最初の標的にされた脳無は、もう肉眼では見えない場所にまで吹き飛ばされて行った。俺とは比べ物にならないアンナチュラルの出力…同じ個性でもこんなに違うものなのか。その事実に驚愕する。
「あの脳無、一瞬で黒ゴマ以下になっちゃったんですけど?」
『ふむ、慣れない体だからか思ったより飛ばなかったな。威力も昔より落ちている。まぁ、ゆっくり慣らしていけばいいか』
恐ろしや…。この人さっきの威力に不満があるみたいだ。俺にとっちゃ一線を画すレベルの力だったのに、アンナチュラルにとったらそうでも無かったのか。とことんスケールのデカさに息を飲む。
「嘘だろ…前は脳無1人に苦戦してたじゃないか…!クソチートが!」
激昂する死柄木。そんな彼の気持ちに呼応するように、荼毘、JK、仮面の男が遠距離攻撃を仕掛けてきた。蒼い火球…ナイフ…仮面の男が投げたのはビー玉…?
「──と、思うじゃん?」
仮面の男がパチンと指を鳴らすと、月光を反射する翡翠色のビー玉が巨大な岩石に変わった。視界を防ぐほどの大きさのソレに、俺は思わずバリアを展開しようと身構える。
『バカモノ、可視化出来る程のエネルギーをわざわざ放出するな。無駄遣いになるだろう』
そんな俺の行動に、アンナチュラルから指摘が入る。
「じゃあどうすんのさ。跳んで避けるのか?」
『この場から動く必要など無い。ただ自分に攻撃が当たらないようにすれば良いだけだろう?』
よく見ておけ、とアンナチュラルは言った。とは言うものの、さっきの衝撃波みたいに俺の体を操って何かをしようとする素振りは見せない。ただヴィランたちの遠距離攻撃が迫ってくるのを、じっと待っているだけだ。
『目も閉じてくれるなよ』
最初に飛んできたのはJKが投擲した数本のナイフだ。飛来する鋭利な刃物が眼前にまで迫る。が、そのナイフは俺の元に届くことはなかった。俺の目の前の空間で止まっている…?なんだこれ。
続けざまに飛んできた荼毘の火球と、岩石もそうだった。ナイフと同じように俺の体の前で勢いが落ち、やがて炎は消え岩は地面に落下する。何これ、何が起きたんだいま。
「センセー!これは一体どういうことですか!」
『眼前の空間を超能力で操作したんだ。空間操作で対象を自分に当たらないようにした。それだけ』
それだけて。何その空間操作って。
「なんか俺たちの攻撃、アイツに届いてなくね?」
「数で押せ、いつかは限界が来る」
目の前の事象に対策を見出したヴィラン達は、再び各々の遠距離攻撃を繰り出してきた。だけど、いくらやってもそれらは俺の体に傷をつけること以前に届きすらしない。
『個性は自分の解釈次第で如何様にもなる。その身に宿らせた奇跡を生かすも殺すも、全ては自分次第なんだよ。分かったか?青二才』
「言ってくれるじゃん。けど、俺がまだチュートリアルすら終えてないことが分かったよ」
ハッ、とアンナチュラルが息を吐き出す。
『そうか。だったら早く目の前の有象無象を叩きのめして、魔王に挑戦するとしよう』
「魔王?」
『オール・フォー・ワンの事さ。勝手に人のカラダを弄りおって…1発殴ってやらないと気が済まない』
「賛成。俺は初対面だけどアイツのこと嫌い」
『ふん、アイツに好意を持ってる奴なんてこの世にはおらん』
「確かに」
言い終わると同時に駆け出す。まずは奴らの足元に向けて衝撃波を打ち込み、体勢を崩すことからだ。上下左右にそれぞれ回避する面々、まず狙うは上に飛んだ仮面の男とトカゲ男だ。
周囲の瓦礫を浮かせて2人に投げつける。トカゲ男はまだよく分からないが、仮面の男はなかなかに危険だ。あの特殊なビー玉に何か危ない物でも入れ込んでいるかもしれない。それに、戦闘スタイル的に遠距離型。飛び道具持ちは残しておくと厄介だ。
「空中なら身動き取れないって?おじさん足場作って避けちゃうよ。スピナー…は、あららクリーンヒットしてる」
トカゲ男に瓦礫の塊をぶつけることに成功する。けど、仮面の男はビー玉から建物の破片を顕現させ、それを足場に更に上に飛び上がって俺の攻撃を躱す。その身軽な動きはまるでサーカスの曲芸師のようだ。
「『関係ない』」
じんわりと力が注ぎ込まれる感覚がした。
指の先を仮面の男に指し向け、力の方向性をより具体的に己に視覚化させる。
「『墜ちろ』」
指先を下に向けると、仮面の男もそれに倣うように地面へと突き刺さる。さぁ次だ、どんどん行こう。
「コンプレスぅ!テメェよくも俺の仲間を!感謝するぜ!」
「意味わかんね」
「気にしないで、この子ちょっとアレなのよ」
向かってきたのは黒いマスクで顔を覆った男と、サングラスをかけたたらこ唇の大柄な…男?女走りでこっちに向かって来てるけど、そういう人間ってことでいいんだよな?
