#62 こんなこともあろうかと、幼児用の服も用意してあるぞ
おっす、俺の名前は愛生千晴!
この春から雄英高校というヒーロー育成校に通い始めた普通の高校生だ!
死穢八斎會とかいうヤクザのボスである治崎廻──通称オバホを成敗して疲れきってしまった俺は、今回の救護対象であるエリに手を握られたまま気絶。全身の妙な感覚に包まれながら少し経った後に目を覚ますと…。
「体が縮んでしまっていた──!!」
帰りの車の中で、俺は1人芝居を演じていた。休みの日の夕方にやっている某探偵アニメに触発されたものなのだが、ツッコミは受け付けないぞ。
俺の言葉に一緒に乗っていた切島、麗日、梅雨ちゃんからは無言の返事が来る。ちょっと微妙な空気が車内には流れていた。なんで無視するの?ちょっとは反応して欲しい。
俺たちを乗せた車は、都内の病院へと向かっている。今回の戦いで皆ボロボロだ。その傷の手当と、俺は体が幼くなってしまったことによる精密検査も受けた方が良いとのこと。からだ自体はエリが時間を巻き戻してくれたから、元気ハツラツだ。ほら、ここでピョンピョン跳ねてもいいくらいだぜ。
「大人しくしなあかんよ、もう」
麗日に窘められた。でも体が小さくなったからか、皆がやけにデカく見えるな。そりゃそうか、俺いま小学生と同じくらいの身長になっちゃってるもんな。なかなかエキサイトな体験だが、これっていつか戻れるのかな?まさかもう一度小学生からやり直すとか?なにその転生チートみたいな状況。
他の車に乗っているが、エリも病院に搬送中だ。どうやら俺に対して個性を使ったことで、体力を使い果たしてしまったようだ。あの子にいま必要なのは休息、また元気になったら会いに行こう。まずは傷を癒して、これからの事はその後に考えたら良い。
「…で?さーっきから何をソワソワしてるんですか?麗日さん?」
「へっ!?い、いやぁ…別にそんなことは…?」
「隠し通せてないぞ?何だよさっきから人の顔ジロジロ見おって」
「だ…だって…」
気恥しそうに、麗日は両方の人差し指同士を突き合わせる。車に乗ってから様子が変なんだ、ソワソワというよりかウズウズの方が表現としては正しいか。エサを待ちきれない犬みたいな、そんな様子だった。
「そりゃ体はちっこくなったけどよ、中身はそのままなんだし?別にそんな大した変化じゃないだろ」
「そんなわけあるかぁ!!」
「えええ!?急になんだ!?」
突如として大声を出した麗日にビックリさせられる。今の大声で車が少し跳ねたぞ。
「愛生くんは全く分かっとらん!!」
「だ、だから何が…!?」
「よう考えてみぃ!いつも一緒に過ごしとるクラスメイトの男の子が、突然こんなちっこなってみぃ!?そんなん同じクラスの女子として見過ごせる訳ないやろッ!!」
「ええ…そーゆーもんなのか…?」
何だこのテンションの上がりよう。麗日ってこういう奴だったの?鼻息とかすげー荒くなってっけど。
「ああもう我慢できん!ごめん、愛生くん!」
「え、どゆこと──ぎゅぷ!」
「ギュッとさせてやーっ!!」
おもむろに体を抱き寄せられる。そのまま頭をなでなでされて、勢いよく頬擦りされる。
「なんやのこのもちもちプルプル肌は!雪見だいふくか!」
「ちょ、落ち着け麗日…」
「これが落ち着いていられるかぁ!」
なんだコイツ!暴走しすぎだろ!抱きしめられたとき背骨折れるかと思ったわ!
