ここは都内のとあるミーティングルーム。そこには全国から集められた名高いプロヒーロー達が勢揃いしていた。それプラス、インターン生である俺たち雄英高校のビッグ3、同じクラスのデク、切島、麗日、梅雨ちゃんの4人も、それぞれのインターン先ごとで固まって集まっている。もちろん、公安から派遣されてきたレディナガンも一緒だ。
「全員集まったようですね。それでは、そろそろ始めさせていただきます」
スーツを着た七三わけのメガネの男の人が、席から立ち上がり皆の注目を集める。
名を、サー・ナイトアイ。デクとミリオ先輩のインターン先のプロヒーローだ。厳しそうな見た目の人だが、デク曰くユーモアを大切にする人らしい。何でも、インターンに参加させてもらうには彼を笑わせないといけないようだ。どこの界○様だそれ。見た目と内心が内面が乖離しているぞ。よーし、アンタは今日から七三メガネだ。
「バブルガール」
「はいっ!承りました!」
七三メガネが名前を呼ぶと、青肌の女性ヒーローが快活に返事をする。バブルガール、この人も七三メガネの事務所所属のヒーローだ。青肌青髪が特徴的な女性で、なんていうか…その…コスチュームがなかなか際どくてですね…。主に胸部の下の方が…。おっほん!デクめうらやまけしからん!後で連絡先を交換してもらおう!
バブルガールが手に持っていた端末を操作すると、七三メガネの背後にあるモニターが点灯する。もいちどバブルガールがボタンをポチリとすると画面が切り替わり、なにやら動画のようなものが再生される。
『あれ?センチピーダー、"しえはっさいかい"ってどうやって書くんでしたっけ?』
最初に聞こえてきたのは、バブルガールの疑問符が浮かんでそうな声。
『バブルガール…なぜ白菜と書いているのですか…?』
次に聞こえてきたのは、まるで加工音声のような高い声。そして画面に映っているのは、白い垂れ幕に大きく"打倒!死穢白菜會!〜真実の愛を取り戻せ〜という文字が。
「なんやのこれは」
丸々太った男──"ファットガム"が皆の気持ちを代弁してくれた。さすが関西出身のヒーロー、アンタのツッコミを待っていた。
「バブルガール、これは編集で消せと言っておいたはずだが」
「ひぃ!申し訳ありません、サー・ナイトアイ!徹夜続きで疲れていたもので…!」
「そうか、オーバーワーク気味だったか。業務体制を改めよう、申し訳ないことをした。しかし、白菜は良かったぞ」
良かったんかい。デクの言うユーモアを重視ってこーゆーことね。
「ありがとうございます!では、今回の議題についてお話させていただきます!」
よく通る泡のおねーさんが司会進行を務め、話が進んでいく。内容は以前にナガンから聞いていたのとほぼ同じ内容。死穢八斎會というヤクザをマークし、色々と調査した結果、ありとあらゆる黒いことが出てきたよって話だ。
「まず、最近の死穢八斎會は資金の調達とメンバーの増員に注力しております。彼らの稼ぎは非合法薬物の売買ですが、裏社会に新たな薬物がバラ撒かれ始めました」
「新たな薬物…?なんスかそれ」
「それは──個性を破壊する薬です」
バブルガールの言葉に会場がどよめく。そんな中で、天喰先輩とファットガムは顔色を変えずにいた。
「先日ウチの環がな、ヴィランとの抗争中に変な弾喰らったんや。ほら環、自分の口で説明しぃ」
「なっ…話と違う…!こんな大勢の前で口を開くなんて…俺には…!」
相変わらずのノミの心臓。環先輩は急に話を振られてあたふたしていた。だが、そんな状態でも頑張って内容を話してくれた。どうやら、インターン活動中にヴィランからの弾丸を受け、腕を負傷。それだけにとどまらず、その後数日間、個性が使えないという現象に陥ったのだ。
相澤先生曰く、その弾丸の作用は個性細胞を破壊する代物なのでは無いかとのこと。細かい話はよく分からんが、どうやら環先輩の細胞が破壊されて、その修復が完了するまでの間は個性が使えなくなってしまったようだ。今は既に自己再生によって回復、牛の蹄を見せてくれた。
また、ここで切島にスポットライトが当たることに。どうやら切島にも目掛けて放たれたその個性破壊弾は、"硬化"によって細胞まで攻撃されることは無く、ほぼ無傷の状態のサンプルとして手に入ったとのこと。貴重な材料としてファットガムがすぐさま回収&分析。その結果、恐るべき内容物が判明した。
「その弾の中にはな…人の細胞が詰め込まれとった」
「──あ」
その時、俺の中で点が線になった。
「今回の保護対象となる治崎廻の娘…エリちゃんだが、その手足には帯だたしい量の包帯が巻かれていたようだ。これは実際に遭遇している愛生からの証言もある」
尋常じゃない程のエリの体に巻かれた包帯。あれがまさか治崎の仕業だとしたら…。
エリの怪我、裏取引されている新薬と個性を破壊する弾丸、そして、治崎の個性は調べによると"分解"と"修復"…。
言葉にも、頭の中で思い浮かべるだけでもおぞましい。同時に腹の底から湧いて出てくるこの感情。
途方も無い程の怒りが、心を支配していった。
○
ヒーロー達による死穢八斎會の話があった日の夜、俺は1人残って訓練場に居た。
否、正確には1人では無くアンナチュラルも居るんだけど。
