「お兄ちゃん…だと?」
ただでさえ鋭い治崎の目つきが、更に鋭くなる。
若頭の迫力、とでも言っておこうか。そこには確かに団体のトップであるだけの気迫を感じられた。
けど、そんなものでビビる俺ではない。なぜなら──。
「そうだ、俺はこの子のお兄ちゃんなんだ!誰がなんと言おうと!」
兄とは、常に下の子たちの手本にならなければならない。
だからエリには、そんな俺の姿を見て学び成長していってほしい。
それがエリの為になるんだ。
その為に俺は、全力でお兄ちゃんを遂行する──!
全身にエネルギーを行き渡らせ、臨戦態勢を取る。どちらにせよ、死穢八斎會はマークされている団体…そしてエリちゃんのこの様子…調べたら悪い事など山ほど出てきそうだ。早めに手を打っておかないと、取り返しのつかないことになる気がする。
エリの安全の確保、それがいま俺が取るべき
「──そう殺気立たせないで下さいよ」
「アンタには黙秘権がある」
「…英雄気取り、か」
フン、と治崎が鼻を鳴らした気がした。同時に、俺を呆れ果てるような目で見る。その目は、今までのモノとは違い、冷えきったものだった。
「分かりました。家庭の事情のこともありますので、こんな通り沿いじゃなく奥で話しましょう。なに、恥ずかしい話でもあるので」
「…」
言いつつ治崎は、出てきた路地裏へ膝を向けた。その後に続いて俺も奥の細道へと進んでいく。エリが不安そうな顔で俺を見ていたが、その頭を優しくポンポンしてあげた。
「こまい話と言ってはなんですが、最近壊理は野菜嫌いを始めましてね。ニンジン、ピーマン…まぁ子供がよく嫌う物ばかりですが」
まぁ、気持ちはわからんでもない。親としては子どもに大きく丈夫に育ってもらいたいから栄養バッチリな料理を出すし、子どもは美味しくないものや嫌いなものは口に入れたくない。
「私はね学生ヒーローさん。壊理には健康に育って欲しいんですよ。その為に食材の持つ栄養の勉強をした。栄養士の資格も取った。近所の主婦たちが通う料理教室にも参加した。全ては壊理の明るい未来の為に。大事な大事な壊理が──」
急に熱が入ってきたな。ここだけ聞くと、熱心なママさんの心の叫びにしか聞こえないけど。
「立派な子に成長していく為に」
だがしかし、本音はそこじゃないはずだ。確かに健康的な食事には気を遣っているのかもしれない。現にエリが極端に痩せ細っている等の、外見的な所になんの疑問点もない。
けど、それだけでこの小さな女の子がこんなに怯えるとは思えない。
「おまえ…つまんないウソつくね」
「なに?」
治崎の眉がピクリとつり上がった。一瞬俺を見据えると、次にエリに視線を移す。エリも治崎の方へ目を向けるが、すぐに逸らしていた。
「壊理、そろそろ帰るぞ。いつまでもヒーローの仕事の邪魔をしちゃ駄目だろ?」
治崎が、手に着けていた白い手袋にそっと指を伸ばす。それを視界に入れた瞬間、エリの肩がビクンと跳ね上がった。そして、そのまま何も言わず俺の腕を払い除けて治崎の元へ戻って行く。
「…エリ!?」
「いい子だ…。さ、お家に帰ろう。今日はカレーにしようか」
なんで…なんでだ…?どうしてソイツの元に戻るんだエリは…。
まさかカレーか?そんなにカレーが好きなのか?治崎が作るカレーはそんなに美味いのか?