「お茶子ちゃん、気持ちはわかるけど程々にね」
「梅雨ちゃん!こういうとき長女は冷静やね!」
それから病院に着くまでの間、俺は麗日にオモチャにされた。そのとき何故だか俺は思った。このまま学校の寮に戻ったら、とんでもないことになるんじゃないだろうかと。
○
死穢八斎會と戦いを繰り広げた俺たちは、それぞれ病院で診察を受けた。
1番重症だったのは緑谷だったが、リカバリーガールが駆けつけたおかげで直ぐに回復。大事には至らなかったみたいだ。先輩方や麗日たちも大きな怪我は無かったし、激しい殴り合いをしたという切島も割とピンピンしている。
エリが巻き戻してくれたおかげで傷ひとつ無かった俺は、念のため全身の検査をすることに。体の内外部に特に問題は無さそうとのこと。ただ、急に体の大きさが変わったから、日常生活に多少の不便や慣れが必要とのこと。ま、そりゃそうだわな。
「んでもさ、こっからどうしたらいんだろ」
病院の待合室で、並んで座っていた緑谷と切島に問いかける。
「んあ?どうって?」
「体の戻し方?」
「そうそう緑谷大正解」
呆けた面をした切島をよそに、緑谷は顎に手を添え悩む様子を見せる。
「幼くなったことは良いとして」
「いいんだね…」
「ずっとこのままって訳にもいかないだろ?でもさ、時を進める方法なんて思いつかなくね?」
どっかに時を進めることが出来る個性でも持ってる人がいたならな。けど、そんな上手い話がある訳もなく。このまま俺だけニューゲームって感じになるのかな。
「ん〜、こうなった時の発目さんじゃない?」
「ここでその名を聞くとは思わなんだ」
サポート科の発目か…。確かに変なアイテムを量産しているのはよく耳にする。この前も、全身に装着する矯正ギプスを無理やりつけさせられたな。あれのせいで1ヶ月筋肉痛が続いた。
「彼女なら、愛生くんの現状を打破する術を持っているはずさ」
「なにその全幅の信頼」
「まー何とかなんぜ、知らんけどよ」
「オメーのそういうとこが腹立つんだよ切島」
まぁ、今ここで考え込んでもしょうがない事ではある。この先うまいこといくことを信じて、今日は寮に戻ろうか。どうやらエリと面会することも出来ないらしいし。
「ほら、おてて繋いで帰るんよ」
母親面する麗日に手を引かれて帰路に着いたのだった。
○
「んなっ…!?まさか…愛生…なのか…?」
「そのまさかさ」
朝早くから出て、寮に戻ってこれたのは夜の7時くらいだった。死穢八斎會のことはTVでも報道されていたようで、A組の皆はインターン組の心配をしてくれていた模様。俺たちの帰りを知った皆が、玄関まで出迎えてくれた…のだが。
「こ、子どもになってるーっ!!!???」
「子どもになってるぜ」
とまぁ、予想通りの反応である。
「え?え?なんで?」
まあ気持ちは分かる。
「お前これからどーすんだよ!授業とか!」
それはいま考えてる。
「こんなこともあろうかと、幼児用の服も用意してあるぞ」
あるかこんなこと。なんで準備があるんだよこのメガネ委員長は。
皆がザワつくのも仕方ない。朝まで普通だったクラスメイトが、幼くなって帰ってきたんだから。みんな反応がそれぞれだったが、中でも顕著だったのが。
「「「きゃああああ!!!かわいいーっ!!!」」」
A組女子軍団である。
あっという間に取り囲まれ、身体中をペタペタと触られまくる。
「えええなんで!?なんでこんな風になったの!?」
「それはかくかくしかじかで」
麗日が女子ーズにペラペラと説明をしていた。それを聞いた彼女らは1度目を丸くしたが、すぐに手をワキワキとさせ始めた。
「ね、ねぇ愛生…お願いがあるんだけど…」
「んだよ芦戸…それに葉隠まで近寄ってきて」
「お、お茶子ちゃんは…もうやったんだよね…?」
