「もう間もなくだ」
ヘリコプターの窓から外の景色を眺め、レディ・ナガンはそう呟いた。その言葉を受けて、私もそちらに目を向ける。そこには鉛色の空が広がっていた。
「拳藤一佳、最後にもう一度確認する」
「はい」
私の方へ向き直ったレディ・ナガンは、その凛々しい瞳で私を貫く。
「ここから先は危険しかない。なんてったって、この世の化け物達が大喧嘩してるんだからな。その中に突っ込もうとしてんだ、私だってお前を守り切れる自信はない」
その言葉に私は無言でこくりと頷く。
「それでも…お前はアイツの元に行くんだな?」
いま私は、誰のものでもない自分の意志でこの場所にいる。自分で選んでレディ・ナガンの提案に乗り、神野区に降り立とうとしている。
今の神野区で何が起こっているのかは充分に理解している。正直、仮免すら持っていない学生風情がそこに赴くのは、場違いが過ぎると思っている。
「それでも…」
それでも、私は行かなきゃならない。
「私は千晴に会いにいく」
千晴を思うと、いても立ってもいられなくなる。
大切な人を危険な目に遭わせる訳にはいかないから。
○
戦いは熾烈を極めていた。
オール・フォー・ワンは複数の個性を用いていた。それゆえ、常にこちらが後手に回る戦いとなっている。次から次へと異なる力を示しては、俺たちを徐々に苦しめていく。中でも、個性を複合させより強力なものに昇華させる応用力。これがオール・フォー・ワンの強さだった。
「少年、脳無が来ている!」
『右だ!』
「しつ…こいなァ!」
残っていた脳無も同様に、俺たちを異常な膂力で攻め立ててくる。オール・フォー・ワンへの対応で疎かになっていたが、こっちも充分な脅威だ。グラントリノも応戦してくれているが、それでも倒しきれずにいる。
倒壊している建物を念動力で浮かし、程よい大きさにカット。人間大の塊を複数作り、それを脳無の頭上に浴びせる。オマケにマンションも持ち上げ、蓋をするようにその上から押し付けておいた。
「そこでおねんねしてろ」
『後はオール・フォー・ワンのみだな』
脳無は、よっぽどの事が無い限り這い上がって来ることは無いだろう。かなりの重量で地面に埋め込ませておいた。指1本動かすことすら出来ないはずだ。
死柄木と荼毘、そしてJKは俺たちの戦いを見ているだけ。特別参加しようとする素振りは見えない。好都合、邪魔者は無しで巨悪に集中出来る。
ただ、この場でオール・フォー・ワンと互角の戦いが出来ているのはオールマイトのみだ。こちらの攻撃は防がれ、いなされ、オール・フォー・ワンにダメージの1つすら与えることが出来ていない。攻撃面もそうだが、奴は防御面も優れている。
「少年ッ!もういい、下がってなさいッ!!」
オールマイトが吠える。あんなに怒気と切羽が詰まった顔は見たことがない。因縁の対決…というやつだろうか、いつもの教師の顔ではなく、ヒーローとして、日本の平和の象徴としての顔で戦いを繰り広げていた。
ひとたび拳を振るえば大地が震え、地面を踏み締めれば大地が割れる。最早これは天変地異だ。
「させないよ。オールマイト…君の矜恃もへし折ってやりたいが、今は彼の方に興味がある」
言ってオール・フォー・ワンが肉薄してくる。そんな彼の右腕は、異形というに相応しいものに変態を遂げていた。複数の個性たちを掛け合わせた最高・最強の形…らしい。自分で言うのもどうかと思うが、実際にその威力は世界が違う。振り抜いた衝撃だけで大地が壊れていく。
『1発でも貰ったら終わりだな』
「文字通りワンパンってことね」
アンナチュラルによる
「アンナチュラルを返して貰おうか」
「これは俺の体だ!」
そこには圧倒的な実力差があった。
空間を操作し、オール・フォー・ワンの一撃を眼前で受け止める。歪な形をした巨腕は、まるで自我を持っているかのようにウヨウヨと蠢いている。その様相に鳥肌が立った。人を不快にすることに長けている人間とはこのことだ。
「いやはや侮っていたよ、君の精神力を。まさか彼女の記憶を移しても、肉体の主導権を持ち続けるとはね」
「こっちはお喋りする余裕なんて無いんだけど!?」
「人並外れた精神力、君の根幹にあるモノのおかげかな?」
「は…?何言って…」
