入学式──それは、長ったるい校長の話を聞きながら、何やかんやで新しい環境への期待感やワクワク感を味わう、学校最初の行事である。初めて見る先生、初めて見る同学年の生徒たち。学生ならではの新鮮さを噛み締めるにはもってこいのイベント……のはずだったが。
「はい、じゃあ今から個性把握テストを始めます」
俺たち1ーA生徒一同は、体操服でグラウンドに集合していた──!
〇
その男は、音もなくヌッと教室内に現れたかと思うと、寝袋に入ったままこう言った。
「お友達ごっこをしに来たのなら帰れ」
小汚いオッサンが、ゼリー飲料を吸いながらあらわれた!
なぐる。
ける。
かみをひっぱる。
にげる。
俺の脳内には、4つの選択肢が出てきていた。どれにしようかなと悩んでいると、そのオッサンは寝袋にくるまれたまま、簡潔に言葉を並べた。
「今から君たちの実力を測るために、簡単なテストをします。全員着替えてグラウンドに集合するように」
それだけ言うと、まるでイモムシのように這って教室から出て行った。なんてこった、まるで状況が掴めない。それは俺だけじゃなく、周りの皆も同じようだった。急に現れたかと思ったら、着替えてグラウンドでスポーツテスト? いやいや、冗談キツイぜ。今から入学式だろう? 来る時に、体育館に一生懸命物を運んでる人たちを見たもん。なんなら、校門に看板とかもあったし。みんなめっちゃ写真撮ってたし。
「え、どーすんの? 入学式の日にテスト? 聞いたことねーぜ」
クラスの誰かがボヤくと、たちまち教室内がざわめき始める。そりゃそうか、急展開が過ぎるもんな。そもそも運動着とか持ってない。
「一体どういうことかな……それに今の人、どこかで見たことある……」
緑のモジャモジャことデク君が、ブツブツと何かを念じ始めた。まるでお経のように。なんだか触れてはいけない気がしたので、放っておくことにする。
「さてと……」
俺は自分の席にカバンを置き、教室を後にしようとする。すると、背後からメガネに声をかけられた。
「待て、どこに行くと言うんだ」
「どこって……体育館だよ。入学式に出ないといけねーじゃん」
「しかし、先程の方はグラウンドに集合しろと言っていたが?」
メガネをクイッとして、俺をじっと見つめてくる。そんな熱い視線を向けられても困るのだが。
「いいや、俺は入学式に出る。なぜなら、嫁に変な虫が寄りつかないかチェックしなきゃいけねーからな」
「よ、嫁……?」
そうさ、テストが何だか知らないけど、俺には関係ない。そんなことより、一佳が男どもに言い寄られてないか確認をしなくてはならない。
一佳は可愛い。それもハチャメチャに。立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿はマジ一佳なんだ。雄英の野郎どもが放ってはおかないはず。もし仮に一佳に近づく不届き者がいたら、そいつをボコボコにして全裸にして校舎裏に磔にしてやる。そして、「二度と一佳と同じ空気を吸うな」と釘を刺す。
「じゃ、そゆことで。さっきのヒゲがなんか言ってきたら、腹痛で保健室に行きましたとでも言っといてくれ」
「お、おい! そんな身勝手な!」
引き止めようとするメガネの声もどこ吹く風。俺は1人で体育館へ向かうべく、バカでかい教室の扉を開けた。すると、足元にさっきの寝袋が転がっていた。蹴っ飛ばしてやろうかな。
「忘れてた、このジャージに着替えてからグラウンドに集まれ。それと、参加しなかった奴は退学にするから」
そう言うとヒゲは、俺に青色のジャージを渡すと、今度こそ視界から消えた。
あいつ、今なんて言ってた……? 参加しなかったら退学……だと……? そんな馬鹿な話があるのか……。え? 退学になったらどうなるの? 他の高校に通うことになるの? 今から? そんなの無理じゃない? てことは、もし本当に退学になったとしたら、最終学歴中卒になるの? そんな奴どこも雇ってくれねーぞ。
