轟焦凍、雄英高校1ーAの生徒であり、紅白色の頭が特徴的な男子。
個性……《半冷半燃》炎と氷の力をその身に宿し、それらを巧みに扱い攻め立ててくる。……と、俺は勝手にそう思っていた。しかし、実際に使ってくるのは氷ばかり。彼の父、エンデヴァーのような高火力の炎は見る影もない。
迫り来る氷結を、
「轟、俺が前に出る」
「ああ、分かった」
「八百万、俺の後ろで核を守ってて。そんで、出来たらテキトーなもんそこら辺に創って転がしといてくれたら助かる」
「畏まりました」
轟とスイッチで障子が駆け出す。障子目蔵、個性《複製腕》……。肩から生えた翼のような触手に、口や手を複製することが出来る。そして、何より恐ろしいのは規格外のパワー。さっきも、八百万が創造した鋼鉄のバリケードを吹っ飛ばしてみせた。つまり、その力で殴られたら1発KOって訳だ。
見たところスピードは並、俺はバリアを張って飛んでくる拳に備えた。障子の拳とバリアがぶつかり、鈍い音が室内に響く。
「便利な個性だな、こんな事も出来るのか」
「何人にも侵されざる聖なる領域、心の光、ATフィールドは誰もが持っている心の壁さ」
「何を言っているのか分からない」
ジョークを流されつつ、障子は複製する腕の数を更に増やしてみせた。その数ざっと20本以上。これは少しまずいかも。
「そのバリアをかち割ってみたくなった」
「や、優しくしてね……?」
「ヴィランの要求を聞く耳など無い」
い、意外……!コイツ意外と役に入り込むタイプだ……!
この量の腕と力でゴリ押しされたら、バリアは砕かれ俺もタコ殴りにされてしまう。個性把握テストの時の障子の握力って、確か500とかだったっけ?バケモンじゃねーか。そんな奴にオラオララッシュされたら……。
動きを止めるか?いや、あれ結構集中力がいるからな。こんな一瞬じゃ無理だ。となると、俺が取るべき行動は──。
「避けるんだよォ〜!」
「甘い」
俺が後方に下がった時、背中にドンという衝撃と、ひんやりとした感覚が伝わってきた。そこには、轟が作り出したであろう氷の壁が。その隙を障子が見逃す訳も無く……。
「裁くのは俺の個性だ」
「わりい、八百万。おれ死んだ」
絶体絶命とはこのこと。視界が障子の複製腕で埋め尽くされる。あ、なんか昔の風景が蘇ってきた。これは……初めて一佳と遊園地に行った時の記憶だ!アイスクリームを2人でわけっこしたっけ、懐かしいなあ……。てか、この頃の一佳も天使だなあ。なんでこんな可愛いんだろ。
「愛生さん!!」
心地の良い走馬灯を切り裂くように、そんな声が頭に響いた。次の瞬間、俺の体に何かが巻き付けられ、そのまま釣り上げられる魚のように引っ張られていく。
「愛生さん、大丈夫ですか?」
「ん、一佳……俺にあーんをしてくれ……あーん……」
「しっかりしてくださいまし!」
「へぶちっ──ここはどこ!?ホワッチャネイム!?」
ベチン!と頬を引っぱたかれる。その痛みで我に返ると、目の前には八百万の顔があった。
「授業中ですわ、お気を確かに!まだ戦闘は続いています!」
「あれ、俺たしか障子にやられそうになって……。八百万が助けてくれたのか?」
「お喋りは後回しに、迫ってきてます!」
ハッと前方を見やると、こちらに向かって突撃してくる障子と、障子の進路に邪魔にならないよう上手く氷をコントロールする轟が視界に入る。
「さあ立って、迎撃します!辺りに落ちてるものもご自由に!」
周りを見渡すと、八百万が創造してくれた物が散らばっている。鉄球、鉄棍、鉄パイプ……なんかスゲー物騒だな……。だけど──。
「サンキュー、八百万!勝って終わらせるぞ!」
「勿論ですわ!」
障子の剛腕を、八百万が盾で弾く。俺は力を集中させ、八百万が創ってくれた物たちを浮かび上がらせる。
「まずは……その鬱陶しい氷からだッ!!」
地を這う氷結に、鉄パイプたちをぶつけ合わせ砕いていく。次に轟の方へ矛先を向け、足元辺りへ突き刺す。当てちゃうと危ないからね、動きを止めるためだ。
そのまま鉄パイプやら鉄棍やらで轟の四方八方を囲む。そうしたらほら、立派な檻の完成だ。あとは「轟焦凍」って書いたプレートを下げたらはい完成。
「……おい、これはどういう事だ?」
「安心しろ、飼育員さんたちはみんな優しいから」
「俺はもう家に帰れねえのか」
ショックで膝から崩れ落ちた轟をよそに、八百万の方へと向かう。障子相手に女の子の力じゃ厳しいだろう、加勢しなければ。──と、俺は勝手にそう考えていた。
「ハァーッ!!!」
「ぐおおーっ!!」
やけに鈍い音が聞こえてきたかと思うと、俺の方へ大柄な男がぶっ飛んできた。
「ぐ……力、及ばず……か……」
そう言い残し、障子目蔵は力尽きた。
「あ、愛生さん。こっちは片付きましたわ」
ふぅ、と息をついた八百万がこちらを見る。いやいやいや、片付きましたわじゃないよ。障子くん、動かなくなっちゃったよ?え、大丈夫?この人生きてる?まだ入学してまもないけど、こんなんでこの先やってける?
