「それでは…準備は良いですか?」
「おう!もう思いのままにやってくれ!」
「それでは遠慮なく」
鉄の扉の向こうで、発目の声が響いた。ガシャコンとレバーが引かれる音がして、少しの静寂が訪れる。もう少し待つと、ゴゴゴゴと俺の入っているカプセルが振動を始めた。
「今あなたが入っているそのカプセルに、特殊な電磁波を流しています。それを全身に浴びせることで体内の細胞を急速に活性化させ、元の姿に戻すことが出来るようになるでしょう」
「おお!よく分かんねぇがすげぇな発目!」
「はい。しかし仮に失敗すると、人では無い何かに変貌してしまいます」
「はいストーップ!!!」
俺はカプセルの扉を勢いよく開いて外に飛び出し、発目をビシッと指さした。
「そういうことは事前に言っといてくれよ!なんでこんな直前で急に言うんだ!マッドサイエンティストか!」
「でもあなた、自分を実験動物にしてくれってお願いできたじゃないですか?今の私にとって愛生さんは、実験で使われるマウスたちと同じ存在価値ですよ」
「人の心とかないんか!?」
侮りがたし発目明。やはりとんでもない女のようだ。何やら最近は世紀の大発明を繰り返しているようだが、どこか倫理観が欠けているような気もする。
「今回は豚を用いての実験だったので、もしかすると豚と合体した豚人間になっていたかもしれませんね。ぶふっ」
「何笑ってんだこいつ」
…危なかった、もう少しで本当に人間を辞めるところだった。頼んだのは確かにこちらからだが、流石に限度ってものがある。頼む相手を間違えちまったか?
「てゆーか、そもそも元の体に戻る必要なんてあります?今の体の方が何かと便利そうじゃないですか?女子にはチヤホヤされそうですし、学業も多少疎かにしてもテキトーに難癖つけて免れることが出来そうじゃないですか。愛生さんの理想にピッタリな状況だと思いますけど」
「俺のことそんなふうに思ってたのか」
歯に衣着せぬ言い方に俺はうなだれた。確かに発目の言う通り何かと便利なこともあるが、それでも不便さが勝つ。今までと同じような生活は出来ないし、小さいとそれだけ不自由も増える。何より肝心のヒーロー活動が今のままだと満足に行えないのだ。
「そういう訳で一刻も早く体を戻したいんだ」
「なるほどですね。ま、私の方でも別の方法が無いかを模索しておきます。また何かあれば連絡入れてください」
「おう。あんま期待しないで待ってるぜ」
そうして俺はサポート科の研究施設を後にした。どうしよう…なんだかんだで結構アテにしてたところもあったからなぁ…。他に良い方法なんてあるのかな…?
「ねぇアンナチュラル」
『なんだ?』
「時を進めることが出来る個性ってある?」
『知らん。AFOなら持ってるんじゃないか?』
コメントしづら…。それだけ言うとアンナチュラルはふっ…と消えてしまった。どうしよう、頼れる人がもういない。てゆーか発目とアンナチュラルしか頼る人がいないって、俺の人脈悲しすぎるだろ。
これからどうしようかと1人で廊下をとぼとぼ歩いていると、何かにゴツンとぶつかる。
「あいててて。ごめん、ぶつかってしまった──ってアレ?」
「千晴…あんたその姿は…」
視線の先には、幼馴染である一佳が居た。
○
「噂には聞いてたけどね。全然顔見せに来ないから」
膝くらいまでの身長になってしまった千晴を連れて、私は自室へ戻って来た。実家から持ってきた学習机の椅子を引き、私はそこに座る。千晴は適当にベッドの上にでも座ってもらったらいいだろう。千晴も勝手にそうするはず…。
「んしょ…んしょ…。わりぃ一佳、このベッド高すぎて俺上がれねぇよ」
そこには、ベッドの上に上がろうと頑張ってピョンピョン跳ねている千晴の姿があった。
──かわいっ。
え、なにこの愛くるしい姿。可愛すぎるんですけど。好きな人が小さくなっただけでも可愛さで心臓が弾け飛びそうなんだけど、それプラスこの姿はダメでしょ。千晴、凄く頑張ってる…。小さいながらも一生懸命飛び跳ねてベッドに上ろうとしてる…。今すぐ助けてあげたい、ヒョイって持ち上げてベッドにちょこんと座らせてあげたい。しかし、千晴が四苦八苦しているこの微笑ましい光景をずっと見ていたい自分もいる。悪いのか?私は果たして悪い女なのか?否、悪いのはこんな愛くるしい姿で私の前に現れた千晴の方だ。正直なところ、今すぐギュッと抱きしめたい。頭とかなでなでして、頬擦りしまくって小さい千晴を堪能したい。食べちゃいたいくらい可愛いとはこのことか?私の胸はさっきからキュンキュンしすぎてもはや痛い。どうする…?もうこいつこの部屋で飼う?身の回りのこと全部やってあげて、私がいないと生きていけない体にする?私が居ないと駄目な男にして、私のこと以外考えられないようにする?そうしたら、他の女に盗られるような心配もなくなるな。いいなこれ。そうしよう、そうだそれがいい。そうと決まれば早速──。
「あ…あの…?いつかさん…?たすけてください…」
「ああっ、ごめんごめん!」
千晴の声でハッと我に返る。いかんいかん、つい長考してしまった。気づけば汗だくになり肩で息をしている千晴。どんだけ頑張ってたんだこいつ…。
