Side: エリ
目の前の状況に、私はただ困惑するばかりだった。
「くそ、なんてザマだ!」
その体にパンツだけを纏い、床や壁に手を置いてトゲトゲを作り出す、私に痛いことをしてくる人。
「逃げられると思うなよ!!」
そして、私の前に現れた金髪でマントを付けたお兄さん。
その2人が、とても大きなお部屋で追いかけっこをしていた。
え、なにこの状況…。なんでこんなことになったんだっけ…?
なんか美味しい朝ごはんができたから皆で食べたらお洋服が弾け飛んで、そうしていたらヒーローさん達がお家にやって来た。流石にお洋服がない状態で出迎えるのは恥ずかしいからお部屋に戻ろうってなって、そうこうしている間にヒーローさんが目の前までやって来た。
それなのに──。
「くそぅ!服が無いからか、なんて身軽さだ治崎!」
「ははは、誤算だったなヒーロー気取りの病人が!」
まだ幼い私から見ても分かる。なんだろう、どこかくだらないこの戦いは。
「ボス!助太刀に入ります!」
「来たかお前たち!」
どこからともなく現れた2人組。その両方が顔にマスクを付けている。2人は金髪のお兄さんの背後から襲いかかり、ボスと呼ばれる人が着替える時間を稼ごうとしている。
「酒木と音本か。これでオーバーホールが服を着る時間を確保できるな」
後ろのお兄さんは何を真顔で言っているんだろう。
あ、金髪のお兄さんがフラフラしている。直後に響いてきた、バン!という音に思わず耳を塞ぐ。あれは、怖いお兄さん達が持ち歩いている怖い物だ。
だけど、金髪のお兄さんにはものともしていないようだった。
「すり抜ける個性…やはり厄介だな…」
すり抜ける…個性…?もしかしてあの金髪のお兄さんの事を言っているのだろうか。
「そこのお前!エリちゃんに指一本でも触れてみろ!絶対に許さないからな!」
「あらら、おっかない」
吠えるお兄さん。今までの周りの人達の言動から、もしかして私を助けに来ている人たちがいる…?
思い起こされたのは、あの日あの時、私を抱きしめてくれたお兄さんの温もり。
優しいあの感触が、私の胸をギュッと締め付ける。
まさか、あのお兄さんもここに来ているの…?
「居ました!あそこに!」
「ミリオは!?」
そこに飛んでくる、新しい声。
全身に緑色の光を走らせたヒーローが、私の視界に入り込んだ。
Side:緑谷出久
入り組んだ死穢八斎會のアジト。侵入者の追撃を妨害する造りになっているが、こちらにはサー・ナイトアイの未来視によるルートの確保が既に出来ている。
そのため、先行した通形先輩に追いつくのにもそう時間はかからなかった。
「先輩も居ます!敵と交戦中、全部で3人です!」
「加勢するぞ、デク!」
相澤先生の声を皮切りに、僕は個性を爆発させる。
全身に伝わる熱を感じながら、通形先輩の近くに居たマスクの男たちに肉薄する。シルバーの仮面と酒瓶を持っているのが"
「オレ狙いかぁぁぁあ!!」
間違いなく酒木だ。コイツは近くにいる人の平衡感覚を奪う、つまるところ酔っ払いを付与してしまう。僕自身酔っ払った経験は無いけど、大人たちの話を聞くと、程度によれば立つことすらままならないなんて時もあるらしい。そんな状態で戦闘を行うことは避けたい。
「セントルイス・スマッシュ!!!」
体を捻らせ渾身の右足蹴りを喰らわす。放ったそれは的確に酒木の脇腹に突き刺さり、壁面へと吹っ飛ばす。
「からの──!」
続けて狙いを定めるは、手に拳銃を持つ音本の方だ。音本が引き金を引くより早く、銃口から発射方向を確認。跳んで放たれた銃弾を回避し、指を折り曲げ標的へと差し向ける。
「デラウェア・スマッシュ…!!」
指から撃ち放つは、空気の弾丸。押し出された空気は真っ直ぐ音本へ向かっていき、その拳銃を彼方へ弾き飛ばす。
