違和感にはすぐ気付いた。
それは横でヴィラン共と戦っている轟も同様で、背中を突き刺す感覚に一瞬身震いをする。
次の瞬間にその場に現れた者を見て、俺は自分の目を疑った。
「愛生…か?」
ぐちゃり…という肉を引き摺るような足音と共にそいつは現れた。ひょいと放り投げる動作が見えたと思ったら、戦闘を行っていた場所にゴロンと何かが転がり込んでくる。
「これは…」
「脳無の頭だと…」
視線の先で荼毘が目を丸くするのが見えた。"脳無"…USJでの出来事は記憶に新しい。あの時のものとは違う個体なのだろうか、確かに脳ミソ丸出しだったが皮膚の色が異なる。
「お前がやったのか?」
「愛生…」
荼毘の質問に愛生は何も答えなかった。言葉を発さず、1歩また1歩とゆっくり荼毘へと近づいていく。俺と轟の横を通り過ぎても、顔すら向けなかった。
愛生の様子がおかしい…それが轟との共通認識だった。
「にく…新しい肉が来た…!」
歯から刃を伸ばすヴィラン、"ムーンフィッシュ"が興奮が入り混じった声を上げる。同時に白刃を愛生目掛けて放った。さっき俺たちと戦っていた時とは段違いのスピード。手加減されていたことを悟る。
「避けろ、愛生!」
轟の声が響いた時には、愛生の眼前にまで歯刃が迫っていた。いつもみたいにバリアを展開する素振りも見せない。一瞬最悪の未来を想像したが、そのビジョンは一瞬で振り払われることになった。
「んぐ…歯が…!」
愛生の前でムーンフィッシュの歯は"止まった"。バリアを張っている様子も見受けられないのにも関わらずだ。まるで、愛生と歯刃の間に目に見えない壁でもあるかのようだった。
「……」
次の瞬間、ムーンフィッシュの歯刃が真っ二つにされた。一瞬の出来事だった。瞬きをしていたその合間に、ムーンフィッシュの口元から伸びる白刃がボロボロと地面に崩れ落ちる。
「え…?──ヒッ!?」
その怯えたような声と共に、ムーンフィッシュの身体が愛生の方に引き寄せられる。引き寄せられた先には、拳を握った愛生が待ち構えていた。
グシャリ…という音がし、ムーンフィッシュが地に伏せる。その場にいる誰もが、彼の結末を悟ったことだろう。
「おいおい…マジか」
荼毘が目を見開いた。流石に今までの余裕は失われたのか、神妙な面持ちで愛生の方を向く。が、次の瞬間にはお得意のニタリ顔で炎を顕現させていた。
「
勢いのまま放出された炎熱は、真っ直ぐ愛生へと伸びていく。轟が氷壁で防ごうとする素振りを見せたが、とても間に合いそうにない。
「死なねぇ程度に焼いてやる!」
蒼炎が愛生の全身を包み込んでいく。炎の渦に取り囲まれた愛生だが、奴は自身に纏わりついた炎を全身から発生させた衝撃波で跳ね除けた。
「んだこれチートかよ──うおっ!?」
愛生が右手を荼毘に向け、念動力で自身に向かって引き寄せる。ムーンフィッシュの時と同じ動作…。恐らくそれには荼毘も気付いている。
繰り出された拳を、荼毘は炎を噴出して体を浮かせて回避する。そのまま、手のひらに重ねた炎球を愛生の後方上空から放とうとしていた。
しかし、そんな荼毘の背中に何かが飛来する。ソレはメキメキという音と共に、荼毘の体を簡単に吹き飛ばしてみせた。地面を転がり、大木の根元でようらく荼毘の体は運動を止める。
「がっは…!クソが、ありゃ脳無に与えた武器じゃねぇか…」
森の闇の中から、次々と愛生の元へ飛んでくる武器たち。鈍器、刀、チェンソー。どれも人の体なんて簡単に壊せてしまいそうな得物ばかりだ。それらが念動力で愛生の周囲を浮遊している。
「しっかしたまげたなぁ、こんな容赦ねぇ奴とは…。体育祭の時とはえらく雰囲気が違うじゃん」
「……」
「無視かよ、冷たいな。お兄さん泣いちゃう…っておいおいストップストップ!!!」
荼毘の軽口にも反応は示さず、愛生は次に浮かせていた凶器たちを荼毘へと放った。荼毘も回避行動に移るが、そのうちの1つが右腕に深々と突き刺さる。ダメ押しと言わんばかりに、右腕に刺さった刀がぐりんとねじるように肉の中で動かされる。
「ぎゃ!おいウソだろ、これがヒーローのやることか!?」
滴る血と、必死の形相で逃げ回る荼毘。それに対し顔色ひとつ変えずに、愛生はただ凶器を振り回し続ける。
「おい…あれがほんとに愛生なのか…?」
「知るかよ…」
一方的な蹂躙を、俺と轟はただ見ていることしか出来なかった。痛みと恐怖で泣き叫ぶ荼毘。ただただ無機質に荼毘の体を痛めつける愛生。
その凄惨な光景に…クラスメイトの変貌に…俺の体は少し震えていた。
○
やばいやばいやばいやばいやばい!マジでやばい!
このままじゃ確実に殺される!目の前のガキに!
