「愛生、知ってるか?」
とある日の放課後。学校の裏庭で寝っ転がってボケーッと空を眺めていたら、突如として現れた轟焦凍がそう投げかけてきた。
「知らん」
何だか面倒くさそうな話が始まると思ったので、簡潔に済ませる為にそう返事をする。こっちは今、空を眺めるので忙しいんだ。世間話なら他所でやってくれ。
適当な返事をしたらどこかへ去っていくだろうと勝手に思っていたら、どういうことか轟は芝生に転がる俺の横にどっこいせと尻もちをつき始めた。なんだ?そんなに面白い話が始まるのか?
「ふくらはぎって、第2の心臓って呼ばれてるらしいぞ」
「へぇ、そりゃ凄い」
部活の顧問みたいなこと言いやがって。おおかたエンデヴァーの受け売りかなんかだろう。
「この前トレーニングしてた時に、親父がそう言ってた」
ほらね。分かりやすいやっちゃな。
その後も轟のふくらはぎトークは続いた。エンデヴァーや轟が炎の個性を使う際は体の中心…ちょうど心臓部分から力を引き出すらしい。そこから次にふくらはぎ…下半身にエネルギーを回して全身に伝達させ、体温を上げていくとのこと。
体温を上げることでより強力な力を生み出すことが出来るが、人の体には限界がある。エンデヴァーにはそれを克服する術が無かった。だが、轟には母親の個性も受け継がれている。それも相まって、轟自身もっともっと強くなれそうとのこと。
「ふ〜ん、そりゃ将来が楽しみだね〜」
「鼻をほじるな、鼻血が出る」
そんな、何の変哲もない普通の放課後──。
「──なるほど、流石No.2だな」
思い起こされた記憶を元に、実際にふくらはぎから全身にエネルギーを送る。澱みなく、体内に篭っている力の流れを途切れさせないように。
相手は強敵だ、エネルギーの無駄遣いは出来ない。如何に効率良く力を運用出来るかが鍵となる。
…全身に熱を帯びるのを感じる。別に轟家の皆さんのように炎を操る訳では無いが、熱は力を生み出すものなんだ。
「さァ、壊理を返してもらおうか」
「熱は熱いうちに…だ」
体が軽い──。
重力を感じないとはこの事だ。地を駆ける速度も、今までとは違うのを体感する。
肉体だけじゃない、脳ミソの方も回していかなきゃ。
エネルギーの配分、それは俺の個性にとって重要になってくる。肉体に注ぐ分と脳ミソの方に注ぐ分。どちらかが多すぎてもダメだし少なすぎてもダメ。このバランスを調整するのが難しいのだが、いま俺の体にはエネルギーが効率よく回っている。どう運用したら最大限の力を発揮出来るかを、細胞が理解している。
死穢八斎會アジトはオーバーホールの個性により、原型を留めていない。地面からは鋭利なコンクリートが生え出ているし、戦いによる瓦礫や破片もそこら中に散らばっている。
残念だったなオーバーホール。お前がやたらめったら使いまくった個性のおかげで、俺は戦いやすくなってるんだぜ。
サイコキネシスで辺りのものを浮かせ、オーバーホールに向けて放つ。混凝土の弾丸が奴を取り囲み、逃げ場を無くしてから一斉に降り掛かった。
「この程度」
オーバーホールも勿論対応してくる。自分の周囲に壁を形成し、俺の放った飛び道具たちを全て綺麗に防いでみせる。見たところ、物質の生成速度も格段に上がっているようだ。分かっちゃいたが、恐るべき個性。
けど、追撃の手を緩めることはしない。
瓦礫を飛ばしながら、俺はオーバーホールの頭上まで飛んで来ている。そのガラ空きの脳天に一撃、お見舞してやる。
「デク直伝!マンチェスタースマッシュだァ!」
説明しよう、マンチェスタースマッシュとは!空中高く飛び上がり、降下する勢いを全て乗せたカカト落としの事である!最近デクが練習しているのを横で見ていたんだ。直伝とか言ったけど、別に教えてもらった訳じゃあない。
オーバーホールの脳天を捉え、そこにスパコーン!と強烈なカカト落としを食らわす。そう、それが俺の描いていた脳内イメージだった。だがしかし、俺の右脚はオーバーホールの背中から生えたもう2本の腕によって受け止められていた。
「甘いな。わざと隙を見せたら嬉々として乗ってくる。だからお前は──」
そのままガシッと、俺の右脚はオーバーホールに掴まれる。
「──負けるんだ」
あ、俺死んだ。
