「おぶふぅ〜、疲れ申した」
特大の息を吐きながら、俺は用意された部屋のベッドに横たわる。本日の訓練は終了、ご飯と風呂を終えて部屋に戻ってきたところだ。
今日の…というかこれからの訓練内容としては、基本的に近接格闘術の強化がメインとなってくる。今まで"超能力"という個性に頼りきっていたところを、自分の体で何とか対応・対策出来るようになれとのことだ。その為の基礎身体能力の向上や、公安式格闘術…だっけ?それを身につけていくということだ。
──で、その訓練の相手は基本的にナガンがやるんだけどこれまた強いのよ彼女が。個性からして遠距離ブッパマンかと思ってたら、徒手空拳が強いのなんの。剥き出しにした銃身も上手いこと扱って、もう何度鈍痛を喰らったことか。間違いなく今日1日で学力が落ちた。覚えた英単語とか全部忘れた。
そして極めつけはインターン期間中の個性使用禁止!これが1番しんどい!訓練中はもちろん、日常生活中にも使ったらダメとのこと!もし少しでも使ったらケツバットの刑だって言われたんだ。どうやら使ったら即バレするシステムもあるらしい。やべー組織だな!
「でも他の皆も同じようなコトやってんのかな〜?」
布団にくるまりながらクラスメイトのことを思う。デクと爆豪と轟はエンデヴァーのトコに行ってるし、常闇は引き続きホークスのトコに世話になるって言ってたな。他の子も、最近活躍しているヒーロー達のトコに行って経験を積んでるハズ。そりゃそうだよな、生ぬるい環境にいても成長には繋がらない。
「一佳も頑張ってるよな〜。アイツは真面目だからな〜」
そしてそれは一佳も例外じゃないハズ。アイツも頑張ってると思うと、俺も頑張らなきゃって思えてくる。単純な思考回路で結構、男の子はそれくらいがイイのだ。
「お〜し!そんじゃあ明日に備えて寝るとすっか!アンナチュラル、消灯だ、電気消してくれ!」
『クソガキ…貴様いつから私を顎で使うようになった…?』
ぬぅと現れ出たアンナチュラルさんが、ドスの効いた声を出しながら俺の背後に忍び寄る。そのままゆっくりと、俺の首を絞めてきた。
『電気くらい自分で消しに行けばいいだろう。お前は私をなんだと思ってるんだ?パシリか?それとも都合のいい女か?』
「ギブギブギブ!僕が悪かったです〜!」
腕をトントンして降参の合図を送ると、アンナチュラルはしゅるりと拘束を解いてくれた。あかん、マジで落とされるところだった。冗談通じない人なんだから、全く。
大変億劫だが、ベッドから身を起こし部屋の電気のスイッチを押しに行く。普段なら超能力でスイッチなんて押せたのにな。ケツバットだけは勘弁だ。
『だが小僧、お前このまま公安の言う通りに個性を使わず過ごすつもりなのか?』
「え?そりゃそう言われたかんな」
電気のスイッチに指を置こうとした瞬間、アンナチュラルからそう聞かれる。俺の返答を聞いた彼女は、何故かため息をついていた。
『そんな腹積もりで、本当に強くなれるとでも?個性だって身体機能の1つ、使い続けることで伸びていくものなんだ』
「そんくらい俺でも知ってらァ。けど今は個性に頼らない生活を送って、そもそもの土台を強化しようって話だろ?」
『甘い…甘すぎるぞ小僧…。まるでショートケーキのように甘い…』
えぇ…なにそれぇ…?
『基礎戦闘能力の向上、大いに結構!だがしかし、私たちの力の本質はこの身に宿ったサイコ・パワーだろう。これを伸ばさずにしておいて何が特訓か』
なんか熱入ってきたなこの人…。とりあえず大人しく話を聞いておこう。ま、言ってることはよく分かる。
「んじゃ、どーすんの?こっそり抜け出してどっか外で個性を伸ばす訓練でもやる?」
『ふん、わざわざそんな手間をかける必要など無い。もっと簡単に効率良く力を奮える場所がある』
場所…?一体どこだそれは…?まさか公安にも雄英にある特訓施設のようなものがいっぱいあるとか…?
ニヤリと口角をつり上げ、アンナチュラルは自身の頭に指をトンと置いた。
『お前自身の"夢の中"だ』
「はーいおやすみー」
何を言い出すかと思えば…。なーにが夢の中だ、寝言は寝て言えとはまさにこのことだ。歳をとりすぎて遂にボケちまったのか?老人の介護なんてやってらんねーよ。
思いながら電気を消そうと思った刹那、気付けば俺の首元に刃物が添えられていた。銀色に光る鋭利な刃先が、俺の命を刈り取ろうとしていた。冷や汗が首筋を伝う。
『ここで死ぬか、私の話を真面目に聞くか、選べ』
「お、お話をお伺いしたいと思います…」
そのままベッドの方へ誘導され、シーツの上に腰を下ろす。依然、刃物は首筋に添えられたままだ。まるで人質じゃねーか。てゆーかコレどっから出してきた?