脳無の背中に生やしたはずの凶器が、俺の体を何度も何度も切り刻む。
何度も──。
「ぐぎゃ!」
何度も──。
「ぎっ!」
何度も──。
「や、やめ…!」
何度も何度も何度も何度も何度も──!!!
「……」
なのに目の前のこいつは眉ひとつ動かさねぇ。一体どんな神経してやがる。人を傷だらけにしておいて、何でそんな顔で居られる?なぁおい死柄木、お前こんなのを攫って何する気だ?
野球選手の振るうバットように、勢いが詰め込まれた木が俺の腹部に直撃する。体内から血が減っていく感覚を味わうと、すぐに背中に鈍痛が走った。
このままじゃ命を奪われる。その確信を得た俺は、もしもの時の手段として共有させておいた手を躊躇いなく使うことにした。
「黒霧ィ!!出せぇ!!!」
瞬間、愛生とかいうガキの後ろに現れる黒い渦。そこから更にドス黒い巨腕が発生し、愛生という
放たれた一撃は凄まじく、木々をへし折りながら愛生を遥か彼方へ吹き飛ばしていく。
「ひゃははは!ざまぁみやがれ!」
「荼毘…あなた何ですかその傷は」
「あ?」
気づいたら横にいた黒霧が、俺の体を見てそう声をかけてきた。
全身打撲に生傷だらけ、流血やら何やらでドロドロのボロボロ状態だ。
「まさか、あの少年にやられたのですか?」
「あー、そうさ。本気で死ぬかと思ったぜ。ったく、あんなのお持ち帰りして何する気なんだ?」
「彼らの真意は分かりかねます…。今はとりあえず、あなただけでも戻って治療を」
「まあ待て。挨拶だけしとかなきゃ」
黒霧を制止し、俺はある方向へ目を向ける。こちらへ向かって走ってくる者、轟焦凍が視界に映る。
顔部にある火傷跡が痛々しいね。お揃いだ。
「待てッ!」
「あの黒いモヤモヤは…USJん時の…!」
「カッコ悪いとこ見られちゃったな。だけどだ轟焦凍。俺は必ずまたお前に逢いに行く。そんときゃいっぱいファンサしてもらうからな」
訳の分からないといった顔をしているな、焦凍よ。今はそれでいい。いつか俺の正体を知った時、それだけが楽しみなんだ。
ま、それはお前だけに限った話じゃないけどね。
「あばよ俺の推しの子!」
「くそっ!待ちやがれ!」
そんなに俺との別れが惜しいのか、泣けてくるね。けど、もう俺は焦凍成分でいっぱいなんだ。これ以上お前を摂取しちまうとカラダがもたない。
だから、今日はサヨナラだ。
徐々に黒く埋め尽くされていく視界。最後の最後まで推しの姿を目に焼き付けようと、俺はこちらに向かって来る焦凍に視線を合わせ続けていた。
○
まっくらな世界にいるみたいだった。
体の自由は利かないけど、やけに頭の中が澄み渡っている。そんな感覚。
俺のやりたいこと全部できる。溢れてくる全能感。
今はただ、この体を支配する怒りと絶望に身を任せることにしよう。
次はこの黒い大男…USJで見た黒い脳無だ。顔が違うから別人だろうけど、さっき受けた攻撃からすると
さっきのおもちゃはすぐダメになりそうだったから、今度は長持ちするといいな。
念動力は対象を引き寄せたり突き放したり出来る。その力を応用して相手に避けられない攻撃を繰り出すことが出来る。
常にカウンターを喰らっているかのような感覚になるはずだ。
この脳無は…前のと同じで衝撃吸収の個性も備え付けられているっぽいな。
だったら、これならどうかな。
イメージは簡単、相手の四肢をねじ切るイメージ。念動力で空間を操り、脳無の両手足を引きちぎってやる。
…ちっ、取れたのは片腕だけか。けどまあ、見たところ再生は出来ていない。どういう原理で複数個性を与えられているのかは謎だけど、そうポンポン渡せる個性じゃ無いんだろ。
お次は周りに山ほどある木々をスライス。尖突性のある物に変え、それを量産。木の雨を降らせることにしよう。
避けられはしないさ、全方位を囲っているからね。最後はそのはらわたに衝撃波を打ち込む。
脳無が飛んで行った先へ行ってみると、そこには完全に機能停止している姿があった。思ったよりすぐに壊れたな。まぁ幾らかは楽しめたさ。
じゃあ次の玩具を探しに行こうか──。
その瞬間、ズキン!と今までに味わったことの無い頭痛が襲いかかってきた。頭から全身へ走る激痛、一緒に吐き気も襲ってくる。立っていられずに思わず膝をついてしまう。
「隙ありッ!!マジシャンの出番はここしかないッ!!」
突如としてそんな声が聞こえたと思ったら、俺の意識はそこでプツンと途切れた。
荼毘
・どれだけ痛めつけられても、推しの顔を見ればたちまち元気になる。実質不死身の個性持ち。
愛生千晴
・暴走のイメージはモブサイコ。引き寄せと突き放しによる常時カウンターアタックは、無限の収束と発散でお馴染みの五条先生。ちなみに記憶は戻ってない。
黒脳無
・USJよりかは型落ち。
コンプレス
・有能。