side:レディ・ナガン
〜千晴がハイエンドと戦い始めて少し経った頃〜
「こちらナガン。黒雪、状況はどうなってる?」
『ナガンさん!──現在の状況は…!』
別現場からそのまま私が向かっているのは、現在黒雪と愛生が対処に当たっている現場。公安からの指令によると、どうやらそこにあの脳無を超える人造ヴィランが出現したとのこと。
黒雪からの情報と状況を頭の中に入れつつ、ヘリコプターが現地に到着するのを今か今かと待つ。
現場の状況はリアルタイムで中継もされている。その映像は、全国の国民が息を飲んで見ているだろう。その映像は私もさっき確認し、思わず目を見開いた。
そこには謎の黒いヴィラン──ハイエンドと戦う愛生の姿が映し出されていたのだ。
街の人たちや建物の被害状況も悲惨だという。そして、その状況を作り出した凶悪ヴィランと、随分前から目をかけているヒーロー志望が死闘を繰り広げているのだ。
(クソが、現場のヒーロー達は何をやっている…!何でアイツ一人しか戦ってねーんだ…!)
思いながら答えは分かっている。単純にハイエンドと渡り合えるヒーローが、愛生しか居ないのだ。宙を自在に駆け、破壊の限りを尽くす。そんなヴィランに対抗出来る者など、そう多くは無い。
それでも…それでもまだ愛生は子どもだ…。その命に指がかかるような戦いなんて、経験させる訳には…。
「…心底恨むよ、自分の責任能力の無さを」
私もついて行くべきだった。私の選択ミスが、この状況を招いたんだ。
「待ってろ、愛生…」
ヘリコプターの中で1人、奥歯を噛み締めた。
○
「──で?その体の動かし方ってのはどういうのなんだ?緋色の彗星さん…ぷぷっ…!とやら…グフっ…!」
「なに笑ってんだお前ッ!!!」
場所は引き続き精神世界。俺と緋彗の内面の世界だって、緋色の彗星さん(笑)が教えてくれた。
てゆーか緋色の彗星ってなんだよ。小学生が考えたようなネーミングセンスじゃねーか。なにそれ自分で付けたの?自分が走ってるとこ見て「あ、俺いま緋色の彗星っぽいかも!」とか思ったってこと?だとしたらコイツめちゃくちゃ面白いぞ。
「くそ…三日三晩ちゃんと寝て考えた渾身のネーミングなのに…!」
「まぁその話はいいや、こうしてる間にもどんどん被害が広がってるかもしれねぇ。さっさと体の動かし方ってのを教えてくれ。嘘ならそうとハッキリ言ってくれ、俺すぐ戻るから。さっ、早く!選べ!」
「何でそんなに上から目線なの…怖いんだけど…。まぁ話は簡単だぜ、相手の足腰が立たなくなるまで殴り続けるだけだ」
「何だただの脳筋か、相手して損したわ。じゃーな緋彗クン、あんま人前で緋色の彗星なんてクソダサい名前出さないようにな」
「お…お前ーッ!第一印象とか諸々最悪な奴だな!!」
わーぎゃー騒ぐ緋彗を置いて俺はその場から駆け出す。なんか少し先に黒っぽい穴があるから、それを通れば現実世界で覚醒するらしい。それ目指してガンダッシュだ。
「おーい、お前!最後にひとつ言い忘れたことあった!」
「手短になー」
走りながら顔だけを緋彗の方へ向ける。すると、やけに真面目な顔をしていた。あんな顔できたんだ。
「絶対勝てよ、見てるかんな」
「…しゃらくせぇこと言いやがって」
でもまぁ、その言葉に嘘偽りはないんだろうなと思う。だから親指を立てて返事をしておいた。
負ける気なんてさらさらない。俺が負けたら街のみんなはどうなる。それに、仮に俺が死んだとしてアンナチュラルはどうなるんだ。
「また後でなー!」
「…え、どゆこと?また会う時なんてあんの…?」
クエスチョンマークを浮かべながら、俺は穴の中へ入っていった。
救急車や消防車のサイレンの音が入り交じっていた。
大声を出す誰かの声、それもたくさん。
耳元で声がする。聞き覚えのある女の子の声だった。
「…はっ!?ここはどこ!?ワッチャネイム!?」
『ち、千晴さん!気が付きましたか!』
カッと目を見開きバッと体を起こす。目の前には、さっきまでハイエンドと戦っていた市街地があった。それを見て現実に戻ってきたのだと理解する。
『よ…良かったです…。心音が限りなく小さくなってて…私もうダメかと…』
「勝手に殺すんじゃないよ。こちとらまだ女性の味も知らないチェリーボーイなんだから」
『き、急に何を言い出すのですか…!もう…!…まぁ、私でよければいつでもお相手の方はできますけど…』
辺りを見渡して状況を確認する。どうやらプロヒーロー達が避難が遅れた人たちを救助しているみたいだ。それでも事前にある程度は逃がしておいてくれたから、数自体はさほど多くない。
──助けて。
ふと、頭の中に誰かの声が流れこんできた。今の感じは、通信機から聞こえてくる黒雪の声なんかじゃあ無い。なんだ?幻聴か?