バッと麗日の方を見ると、ニヤリとした笑みを浮かべながらサムズアップしていた。すぐさま芦戸と葉隠の方に向き直ると、目をキラリと光らせた2人の手が伸びてくる。
「なにこの可愛さーっ!!反則でしょー!!」
「ほら、お姉ちゃんたちがなでなでしてあげる!ほらほらほら!」
「だーっ!麗日といいなんなんだコイツらは!俺はペットのうさぎじゃねーんだぞ!!」
ああ、こいつらも麗日と同じだ。小さくなった俺に母性本能が目覚め、気の済むまでわしゃわしゃしてくるんだ。くそ、体が小さいから抵抗もロクに出来ない。これじゃただの女子たちのオモチャだ。
「お2人とも、愛生さんが困っておられますわ!」
「あっ!取られた!」
芦戸と葉隠の魔の手から、八百万がひょいと救い出してくれた。もみくちゃにされて乱れた服や髪を直してくれる。さすが八百万、できた女だ。
「全く、本人がいちばん大変なのに…。お身体に異常は…無いとは言えないですわね。お怪我の方は?」
「ああ、そこは問題ないよ。心配してくれてありがとう」
「ふふ、良かったですわ。それなら──」
今度は八百万が、ひょいと俺の体を持ち上げた。そのまま腕に乗せて──。
「私の部屋に行きましょう」
「児童誘拐だ!!!」
なんだ今の!?すっごい滑らかな動きで手中に収められたぞ!?あまりにナチュラルすぎて違和感なかったわ!
「ピピーッ!人の物を盗ったら泥棒ですー!」
「泥棒ではありませんッ!この子は正真正銘ウチの子です!!」
「頭のネジ外れてんのかッ!?"創造"で新しいの創ってこい!」
八百万も駄目だ。どうなってんだうちの女子たちは。
「おいおいおいッ!?さっきから見てりゃいい気になりやがって!」
そこに飛び込んできた聞き覚えのある声。視線の先には、その主がいた。
「なにどさくさに紛れて女子とチョメチョメしてんだよ愛生がァ!クソ羨ましい!」
「峰田…!目から血の涙が…!」
そこには血涙を流す峰田の姿があった。そうか、峰田は大の女好き。俺の今の状況が羨ましくてしょうがないんだろう。
「インターンだかヤクザだか知らねーが、テメーの今の状況を見過ごす訳にはいかねーな。おら愛生、大人しくこっち側に戻ってこいや」
こ、これは逆に好都合だ!正直このまま女子たちのされるがままは避けたい。俺は普段の日常を送りたいんだ…!
男子たちが待っている方へ駆け出そうとしたら、その手をグイッと引っ張られる。引っ張ってきたのは八百万で、そのまま彼女の胸にダイブ。もう離さないとでも言わんばかりに、力強く抱き寄せられる。
「駄目ですー!ちーくんは私たちで面倒見るんですー!」
ちーくんってなんだ。
「許される訳ねーだろんな大罪がァ!てかそいつ体以外はそのままなんだろ!?高校男子の煩悩舐めんなよ!」
「峰田と一緒にしないでよねー!」
何だこの不毛な争いは…。俺か?俺のせいなのか?俺が小さくなって戻ってきたから?
「ああくそっ!もういいっ!」
「あっ!愛生さん!」
俺は八百万の拘束を無理やり剥がし、地面におりて寮の玄関の方へ走り出す。もうこの状況全部が煩わしい。クラスの皆が謎の争いをするのも、玩具みたいな扱いを受けるのも沢山だ。
「あいてっ!」
玄関を抜け階段を駆け下りたところで、誰かの足にぶつかる。ぶつけたおでこを擦りながら見上げ、その人物を確認する。そこに居たのは…
「おや?もしや愛生さんですか?少し見ない間に小さくなりましたね」
雄英の発明王こと、発目明だった。それと同時に、俺は病院で緑谷が話していたことを思い出す。
(発目なら、俺の体を戻せるアイテムを作ってくれるかも!)
気付けば俺は発目に向かって叫んでいた。
「発目!俺をお前の
俺が元の姿に戻るとしたら、発目の奇跡を願うしかない。
ニタリと妖しく笑う発目が、月明かりに照らされていた。