それに八百万が持ってるその大剣はなに?それも創造でつくったの?さっきの鉄パイプとかでも思ったけど、発想が物騒すぎない?刃で障子のこと切り刻んでないでしょうね?その辺に腕とか転がってないよね?
「思ったように武器を振り回せませんでしたわ。もっと力をつけねば」
『ヴィランチーム──WIN!!!!!』
オールマイトの野太い声が、本日の訓練の終了を告げた。
後で確認したけど、あの大剣に刃はついてないらしい。鉄の塊を振り回してたようだ。いや、それでも危ないもんは危ないけど。
せめてタケノコだよね。
〇
帰りのHRが終わると、クラスの皆が一斉に席を立ち後片付けを始める。まだ入学して少ししか経ってないけど、クラスの雰囲気は良好だ。ワイワイと談笑しながら放課後なにするかといったように、学生らしい会話が飛び交っている。
そんな喧騒の中、教室の外からドドドドド!という音が聞こえてくる。それが耳に入ると、クラスの視線が私に集まり、私はハァとため息をつく。そう、アイツだ。
教室の扉が勢いよく開かれると、そこにはバカが1匹立っていた。
「ボンジュール、一佳。今日もお疲れ様。さ、俺と一緒に洒落たカフェでチルってこうぜ」
注目の的になりながら、千晴はズカズカとB組の中に入って来る。途中すれ違う男子に「ガルル!」と犬みたいな威嚇をしながら。ほんとバカみたい。
「待った?」
「待ってない。アンタ毎日これやる気?」
「無論、死ぬまで」
筋金入りのバカだ。まさかこれが幼馴染だとは。なんでコイツの家の近くに生まれてきちゃったんだろう。
「悪いけど、今日は委員会があるの。遅くなるみたいだから、先に帰ってて」
「終わるまで待つぜ」
「いやその後に寄るところあるから、先に帰っててよ」
「お供するぜ」
「だーめ、1人で行きたいの」
「夕飯までには帰ってきなさいよ」
「オカンか」
周りのクスクスした笑い声にハッとなる。見ると、クラスの皆が微笑ましそうな目で私たちを眺めていた。は、恥ずかしい……。
「まぁ無理にとは言わねーけどよ。あんま暗くならないうちに帰ってくるんだぞ。最近は物騒だからな。最近、この辺りに変な奴がうろついてるって相澤先生も言ってたぞ。遅くなるようなら連絡しろよ、迎えいくから」
「う……うるさい!別に平気だって!もう、アンタはなんで皆の前でそんなこと言えるんだよ!」
ヒューヒューと囃し立てるような声が響き渡る。くそ、なんだよこの状況……。恥ずかしすぎて死にそう……。さっさと委員会に行くことにしよう。
「じゃあね!またあした!」
「あっ、おい一佳!走ると危ねぇぞ!」
一目散に教室を後にして、委員会をやる教室まで走る。
ホントに勘弁してほしい……。あんな、皆の前で彼氏みたいなことする事がだ。何であいつは恥ずかしげもなく堂々としてるんだ?ヤツに羞恥心ってものは無いの?あ、無いわ。昔っからあんな感じだったわ。今更だったわ。
にしても、クラスの皆がいる前でああいうことをするのは本当にやめてほしい。これは結構切実だ。何故って──?
「嬉しすぎて顔がにやけちゃうだろーッ!!!」
そうだよ!嬉しいんだよ!女の子はね、好きな男の子に気遣われたり大切に扱ってもらうとね、喜ぶんだよ!こちとら何年の恋心だと思ってんの!?もういつ爆発してもおかしくないんだよ!でも必死に耐えてんだよ、クラスメイトが見てるから!まだ想いを伝える時じゃないから!