これは、愛生くんの衝撃波を参考にして編み出した技だ。
「くっ…ただのデコピンではないようですね…!」
「通形先輩っ!!」
「任された!!」
怯んだ隙に通形先輩が透過で距離を詰め、そのまま音本を殴り飛ばす。地面に叩きつけられた音本は、ピクリとも動かなくなった。気を失ったようだ。
「ナイス増援、助かったよ」
「先輩こそ、無事で良かったです」
先輩の無事が確認できて安心する。敵の本陣にたった1人で突っ込んで行ったんだ。その勇気ある行動には敬意を払うが、無鉄砲すぎるとも感じていた。しかし、こうして無事でいるんだ。それが何よりさ。
「ホッとしてる暇は無いぞ。次はイレイザー達の加勢だ」
先輩の言葉にこくりと頷き、視線を周辺へと向ける。いま僕たちが居るのは、だだっ広い広間のような空間。一本道だったさっきまでの通路とは違って、至る所にコンクリートの棘が生えている。さらに、その空間を囲うように構成された歪な壁。これらはおそらく──。
「治崎がいたんですね。奴は今どこに?」
「ああ、アイツなら服を着替えに行ったよ」
「そうですか。それは大事ですね」
…いや、待ってどういう事だ?
服を着替えに行った…?どこに…?いや、そもそも何故そんなことを…?
戦闘で服を汚してしまったのか。それで服を綺麗なものに変えに行ったんだな。そうだ、きっとそうに違いない。戦ってる最中に着替えで離脱なんてあんまり聞かないけど、まぁそういうこともあるんだろう。ヤクザって意外と綺麗好きなんだね。
「パンイチでひたすら逃げ回ってたからさ。俺も必死に追いかけてたんだけど、この部下たちに邪魔されちゃってね。そのまま治崎はどこかに行ってしまったよ」
ははは、と笑う通形先輩。ツッコミどころしかないけど今は我慢。状況の把握をしつつ、今できる最善を。
エリちゃんは──ナイトアイが確保している。もう既に彼の腕の中だ、問題ない。そしたら相澤先生だ。敵に突っ込むことしか頭になくて、先生の状況把握が疎かになっていた。それでもすぐ近くにいるはずだと周りを見渡すが…。
「あれ…先生は…?」
「彼なら他の所で隔離させてもらった」
その低い声が聞こえるやいなや、背後から迫ってきたのは混凝土のイバラ。それらが眼前を覆い尽くす前に、僕は稲光を纏いながら地面を蹴る。
短髪にペストマスク、首元の紫色のファーが特徴的な服装。間違いない、会議で見た写真の姿と一致する。じゃあコイツが。
「治崎ッ!!」
「その名は捨てた」
…想像以上だ。
地面に触れるだけで発動する個性、分解と修復。精製されるスピードも精度も思っていたより全然早い。
15%のフルカウルで、捌き切れるかどうか…!
「サー!エリちゃん!」
ルミリオンの声がこだまする。ハッとなりナイトアイと保護していたエリちゃんの方へ目を向けると、2人の方にも治崎の個性が差し向けられていた。当たり前だ、エリちゃんは治崎の計画の要。命懸けで奪い返しに来る。
「ルミリオン!デク!私には視えている!構わず本体を叩くんだ!」
助けに向かおうとした僕らに、ナイトアイが声を荒らげてそう言った。未来視…その個性さえあれば、確かに治崎の攻撃も怖くない。僕は踵を返し、治崎の方へと突貫していった。
折り重なる棘を避け、壊し、少しずつ治崎の元へと近づく。コイツは許しちゃいけない存在だ。まだ幼く小さな女の子を傷つけた。その責任は、罪は、償わせないといけない。
「子どもに寄り添う心すらない奴が──」
グッと拳を握り、全身に力を込める。狙うは眼前のヴィラン。
「子どもの命を預かるな!!!」
顔面に突き刺した拳を振り抜き、治崎を吹っ飛ばす。
追撃、攻撃の手を緩めるな。
治崎は地面に触れるだけで、僕たちの動きを制限してくる。