手を離したくなくて、近くに居てやりたくて、俺は思わずエリに腕を伸ばす。
「エリ、待て──」
「──サイコ!」
突如、背後から俺のヒーロー名を呼ぶ声が響く。見るとそこには、ナガンが立っていた。
「何してるんだ、市民の方にご迷惑をおかけするんじゃない」
「ナガン…!でもよ…!」
何も言わずにナガンは俺を通り過ぎ、治崎に頭を下げる。
「私の管理不足で貴重なお時間を奪ってしまい、大変申し訳ございません」
「ナガン…」
「いえいえ、お気になさらず。ヒーローの仕事の一環だとは思いますので…」
では、と治崎はエリの手を引きその場を後にした。姿が見えなくなるまで、俺とナガンはその場に残り続ける。治崎とエリが完全にいなくなってから、ナガンは俺へ向き直り小さくため息を漏らした。
「突っ込みすぎだ。証拠も揃ってないのに詮索しても、こちらの動きに勘づかれるだけだ」
ナガンの冷静な言葉に、思わず奥歯を噛み締める。
「大人の正論ってやつかよ。じゃあ俺のやったことは間違いだったってことか?」
「そうは言ってないだろ、頭を冷やせ。状況の確認もしたい、1度公安に戻るぞ」
言ってナガンは踵を返し、通り沿いの方へ向かう。
『千晴さん、一緒に今後の動きを考えましょう。あの女の子を救う為にはそれが必要です』
「…」
ナガンと黒雪の言うことは分かる。けど、エリを救い出すまでの時間が長引けば長引くほど、あの子の苦しむ時間が増えていくんだよ。
やり切れない思いを抱えたまま、俺は大人しくナガンの背中を追った。
○
Side:爆豪勝己
「死ィねええええええッッ!!!!!!」
掌に纏わせるは特大火力の爆発。そいつを目の前の奴にぶつける。加減はしねぇ、それがこのバカの要望だ。
特大の爆発が地面を削り、爆炎が燃え広がる。普通じゃ大惨事になっているだろうが、ここは雄英高校の訓練場。ちょっとやそっとの損傷くらいすぐにセメントのセンコーが直せる。思う存分暴れまくれる、ストレス発散には持ってこいの場所だ。
──が、今ストレス…と言うよりかは思うことが溜まってそうなのは愛生のほうだろうな。
「こんなもんかよッ!!!弱火野郎がッ!!!」
「ンだとボケコラァ!!!」
爆炎を突っ切って飛び出してくる。
爆発の熱さなんて関係ないと言わんばかりに、その身を少しだけ焦がしながら。
拳を固く握って、その瞳には俺の顔面が捉えられていた。
迎撃体勢を取りつつ、次の愛生の手をいくつか予測しながらそのどれにも対応出来るようにする。
「うぉらぁぁぁぁああああ!!!」
愛生が選んだのはただのパンチ。
個性でエネルギーとやらを全身に張り巡らせ、バフをかけた身体能力でただ殴る。
ずっと思っている、なんでコイツは近接戦闘を好むのかと。
個性の使い方的には中〜遠距離の方が応用が効くはずだ。
愛生の拳に合わせてカウンターを仕掛ける。
コイツの腕は顔と肩の間に滑り込ませ、伸ばしたこっちの右腕を愛生の顔面に突き刺す。
タイミングばっちり…だが俺の手が愛生に届くことは無かった。
見えない空気の壁、そいつが俺の攻撃の行く手を阻む。
「甘ぇんだよッ!!!」
瞬間、飛んでくる右の回し蹴り。
想像以上の速度で繰り出されたソレが、俺の脇腹を捉えた。
鈍い痛みが腹を通して全身に走る。
吐き出してしまいそうな空気をグッと堪え、掌を下に向け爆破を発動。
そのまま愛生の顎めがけてサマーソルトを繰り出すも、紙一重のところですかされる。
そして、俺の顔面に拳が迫って来た。
「おらァ!!!」
「ぐっ…!」
寸でのところで両手でクロスを作りガード。
それでも威力のこもったパンチに吹き飛ばされる。
分かっちゃいたが、今までよりも早く重い攻撃…。
確実にレベルアップしてやがる。
吹っ飛ばされつつも体勢を整えようと爆破で勢いを相殺、正面に愛生を捉えた時、俺の体がガクンと動かなくなった。
「超能力か…」
手のひらをこちらに向ける愛生の姿があった。
「まだ終わんねぇぞ!!」
グイっと引き寄せられる力で、俺の体が愛生の方へ向かっていく。
そのまま拳を締める予備動作に入られる。
バカが…そんな見え見えの動きしてたら、対応されちまうぞ。
引き寄せられる力に身を任せつつ、俺は俺で掌に熱を集約させておく。
奴との距離が縮まる瞬間。
愛生の拳が俺にギリギリ届かないこの距離感で。
──放つ!