「…ふ〜ん、そんでそのエリって子の個性で子どもの姿になった訳か」
「ああ。そんで何か元の体に戻る良い方法が無いかなって」
諸々の事情を千晴から聞いた私は、頭を悩ませる。小さくなった体を元に戻す方法…か。この個性社会だ、そういう個性を扱う人が居たとしても不思議では無いが、それをピンポイントで探し当てる事は現実的じゃない。
「いや…どうだろう…。かなり難しい問題に直面してるよな…」
そこで、私は一つの案を提案する。
「あの子に頼ってみるのは?サポート科の女の子。ピンク色の頭した」
「発目にはもう動いてもらった。危うく改造人間にされるところだったぜ」
「改造人間だって…?」
なんだか物騒なワードが出てきたがそうか、発目という子には既に頼っていたのか。
…私より先に他の女の子の所に行くんだ。
モヤりとした気持ちが湧き上がってくる。
「一佳?どした?」
「えっ!?いや、なんでもないよ!ちょっとボーっとしてただけ」
やだな…。いつの間にかこんな事ばかり考えるようになっている…。
千晴を他の女の子に盗られたくは無い。けど、千晴本人に気持ちを伝える勇気はない。傍から見たらどうしようもない奴だけど、こればっかりはどうしても…。
…そもそも千晴がいけないんだ。中学までは私一筋だったのに、高校に上がった瞬間色んな女の子と話すようになって。そりゃもちろん私にも好意を持ってくれていると思うけど、雄英に来てからの千晴を見ていると不安な気持ちの方が大きくなる。
大丈夫だよね?千晴。アンタはずっと私のこと好きなままでいるよね?
「はっはっは、寝不足か?夜更かしは美容の天敵だぞ☆」
「はあ…呑気なやつだな…」
当の本人はこっちの気も知らないでヘラヘラしている…。これだからこの男は…。意外と罪作りな奴なんだよな…。
それから色々案を出し合ったが結局話は進まず、とりあえずは様子を見ていくという結論に至った。そりゃそうか、ただの高校生が2人集まったくらいで解決策など浮かぶはずもない。
「まぁしょうがねぇか〜。方法は気長に考えるとするわ。んじゃ、俺はエリの所にでも行ってこようかね」
エリ…インターンで出会った小さな女の子だ。今まで入院をしていたようだが、もう面会が出来るようになったらしい。
(いやいや、流石に年下の女の子にヤキモチなんて…!)
恋愛にしっかり脳を焼かれている私が居るのだった。
「あ〜、歩幅小さすぎて歩くのがめんどいぜ〜」
「階段とか気を付けろよ」
ブツブツ言いながら去っていく千晴を見送り、自室に戻る。ガチャリと扉を閉め、今日も千晴と話せたことに感極まる。最近のアイツはインターンで忙しそうだったからな。それも終わって余裕が出来たはず、これからもっともっと話せるかも。そう思うだけで胸が高鳴るのだ。
ルンルンな気分のままベッドにダイブ!枕を抱きしめながら、さっき適当な理由をつけて撮った写真を見つめる。そこにはあどけない表情をした千晴と私のツーショットが写っていた。
「きゃー!もうなにこの子可愛すぎるんですけどーっ!おめめくりくりだし、歩く時もヨチヨチ歩くし、もう存在そのものが愛しすぎるんだが!?あれか?やはり飼うか?この部屋であいつ飼っちまうか?朝から晩まで面倒見てあげようか!?」
枕に顔を押し付け、声を張り上げる。こうすることで左右の部屋に声は届かないのだ。抜かりなし。
「はぁ…目に入れても痛くないとはこのことか…。でもこんな小さい千晴を見たのも久々だな。──うん、千晴との間に子どもができたら、きっとあんな感じになるに違いない」
千晴との結婚、出産、その後の家族生活まで私の頭では思い描かれていた。異端か?こんな私は果たして異端なのか?おう、笑うなら好きに笑ってくれ。
そのままベッドの上で写真を眺めていた時だった。ふと、視界の端に何かが映りこんだ気がした。すぐさまそれの方へ顔を向ける。
──私の部屋に誰かが居る?
『感の良い小娘だな』
「──ッ!?だれっ!?」
背筋が凍るような声質だった。ベッドから飛び上がり、声の主をキョロキョロと顔を動かして探す。
『はじめまして…では無いが、お前とこうして顔を合わせるのは今日が最初か。そうだな…アンナチュラルというセンスの欠けらも無い名前で呼ばれてはいるな』
知らない女の人が、私の目の前に現れた。アンナチュラル…聞いたことないぞそんな名前…!
綺麗な黒髪を肩甲骨辺りまで伸ばしたアンナチュラルが、私の方を見てくすりと笑っている。どうやってこの部屋に入った…?千晴以外に入れた覚えは無いぞ…?
警戒心を強めると、アンナチュラルとかいう黒髪の女性は妖艶に微笑んだ。そして、鋭い眼光を私に突き刺して言う。
『そう警戒するな、別に取って食おうなんてことはせん。ただ、アイツの幼馴染であるお前と話がしたいだけさ。ようやく実体化に成功したものでな』
「幼馴染って、まさか」
言うとアンナチュラルはグイッと私に顔を近づけ、その小さな口を開いた。
『私の千晴のことだよ』
「は…?私の…だと…?」
私の中の危険信号が、けたたましく音を鳴らし始めた。