一佳は? 一佳との関係はどうなるの? 入学初日に退学処分を受けました、てへぺりんこ。なーんて言ったらどうなる? あはは、仕方ない奴だなってそんな風になる訳ないだろ。確実に愛想を尽かされるに決まってる。どうしようもない俺に見切りをつけて、そのまま絶縁に……なんてことになるかもしれない……! それは駄目だ、それだけはあっちゃいけない。
「みんな、着替えてグラウンドに集合だ……。こいつは忙しくなってきた……」
入学式とテストを天秤にかけた結果、器はテストの方へ傾いた。
〇
寝袋のオッサンの正体は、どうやらA組の担任の先生らしい。名前は相澤消太、プロヒーロー〈イレイザーヘッド〉のもう1つの姿だ。不意をつく視線にご注意、目で見た相手の個性を"抹消"する力を持っているらしい。横でデク君が教えてくれた。
その先生によると、雄英の授業の如何は担当教師に任されているらしく、簡単に言えば自由にやっていいそうだ。だから、今のように入学式をブッチして、個性把握テストとかいう訳の分からんものを行うことも出来る。いや流石に自由過ぎないか? と思うぜ。入学式に出なくていいって、どんな学校だよ。今日家に帰って「入学式はどうだった?」って母親に聞かれたら、なんて答えたらいいんだよ。
そして肝心の"個性把握テスト"とは、個性を使ってもOKのスポーツテストのことらしい。今までは平等を喫するため、個性の使用は禁止してのものだったが、雄英はヒーロー養成校。個性を使って自分がどれだけやれるのかを確認しておくべき、とのこと。プロを目指すために、これからは時間を有効活用していくらしい。無駄な時間は極力減らすってことか。ちなみに、テストでドベの成績だった奴は除籍になるらしい。こわっ。
そして今、俺たちはボール投げの真っ最中だ。皆それぞれ、自分の個性を使って結果を出している。ヤンキーこと爆豪は爆発を起こして、その爆風に乗せてボールを遠くまで飛ばしていた。やり方が人それぞれで、見ていて楽しい。メガネ飯田は、ボールを蹴っ飛ばして距離を稼いでた。いやそれ投げじゃねーじゃん、と思ったけど何も言わずにおいた。デク君もなんか凄い記録出してた。それも爆豪に匹敵するくらい。でも何故か指が折れていたのか、赤紫色に染まって痛々しかった。どういう個性?
次に入ったクラスメイトに、皆が注目する。呼ばれてた名前は……確か"轟"。紅白饅頭みたいな頭をしていた。すげえセンスだな。
それにしても、轟は顔が整っている。世で言うイケメンってやつだ。おそらく男子生徒はムッとしただろう。え? おれ? そんな嫉妬みたいなことする訳ないじゃーん。ただ、線からはみ出てファールになれという呪いを送ってるだけさ。
女子たちのキャーキャーという黄色い声が聞こえた。くそ、これだからイケメンは……! まだ何もしてないのに、女子たちの好感度がストップ高だ。俺は轟へ送る呪いの力をさらに強めた。
女子たちの期待もよそに、轟は意外にもフツーにボールを投げた。特に個性を使う訳でもなく、ただただシンプルに放った。その味気ない結果に、一同は拍子抜けする。まぁ、個性にも色々あるから、使い時ってのがあるんだろう。轟の個性がボール投げに使えなかったってだけだ。
俺はボールを投げ、そこに衝撃波を与えて飛距離を伸ばした。記録は400mくらい。浮かせて遠くまで運ぼうとも思ったけど、物に個性を使える距離には制限があるからやめた。デク君に、個性について凄く熱心に質問された。どうやらノートにまとめているらしい。
次は50m走、ここでは飯田が輝いていた。どうやら脚部にエンジンがついているようで、ものすごいスピードで走ることが出来るそうだ。
俺はここでも轟に注目していた。いったいどんな個性を使うのか、はたまたボール投げの時のように、個性を使わずに走り切るのか。ロボットの掛け声と共にスタートを切る。その瞬間、轟は足元から氷を出し始めた。
氷を放出して、それを推進力にガンガン突き進む轟は、あっという間にゴールテープを切った。湧き上がる女子たちの歓声。当の本人は、それを受けてもシラケた面をしていた。べ、別に羨ましくなんかない。俺には一佳っていう心に決めた女がいるんだからな。ハンカチを噛み締めて、恨めしそうな顔なんて誰がするもんか。
「轟くんは、氷を操る個性なんだね。派手でヒーロー向きな個性だ」