「
爆ぜる閃光、辺りを光が包み込む。
スタングレネードは、通常の爆破と同じ予備動作で繰り出せる不意の一撃。
それ以外にも、相手の意識外から放った場合その効果は計り知れない。
「ふわぁぁぁ…!目がぁ…目がぁ…!!」
つまりこうなる。
「あんま調子に乗んなよ、どカスがァ!!!」
目を押えふらつく愛生の顔面を掴み、そのまま地面に叩きつける。
腕と脚を体重で拘束し、動けないようにしたら終了。
「なぁ…そのワザ禁止にしようぜ」
「やだねバーカ。まんまとやられやがって」
今日のところは俺の勝ちだ。
対決後、水分を取りながら訓練場の端の方で愛生と並んで座る。戦いで乾いた喉を潤わせながら、他のクラスメイト達の訓練をボケーッと眺めていた。
「悪ぃな、急に変なこと頼んじまって」
水の入ったボトルを地面に置いた愛生が口を開いた。
「別に。俺からしてもいい訓練相手になっから」
珍しいと思った。急に愛生の方から組手を頼まれたからだ。
ココ最近、愛生は1人で訓練を行っている。いや、正確には1人だが1人じゃねぇ。見えない何かと常に喋りながら訓練をしている。ちょうど林間合宿から帰ってきた辺りからだ。コイツが急速に実力をつけ始めたのは。
別に愛生がどんなやり方で強くなろうと構わねぇ。ただ負けなければそれでいい。だから今日の久々の組手も絶対に勝つ気でいた。結果として勝つことは出来たが、正直実力は拮抗している…と思っている。
神野でヴィラン共と戦う愛生の姿を見た。正直敵わねぇと思っていた時期もあった。本人は火事場の馬鹿力とか言っていたが、それをモノに出来たらと思うと。
チラリと横にいる愛生の顔を見る。その目は確かに他のクラスメイトの訓練風景を見ているようで、別の遠い所を見ているような気がした。心ここに在らずというか…とにかくコイツにしちゃ珍しい表情をしている。
「インターンでなんかあったんか」
その言葉に愛生が小さく反応する。
「ああ、うん。少しな」
「テメェから殴り合おうなんて言ってきた時から、なんかおかしいと思ってたんだ。抱えきれねぇモンでもあるなら、ここに少しだけでも置いてきゃいいじゃねぇか」
まぁ、大方インターンでなんかあったんだろうなという予想は当たっていたようだ。コイツはすぐに顔に出るタイプだからな。直近でなにかあった時は、そういう顔をしている。
──余計な詮索はしねぇ。俺はただ、コイツが大暴れしたいってなった時の受け皿になれればそれで。そんなことが出来るのは、このA組の中でも俺くらいなもんだから。
「ありがとな爆豪、おかげでスッキリしたわ。むちゃくちゃに体動かしたら、意外と頭ん中も整理されるんだな」
「けっ、偏差値低いやつがいっちょ前に考え込んでも意味ねーんだよ。俺からテメェになんか言うことなんてねーけど、また暴れたくなったら言えや」
「サンキューかっちゃん。また鬱憤晴らしたくなったら、そんときゃサンドバックにさせてもらうぜ」
「そりゃこっちのセリフだカス」
インターン…か。気付けば何歩も先に行かれちまっている。俺が仮免でもたついている間に、コイツはヒーローとしてデッカくなっていきやがる。
同期に置いていかれるなんてあっちゃならねぇ。俺ももっと強くなって、本当の意味でテメェに並び立つ。
「おら、休んだらもっかいやんぞ。次も俺が勝つ」
「お、言ったな?次こそ俺のナックルパンチが火を吹くぜ」
「吹いてるとこ見たことねーけどな」
「次こそ吹かす。あ、そうだ爆豪。今度妹を紹介するよ」
「急になんなんだテメー。つか妹なんて居たんか」
馴れ合う気なんてねーが、コイツとのこういう関係は嫌いじゃない。
対等で話し合える奴なんて、今まで居なかったからな。
その日、俺と愛生は相澤先生に叱られるまで殴り合った。