『で、話の続きだが…。一言で言うと眠っている最中に、私がお前に修行をつけてやるということだ』
「そんなこと出来んの!?」
『多分な!』
多分かーい。まだ確定していない情報を嬉々として伝えようとするな。無○様だったらバラバラにされてたぞ。とは言うものの、そんなこと口に出したら殺されるのは俺だから、口を噤むことにする。
『なに、私とお前の体は深いところまで繋がっているんだ。お前の夢の中を侵略することなど容易い』
「侵略て。まぁおんなじ身体なんだし、理屈は通ってるよな」
そんなもんか、と思いつつ俺はベッドに潜り込む。まぁ確かにアンナチュラルの言うことも一理あるからな。ナガンに身体能力の強化をしてもらいつつ、アンナチュラルには個性の底上げ。うん、持ってくれよ、オラのからだ。
「んじゃあ早速今夜からだな。どうしたら良い?普通に寝たら良いのか?」
『ああ、それでいい。あとは私が──』
言うや否や、アンナチュラルがベッドにスルッと入り込んで来る。そしてそのまま、俺の体をギュッと抱きしめ始めた。
「…なんの真似だ?」
『…こういうやり方なんだ』
ああ…そうなんだ…なら仕方ないか…。
アンナチュラルに抱かれ、その心地良さに自然とまぶたが重くなり、意識がどこか遠くへ飛んでいきそうになる──訳あるか!
寝れるかこんなハレンチな状況で!
○
そこは暗い地下室のような場所だった。
ドクターに呼ばれそこに赴いたオレは、怪しげに光る背の高い試験管を見上げていた。中には黒い生命体──脳無のようなものがプカプカと浮かんでいる。
「遅かったな、リーダー。髪、だいぶ伸びたな」
同じヴィラン連合の一員である黒髪の男、荼毘がオレの様相を見て目を細めていた。全身に刻まれた火傷跡がなんとも痛々しい…とは最近は思わなくなってきた。要するに慣れだ。
「知らないのか。最近は男性でも長いのが女子に人気なんだ。髪のお手入れとかは大変だけどな」
「アンタの口から、お手入れなんて可愛い言葉が出てくるとは思わなかったぜ」
「ほっとけ。そういうお前の方は…だいぶ傷んでいるようだが。トリートメントはしているか?」
「お主らわしの前でよく髪の話が出来るな」
遮るようにかけられた言葉の主の方へ、俺と荼毘は顔を向けた。そこには俺を呼んだ張本人、ドクターが回転椅子の上に鎮座していた。
「年齢には勝てねぇだろ」
「その口元の髭を頭に移したらいいんじゃないのか?」
「き、貴様ら…年寄りを馬鹿にするとろくな事にならんぞ…」
ぐぬぬ、と言わんばかりに身を震わせるドクターが居た。こればっかりはしょうがない、順番というやつだ。
「んで、今日はどうしてこんなかび臭い所に?」
「あんま長居したくないよな」
「全く!文句の多い奴らじゃ!これだから最近の若者は…」
だって実際そうなんだもん。心の中で思いながら、オレは周囲の試験管を見渡す。
「脳無…なんだろ?コイツら全部」
脳みそ丸出しの見た目がそれを物語っていた。だが、今までのものよりサイズが違う。それに体の形も。そして何よりビビるのはその数だ。両手じゃ数え切れない程の脳無が、試験管の中で浮かんでいる。一体どれだけコイツらにかけているのやら。
「ご名答!まぁ見たら分かるんじゃがな。これまでの戦闘データや実験から、更に強力な脳無たちを生み出すことに成功してな。いわゆる──
「ハイエンド…」
ドクターがほくそ笑む。頭にしっぽと足だけが生えているジョンちゃんが、その口にタブレット端末を咥えて足元へやって来た。受け取り画面を見ると、そこにはハイエンドとやらの詳しいデータが映し出されている。
「従来のものたちより肉体を強化、更に凶悪な個性たちを搭載した強化版じゃ。並のヒーローなら太刀打ち出来ない程の仕上がりになってるんじゃよ」
「へぇ…そりゃ凄い…」
荼毘が呟く。何だか悪巧みをしているように思えるのは、俺の気のせいだろうか?