フル稼働している脳ミソが、直感的にそう理解した。オーバーホールの個性とその発動シーンは、もう何度も目にしている。分解する対象に触れるだけで発動するその力、がっしりと掴まれた俺の脚。これらが示すものは…。
「鬱陶しいのが消えたな、これで」
「あ…」
しくった。素直にそう思った。
注ぎ込まれる分解の波が右脚を通して全身に広がり、パァンと弾ける。俺の頭はその未来を予測した。
後はその未来を、大人しく受け入れるだけ…。
その瞬間、プツンとチャンネルが切り替わるような感覚が走った。
あれ?この感覚ってもしかして…。
『「甘いのは貴様の方だな、若造が」』
「──っ!?髪と目の色が…!?」
あ、これアンナチュラルさんに体乗っ取られたやつだ。
『「分解と修復の個性…良い個性だが、私には効かないな」』
瞬間、弾け飛んだのはオーバーホールの腕の方だった。その思いもしなかった光景に、俺もオーバーホールも唖然とする。え、一体何したのこの人。俺の脚の方は…なんと無傷。
「ぐぅ…ッ!なんだ…?なにをした…?」
『「他人の腕でもちゃんと痛いんだな。何をしたかって?簡単な話だ。お前の分解の力を跳ね返したのさ」』
「なんだと…!?」
なにそれ?当たり前のことみたいに言ってるけど、1ミリたりとも理解出来ない。そして多分オーバーホールも同じこと思ってる。なんじゃそりゃ…みたいな顔してるもん。
(姉御、今度は一体何をしたでやんすか?)
俺が中からそう聞くと、アンナチュラルはハッと悪い顔をして笑った。
『アイツの"分解"の力に、私の"反転"の力をぶつけて上回らせたんだよ。反転は体にプラスのエネルギーを注いで再生させる。向こうから流し込まれた分解のマイナスのエネルギーを、それで押し返したんだ』
なるほど、分からん。つまりどういうことだってばよ。
『つまり、私達にあいつの直接触れて使う個性は通用しないってこと。それよか、逆に自分がダメージを喰らう羽目になるんだよ。あんな風にね』
確かに…目の前のオーバーホールは弾け飛んだ腕から血を流して辛そうにしている。こんな筈じゃ無かったんだろうな。分かるよ、だって俺もそうだもん。
「くそ…忌々しいガキめ…!」
『「私の方がだいぶお姉さんな気もするけど、お前には分かんないか。どうする?このまま一気にカタをつける?」』
(んー、そうだな…。やっぱりあいつは、俺が直接ぶっ飛ばさないと気が済まねぇ)
『「そう言うと思った」』
それだけ言うと、アンナチュラルは俺に意識と体を返してくれる。直に感じる自分の心臓の鼓動と、地面を踏みしめる感覚がその証拠だ。トントンとつま先で地面をつついて、自分の脚がちゃんと存在していることを確認する。うん、やっぱり分解されてないね。
『油断はするなよ。いくら奴の分解を無効化できると言っても、その他が脅威なのは変わってない。それに、ああいう人間は追い込まれたら何をしでかすか分からんタイプだ』
「歴戦の勘ってやつね。例えばどんなことしてきそうかな」
『そうだな…この国ごと分解するとか?"この星を消す"とか言いながら』
「大悪党じゃんか。そんなことされたらどうしようもないぜ」
『小僧の服だけ綺麗に分解させるとかな』
「そんときゃ反転で奴の服もパァンよ」
この人もそんな冗談言うんだ…。そんなことを思っていたら、何だか地面が蠢き始めた。ゴゴゴゴといかにもな音を立てながら、視界がグラグラと揺れる。
「まさかオバホのやつ、本当にこの星を消すつもりか!?」
『あっはっは。1人用のポッドで脱出でもするか?』
1人で慌てふためいていたら、突如として天井から大きな音が響いてきた。何事かと見上げると、アジトの天井に穴が開き、そこから巨大なドラゴンと大男が落ちてきていた。
「ドラゴン?リューキュウか。それにあっちの男は入口で俺がのしたやつ」
アジト内に降ってきたのはドラゴン化したリューキュウと、ペストマスクをした男…確か名前は活亀とか言ったな。よく見るとリューキュウの背中に麗日と梅雨ちゃんも乗っている。地上からやってくるなんて、相当激しい戦闘をしてたんだろう。
ズシン!と鈍い音と共に、リューキュウ達が地面に激突する。何だか状況がめちゃくちゃになってきた。周りの景色も、衝撃の余波で原型を留めていない。
「まだゴミ共がこんなにも…!」
