目の前でやり合う男たちに、私は深くため息をついた。
全くこの世の男どもと来たら、とにかく雑に荒々しく戦うことが格好良いと思っている節があるな。無駄に埃を巻き上げ、大地を割り、血飛沫を飛ばす。もっとコンパクトに戦ってほしいものだ。
「きゃあああ!!!」
「どわぁぁああ!!何だこの化け物同士の戦いはーっ!!!」
近くにいた変なコスプレ集団は、戦いの余波に巻き込まれて彼方へ飛んでいった。一体なんだったんだろう、奴らは。
オール・フォー・ワンとオールマイトとやらの戦いは、大地を揺るがすものとなっている。見ているだけでうんざりだ。2人の狙いは私のようだが、正直どっちもタイプじゃない。
──愛生少年、無事だったか!
ふと、私はオールマイトという男が放った言葉を思い出す。あの男、間違いなく私のことを少年と呼んでいた。奴の目は節穴なのか?それに男に間違われるのはレディとして不服極まりない。
「はっ、バカバカしい。私のどこを見てそう言ったんだ。どれ、ひとつ確かめてみることにしよう」
私は自分の見た目を確かめようと周りを見渡す。割れたガラスの破片でもあればと思ったが、どうやら周りにそのようなものは無さそうだ。ならばあまり気乗りはしないが、唯一にして絶対の確認方法があるためそれを試すことにする。
そう、男のシンボルにダイレクトアタックするのだ。
右手を例のブツの前にセット。だが、私の心はここで1度ブレーキを踏んだ。果たしてこんなことをしてもいいのだろうかと。逆にこれで本当にそこにブツがあれば、自分が男になっていることを証明してしまうのではないかと。
直前で迷うことはよくあることだ。
「ええい、ままよ!」
勇気では無い何かを振り絞って、私は勢いよく右手を振りかざした。完全なるソフトタッチ…私の右手が唸って光る。
「…ズボンの上からじゃよく分からんな」
答えはよく分からない、だった。正直衣服の上からじゃ実態は掴めない。何だかソレっぽいものはあったが、果たしてそれが本当にソレなのか判断できなかった。
「直で確認するのが1番手っ取り早いか」
そう思い早速行動に移す。その下着の中身を、深淵のその先を、男のシンボルを確認する為に。
「…!これは…!」
現実を目の当たりにした時、私の頭は一瞬真っ白になった。そして同時に急激に恥ずかしくなってきた。同時に自身が本当に男になってしまっている事の確証を得てしまう。
「は、生えてる…。私の体には無かったものが…すぐそこにある…」
思わず凝視。まだ成長途中…なのだろうか。詳しいところはよく分からないが、そこには確かにブツがあった。自然と見つめ続けてしまう私がいた。
(は、初めて見るな…。ここはこんな風になっていたのか…)
男が女に興味があるように、女も男に興味はあるのだ。加えて生前の体が女であれば、余計に男の体への好奇心は大きくなる。男女の差異とはこういうものなのか。また知識を身につけてしまったようだ。
ふと気が付くと、こちらに向かってくる複数の足音が耳に届く。観察に熱中していた為、この距離になるまで気が付かなかった。
「おい、愛生…。お前いったい何やってんだ…?」
「んあ?」
背中に刺さる震えた声。見るとそこには紅白頭の少年と、その後ろにつんつん頭ともじゃもじゃ頭が、驚愕したような表情で私を見ていた。
「なにって、見ての通りだが」
「見ての通りって、お前…」
「何が悲しくて
薄い金髪のつんつん頭の小僧が声を張り上げた。ズボンから手を離して彼らに向き直る。ふむ、全く知らない子らだ。それに先程から何度か呼ばれている"愛生"という名前…この体のことを指しているのだろう。
ひょっとして、何か理由があって私の思念か何かがこの少年の体に入れ込まれている ?