『精が出るな。もう夜も遅いのに』
「眠いなら、先に帰っててもいいぞ」
ふぁ〜…とあくびをするアンナチュラルを見かねて、そう声をかける。時刻は夜の11時前──訓練場を使ってもいい時間はとっくに過ぎているが、相澤先生に特別に許可をもらってこの時間まで使わせてもらっている。
『そうは言っても、お前から離れられないじゃないか。…全く、難儀な体になったもんだ』
やれやれ、というようにアンナチュラルは息をついた。それを尻目に、俺は鍛錬を続ける。その様子を、アンナチュラルはじっと黙って見つめていた。
"個性の底上げ"──それが今の俺が取り組むべき課題だ。神野区での戦いで実感したように、俺は"超能力"という個性のポテンシャルを引き出すことが出来ていない。アンナチュラルに体を明け渡した時と、普段の俺とでは個性の出力に大きな差がある。
『感謝しろ小僧。この私が手取り足取り教えてやる』
そう言ってアンナチュラルは、俺の体に宿ってから何度も鍛錬に付き合ってくれている。個性の基礎的なところから技の応用まで。師匠の有無でこんなに成長率が違うものかと思った時もあったが、それでもアンナチュラルのように使いこなすことは出来ていない。
個性も身体機能と同じ。つまり、筋肉のように鍛えることでどんどん強く成長していくんだ。だから俺は、個性への距離感を縮めつつ解釈の拡大を図り、自分のイメージを現実に持ってこれるよう技の精度を上げている。アンナチュラルからのアドバイスも受け入れつつ、時には体を貸して自分の体に直接的な体験をさせていた。
今は、俺のよく使う衝撃波の強化を目指しているところだ。今は空気を押し出しているだけだが、俺のイメージでは押し出した空気を刃にして相手の体を切り刻む…なんてことを考えている。少し物騒かもしれないが、アンナチュラル曰く『それくらいやってみせろ』とのこと。手札は多いに越したことはないのだ。
『気になるのか?』
「…分かってること聞くなよ」
アンナチュラルの問いに、個性の調整をしながら答える。
「俺は間違った選択をしちまった。あの時無理やりにでもエリの手を引いてたら、あの子はまだ救われてたのかもしれない」
時間が経てば経つほど、後悔の気持ちが大きくなる。
あの時、治崎と邂逅した日からエリのことが頭から離れない。
なにか怖い思いはしていないか、辛い目にあわされていないか、考えているだけでいてもたってもいられなくなる。
手から衝撃波を飛ばし、眼前の訓練用の壁を壊す。これから戦うことになるであろう死穢八斎會を思い浮かべながら。
治崎の個性は"オーバーホール"。物質の分解と修復を可能とする強個性だ。そうなると、遠距離主体の攻撃がメインになってくるだろう。
『怒りは力』
「…?」
『お前がいま抱えている怒り…感情は武器になる』
ふわりと浮かび上がりながら、アンナチュラルは口を開く。
『結局人も動物なんだ。いくら理性があるとしても、最後は本能に突き動かされる。頭で考えるより、自身の心に従った方が後悔は少ない。そう思って私は生きてきた』
まるで自分の人生を振り返るように、目の前の彼女は言葉を連ねる。
『 いいか小僧。どんな敵が相手でも勝ち続けたかったら、自分の感情に嘘はつくな。最後に味方になってくれるのは、お前自身の心なんだからな』
いつになく真剣な眼差しだった。アンナチュラルも戦いの日々を送ってきたのだろうか、言葉にどこか重みを感じられるのは気の所為では無いだろう。
怒りは力…感情に嘘はつかない…か。それがアンナチュラルの生き様だったということだ。
「急に師匠っぽいこと言うじゃん。そういう精神論も持ってたんだな」
『師匠だからな。お前が誰かに負けたら癪だし、死んだら元も子もない。誰に負けないくらい強くなってくれないと、私が困る』
…そうか。今や俺とアンナチュラルは一心同体。言ってしまえば、俺が死んだらアンナチュラルも2回目の死を遂げることになるんだ。
いや正確には生き返ってる訳じゃ無いけど、これだけコミュニケーションが取れているんだ。もはや俺からしたら、普通に生きてる人と何ら変わらない。
「負けないし、俺は死なない」
『?』
アンナチュラルの方へ向き直り、その真っ赤な瞳に視線を注ぐ。
「どれだけ強い敵が現れても俺は勝つよ。いや、勝たなきゃならない。じゃなきゃ大切な人も、エリですら救うことは出来ないから」
脳裏に浮かんでくるのは、やはりエリの姿。
あの子を救い出すには、その前にそびえる死穢八斎會という壁をぶち壊さなきゃいけない。
治崎廻…今はアイツの企みを止めることが俺のやるべきこと…。
『ふっ…その言葉、嘘じゃないことを祈ってるよ』
言ってそのまま、アンナチュラルはスっと俺の中に入っていった。おねむの時間なんだろう、もう夜も遅い。そろそろ俺も部屋に戻ろうか。
「こんな遅い時間まで、精が出るじゃん」
部屋に戻る準備を始めた時、背後から聞き馴染みのある声が聞こえてきた。
それはもう、何千何万回と耳に覚えさせた声だ。
「ダメだぞ一佳、女の子がこんな遅い時間に出歩いてちゃ」
「そう思うなら、部屋まで送ってってくれるよね?」
気のせいか…一佳と話すのをえらく久々に感じた。