オーバーホールが個性を発動する。まだそんな元気があったのか、俺の方にコンクリートの棘を伸ばしてきた。同時にリューキュウ達の方にも攻撃を仕掛けていたようで、その場から距離を取った彼女達が俺の近くに飛んできた。
「愛生くん、無事!?」
「おー、麗日。見ての通り元気ピンピンよ──ッ!?」
麗日に返事するや否や、ズキリとした頭痛が襲いかかってきた。続けて鼻血がボタボタと流れ落ちてくる。個性の反動か…調整をミスったかな。
「愛生ちゃん…鼻からだけじゃなく目からも血が…」
「マジ?…うわホントだ、こんなの初めて」
実感すると急にふらつきがやってくる。これあれだ、風邪引いたなって思うと本当に熱が出てくるやつと同じだ。立っていられなくなって、思わず膝をつく。
『まあ当然だな。下手な力の使い方をしていたし、私の反転も使ったんだ。小僧の体にはまだ負担がデカい。途中で変な殺し屋とも戦ってたしな』
「ははは、参ったな。帰ったら轟に文句言ってやろ」
麗日と梅雨ちゃんが心配そうな表情で見てくる。女の子たちにそんな顔させてるようじゃ駄目だな、俺。心配させまいと無理やり笑顔を作るが、思ったより体への負担が大きいようだ。
加えて、空から降ってきたリューキュウ組も全体的に顔色が良くない。脱力感で溢れているみたいな…。あれか、活亀に活力を持ってかれたのか。ということは、しんどい体に鞭打って戦ってるって訳か。
少し離れた所で砂煙が上がったのが見えた。次いで吹きすさぶ風が巻き起こる。これはオーバーホールが他人と合体する時に起こる現象だ。
活亀の巨体が消え失せている。どうやらまた大事な部下と融合を果たすようだ。ということは、傷やダメージも回復されてるってことか…。
俺たちが集まっていた場所のすぐ横に、天井からの瓦礫が墜落してきた。リューキュウ達が天井を突き破ってきたのと、度重なるオーバーホールの個性に、死穢八斎會のアジトが耐えられなくなってきている。ここが崩壊するのも、時間の問題かもしれない。
疲弊しきった仲間たち、倒壊するアジト、部下と融合を果たしてより凶悪なものへ変貌を遂げようとするオーバーホール。ナイトアイはデクとエリの保護、ルミリオンはどこかへ連れて行かれた相澤先生の救出。切島や天喰先輩も、別の場所で敵と戦っているのだろう。増援は…考えない方がいい。
「ふぅ…ま、やるしかねえか」
震える膝を叩いてゆっくり立ち上がる。状況は良いとは言えない。むしろ悪い方だ。それでも、俺は立ち上がらなきゃいけない。
アイツを、オーバーホールを倒すまでは、俺は絶対に倒れる訳にはいかない。奴を倒さなければ、エリを救うことは出来ない。
「愛生くん、そんな体じゃ無茶だよ!ここはウチらが!」
「オーバーホールは一撃で仕留める必要がある。今の疲れきったお前らじゃ、それは難しいんじゃないかな」
「そんなの、愛生ちゃんも同じことよ。皆で力を合わせましょう。その為の今回の作戦じゃないかしら」
正論だ。何も間違ったことは言ってない。だけど、消耗しきった彼女らを戦わせて、それで取り返しのつかないことになったら…。俺はそれが一番耐えられない。そんな未来は見たくない。
それに、これは俺のわがままになるんだけど。オーバーホールだけは、この手でトドメを刺したい。これは俺がやらなきゃいけないことなんだ。
「アジトの崩壊も近い。救助が必要な仲間もきっといるはず。リューキュウ達はそっちをよろしく」
「愛生くん…なんでそこまで…」
悲痛そうな麗日の声を背に、ヨタヨタとオーバーホールに向かって歩き始めようとしたその時だった。
「──待って!」
それが誰の声なのか、振り向かなくても分かってしまった。ただ、何故この場に居るのかが不思議で、俺は背後を振り返る。
「…待って、待ってよ…」
「エリ、こんな危ない場所にいちゃダメだろ」
案の定、そこにはボロボロの衣服を纏ったエリが立っていた。体には依然として包帯が巻かれている。痛々しい姿は前に会った時のままだった。見るだけで、後悔の念で押し潰されそうになる。
俺の所まで寄ってくるエリ。俺は膝を着いて目線を合わせる。相変わらずの綺麗な白髪に赤い瞳だ。よく見ると、目に涙が溜まっている…。
「どう…して?どうしてそこまでしてくれるの…?」
声が震えていた。初めて会った時と同じように。それは恐怖なのか、不安なのか、それとも両方なのか。ただあの日から…いや、もっとずっと前から、エリはオーバーホールに囚われているのだとそこから理解出来る。