「で?こいつらの紹介が今日のメインイベントなのか?なかなか楽しませてもらったぜ。じゃ、帰ってゲームして寝るから」
「まぁ待て、死柄木弔」
背を向けて帰路につこうとした時、やけにシリアスな声色でドクターが言った。さっきまでのどこかおどけたような雰囲気じゃない。オレは首だけを彼に向けた。
「そろそろ王としての自覚を持ったらどうじゃ?」
「は…?」
ドクターのメガネが怪しく光る。
「AFO無き今、ヴィラン連合は名ばかりのトンチキ集団。世間からその名は消えかけているのが現実じゃ」
「…」
「思い出すんじゃ。何故この道の扉を開いたのかを」
「道…ね…」
思い起こされる、今までの日々。雄英高校への襲撃、ヒーロー殺しへの当てつけとして放った脳無、開闢行動隊の設立、そして神野での戦い。またしてもOFAにねじ伏せられた先生は、今は監獄の中。
グッと奥歯を噛み締める自分がいる。
「AFOがいない今、誰がこの文化祭集団を率いらなきゃいけない?現在の社会に警鐘を鳴らし、存在を証明させ、野望を貫く。その道を切り開かなきゃならないのは他でもない──」
──死柄木弔、なんじゃないのか?
道を…開く…。
自分の右手をそっと見やる。この手に宿っているのは、触れたもの全てを滅ぼすことのできる力。
『ねぇ転弧、ヒーロー…まだなりたい?』
頭の片隅にしまっておいた、母の言葉がふと甦ってくる。忘れやしない、あの家での日々も一緒に。
『ヒーローは、他人を助ける為に家族を傷つけるんだ』
父は痛みだった。オレの中でのガンみたいなものだった。フラッシュバックされる記憶と共に、父を殺した時の感覚が蘇ってきた。
『僕は全てを肯定しよう!』
「…そうか、先生」
先生との記憶は、どんな些細なものでも鮮明に残っている。悪の道を進むと決めた時から、ずっと背中を押してきてくれた。その先生がいないのなら、先導者がいないのなら。
「ドクター、全員を招集出来るか?」
「モチのロンじゃよ」
オレの問いに、ドクターは笑顔で答えた。
そうだ、オレはヴィラン。ただのうのうと生きる奴らとは違う。自分の思い通りにする為に力を振るう。悪を貪る。正義を壊滅させる。
「先生の意志は、オレが受け継ぐよ」
そのためには平和の象徴を、OFAを塗りつぶさなきゃ。それがオレの生き方だ。
「そーいや気になってたんだけどよ」
不意に荼毘が口を開く。
「この黒い奴らは脳無だとして、この人だれ?」
ピッとある方向を指をさした荼毘。そちらに目を向けると、そこにも似たような試験管が配置されている。だがしかし、中身は脳無とは別のようだ。
「なーんか背中に色々刺さってるけど、生きてんの?」
「ほっほっほ、相変わらず目の付け所が良すぎるなぁ荼毘よ」
「なんだコイツは…」
試験管の中で揺らめく、銀色の長髪が特徴的な人間。脳無とは違う、こっちはれっきとした人だ。
キャスター付きの回転イスを使って、ドクターがこっちまで滑走してきた。
「AFOと実験をしておってな。人の体に最大いくつの個性を刻めるのか…その途中段階じゃよ」
「相変わらず物騒なことしてんな」
「それはお互い様じゃ」
したり顔をするドクター。オレは黙って試験管の中の男を見つめる。
「その悪趣味な実験とやらは順調なのか?要するにやってることは脳無と同じだろ」
「調整にまだ少し時間はかかりそうじゃがな、そのうちお披露目になるじゃろう。なかなか頑張ってるんじゃよ、ワシは」
「ふーん。で、コイツにはいくつの個性を載っけるんだ?」
「ああ、生来備えられた物と併せて9つじゃ」
9つの個性持ち…。もし仮にそれが本当なら、こちらにとってもかなりの戦力になる。野望の完遂の為の大きな駒だ。
「9つて。アッハッハ、やりすぎだろそりゃ。もう今のままでもヒーローたちぶっ倒せそうだな」
「そう甘くは無いんじゃ。色々デメリットもあってな。それにこやつには重要な使命を与えておる」
「使命…?」
コクリとドクターは頷く。
「愛生千晴…その中に眠るアンナチュラルの奪還じゃよ。AFOの悲願の1つじゃ」
愛生千晴…雄英高校のガキ…話してるだけで虫唾が走る邪魔な存在。そういや、神野でもいいようにしてやられたっけ。
ああ、ダメだ。思い出すだけで憎しみが溢れてくる。
「任せてよドクター。OFAもアンナチュラルも、全部オレが奪ってきてやる。気に入らないものは、オレの道を阻むものは全部破壊してやる」
一旦壊すんだ、気に入らない今の社会を。
そうして作りだすのさ、オレたちが生きやすい世の中ってやつを。
そのために使える物は何でも使う。脳無だろうが、目の前の複数個性持ちの人間だろうが。
生き方は決めた、後は進むだけだ。