「拳藤一佳との記憶が、君を君たらしめている」
拳藤…?拳藤がどうしたって言うんだ…?コイツの意図が理解出来ない。
その時、ズキンと強い頭痛が頭を駆け巡った。その影響で空間操作に綻びが生じる。
「あ…」
「ようやくブレてくれたね」
俺とオール・フォー・ワンとの隔たりが消えて無くなる。終わった…と脳みそが判断を下す。こういう時だけ良く働くんだ、俺の頭は。死の予感が急速に脳内を駆け巡った。
振り抜かれようとしているオール・フォー・ワンの一撃。それが俺の頭を直撃しようとした時、黄色い閃光が爆ぜた。
「SMAAAAASH!!!!!」
閃光がオール・フォー・ワンを貫く。脇腹に脚を入れられたオール・フォー・ワンは、そのまま離れた所の建物に突き刺さる。オールマイトは肩で息をしながら、俺の方を見やった。酷くなってきた頭痛を堪えつつ、俺もオールマイトと顔を合わせる。
「ハァ…ハァ…ごめん、オールマイト…」
「これ以上は危険だ。私も君を絶対に守り切れるとは言えない。最悪の結末だけは避けなくてはならん」
「最悪の…結末…」
「君なら言わなくても分かるだろう」
オールマイトは俺に背を向け、突き飛ばしたオール・フォー・ワンの方に視線と体を移す。多くの傷がその背中には刻まれている。逃げ傷なんかじゃない、人々を守ってきた証が傷跡として残っていた。
ズキン、と一際強い痛みが再度襲ってくる。くそ、さっきから何なんだこれは。痛みが走る度に視界が歪む。
「頼む、未来ある若者を守らせてくれないか?」
守る…人を守る…。ヒーローは強いから、皆を守らなきゃいけない…。
──だから俺は雄英に入って、ヒーローになれたらお前を守るよ。危なっかしい●●を、傍で支え続ける。
瞬間、頭の中に流れ始めた誰かの記憶…。これは…俺の記憶だ…。昔の記憶…。視界に映るのはサイドテールの女子。吸い込まれそうな翡翠色の瞳をしている。
次から次へと、記憶の奥底から懐かしさを感じる光景が蘇ってくる。満開の夜桜、真夏の海、舞い落ちる紅葉、銀色の雪景色。飛び込んでくる記憶の全てに、そいつはいた。
オールマイトがオール・フォー・ワンの方へ飛んで行く。俺も後に続こうとするが、その行く手を阻むように1つの影が迫ってきた。
「死柄木…!」
「お前も案外しぶといな。先生がやらなくても、俺が相手してやるよ」
死柄木弔の個性、"崩壊"。奴の五指に触れた瞬間、触れられた箇所がバラバラに崩壊していく。相手の動きをよく見て対処出来れば何てことは無いのだが…。
「もうヘロヘロじゃねぇか。よっぽど先生に絞られたか」
「ちげーよ、こりゃ生まれつきの片頭痛だ」
「そうか大変だな。親に感謝しとけよ」
死柄木が地面に触れる。その瞬間、彼が触れたそばから"崩壊"が始まる。文字通り、地面を切り崩しながらその行先は迷いなく俺へと向かってきていた。
そこで俺は、とある違和感に気づく。
「崩壊の速度が上がっている…?」
以前USJで会敵した時よりも、個性が周囲に影響を及ぼすまでのスピードが段違いに向上している。正直前までは見てから避けることが出来ていた。しかし、今日の崩壊はひと味違う。死柄木が触れた直後には、もう目の前まで崩壊の波が迫ってきているのだ。
「お前のおかげだよ、愛生千晴。
個性だって身体機能の1つ──いつかのデクがそんなようなことを言っていた記憶がある。要因や成長幅なんて人それぞれ。それゆえ今の死柄木は低く見積もれない、その確信を得る。
加えてだ…。死柄木が直接触れずとも、間接的に触れている物にまで崩壊の効果が現れている。つまり、うかうかしていると周りが崩壊物だらけになり、俺の身が危険になるということだ。そうなる前に決着をつけなければならない。ぎゅっと下唇を結ぶ。
「どうした、いつもの減らず口はどこいったんだ?ピンチの時こそ笑うもんだろ、ヒーローっていうイカレ野郎は!!」
声高々に死柄木が叫ぶ。いつになくテンションが高い。自身の成長に高ぶっているのだろう。
頭の痛みグッと堪え、脳から全身にエネルギーを回す。個性を使用する度に頭痛が激しくなるが、ヴィランの前で泣き言なんて言ってられない。
『頑張れるよな?男の子だろう?』
「
念動力で死柄木の周囲の物を押し付ける。それと同時に俺の近くにある瓦礫をひとかたまりに。
