「あ、来た来た!」
文化祭、当日!
校舎の雰囲気はいつもと違い、色とりどりに飾り付けがされている。それぞれのクラスの横断幕が吊られていたり、校門には花のアーチが設置されている。空を見上げると、何故か教師陣の姿をしたバルーンが青空を飛び交っていた。なんだあの技術。
そんな祭り1色に染められた校門で人を待っていると、お目当ての人物がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。俺は背もたれに使っていた校門から体を離し、その人物の方へと向く。
「おはようございます、千晴さん」
待ち合わせをしていたのは、今日雄英の文化祭に行ってみたいと連絡を貰った姫乃黒雪だ。小さなバッグを持ち、おめかしをしてきてくれた黒雪が丁寧に深々とお辞儀をしてみせる。確かいいとこのお嬢様だったっけか?礼儀作法が備わっているね。
「待ってたぜ。公安からだと割と距離あっただろ?」
「電車とバスを乗り継いで来ましたわ」
「そりゃお疲れさんだな。ほれ、飲み物買ってあるから飲みなよ」
「あ、ありがとうございます…」
黒雪に予め買っておいたミネラルウォーターを渡し、校内を案内する。とは言うものの、A組の出番は朝イチバン。地図を渡して簡単に紹介することくらいしか出来なかった。
「あとこれ持ってると、俺たちのライブが良い席で見れんだ。せっかくだから渡しておくよ」
「あら、千晴さんの勇姿を特等席で見ることが出来ますのね」
追加で今回の出し物の優待チケットを渡しておく。基本誰でも入れるものだが、これを持っておくとライブでいうアリーナ席に通されるらしい。クラスメイトに1人1枚ずつ渡されたのだ。
「失くすんじゃねーぞ、再発行は出来ねーかんな。──そんじゃ、俺はもう準備に行かなきゃだから」
「頑張ってください。1番前で応援してますわ」
「サンキュー。終わったら一緒に文化祭回ろうなー」
そう言って一旦黒雪と別れる。とりあえずは目の前のライブに全集中だ。ミスコンやら何やらはその後に考えよう。
今日のライブ、みんな楽しんでくれるといいな。
○
「雄英全員、音で殺んぞォ!!!」
およそバンドライブ開始の合図とは思えない怒号から、俺たちのライブは始まった。
耳郎のボーカルを筆頭に、楽器隊の上鳴、常闇、爆豪を含めた5人で会場を支配する。
もちろん音だけでそれを可能にしている訳じゃない。会場全体の雰囲気を作り出しているのは、芦戸率いるダンス隊の皆だ。動画サイトで覚えた振り付けを完璧に、そして鮮やかに全身で表現するクラスメイト達に釣られ、見に来ている生徒達の体も自然と動くってもんだ。お、あれが言ってた峰田のハーレムパートか。女子ーズに囲まれて鼻の下伸びきってんぞ。
締めは八百万が創造した巨大クラッカーの発射と、デクが青山をぶん回しながらへそビームを撒き散らすというトンデモ技の披露だ。会場の熱気は最高潮、誰も彼もが俺たちの奏でる音にノっている。
あ、ミリオ先輩に担がれたエリが見える。楽しんでくれて良かった。
ふと前の方の席を見やると、黒雪がこちらに向かって笑いながら手を振っていた。それに笑顔で返し、引き続き音を鳴らす。
最後まで耳郎が美声を出し切り、俺たちのライブは終幕を迎えた。
○
「千晴さん、楽器弾けたんですね。なんだか意外でした」
「だろ。意外性No.1のドタバタ忍者とは俺のことよ」
出し物の後、俺は黒雪と合流し、ミスコンまでの時間を潰すことにした。様々な露店で賑わう校内を2人で歩く。演奏後で腹が減っていたということもあり、俺の右手には唐揚げの入ったカップが握られていた。うん、油っこいものってイイよね。そして左手にはチョコバナナがある。祭りの二刀流とはこのことさ。
ふと、黒雪の視線が俺に注がれているのを感じる。いや、正確には俺の握るチョコバナナの方だ。物をねだる子どものような目で、じーっとチョコバナナを見つめている。
「…食べるか?」
「はっ…そんな物欲しそうな顔をしてましたか…!お恥ずかしい…!」
「だからさっき買っときゃ良かったのによ〜」
言いながらチョコバナナを黒雪の方へ向ける。ピンク色のチョコでコーティングされている、俺の好きなイチゴ味だ。
「ほれ、半分こ」
「あ、このまま…?」
「早くしねーとあげねーぞ。そのままかぶりつけ」
「うぅ、なんだか少し恥ずかしい気もしますが」