『世の中は広いんだ』
「納得」
わざわざ向かってきてくれるなら有難い。そんなに俺に近付きたいなら、望み通り近寄らせてやる。念動力で2人を捉え、無理やりこちら側に引っ張る。まず飛んできた黒マスクを殴り飛ばし、次に来たグラサンオネエに勢いのまま回し蹴りを放り込む。そのまま2人はダウン。また数が減った。
「あんま調子に乗るなよ」
数を2つ減らした束の間、周囲の気温が急激に高まるのを感じる。見ると、高温の炎球が俺に向かって飛来してきていた。流石に見慣れた蒼い炎の球体、荼毘の仕業だ。力を溜めていたのか、特大サイズでお出ましだ。
それを見て、アンナチュラルがピンと閃いたような素振りを見せた。
『丁度いい、空間操作の練習だ。さっき私がやったみたいに、最低限のエネルギーでアレを防いでみろ』
「OK、やってみる」
深く息を吸い込み、フゥと素早く吐く。俺の個性はイメージが重要だ。こうしたい、ああしたい、そういった想像を現実に持ってくる。
何も無い目の前の空間…それを操る…いや、最初から操るなんて大それたことは難しい。まずは触れるところから…。目の前の空間を…空気を…"面"として掴むイメージ…。
加えて、対象に合わせて出力を調整しなきゃならない。対象物の大小のサイズ感。速度、威力、危険度の判定が大事だ。頭を使わなきゃならん。
いま迫ってきているのは荼毘の火球。半径5mくらいのサイズ感。あれだけの規模を防ぐに必要なエネルギー量は…!
緻密な出力コントロール、具体的なイメージ、個性への解釈。それら全てを自らに落とし込み、事象へと転換させる。
それこそが、
想像するんだ、自由に。今より強くなった自分を。
『それでいい』
荼毘の火球が捉えた空間とぶつかる。ただぶつかっただけじゃない、触れたそばから後方へと炎が流れ動いていく。空気を操作し、触れたところから順に炎熱をかき飛ばしていくようにするんだ。
「ぐっ…熱っつ…!」
少しずつ火球の威力は落ちていき、やがてそれは消えてなくなった。荼毘の放った攻撃を防ぎ切ることに成功する。けど、完璧に自分の体を守り切れた訳では無い。
「腕が少しだけ焼けちまった。動かせない程じゃないけど、ちょっとしんどいな」
現に熱の余波までは凌ぎきれておらず、腕に火傷を負ってしまっている。まだまだ未完成、不細工もいいとこだった。アンナチュラルのようにはいかない。
『初めてにしちゃ上出来だ。腕の1本や2本くらい容易いもんさ』
「いつでも付け替え可能なロボットじゃないんだぞ。ツンツンすな、痛いから」
焼けた腕を楽しそうにツンツンしてくるアンナチュラル。ダメージを減らすことは出来たが、0には出来ていない。毎回こうなってるようじゃ使い物にはならないな。そこは要練習ってところか。
『なに、大したダメージじゃない。これくらいならすぐに治せる』
「え、それどういう…?」
言い終わるよりも前に、俺は自分の腕の様子に目を丸くした。
赤黒く焼け焦げていた腕が、みるみるうちに治癒していく。まるでその部分だけ時間の経過が早くなっているかのように。
「おいおいウソだろ…流石に盛りすぎだって…」
あっという間にダメージを受けていた俺の腕は綺麗さっぱり完治。痛みも動かした時の違和感もゼロ。回復なんてレベルじゃない、これはもはや再生の域に達していると思う。
「人間業じゃねーな。これも個性?」
『そうだ。"反転"、私に刻まれたもう1つの個性だよ』
「そりゃ厄災って呼ばれるわ。ほぼ不死身みたいなもんじゃん」
知れば知るほどとんでもない人だなと感じる。"超能力"による圧倒的な攻撃性能に加え、"反転"による自己再生。もはや無敵だ。ひょっとしたらオールマイトより強いんじゃないか?それに、オール・フォー・ワンが仲良くしたがる理由もよく分かった。
コテンと、アンナチュラルに軽く小突かれる。なんだよと彼女の方を見ると、不服そうな表情でいた。
『私を"厄災"だなんて物騒な表現で表すな。レディに対して失礼だと思わんのか』