「芸の無い奴だな。前から何も変わっていない」
「うるせェな」
押し付けた物を次々瓦解させていく死柄木。個性の威力だけじゃない、身体能力等の戦闘技術も大きく向上している。そんな死柄木に向けて、塊にさせた瓦礫達を射出した。
「こんなもの…」
その塊に、死柄木は自ら突っ込んでいった。五指で正確に触れ一瞬でそれを崩す。バラバラに崩れていく瓦礫の隙間から、笑みを浮かべた死柄木が見えた。
「ハッ、一瞬だったな!」
「その一瞬さえあればいい」
今の死柄木に馬鹿正直な物理技は効かない。なら、"崩壊"で切り崩せない方法で攻め立てる。
力と熱の充填は完了している。後は放つだけ。
「
手のひらから放たれる豪炎は、真っ直ぐ死柄木へと伸びていく。今までのちょっとした灯火レベルじゃない、これはエンデヴァーにも匹敵するレベルの火力だ。地面を抉り炎の痕跡を残しながら、炎は死柄木の体を貫く。
「がぁああああッ!!!──脳無ッ!!!」
炎に焼かれながら、死柄木はその名を叫んだ。すると、呼応するようにどこからともなく脳無が現れる。瓦礫の下に埋め込んだ奴がまだ動けたのか。だがその体には左腕に欠損が見られる。USJの時みたいに再生能力は与えられていないようだ。
『肉壁って訳ね。一瞬変われ、小僧』
「OK!」
言われるや否やすぐさまアンナチュラルと意識を交代。死柄木を守る盾として炎を凌ぎきった脳無に対し、アンナチュラルは力を注ぐ。ミチミチと肉が裂かれる音が聞こえてきた。
『千切れろ』
直後、脳無の体が左右に引き裂かれた。真っ二つ、両断。そんな言葉の通りに、脳無は2つになった。パックリと分かたれた脳無の間から、目を丸くする死柄木の顔が見える。分断された脳無の体は、音も無く静かに地面に倒れ込んだ。
「んだよそれ…!マジで意味わかんねぇ…!」
『メンドそうな奴は片付けた。交代するぞ、ちょっと疲れてきた』
「分かった、ゆっくり休んで」
当たり前だけど、アンナチュラルの体力も無限という訳ではない。それに、何年かぶりにこの世に舞い戻ってきたんだ。加えて、俺という他人の体での個性の使用。精神的な疲労が全く無いなんて誰が言える。
そうして再び意識を入れ替える。吹きすさぶ風が身に染み、体に熱がともり始める。感覚が戻ってきた。腕をグーパーさせて意識と体の結合を確かめる。よし、ちゃんと戻って──。
「ぐ…!?ガハッ…!」
──る?
目から、鼻から、口から。鮮血が吹き出してきた。突然の事態に訳も分からないまま、俺は地面に突っ伏す。まさか…個性の使いすぎか…?
「くっ…へへへ…やべぇ、体に力入んねぇ…。久々だなこんなに血ぃ出てきたのは…」
血液と一緒に、体から力が抜け落ちていくのが分かった。頭を内側からガンガン叩かれているような痛みも襲ってきている。
(こりゃ本格的にマズイか…。死柄木もまだ立ち上がってくる…。一体どうしたもんか…)
「くっ…くく…!いいザマだな、愛生千晴…」
「くそ…死柄木…!」
のそのそとゆっくりだが、腹部を押さえながら死柄木がこちらに向かって来ていた。体のあちこちが焦げて黒ずんでいる。パイロキネシスのダメージもあるみたいだが、今の俺よりは元気なのは確実か。
「難儀な個性だな、使いすぎると自壊とは。さっきの炎、アレめちゃくちゃ痛かったぞ。本当に死ぬかと思った」
喉が焼けているのか、死柄木の声はやけにザラついていた。ゆっくり、だが確実に俺の元へと寄ってくる。
どうする…このままじゃ奴に触れられて終わりか…オール・フォー・ワンの元に連れて行かれていいように使われるかだ…。
アンナチュラルの声はしない。さっき言ってたように、個性の使いすぎで出てこれなくなったのだろうか。
「お前には色々やられてきたからな…簡単には殺さん。お前に貰った屈辱を返すところから始めようかな」
わっるい顔で笑うなぁコイツは。まさにヴィランって感じだ。
「ずっと根に持ってんのかよ。しつこい男は嫌われるぞ」
…諦めるな。方法を探せ。
「別にいいさ。ヴィランを好きになる物好きなんざいない。俺が選んだのはそういう道だ」
この状況を変えられる方法は──。
突如、俺の脳内に帰ってきた。
過去に存在した記憶。
