「本当に信用出来るんですかい?あの殺し屋」
隣を歩く死穢八斎會の若頭──治崎廻に向けて、その腹心である玄野針ことクロノスタシスは疑問の声を上げた。
現在、彼らは治崎の居室へと歩を進めている。理由は単純、衣服が弾け飛んでしまった故、新しい物に着替える為だ。
「分からん。だが、実力は本物だろう。なんせプロヒーローの死体をあれだけ運んできたんだからな」
視線を前方から外すことなく、治崎は玄野の疑問に応じる。そこには、必要以上の興味は無いように感じられた。
3日前──死穢八斎會のアジトに1人の男が現れた。
巨大な肉叩きのような得物を肩に担ぎ、怪しげな黒いバッグを手に持って現れたその男は、真っ黒な瞳に光を宿すことをしないまま治崎の目の前まで近づいた。
「誰だ、部外者を中に招いたやつは」
嫌な目付きだ…治崎は男を見てそう感じた。感情を灯さないその瞳から、そいつが何を考えているのか読み取ることが出来ない。関わりたくない人種だ。
「アンタがこいつらのボスか?」
キョロキョロと辺りを見渡しながら、男はそう投げかける。
「今はな」
その回答は嘘ではなかった。死穢八斎會の頭は、意識不明の状態で"管理"されている。然るべき時が来るまで…治崎がそう判断し、アジトの奥で隔離されているのだ。
「どうやってこの場所を見つけた?組の者やごく一部の関係者にしか、俺たちのアジトの場所は教えていないハズだが」
「んー、企業秘密」
ドサッと男はその場に腰を下ろした。
「おおよそヴィラン連合の差し金でしょう。どうします?」
「…まずは話を聞く。対応の仕方はその後で考える」
こいつがどこの誰で、何を目的としてこんな所までノコノコやって来たのか。意味も無くここまで来たとは考えにくい。
「そんな考え込んでもしょーがねーよ。俺とお前らの目的が同じだから、ここに来ただけ。よっぽど勘づいているんだろ?近々ヒーロー共とぶつかるかもって」
周囲を取り囲んでいる構成員たちを見渡しながら、男は続けた。
「この写真のガキ…見覚えあんだろ?」
そう言って見せられたのは、数日前に出会ったあのヒーロー。壊理の"兄"だと名乗る、頭の狂ったガキだった。
──ここ数日、ヒーローが死穢八斎會のことを嗅ぎ回っているのは知っている。恐らく、徒党を組んで俺たちの排斥を目論んでいるのだろう。裏で回していた新薬のことも、もしかしたら既に知られている可能性もある。様々な要因から、死穢八斎會がターゲットにされていることを、治崎はゆうに理解出来た。
「まぁこいつも乗り込んで来るだろうぜ。雄英高校1年、愛生千晴。ヒーローの卵にしては、かなりの力を持ってる」
「何が言いたい?」
「俺を雇え。そうしたら邪魔なヒーロー共を全員殺してやる」
ギラりと男の眼光が光る。嘘は言っていない。目の前の男には、そう思わせるだけの凄みがある。治崎の脳はそう判断した。
「名は?」
「"
○
すばしっこい敵だ。
俺の超能力による飛び道具の包囲網を、ヌルヌルと回避し肉薄してくる。
地面を駆けるそのスピードと──。
「避けんなよ」
ぶん!と殺し屋の得物が空を切る音がする。それをバク宙で回避すると、振り下ろされた肉叩きがアジトの床を容易く破壊する。
まともに喰らえば、人の体なんて簡単に壊れてしまう。それ程のパワーも兼ね備えている。
「そら、追撃」
瞬間、殺し屋の武器の先端が光を放った。すると次には、先端に空いている穴から無数の弾丸が飛び出してくる。それらはまっすぐ俺に向かって飛来してきていた。
『ほう、面白い武器だな』
アンナチュラルの感心したような声を聞きつつ、見えざる壁を作り出して射出された弾丸を防ぐ。間に合って良かった。結構ギリギリのところだったな。
「それずるくねーか?」
「んなびっくりドッキリメカ持ってきてる奴に言われてもな」
無論、得物が奴の強さじゃない。
それを扱う腕力や、単純な身体能力。そのどれもが飛び抜けている。個性の搦手で組み立ててくる敵は多くいたが、単純なフィジカルで迫って来る敵はなかなかに珍しい。
「良い個性持ってんな」
来る──!!
