──ついこの間まであった平和が、嘘のように崩れ去る。
もはや今までの平和が偽りのものだったんじゃないかと、そう思える程だった。
瓦解していく建物、割れる地面、泣き叫ぶ人々の声。
絶望を絵に描いたような光景が、そこには広がっている。
「どこ…どこに行ったの…。みんな…」
私の声というと、小さくか細いものなので、簡単に周りの音にかき消されてしまう。
それでも、声を出し続けない訳にはいかなかった。
離れ離れになった家族を、呑気でボーッとしている姉を、まだまだ目が離せない弟を、私が見つけてあげないと。
もう、家族を失うなんてことはしたくない。あんな思いをするのはもう沢山だ。
突如、目の前が黒色に染められる。建物の一部が落ちてきたのかと思ったが、それはすぐに間違いだと気づく。
「イ、居ルナ…人ガたくサン…」
それは生き物だ。黒い皮膚に覆われたそれは、瞳を黄金色に細く光らせながら、人々に目を向ける。
「強いヤツは、マダ来テナいか…」
その瞳が私を捉えた。目が合った。生きた心地がしなかった。
「人を殺セバ…来るノかナ?」
伸びてくる黒腕に、私はギュッと目を閉じることしか出来なかった。
それと同時に、今まで自分が抱えていた考えなんて、いざという時に簡単に揺らいでしまうのだと実感した。
「助けて…ヒーロー…!」
要らない存在だと切り捨てた者の名を、無意識のうちに呼んでいた。
○
『前方200m!そこにヴィランが居ます!千晴さん、気をつけてください!』
「ガッテン承知」
装着したインカムから、黒雪の声が響く。そこから示された方を見据えると、言われた通りヴィランがいた。まだこちらには気付いていないようだった。
「先手必勝…!」
空を駆けながら手のひらをヴィランに向け、衝撃波を打ち込む。それと同時に壊れた車の部品…これは恐らく扉の部分だろうか?それをサイコキネシスでブーメランのように投げつけた。
「ぐげぇっ!?」
「もらった!」
衝撃波と車の扉がモロに直撃し、悶えていたところに回転回し蹴りをお見舞する。顔から地面に叩きつけられたそいつは、そのまま動かなくなった。うん、綺麗にめり込んでくれたね。
「黒雪、とりま制圧完了。次の目標は?てかまだいる?」
『お見事です、千晴さん。ヴィランの反応はまだあります。案内しますので直ぐに移動を』
「OK、忙しくていいね」
いや、良くは無いなと内心自分につっこみながら、次のポイントまで飛んでいく。
突如として複数の箇所に現れたヴィラン達。街のヒーロー達はその撃破と市民の避難誘導に駆り出されていた。無論、インターンで来ていた俺もそれに参加。昨日の成果を買われてか、ヴィラン撃破チームの方で動いている。さっきのでもう3人目だ。
「にしても、なんで急にヴィランが?それもこんな一気に…」
『掴んだ情報によると、ヴィラン達を収監していた所が何者かに突如襲われて、そこから脱獄してしまったようです。解き放たれたヴィランは30は超えるものだと』
「誰だそのクソ迷惑なやつ!」
言いながら次のヴィランが視界に入る。右腕にトゲトゲを生やし、それをやたらめったらに振り回して暴れているようだ。あ、いま他人の車ぶっ壊してた。人の物を壊したら駄目だって、親に教わらなかったのかな?
「チッ、もうヒーローが来やがったか。もっとシャバの空気を吸わせろ」
「はっ、死なない程度に燃やしてやるよ」
パイロキネシスを起こして、遠距離からヴィラン目がけて炎を飛ばす。見た感じ近距離タイプ、ああいうのは遠くからチクチク攻め立てればなんてことは無い。適当に距離を置いて嫌がらせしてやろう。
そうして敵の体力を奪いつつ、俺はずっと試してみたいことを実践することにした。シュタッと地面に降り立ち、その上に手のひらを重ねる。そこにエネルギーを注ぎ込み、思い描いた形で顕現させる。
「はっ!?なんっじゃそりゃ!」
イメージはそう、手で触れたコンクリートを茨のように形を変形させ、ヴィランへと肉薄するよう差し向ける。迫り来る無数の混凝土の棘茨に、ヴィランは顔を真っ青にしていた。
「捉えろ!」
グッと拳を握ると、呼応するように茨がヴィランを取り囲み、その身体を拘束する。身動きが取れなくなったことを確認したら鎮圧完了だ。うん、初めてにしては上手くいった方かな。
個性は解釈次第でどこまでも伸びる。その方向性は千差万別。同じ個性を持っていたとしても、使い方が全く違うなんてことも有り得るかもしれない。そう思うと、自分の想像力次第で色々できるってもんよ。
今のだってそうだ。コンクリを操作して敵を拘束するよう形を変形させてみたのだが、イメージは死穢八斎會のボスであるオーバーホールから得た。アイツもそんなような事ばっかやってきたからな。オバホ、今頃何してるのかな?元気に刑務所生活でも送ってるんだろうか?
そんなことを考えながらヴィランを確保。警察に引き渡して次の現場へ直行。インカムで別のヒーローから援護要請が入っていたんだ。直ぐに行って手伝わなきゃ、これ以上被害が大きくなる前に。
幸い、まだ建物が倒壊したりだとか、道が割れて避難が滞る…なんて状況にはなっていない。個性の規模が小さいヴィランが多かったのか、街への被害はそこまで大きくないのだ。勿論決して0ではないのだが、ここに暮らしている人たちの生きてきた証がこの街の姿なんだ。そちらへの被害も最小限に抑えていかなければ。
──その時だった。
「…なんだ、このプレッシャーは」
身の毛もよだつような感覚が全身を襲う。なんだこの感覚は…今までに感じたことの無い感じ…。遠くからとんでもない脅威が迫ってきているような予感がする。
すぐさま、通信機から黒雪の伝令が入る。
『強力な生命エネルギーを探知!この反応は…!』
「あー…なんか予想出来たかも…」
遠くからこちらに向かって飛んで来る物体が視界に映る。黒くて…やけに大きい体格をしてる…。これはきっとデジャブでは無いはずだ…。
『会敵します!5…4…3…2…1…!』
けたたましいカウントダウン。それが0を告げると同時に、漆黒の弾丸が俺の前に墜落してきた。その余波で地面をガラスのように割り、近くの建物にも亀裂を生じさせる。
黒い肌、隆起した肉体、黄色く怪しく光る細い眼光。USJや林間合宿の時の記憶が、色濃く甦ってくる。
「いイ居た…。こコこんナ所二ヒーローが…」
「クソッタレめ、
ヴィラン連合の凶手、脳無が俺の前にやって来た──。