばかりだ。乱暴に振り回した刃物が森林を切り刻み、倒れた太く逞しい木々を念動力で脳無にぶつける。
「ぐひゃっ!?」
「森林破壊は良くないぞ」
「ふひひんッ!」
「コミュニケーション能力は皆無…と。喋る体力すら勿体ないか」
脳無が怯んだ隙に一気に距離を詰め、その鳩尾に鉄拳を入れ込む。効いてはいる…いるんだけど決定打にはならない。目の前のこいつを沈められるだけの一撃が必要だ。
跳んで脳無の顔面に蹴りを入れる。続けて開いた手のひらから衝撃波を発生させて、強引に距離を取らせる。このままじゃ拉致があかない。こんなことを続けていたら、先にくたばるのは俺の方だ。
俺の全力を込めた一撃をキメるしかない。
脳無の動きよりも早く、数多の凶器をくぐり抜け、あの薄気味悪い色をした身体に一撃を。
「ふぅー…、おし!振り絞るぜぇ残った力をよぉ!」
ヴィラン連合のことだ、脳無だけ寄越してきたなんて考えずらい。恐らく他の場所でも戦闘は行われているのだろう。それらの加勢の為に力は温存しておきたかったが、手加減して勝てる相手でもないことも分かっていた筈だろう。
「一発勝負だ。今からお前に、めちゃくちゃ力を込めたパンチをお見舞いしてやる。それでお前が倒れたら俺の勝ち。ピンピンしてたらお前の勝ち」
俺の個性は脳から回す。だから使いすぎると頭が痛くなるんだけど、今はそんなこと言ってられない。今ここで、生きるか死ぬかの選択をしなければならないんだ。
「ほほッ!ねほひゃんッ!」
「なるほど、分からん!」
振り絞れ、あらん限りの力を。
勝負は一瞬。勝てば生き負ければ死ぬ。その覚悟を持って地面を蹴る。
今はただ、ありったけを──。
視界が暗い。瞼が重い。口の中が血の味しかしない。
あ、これ駄目だったやつか。耳がキーンとしてら。
今の俺じゃヴィラン1人倒すことすら叶わないのか。
「…へ、へへ…」
無力な自分に乾いた笑いしか出てこない。最も、言葉を発する体力すらもう無さそうだけど。
八百万…目ぇ覚ましたかなぁ…?救助されてるといいけど。もし守りきれていなかったと思うと…やり切れない気持ちになる。
デク、爆豪、轟、クラスのみんな…無事でいるのかな…。ま、皆なら大丈夫か。相澤先生もいるし。
背中に硬い何かがあるな、木か?これは。
うっすらと目を開け、ボヤけた視界に映る景色。禍々しい見た目をした脳無が1歩ずつ、ゆっくりと俺の元へ近づいてくる。
不思議と怖くは無かった。やれるだけのことはやったんだ。後悔は無い。
「いや…あったな…後悔…」
記憶に靄がかかっていた。思い出そうとしたら、肝心な所で見えなくなる。
だけどそれは少しずつ晴れていって、今はその人の輪郭くらいなら見えるようになっていた。
忘れちゃいけない人だと思っていた、思い出さなくちゃいけない人だと感じていた。
「あー…そうそう丁度こんな…感じの奴だったわ…」
ボヤけた視界の中に1つの影が加わる。橙色の綺麗な長髪を横で纏めた女の子。その子が何か言ってる、よく聞こえないな。
あ、あと少しで思い出せそうだ。幼少期からの思い出。その子との大切な時間。俺にとってかけがえのない日々。それらが戻ってくるような気がする。
あとほんの少しで…。
ビシャリと、生ぬるい何かが顔にかかった。
それが誰かの血液なんだと理解するのに少しだけ時間がかかる。
冴えていく頭、鮮明になっていく視界、目の前にある見覚えのある背中。
「けん…どう…?」
「よぅ…千晴…無事か…?」
こちらを見て薄く笑う拳藤がいた。
身体を大の字に広げて、まるで俺を守るかのように立っている。
その向こうには太刀を振り下ろした脳無が。
「え…?」
ボタボタと流れ落ちる血は拳藤のものだった。俺からは見えない身体の表側から、赤黒いものが溢れている。
「ひゃいんッ!」
訳の分からない声を上げながら、脳無はその太い腕で拳藤の首を掴んで持ち上げる。抵抗も出来ないまま、拳藤の身体は宙に浮いた。
「…やめろ…!」
グググと脳無の巨腕に力が入る。
「やめてくれ…!」
鉛のように重くなった身体を引き摺る。
「拳藤…!」
手を伸ばすも届きはしない。ただ脳無に握りつぶされそうになっている拳藤の姿だけが、視界に入っている。
「一佳ッ!!!!!」
「──千晴」
か細く折れそうな声がした。
触れれば消えてしまいそうな、そんな声。
声の主は、俺の方を見て優しく微笑みかけていた。
「ごめんね」
その後に続く言葉は上手く聞き取れなかった。
動かなくなった拳藤が雑に放り投げられ、脳無の嘲笑のような声がこだましていた。
俺の中で何かがプツンと途切れて、視界が真っ暗になる。
次に感じたのは途方も無い程の絶望。
そして怒り。
最後に覚えている景色は、ぐちゃぐちゃになった脳無の肉片だった。