再び始まる攻撃。
その得物捌きは的確に、鋭く、人体の急所を狙って伸びてくる。
『後手に回ってるぞ』
(うるさいな、分かってるよ!)
しかしなんてこった。個性を発動させる隙が無い。俺の超能力の発動には少し時間がかかる。念動力なら動かす対象を決め、それをどう動かすのか…その辺りの調整に一瞬だけ時間がかかっちまう。
その一瞬すら、目の前のこいつは与えてくれない。
スパッと左の頬が切れた。浅い傷だが不味い、徐々に動きを捉えられてきている証拠だ。その厄介なフットワークを崩す為に足払いを仕掛けるが、難なく躱され反撃の回し蹴りを顔面にいただく。
「ようやく入った」
怯んだところに浴びせられる連撃。肉叩きによる重い一撃と、打ち出される拳や蹴りによる速い攻撃。
ヤバい、怒涛のラッシュから抜け出せない。
「がっは…!」
「なんだよ…もっとやれるかと思ってたのに…」
はぁ…と吐かれるため息。なんだこいつ、無性に腹が立つな。
たたでさえ先を急いでいるのに、こんな奴に足止めされているなんて。
「じゃ──」
ふわりと飛び上がる殺し屋。
相棒の肉叩きを握りしめ、そいつを俺の脳天目がけて振り下ろそうとしてくる。
「お前を殺した報酬で、美味い飯でも食ってくるよ」
美味い飯…報酬…。そんな都合なんて知らない。
この感情…この怒りは目の前の敵に抱いているものじゃない…。
この怒りの矛先は…。
ただしてやられているだけの、俺自身に向けているモノだ…!
まるで鉄と鉄がぶつかったような鈍い音が響き渡り、殺し屋の体と得物の肉叩きが弾かれるように後方へ飛ぶ。
『あ…』
「ごちゃごちゃうるせーんだよ」
俺は飛び上がり殺し屋の眼前にまで迫ると、右の拳を固く握り締める。
より色濃く、鮮明に、自分の感情を奮い立たせる。
それでいて呑まれてしまわないよう、溢れる怒りを制御する。
感情を力に、怒りを拳に。
この握った拳に、感情を灯し出せ──!!
打ち出した拳が顔面に突き刺さると、そのまま全力で振り抜く。
地面を削りながら転がっていく殺し屋の背後にすぐさま回り込み、その土手っ腹に再び握り拳を貫かせた。
割れた地面の破片と、殺し屋の口から出てきた血飛沫を受けながら、次に念動力で体を操り遠方へ飛ばす。
「チィ…!急にギア上がりやがってコイツ…!」
殺し屋は肉叩きを地面に刺して勢いを殺すが、俺はそこに衝撃波を打ち出して追い打ちをかける。1発だけ、奴の顔面を捉えることが出来た。
「──調子に、乗んなッ!!」
反撃とばかりに急接近してくる殺し屋。そこに対し手のひらを向け、力の指向性を明確にさせる。
ゆっくり、丁寧に、イメージは正確に。
今のこの回りまくっている思考速度なら、それでも時間が事足りる。
対象の範囲は敵と周囲のもの全て。地面も巻き込みながら殺し屋の動きを空中で停止させ、そのまま周囲360°を抉りながら体を引っ張る。
アジトの壁を崩壊させ、隣の通路にまで殺し屋を吹っ飛ばす。
「バケモンかよてめー」
壁にもたれながらこちらを睨みつける殺し屋。プッと血の混じった唾を吐き捨てると、はぁ…と小さく息を吐いた。
「まだやんの?」
「そうだな…カッコわりーけど、ここは一旦撤退させてもらおうか」
「逃がすと思うか──!?」
パッと殺し屋が手のひらを見せつけてきた。その指の隙間に何か丸っこいものが挟まれている。なんだあれは。
「じゃあなヒーロー」
その丸っこい何かが地面に落とされると、途端に巻き上がる煙。これは、煙幕か。煙幕は一瞬で周り一体を囲むと、数秒後には晴れてくる。
「…逃げたか」