あ、そういうの気にするタイプだったんですね。レディって、そりゃ見た目は若々しいけども実年齢いくつだって話だよ。そんなことを考えていると、アンナチュラルにギロリと睨まれた。
『お前…いま何を考えていた…?』
「え?いや…アンナチュラルってすげー人なんだなって!」
『ふん…まあいい。ちなむと、そのアンナチュラルとかいうナンセンスな呼び名も気に入らん。全く誰が付けたのやら』
なんかめんどくせぇなこの人!呼び名とか何でもいいでしょうに。けどまあ、怒らせたらヤバいってのは何となく分かるからここは穏便にいこう。
「あ、そうなんだ。じゃあなんて呼べばいい?」
そう聞くと、気の所為かアンナチュラルが薄く笑ったような気がした。
その時だった──。
彼方の方から弾丸のように誰かが吹っ飛んで来た。地面を抉りつつその勢いを殺し、何とか踏みとどまったその男は。
「オールマイト!すげぇぶっ飛んで来たな!」
「愛生少年、まだこんな所に!?駄目じゃないか早く逃げなきゃ!」
「俊典、こいつが例のガキか」
お次に現れたのは、黄色いマントをたなびかせた小さな老人。足裏から空気のようなものを噴出させて、俺たちの前に颯爽と駆けつけてきた。
「グラントリノ…。そうです、愛生少年が奴の狙いです」
チラリとこちらを見やる小さなおじいちゃん──グラントリノと呼ばれた男と目が合う。
「弔…まだ捕らえられていなかったのか。脳無も2体与えてやったのに」
「先生!」
『出たな、変態仮面』
続いてその場に降り立ったのは、何ともイカついマスクをはめたオール・フォー・ワン、その人だった。背後からピリピリした空気が伝わってくる。
ヒーロー陣営とヴィラン陣営が、この場には勢揃いしていた。
「そこに居るね、アンナチュラル。器の少年とは仲良くやっているみたいだけど、君のいるべき場所はそこじゃないだろう」
ねっとりとした声でオール・フォー・ワンは言葉を並べる。存在だけじゃなく、声色まで不気味とはこれいかに。
というか、そのイカつい仮面越しに俺たちの姿も含めて見えてんのかな。光すら通さなそうな頑強な物に見えるけども。
『オール・フォー・ワン…願うならお前の顔はもう見たくなかったな』
「冷たいこと言うなよ、せっかく呼び起こしてあげたのに。外の空気に触れて頭もスッキリしたかい?いつ僕の手を取ってくれるんだ」
おえー、とアンナチュラルは気持ち悪そうに顔を歪ませていた。それを受けてオール・フォー・ワンは高らかに笑う。こいつなかなかにメンタルが強いぞ。
「君なら僕の理想に賛同してくれると思ったんだけどな。心境の変化でもあったのかな?」
『変化ね。そもそもお前のことは好きじゃないし、お前の思い描く世界にも興味は無い。そうだな、今は──』
ポン、と俺の頭に手のひらが乗せられる。
『こっちにいる方が楽しめそうだ』
「そうか…その子のことを相当気に入ったんだね…。なら仕方ない」
スーッと静かにオール・フォー・ワンは宙へと浮かび上がる。
「力による行使でどうにかするとしよう」
嫌な空気がその場を渦巻いていた。オール・フォー・ワンという人間が生み出しているのだろうか。奴にはそう思わせるだけの圧がある。今まで会ってきたヴィラン達とは何もかもが違う。その迫力にゴクリと生唾を飲み込む。
『そう恐れるな。お前には私がついている』
細く真っ白なアンナチュラルの腕が、背中から胸の前に回される。耳元で囁かれたその言葉で、僅かに俺の心は前を向いた。
「そうだった。今日はアイツをぶん殴らないと家に帰れなかったんだった」
『ふふ…そういうこと。そのためには小僧、お前の力も必要になる』
必要…か。アンナチュラルはさっき俺に力を貸してくれた。俺なんかよりよっぽど凄い力を持っている人にそう言われると、自信が出てくるような気がする。
何だろう…この安心感は…。俺に刻まれたアンナチュラルの記憶が、俺に勇気と自信を与えてくれているような。今の俺に足りないものを埋め合わせてくれている。
『
「
魔王への挑戦が、始まった。
察してる方も多いかと思いますが、"反転"の個性はまんま呪術廻戦の反転術式です。他者へのアウトプットはまだ出来ません。