誰よりも前向きに、自らの夢に突き進んでいくその姿が眩しく映る。
俺の憧れの存在…手本となる幼馴染…。
ずっと一緒に歩いていきたいと、心の底から思えた子…。
「…思い出した」
ひとつひとつの記憶が、刻まれた思い出たちが鮮明に蘇ってくる。
「思い出したぞ、全部…」
他愛のない日常、一緒に勉強をした夜のこと、USJ、体育祭での出来事。
「そうだよな…お前なら、こんなところで諦めたりしないよな…!」
心が奮起する。ここで終わってはいけないと、蘇った記憶の中の俺が言う。
震える足腰に鞭を打つ。満足に動かすことは出来ない、なら他を動かすだけ。
全身が悲鳴を上げているのが分かる。それを無理やり押さえ込み、俺は超能力を発動させる。まずは周囲に散らかった俺自身の血液、こいつを浮かせて死柄木の視界を奪う。
ビシャリ、と血飛沫が跳ねる音がした。
「ぐわっぷ!てめ、何しやがる!」
よろめく死柄木。その間に体を浮かせて拳を固く握る。正直力が入っているかも分からないが、今はそんなこと気にしない。手のひらからの衝撃波で死柄木のいる方向へ肉薄する。狙いは定めた、後は振り抜くのみ。
人の血は意外とぬめりけがある。だから、水などで洗い流さないと案外簡単には落ちてくれない。今の死柄木がまさにそうだ。目の周りに粘り付く血を拭うことに苦戦している。
今が好機…。頼む、俺に目の前の敵をぶん殴る力を貸してくれ。
お前の勇気と、情熱と、底力を俺に分けてくれ。
「──ッ!?」
「歯ァ食いしばれよ!!俺の拳には──」
一佳、俺の原動力はいつだってお前だ。
お前がヒーローを志したから。
お前が雄英に入るって決めたから。
俺もお前のようになりたいと思ったから。
「色んな想いがいっぱいに詰まってっから──」
いつかお前の横に並べる日が来るまで、頑張り続けるんだ。
それが俺の原点。
「痛ェぞ!!!」
固く、硬く、堅く。
今までの俺の道程を。
抱いてきた感情も。
拳に乗せろ。
「オオラァアアアアアアアア!!!!!!」
いま俺に残された力の全てを込めた拳を死柄木に突き刺し、全力で地面に叩きつける。その余波で地面にヒビが入り、砂煙が舞い上がった。
その時だった。ビリッという電撃のような感覚が全身に走る。その感覚を、俺は何故だか覚えていた。
確信を持って上空を見上げる。そこには1台のヘリが、月をバックに空を泳いでいた。
そこから飛び出してきたのは、ひとつの小さな影。それを見つけた瞬間、俺もその場から飛び上がっていた。
大丈夫、間違えたりするもんか。そして忘れるなんてことも二度とない。もう二度と、悲しい想いなんてさせやしない。
徐々に鮮明になっていくその姿。お互いの距離が近づくにつれ、心臓の音が上がっていっていた。なんだか懐かしい気持ちだ。
気付けば俺は、その名前を呼んでいた。
「
最愛の幼馴染が空から舞い降りてくる。俺はその体を優しく抱きとめた。
「バカ…そんなデカい声出さなくても聞こえてるっつーの…」
胸の中の一佳が言う。懐かしい感覚。再び時計の針が進み始めたような気がしていた。
「ごめんな一佳。俺、全部思い出したんだ。一佳との今までのこと」
そう伝えると一佳は目を大きく見開き、一瞬俺を見つめた後、手で顔を覆い隠してしまう。そんな一佳の両頬から、熱い涙が流れ出ていた。
「すごく…すごく怖かったんだからな!千晴の中から私が消えてなくなっちゃったんじゃないかって…!」
多くの感情を含んでいるのが俺にでも分かった。これは俺の責任だ。一佳に涙を流させるような思いをさせてしまった。
もう二度と、こんな思いは一佳にさせない。
「大丈夫!これまでのことも、これからのことも!」
もう二度と忘れてやらない。
「聞いてくれ、一佳」
胸の中で涙を流す一佳の肩を優しく掴む。涙で滲んだ一佳の瞳が、俺を貫いていた。
これから先、何があっても俺の気持ちは変わらない。
あの日一佳に抱いた感情は、消えてなくなったりなんかしない。
どんなに辛いことがあっても、どれだけ苦しい目に遭っても、お前がいれば頑張れる。
俺にとって一佳は、そういう存在なんだ。
一佳がいないとダメなんだ。
一佳じゃないとダメなんだ。
だから、心の底から──。
「俺はお前が好きだ!!!」
君が好きだと叫びたい。