えいっ、と黒雪は俺の差し出したチョコバナナにかぶりついた。そのままそれを頬張り、欲しい分だけ持っていく。…瞬間的なエロスを感じたのは、心の内に秘めておこう。
「ん、とても美味しいですわ。これならやっぱり私も買っておけば良かった」
「それならコレあげるよ。俺には唐揚げもあるし」
「いいのですか?千晴さんが買った物なのに」
「気にすんな!せっかくの文化祭だ、楽しんでいけ!」
「そ、そういうことならお言葉に甘えて…」
チョコバナナを黒雪に渡す。それを彼女はモグモグと頬張りながら、ニコニコしていた。こういう祭りごとは初めてなんだっけか。
「よーし行くぞ黒雪!俺たちの文化祭はこれからだ!」
「きゃ!急に走り出さないでください!」
黒雪の手を引き、俺たちは校内を巡る。
「黒雪はお化けとか平気か?」
「い、いえ大の苦手です…。驚かされたら手が出てしまうかもしれません…」
「はっはっは、そうなったらお化け役の奴は大変だな」
「ええ、なのであまりこういうのは──」
「わぁああああ!!!お化けだぞーッ!!!」
「きゃあああ!!!不埒者ーッ!!!」
「おどふ!!なんで俺!?」
お化け屋敷ではびっくりした黒雪に殴り飛ばされ──。
またとあるクラスのメイド喫茶では──。
「お帰りなさいませ、ご主人様♡」
「オムライスにしますか?りんごジュースにしますか?それともわ・た・し?」
「おっふ!これがメイドさんの破壊力…!なんてこった、今までで最強の敵じゃねぇか…!」
「千晴さん…」
黒雪にゴミを見るような目で見られたり。
「おや、愛生さんではありませんか。そのお隣の女性の方は…ふむ、あまり詮索はしないようにしますが、火遊びは程々に」
「火遊び…?」
「なんか勘違いしとるなこのメカニックは」
発目のラボで不審な目を浴びせられたり。
──とまぁ、こんな感じで雄英高校の文化祭を楽しんでいたのであった。
そしてそして、待ちに待ち続けていたあの時間がやってきたのである。
そう、それこそが──!
『ミス雄英高校、ここに開催しますッ!!!』
「うおおおおおおおッ!!!!!」
一佳も出場する、ミスコンである!
○
「一佳だーッ!早く俺の一佳を出せーッ!」
隣で大盛り上がりをしている千晴さんを尻目に、私はミスコンに出場する方々の確認をする。事前に配布されていたパンフレットに、今年のミスコンに参加する生徒の簡単なプロフィールが掲載されてあるのだ。
「拳藤一佳…」
その名を目にすると、私の中でメラメラと何かが燃え上がる。
拳藤一佳、千晴さんの幼馴染。現在進行形で彼が恋焦がれている人物。姉御肌でクラスをまとめる女子生徒。整った見た目と勝気な性格で、ファンも多いらしい。実際、今いるミスコンの会場に"拳藤一佳"と書かれた団扇を持っている生徒もいる。まるでアイドルかなにかのライブのように。
「テメー、誰に許可得て一佳の応援してんだ!?ぶっ飛ばすぞ!?」
「えぇ…」
「何だこの危ねぇ奴は…」
「ち、千晴さん…」
千晴さんが厄介オタクみたいになってしまっている。周囲に居る拳藤一佳ファンに噛みつきに行っていた。その姿はまさに狂犬…目が血走っている。
「がるるるる!一佳に投票していいのは俺だけだ。そして俺があいつを優勝に導く」
「もう、少しは落ち着いてください。それに、たった1票で優勝が出来るわけないでしょう」
「たしかに」
急に冷静さを取り戻す千晴さんに思わずため息。ヒートアップしていく会場の熱気に晒されながら、私はパンフレットのページをめくる。そこで、とある黒髪の女子生徒が目に止まった。
八百万百、千晴さんと同じクラスの女子生徒。収集しているデータによると、千晴さんとの交友関係も女子の中では深い方。彼女の方からも何かとアプローチをしているような動きがあるが、あいにく本人にはあまり伝わっていない。特筆すべきは、その女性らしい体つきくらいか…。その体で、千晴さんを誘惑しているに違いない…。
「チッ、卑しい豚め」
「なに怖い顔してんだよ」
「へっ!?」
突然声をかけられた私は、思わず素っ頓狂な声を出してしまった。横を見ると、こちらを覗き込む千晴さんの顔がすぐ傍にある。その距離の近さに、心臓がドキリとした。
「なんだパンフレット見てたのか。そーいや、八百万も撮影があるとか言ってたな」
ち、近い…。頬と頬が引っ付いちゃいそう…。
「おー、ちゃんと一佳のページもある。切り取って家宝にしようかな」
そ、そんな耳元で声を発しないで…!耳がおかしくなっちゃう…!