「えっち」
今考えるべきことじゃないと思った私は、テキトーに言葉を並べる。
「ぶっ殺すぞテメェ!!!」
「ま…まぁまぁかっちゃん、落ち着いて。──遅くなってゴメン、救けに来たよ。何だかいつもと雰囲気が違うみたいだけど」
鬼のような形相をするつんつん頭を制止し、もじゃもじゃが近付いてきた。このもじもじゃ、もしかしたら私の状態に気づいている?察しのいい奴だなと思ったが、すぐに私は合点がいった。
この緑の少年、自分以外の魂を複数所持している。それを目の前の少年が意識しているかは不明だが、それゆえ今の私の存在も朧気ながら認識しているのだろう。
「うっ、頭が!」
突如として頭痛が響いてきた。決して痛い病気とかでは無い。内側から別の誰かに無理やり支配されるような、そんな不快感が全身に走る。
ドクンと心臓が跳ねた。
「…はっ!おお、ちゃんと変われた…。変な体になっちまったもんだな」
感覚が自分に戻っていることを確認して、俺は目の前のデクたちに視線を向ける。入れ替わっていた間の景色や会話は、俺にもちゃんと見えていたし聞こえていた。
「よう、お前ら。何日ぶりだ?」
「ちょっと待て、状況を説明しろコラ」
爆豪を見たのも久しぶりな気がするなあ。
「──とまぁ、聞いたとこだとそんな感じかな」
俺はデクたちに状況を伝えた。
オール・フォー・ワンという男に、アンナチュラルとかいうよく分からん奴の記憶を移植されたこと。さっきまで皆と話してたのはそいつだということ。そして、アンナチュラルを通して皆の声や姿、状況は俺にも伝わっていたということを。そしてどうやら、体の所有権は俺にあるみたいだ。
「…そうか」
「た、大変だね…」
「…」
まぁそういう反応になるのも分かる。俺だってまだ頭が追いついてないんだから。だけど、起きてしまったことはしょうがない。受け入れていくしか。
「ともかく、今はとりあえずこの場から離れよう。オールマイトが敵を食い止めている間に」
俺の言葉に3人が頷く。3人は俺を助けに来てくれたんだ。危険や無理を承知で。だからちゃんと助からねば。
デクたちが来た道を引き返そうとした時、俺の中に声が響く。
『──来るぞ』
「え?なにが?」
それはアンナチュラルの声だった。その声に返事をした瞬間、俺の口から黒いヘドロのようなものが溢れ出てきた。
「愛生ッ!?」
「おえっ…!んだ…コレ…!」
その黒いヘドロは瞬く間に俺の体を包む。これもオール・フォー・ワンの仕込みか?ドブみたいな匂いがする。気分のいいモノじゃない。何とか逃れようともがくが、流動しているからか上手く引き剥がせない。むしろ余計に体に張り付いてくる。
『これはワープの類だな。どこか別の場所に転移させられるぞ』
(解説ありがとう!)
声を出せなかったから心でそう思う。多分それでアンナチュラルには伝わるはずだ。せっかくここまで来てくれたデクたちには申し訳ないが、どうやら大人しく帰してくれそうにないようだ。
「チィ!やらせるかよ!」
即座に動いてくれた爆豪だったが、彼の腕が、指が俺に届くことはなく、そのまま俺の視界は黒く染められていく。
(なんなんだ今日は。もしかして厄日?)
『かもしれんな。っていうか小僧、すっごい自然に話しかけてくるんだな。普通自分の中に誰か他の人間が居たら、もっと驚くだろう』
(起こっちまったもんはしょうがないでしょ。とりあえず仲良くしようぜ。それよりアンタは悪い人?)
『…さぁ、どうだか』
パッと視界が開ける。 どうやら転移が完了したようだ。といっても、景色はさほど変わってない。さっきの所からあまり遠く離れてはいないようだ。
俺は目の前に立っていた男に目を向ける。くすんだ水色の頭をした黒い服の男が、そこにはいた。
「よう、久しぶり」
「そう簡単に逃がさないぜ、愛生千晴」
お馴染みのニタリ顔を貼り付けたのは死柄木弔だ。後ろにはヴィラン連合の面々も勢揃いしている。
「先生からのお達しでな、どうしてもお前が欲しいらしい。ったく、こんな奴のどこがいんだか…」
「男の嫉妬は見苦しいぞ、弔くん。ま、一生フリ続けてやるけどさ」
『オール・フォー・ワンの狙いは十中八九私だ。お前じゃない』
「分かってるよそのくらい」
なんだよこの人、男に狙われてちょっといい気になってんの?あんまりモテなかったタイプなのか?