「これだからイケメンは」
そこから定番の種目を順番に行って、個性把握テストは無事終了。先生の所に集まって、結果発表を待つのみとなった。
「おい、愛生とかいったか」
同じクラスだったことが発覚した常闇クンとダベっていたら、爆豪に絡まれた。なんだか面倒くさそうな気がしたので、嫌な顔をしてみる。
「なんだその顔はァ!! ──今回の個性把握テスト、俺と結果で勝負しろや。テメーにはどっちが上か、ハッキリさせとかなきゃなんねぇからな」
「んで話の続きなんだけどさー、俺今日雄英まで来る時によー、外国人に3人も会っちまったんだぜー」
「聞けやァ!! 調子狂うやつだなテメーはッ!!」
爆豪がギャーギャー騒いでる。なんでこんな元気なの? 中学でもこんな感じだったのかな? 大丈夫かな、ちゃんと友達とかいたのかな。
「はいはい、勝負ね勝負。いいよ、じゃあ負けた方は1週間パシリの刑ね。はい決まり」
「軽ぃなオイ!! パシリだァ? そんなの温すぎるわ。負けた方は一生、勝った方の舎弟だ」
「だって、どう思う? 常闇クン」
「ふむ、前時代的発想だな」
「んだテメこらカラス!」
荒ぶる爆豪に、突如として白い布のようなものが巻かれた。一瞬でミイラのようになる爆豪に、腹を抱えて笑う。そしたら、俺も頬をペチンとはたかれた。なんで?
「じゃあ、結果を出すぞ」
布を操っていた張本人である相澤先生は、手に持っていた端末を操作し画面を空中に映し出して見せた。
さて、俺の名前はどこにあるのかな。上から順番に見ていこう。1位、八百万百。まさかの女の子じゃないか。おいおいどうした男子ども、女の子に負けてちゃ世話ないぜ。まあ、俺もなんですけど。
2位は……なんだ轟か。まぁあいつイケメンだしな。妥当な順位だろ。
続く3位に注目する。なんとそこには、爆豪勝己の名前があった。ということは、俺の負け……?
「はーっはっは! 俺の勝ちだなオイ! まずは毎朝、俺の荷物持ちとして働いてもらおうかァ!」
「う……うそだろ……。地獄の日々の始まりじゃねえか……」
勝ち誇る爆豪の横で、俺は地面に膝を着く。なんてこった、まさか爆豪に負けてしまうとは。これから、爆豪の舎弟として生きていかなくちゃいけないのかよ。憂鬱にも程がある。どうしよう、無かったことにしてくんねーかな。
「落ち込む必要は無いぞ、愛生。よく見ろ」
「え……? 常闇クン、何を言って……」
肩にポンと手を置かれ、常闇クンは静かに順位表を指さす。爆豪勝己の名前の下に、愛生千晴と俺の名前があった。表示されている順位は「3」。なんと、俺と爆豪は同率3位だった。
「な、なにィ〜!!」
「がはははは! 何が舎弟だこの爆発野郎! どうせこんなオチだと思ってたぜ! 残念だったなァ──もがっ!」
「やかましい」
相澤先生の布が、今度は俺に飛んできた。じたばたして解こうとするが、抵抗も虚しく少しの間俺は布を巻きつけられたまま話を聞くことになった。爆豪の「ざまぁ」とでも言いたげな表情が癪に障る。おめーもさっき縛られてただろうに。
ちなみに、最下位の除籍処分は先生によるジョークだったらしい。全然まったく面白くなかったけど。けど、渋い顔して意外とそういうことする部分もあるんだなと、相澤先生に親近感が沸いた。今度黒板消しドッキリでも仕掛けてやろう、それがいい。
個性把握テストも終わり、教室に戻る流れへ。あとは簡単なカリキュラムの説明とかを済ませたら、今日は帰宅のようだ。結局、入学式には出席しなかったけど、本当に良かったのか? 新入生のために行われる儀式なのに、俺たちの場所だけゴッソリ誰もいないって、会場の皆さん驚かれただろうに。
着替えて教室に戻り、また明日からよろしくと先生からお達しがあって、今日はおしまい。なんだか波乱の幕開けだったな。けどまあ、初日にしては話せる子もいっぱいできたし、それなりにやっていけそうだ。他の子も良い奴そうな感じだし。
「グループチャットつくろー!」
放課後の教室に、快活な声が響いた。ワイワイと集まって連絡先を交換し合う。新クラスの醍醐味である。
こうして、俺の雄英生活の記念すべき1日目が、幕を閉じた。