でも、嬉しいものは嬉しい。千晴の頭の中にはいつも私がいるのかぁ……なんて考えてたら自然と頬が緩んでしまう。これはアレだな、もはや病気だな。そうだ、今度医者へ行こう。このモヤモヤした思いを、発散させるお薬を貰ってこよう。
「ああもう、あのバカ男!!」
せめて少しでも気持ちを晴らそうと、壁を殴る。誰かにでも見られたらヤバいけど、幸い近くに人はいない──。
「お、おい一佳。いきなり壁を殴るなんてどうしたんだよ」
「ってなんでいるの!?」
そこには千晴がいた。キョトンとした顔で私を見ている。
「うそ、いつからいたの……」
「いつって、教室を飛び出してからずっと追いかけてたんだよ」
「後ろついて来てたのかよ!」
本当に振り回されてばっかりだ。いつも私のすぐ傍にいて、バカやって、ガキみたいなやつ。でもいざって時は頼りになって、困ったら助けてくれる。
「もう、しょうがない奴なんだから……」
「ししし、そう簡単に逃げられると思うなよ」
「バーカ、知ってるよ」
そんな千晴だからいいんだよな──。
「とにかく、遅くなるんだったら本当に気をつけろよ」
「わかったよ、いつもありがと。──じゃ、委員会いってくるよ」
「おう、頑張れよ」
そう交わして別れようとした時、千晴の背後から足音が聞こえてきた。千晴の後ろでそれは止む。
「あら、愛生さん?こんなところでなにを?」
「おー、八百万。なあに、ちょっとした用さ。そっちこそ何してんの?」
八百万──そう呼ばれた彼女は、千晴の傍に寄る。肩先が触れ合いそうな距離に……。
「先生に言われて、授業プリントを出しに来てましたの。愛生さん、珍しくちゃんとやってらしたようで」
「んだよその言い方はよ〜。一緒に問題解いてくれたじゃん」
「ふふ、そうでしたわね」
……なに、なんの話をしてるの?
「それと気になっていたのですが、そちらの方は……?」
八百万とかいう女が、私の方を見る。自分の眉がピクついたのが分かった。
「ああ、紹介するよ。B組の拳藤一佳っていうんだ」
「お初にお目にかかります。私、A組の八百万と申します」
「……拳藤一佳です、よろしく」
「拳藤さん、是非仲良くしてください」
綺麗なお辞儀だった。隣のクラスにお嬢様がいると聞いていたけど、この人だったのか。整った顔立ち、輝く黒髪、抜群のスタイル。千晴のクラスには、こんな子が……。
モヤッとした気持ちが、大きくなる。
「八百万は良いやつなんだ。消しゴムとか忘れたら創造でつくってくれるし。授業でわかんないところがあったら、わかりやすく教えてくれるし。今日だって、戦闘訓練でスゲー助かったんだぜ」
「あら、嬉しいですわね。そんな大したことしてませんわ」
「へー、そうなんだ」
……なんでそんなこと言うの?私の前で、他の女の子を褒めたりしないでよ。
「あ、愛生さん。こんなところに糸くずが付いてますわ」
そう言って、八百万は千晴の身体に触れた。その瞬間、全身に電流のようなものが走るのを感じる。心のモヤモヤは更に大きくなる。
「サンクス」
「もう、雄英生たるもの身なりは整えておかないと」
やめてよ……軽々しく千晴に触れないでよ……。なんだよその表情……そんな顔で千晴を見るな……。私の千晴に……それ以上近づかないでよ……。
やめろ、楽しそうにするな。私がここに居るのに。なんで千晴は私を見てくれないの。他の女の子に、笑った顔なんて見せないでよ。そんな出会ってまもない子と、仲良くしないでよ。
モヤモヤは既に、ドロっとした黒い感情に変わり果てていた。それが良くないことだって分かっていながらも、私はその気持ちを抑えることが出来なかった。
やめろ、やめろ、やめろ。私の千晴だぞ。私だけを見てよ。そんな女じゃなくて、私を見て笑ってよ。ねぇ、千晴。私の大好きな……私の大好きな……。
「い、一佳……?どうしたんだよ……?」
ハッと我に返ると、少し驚いた様子の千晴が視界に入った。気づいたら八百万の方に手が伸びていた。
「あ……な、何でもないよ!じゃあ、委員会あるから!」
「あっ、おい!」
心配そうな千晴の声を背で受け、私はその場から離れた。嫌だった。これ以上あの場所にいられなかった。
鉛玉のように重く沈んだ感情が、私を支配していた。こんなの初めて。モヤモヤなんてレベルじゃない。もっとドス黒い何かが、私の中に生まれた。
──恋の病。その意味を、私はこの時実感した。
轟焦凍②
・絶賛檻の中。
障子目蔵②
・入院中。