『捻り潰すぞクソガキ』
「ごめんなさい」
しまった、言葉には気をつけなきゃ。
ふと、死柄木の方を見ると若干引いたような目をして俺を見ていた。なんで?なんでそんな目で俺を見るの?どっちかと言うとお前の思想の方が引く要素としては大きいと思うけど。
「なに1人で喋ってんのオマエ。こわっ」
「なるほど」
…どうやらアンナチュラルの存在は俺以外には認識できていなさそうだな。それもそうか。傍から見たら1人でお喋りしてる痛い奴にしか見えん。こりゃ気を付けないと。
「そうか、お前には見えないんだな。残念、こんな美女を見られないなんて」
事実、俺の後ろには背後霊みたいにアンナチュラルが憑いてる。長い黒髪をイジりながら、俺の頭に肘をついていた。
『なんだ小僧、私のことそんな風に見てたのか。言ってることは正しいがな』
(さいでっか)
ふふん、と鼻を鳴らすアンナチュラル。なんかちょっと嬉しそうだな。ジョークなのは黙っておこう。
「くくく、通常運転で安心したよ。けど…」
死柄木が卑しく笑う。すると次の瞬間、彼の両隣りに黒い物体が飛来してきた。ズドン!という鈍い音と共に、黒い巨体が地面を揺らす。もう何度も見た、連合のキーカードだ。
「俺たち連合のメンツに加えて脳無が2体。この状況を見て、まだ軽口が叩けるかな?」
「また脳無頼りか。色違いとか色々やってるみたいだけど、正直もう飽きたよそれ」
平成を装うが正直言ってかなりマズイ。脳無1体だけでも相手に出来るか分からないのに、それがもう1体と連合のメンバーもいる。物凄い数の暴力だ。
オールマイトに助けを求める?いや、オール・フォー・ワンの相手を出来るのはオールマイトだけだろうから駄目だ。じゃあデクたちの加勢を待つ?それも可能性としては薄い。お互いの場所が分からないうえ、友達を危険に巻き込みたくは無い。
「白旗上げるなら今のうちだぜ」
どうする?どうやってこの状況を突破する?考えろ。
『臆する必要は無いぞ、小僧』
策を練っていたら、アンナチュラルからそう声をかけられる。思わず後ろを振り返って彼女の顔を見た。
『何をビビっている。大したことないだろう、あんな奴ら』
「び、ビビってねーし。意味わかんねーし」
『ほ〜う、ならこの首筋を伝う冷や汗は何なのかな〜?』
ピトっと首筋に指を置かれ指摘される。ゾクリとした悪寒が全身に走った。
「そ、それはアレだし。皮膚の表面から水分が出てきただけだし」
『それを汗と言うのだろう。──それはさておき、お前の力があればアイツら程度コテンパンにしてやれるはずだ』
やけに確信を得た話し方をする。その自信はどこから来るのだろうか。
現状、奴らの中で手強いのはまず脳無だ。加えて個性の実態を掴めていない連合のメンツもいる。こちらの個性はどうせ割れているのだろう。どんな能力を使うのか知ってるのと知らないのとでは、戦いに大きく影響する。
まずは脳無から狙うか?いや、1体相手にするだけでも骨が折れるのに、それプラス他の奴らの相手となると…。ならまずは倒せそうな奴から…?それもそれで相手しているうちに脳無も何もしてこない訳がない。それに能力が割れてない奴には戦い方も即座に組み立てなきゃならない。マジでどうする…?
『ごちゃごちゃ考えるな。私が力を貸してやる』
「え?」
『力を貸してやると言ったんだ。見たところ、お前にも私と同じ力が宿っているようだからな。体に直接叩き込んでやるさ』
──君が友人と同じ個性を宿しているから。
オール・フォー・ワンの言葉が思い起こされる。俺とアンナチュラルには同じ
「…ありがとう。厄災とか言われてたからもっと悪い人なのかと思ってたけど、案外いい人なんだな」
『あっはっは!判断基準と材料のハードルが低いなぁお前は。いい人か…別にそういう訳では無いのだがな」
言いながら、しゅるりと俺の中にアンナチュラルが入り込んでくる感覚がした。彼女の魂の輪郭がハッキリと知覚できる。
『私はああいう、頭数だけ揃えて勝てる気になってる奴が嫌いなだけさ』
頭の中に声が響く。次の瞬間、右手が勝手に動いた。アンナチュラルが操作しているのか。
掌の先の脳無に狙いを定める。頭のテッペンから足の先までエネルギーが通っているのが分かる。感じたことの無い程の力に驚く自分がいた。
「『ぶっ飛べ』」
刹那、地面を割るほどの衝撃波が脳無へと突き刺さった。凄まじい轟音と暴風を巻き起こしたそれは、倒壊した建物を何棟も貫きながら脳無を彼方へ吹き飛ばす。遠くの方ガラガラと何かが崩れる音がした。
「──へ?」
死柄木が素っ頓狂な声を上げた。
「『さ、次はどいつだ?』」
普段の出力とは比較にならない…これがアンナチュラルの力…。底知れぬ力量に身の毛がよだつ。
"厄災"、その片鱗を俺はその身で味わうことになる。
主人公とアンナチュラルの肉体の関係は、呪術廻戦の虎杖悠仁と宿儺のようなもんです。背後霊云々は遊戯王GXの遊城十代とユベルですね。
アンナチュラルのイメージは、ぬらりひょんの孫に出てくる羽衣狐みたいな感じです。
コメント欄で主人公の名前に言及されている方がいらっしゃって、思わず「なるほど!」となっちゃいました。