大丈夫、ヴィランと言えど相手は一介のヤクザ。常日頃から戦闘訓練を積んでいるこちらの方が、戦い慣れしている。
「英雄気取りが…!」
が、そんな考えを消し去るように伸びてくる治崎の個性。さっきまでと物体の生成スピードが段違い。コイツ、まだ実力を隠していたのか。
コスチュームが裂け、皮膚に傷が入る。頬を伝う血が口内に入り込み、鉄の味が広がる。だけど対応できない速度じゃない。今のフルカウルなら。
「──勝てる、とでも思ったか?」
背中に熱い衝撃が入ったかと思うと、次に襲ってきたのは途方もない痛みだった。何かが刺さる感覚と、そこから全身に広がるジンジンとした痛み。思わず口から血を吐き出す。
「…ッ!?うし…ろから…!?」
「ただのヤクザじゃあない。俺が何年、この個性と向き合ってきたと思ってる」
──戦闘経験の差で上回れるなんて、そんな慢心を少しでも抱いた僕が馬鹿だった。治崎は先程生成したコンクリートの棘をコントロールし、僕の背中を貫いた。初めからそれが狙いだったかのように。
「嫌いなんだ。お前のようなガキが」
治崎は静かに、手のひらを地面に乗せる。再び顕現された強固な茨が、僕に向かって来る。
「この世から1人でも多くの病人が消えることを、俺は祈ってる」
崩れ落ちそうになる膝にグッと力を込めるも、さっきまでの力は振り絞れない。部分的に──足裏にだけワンフォーオールを回し、何とか目の前の攻撃の射線上から退避する。だが上手く着地なんて出来ずに、僕はうつ伏せに地面に転がる。
「ハァ…ハァ…!くそ…!」
「惨めだな」
起き上がれない程の苦痛に顔を歪める僕の傍に、治崎は寄ってくる。その冷たい瞳で僕を見下ろしながら、1ミリも温度を感じない声で続けた。
「俺たちに手を出さなければ、こんな悲しい結末なんて訪れなかったろうに。だが、お前たちヒーローは喧嘩を売ったんだ。ヤクザ相手に。その落とし前は、きっちりつけなきゃな」
治崎の手が僕の顔に向かって伸びてくる。直接触れて、僕の体を消滅させる気だ。
逃げないと…でも体が動かない…。このままじゃ、僕は治崎に…。
「ゲームオーバーだ」
遠くから通形先輩の声が聞こえる。治崎の動きが、景色がやけにスローモーションに感じる。そして思い起こされてくる、今までの歩み。あれ?これってもしかして走馬灯ってやつ?
オールマイトと出会い、個性を受け継ぎ、雄英で研鑽を重ねる日々。全ては夢のため、みんなの笑顔を守るため。そのために頑張ってた道が、今日ここで途切れてしまうのか?
ごめんなさい、お母さん。ごめんなさい、オールマイト。僕はあなたたちの期待に応えることが出来なかった──。
「とぉーーーーーっ!!!!!」
一瞬、彗星でも降ってきたのかと思った。
その人物は、僕にその手を向けていた治崎の胴体にドロップキックをかまし、この場所に飛び込んでくる。
それは、僕のよく知るクラスメイトの1人だった。
「千晴くん…」
「遅くなって悪かった。ほら、向こうに運ぶぞ」
ふわりと体が浮かび上がる。千晴くんが超能力で優しく運んでくれるようだ。僕は目を閉じて、ふぅと深く息をつく。
「だいぶこっぴどくやられたな。そんなに強いのか?アイツ」
「うん…気をつけて…」
グッと親指を立てて、千晴くんは合図した。その背中を見つめると同時に、僕は自分が情けないなと心から感じてしまった。本来なら、隣に立っていなきゃいけないのに。
「…またお前か」
「ふん、5年ぶりだな」
「相変わらず気が狂ってるようだ」
治崎を前にしても通常運転の彼に、安心感を覚えてしまう。それが、ヒーローに必要な素質なのかもしれない。
「千晴…というんだな。女みたいな名前だ」
「千晴が男の名前で、何が悪いんだ!俺は男だよ!!」
そう言って地面を駆ける友人の姿を、僕は目に焼き付けておかなければならないと強く思った。