「護りたいと思ったからだ。辛くて苦しい道を歩いている子を救いたい、護りたいと思うのはいけないことか?」
「─ッ!でも、私なんかの為に皆傷ついて…!こんな風になるんだったら、私…!」
言葉の途中で、俺は目の前の小さな女の子をギュッと抱きしめる。ほんの少しでも力を入れると壊れてしまいそうなほど、か弱く繊細な体だ。
「無理なんかしなくていいんだ。ここに来ている皆が、エリを助けたいと思ってる。泣くのを我慢しなくていい、膝を抱えて耐える必要なんて無い。ただこう言ってくれるだけでいいんだ」
抱きしめるのを辞め、エリの頭にポンと手を重ね、赤い瞳を見ながら俺は伝えた。
「"助けて"って」
ポロリと雫が零れ落ちた。せき止められていた涙が流れてくる。今まで耐えてきた分、溢れ出す想いは多い。色々な感情が織り交ざり、顔をくちゃくちゃにさせながらエリは涙を流し続けた。
「お前は救われていいんだ、エリ」
「うん…!うん…!助けて…私を…!ここから出して…!」
「ああ、任せとけ」
その瞳から零れ落ちる涙を、指で拭ってあげる。最後に頭をポンポンと優しく叩いてから、麗日と梅雨ちゃんに目配せする。意図を理解した2人は、エリを自分達の方に抱き寄せた。
「エリのこと、頼んだぞ」
「愛生ちゃん…」
俺は再び立ち上がり、皆を背にしてオーバーホールの元へと向かう。恐怖は無い、不安も無い。あるのはただ、目の前の悪を打ち倒すという強い想いだけ。
「俺は勝つぞ、あの男に。だから皆は、安心して待っててくれ」
「お兄さん!」
声を張り上げたエリの言葉を、俺は背中で受け止める。
「ぜったい…ぜったい帰ってきて…!おにいさんの手、暖かかった…!優しかった…!だから…!」
精一杯言葉を紡ぐエリに、手を挙げて合図する。
天井から瓦礫が降ってきて、俺とエリ達が分断される。アジトの崩壊も、もうすぐだろう。あまり時間はかけられない。皆にも早くここを脱出してもらわないと。
『本当に良かったのか?1人で』
「覚悟はある、俺は戦う」
『そうか…なら私はついて行くだけだ』
最初にオーバーホールを蹴り飛ばした時よりも、地形も何もかもが変わり果ててしまった。ガラガラと周りのものが崩れる倒壊音、ふらつく足元。限界は近い。だけど、ここで引下がる訳にはいかない。
「壊理は俺の計画の要…俺の野望を果たす為に必要な物なんだ」
そこには自分の部下と融合し、異様な姿となったオーバーホールが待ち構えていた。もはや人の形すら保っていない。まるで映画に出てくるエイリアンのようだった。
「アイツの個性を知っているか?あらゆる事象を巻き戻すのさ。あの力さえあれば、今の個性社会を変革させることすら出来る。そうすれば皆が理解する、俺たち死穢八斎會の存在を」
「くだらないな、オーバーホール」
「何とでも言え。この野望の為に、俺がどれだけの時間と研鑽を重ねたか」
「お前の努力なんて、俺にとっちゃ歯磨きみてーなもんなんだよ」
「お前ら腐ったヒーローなんかより、俺の方がアイツを有効活用出来るんだ!俺の手の中にいる方が、アイツは自分の役割を理解出来る!生まれてきた意味もな!」
「それ本気で言ってんのか?テメーの薄汚れた物差しで測るんじゃねーよ。お前らさえいなければ、あの子はもっと笑っていられるはずだ」
「…水掛け論だな、もういい。お前から先に殺してやる。お前らに明日は無い。壊理の未来も、全て、何もかも俺のものだ」
「暗い過去があるから、明るい明日を願うんだ。あの子の未来を俺は護る。だから──」
複数生やした巨大な脚を動かし、オーバーホールは肉薄してくる。それだけじゃない、触手のように生やした肉の棘もこちらに向かって伸ばしてくる。
負けられない、死んでも勝つ。エリの未来を護る為に。それが俺の戦いなんだ。そうと決めたら、その道を行くしかない。
「お前の全てを奪って、俺が勝つ」
俺と、オーバーホールの。
愛生千晴と治崎廻の、最後の戦いが始まった。
感想を頂いたので、かなりざっくりですがオリ主のイメージを置いておきます。
・青髪
・身長は175cmくらい
・コスチュームは多分黒いのを着てる
・作中描写でもあるように、アンナチュラルと代わる時は黒髪赤目になります
凄い適当ですが、だいたいこんな感じです。