「あ、ねじれ先輩だ!絵に書いたような美人だよな!」
距離感がバグってるとしか言いようがない。そんなに体を近づけられたら、私…。
「──っておい、黒雪。大丈夫か?」
「ひゃい…少し人混みに疲れてしまったかも…」
否、単純に照れすぎて顔から湯気が立ち昇っているだけである。何だか頭がクラクラしてきた。立っていられないかも。
その時、ひょいと体が持ち上げられる感覚がした。見ると、千晴さんの顔がすぐ真上にある。これは彼の日と同じお姫様抱っこ…。
「しゃーない、ゆっくりできる場所で落ち着こう」
私を持ち上げたまま、人混みの中をかき分けていく。
「でも千晴さん、ミスコンは…」
あんなに楽しみにしていたのに。まぁ私からしたら複雑な心境を抱くイベントではあったが。それでも、好きな人の気持ちや考えを優先してあげたい。
「何言ってんだ、今はそれどころじゃないだろ?ほら、あそこの木陰で休もう」
そう言って私たちは、ひとけのない静かそうな木陰の方へ向かって行った。
「楽になってきたか?」
「はい、だいぶ」
太く逞しい木の幹に寄りかかりながら、私は返事をする。
木の葉の隙間からこぼれる日差しと、秋の涼風が心地いい。何とも心が落ち着く環境だ。
…ごく当たり前のように隣に居座る彼の方を、ちらりと見やる。千晴さんは、今日のミスコンをとても楽しみにしていたはずだ。それなのに、そんな大事なイベントを後回しにしてまで私の体の心配をしてくれている。その対応に嬉しくもあり申し訳ないという気持ちもありで、私の心中は複雑模様だった。
「あの、千晴さん…」
「ん?どした?」
その優しい声色は相変わらずだった。彼の方が座高が高いから、自然と私は見上げる形になる。
「良かったんですか?ミスコン…。楽しみにしてたんですよね…?」
当然の質問だ。私たちがミスコンの会場なら離れてしばらく経つ。もうとっくに終わってしまっている時間だろう。
私の疑問に、千晴さんは目を丸くしてから答える。
「なーに言ってんの。黒雪の体の方が大事に決まってんでしょ」
この人は、また…。こういうことを当たり前のように言ってくる…。
心底ズルいなといつも思う。千晴さんには想い人が居て、その人に熱烈な愛情を抱いている。それでも、他の女の子を勘違いさせるような言葉を使うのだ。
私もまた、その勘違いをしている女の子の1人…。
本来なら、私はここに居られない人間。元ヴィランだった私が、日の目を浴びていること自体ありえないこと。たまたま能力を買われて、公安に引き取られただけ。
自分の行いを忘れた日なんてない。過去を振り返り、犯した過ちの事を考えて眠れない夜だってある。他の人の大切な記憶を奪うなんて、やってはいけないことなのだ。
それでも──。
『過去は消えないけどさ、大事なのは今だと思うよ』
「千晴さん…」
最愛の幼馴染が居ることは知っている。この人の心が私に向く訳が無いことも。
それでも──。
「おう、喉でも乾いたの──!」
私は愛生千晴を、こんなにも愛してしまったのだ。
重なる唇と唇。男の子だけど柔らかな感触が伝わってくる。
心臓がドキドキしている。今までにないくらい鼓動が早い。
ああ、一生こうしていたい。
千晴さんの両頬に手を添えて、その感触を飽きるまで味わう。両の手のひらから千晴さんの熱が伝わってくる。凄く熱くなっている。でもそれは、きっと私も同じだ。
呼吸の為に1度口を離す。頬を赤く染め、息を乱す私たちがそこにはいた。
「く、黒雪…おまえ──ん!」
何かを言われる前に、振りほどかれる前に、再度私は彼の口を塞ぐ。再び広がる千晴さんの味。今この瞬間だけは、千晴さんの頭の中には私しか居ないだろう。それでいい、それでいいのだ。
幼馴染が居るからなんだ。その人のことが好きだったらなんだ。そんなものは、私の恋を諦める理由にはならない。
誰にも渡さない。絶対に私のモノにする。身も心も全て捧げるから、あなたもそうして欲しい。
抑えきれなくなった気持ちに拍車がかかり、思わず彼を押し倒す形となる。それでも唇は離さない。より深いところで繋がっていく。大きくなった想いが、私をそうさせたのだ。これは私のせいなんかじゃない。
銀色の糸を引きながら、千晴さんの口から離れる。眼下の彼がやけに可愛く見えてしまう。驚きと、恥ずかしさと、様々な気持ちが入り交じっているのだろう。感情がぐちゃぐちゃになっているのは明らかだ。
「く、黒雪…」
「…千晴さんが悪いんですよ。私をここまでさせた千晴さんが…」
恋愛に早い遅いなんて無い。むしろ、何もアクションを起こさない方がいけない。
拳藤一佳だけであった千晴さんの頭に、いま私という別の女の存在を植え付けた。ここまでして意識しないなんて事は無いはず。
「しっかりと責任…取ってもらいますからね?」
全身がゾクゾクする。いけないことをしているのは分かっている。
「愛していますわ、千晴さん」
それでも私は、この人を自分のモノにしたいのだ。