煙が晴れる頃には、さっきまで殺し屋が居た所には誰もいなかった。まんまと逃げられてしまったようだ。ご丁寧に血痕も残さないようにしてある。
「何だったんだアイツ、どっかで会ったことあったか?やべーな、男の顔とか覚えてねーよ」
『おい、小僧…』
襲ってきた奴に対して首を傾げていると、アンナチュラルから声を掛けられる。やけに冷たい声だなと思った。
「どした?」
『お前さっき私の力を使っただろ。しかも勝手に』
…ん?何を言っているのかなこのお姉様は。
「つまり、どういうことだってばよ?」
『無意識のうちにか。別に構わんが、レンタル料は高くつくぞ』
「レンタル料?俺なんかしたっけ?」
アンナチュラルの言葉にまたまた首を傾げながら、俺は先の道を急いだ。
○
Side:通形ミリオ
俺の個性は"透過"。息を止めている間はあらゆる物をすり抜ける。
幼い頃発現したその力に、俺はかなり苦しめられた。床からはすり抜けるし、細かいコントロールが必要になるし、オマケに来ている服すらすり抜けてしまう。
難儀な個性…誰から見てもそう思わざるを得ない力だった。
だけど、俺は諦めなかった。
幼い頃助けてもらったヒーローの、あの逞しい姿が脳裏にこびり付いた日から。
俺の夢は決まった。俺の憧れを、夢を、現実にするために。沢山の困難と戦ってきた。
「治崎廻だな」
透過を用いて先行した俺は、他の皆よりもスムーズにアジト内を進むことが出来る。そのおかげで、早くもターゲットの元に辿り着くことが出来た。
目の前にいるのはマスクを付けた男と、写真で何度も見た死穢八斎會の若頭。治崎廻本人だった。
そして──。
「その汚い腕の中から、エリちゃんを解放してもらわないとな」
「失礼な。お風呂にはちゃんと入ってます」
治崎の横に居るのは…玄野針──クロノスタシスだ。そいつの腕の中に、救出対象であるエリちゃんは居た。
怯えている。恐怖が塗り込まれた瞳で俺を見ている。
助けなきゃ──。
…と、その前に確認しなきゃいけないことがあるな。俺は治崎の様相を見て口を開く。
「服はどうした?」
「その節はどうも」
その節…だと?
「ど、どの節だ?」
「諸々の事情でな。今から着替えに行くところだったんだ。もうすぐそこが俺の部屋…だから少しだけ待っててくれないか?さすがにこの格好のままじゃ、お互い気分が悪い」
「まぁ…それは…そうかもしれないけど…」
何を隠そう、治崎はいまパンツ一丁だったのだ。一体何がどうなってそうなったのかは分からないが、とにかく彼は今パンツ一丁なのだ。
懐かしい──また個性の扱いに慣れていない時の俺も、あんな感じだったな。いや、違う違う。今考えるべきはそんな事じゃない。
「少しだけ待っててくれないか?すぐに着替えてくるから」
「そうだな。それが良いと思う」
どうぞ、と手のひらを向けて合図すると治崎はニコリと笑い自室がある方へ歩いて行く。
うんうん、ヒーローとヴィランと言えど人間と人間。お互いの尊厳は尊重し合わないとね。敵とはいえ、身だしなみはしっかり整えてもらわないと…。
「──ってそんな訳あるかッ!!」
透過を利用した急接近闘法で、治崎の体を殴り飛ばす。剥き出しの肉体に、拳がめり込んだのが分かった。うん、見た通り防御力は1だ。
「ごっはぁ!?」
「お、オーバーホール!!」
吹っ飛んで行った治崎に、クロノスタシスが駆け寄る。
「悪いね死穢八斎會。夕方のニュースには、パンツ一丁の姿で出演してもらう!!」
お茶の間が微妙な雰囲気になることを、その場に居る誰もが確信していた──!