──怖い、誰か早く助けに来て。
「──ッ!?また聞こえた…?誰だ…どこから…!」
『どうしました?千晴さん』
「分かんねぇ…けど誰かの声が頭に響くんだ…」
『誰かの声…ですか?空耳とかではなく?』
「ああ、割とハッキリ聞こえてきたんだ」
──嫌だ、死にたくない。
3度目…幻聴なんかじゃない!これは今、この街にいる誰かの声だ!
そういえば、ハイエンドの姿が見当たらない。俺を倒したと思って他の場所に行ったのか?
「…そうか、だとしたらやべぇ!街の皆が襲われてるかもしれねぇ!黒雪!」
『は、はい!』
「敵の位置を、ハイエンドがいるとこ…ろ…を…」
言いかけて段々と語尾が弱くなる。今、俺の体の中に変な感覚が走っていた。モヤモヤとした淀みのようなものが、俺の中に流れ込んでくる。なんなんだ…この感覚は…?
『敵の位置は常に補足しています!方角は──』
「西に3キロの所…違うか?」
『え…あ、合ってます!けど、私伝えてましたっけ?』
「合ってるならそれでいい、行ってくる!」
俺は地面を蹴って空を駆ける。何でハイエンドの位置が分かったのかは、俺自身も分かっていない。けど何だろう、アイツの悪意みたいなものが流れ込んできて、それがどこから来ているものなのかがハッキリ伝わってきたんだ。敵の位置が見える…そう表現したらいいのだろうか。
向かっている途中、ハイエンドが暴れた跡が色んな箇所に見られた。割れた道路、崩れたビル、ひしゃげた鉄柵。俺が気絶なんかしてる時に、街の人や建物が無茶苦茶にされていたんだ。救助を求める市民の声はまだ止まない。それよかハイエンドに近づく度どんどん大きく、数も増えていってる。
「…いた!あんな所に!」
全力で飛ばして数秒後、建造物の屋上から眼下を見下ろすハイエンドの姿を捉えた。その様相は、まるでハリウッド映画に出てくるエイリアンのようだ。その下には、ハイエンドから逃げ惑う市民がまだ大勢いる。まだ助けられる人が、助けなきゃいけない人たちが。
──絶対勝てよ、見てるかんな。
「言われなくても!!!」
あの厨二病の言葉を思い出しながら、俺はハイエンドに肉薄する。まずは注意を逸らす。街のみんなから俺の方へ気を引かせて、その間に避難をしてもらうんだ。
「おいそこの黒いの!まさかもう勝った気でいるんじゃねぇだろうな!?」
「さ…ささサっキのガキ…?まダ生きテいたののノか…」
「身構えている間は、死神は来ないものなんだよ!──くらえ!その股ぐらにロケットパァンチィ!!!
力を振りしぼる。
それを右手に宿す。
固く握った拳で、ハイエンドの急所を狙う。
「あ、ああア甘ィ」
勿論、ハイエンドもタダで食らってくれる訳じゃない。
俺の方へ視線を向け、その強靭な腕を振り上げて迎撃体制を取る。
ぶつかる拳と拳。
その衝撃で周囲の雲が割れる。
拮抗しているかのように見えたが、やはり威力はハイエンドの方が段違いに上。
その証拠に、俺の腕がその威力に耐えられず悲鳴をあげている。
肉が裂ける嫌な音と感覚がした。
痛みに顔を顰めながら、即座に"反転"を発動させて身体を修復させる。
ズキリと頭に痛みが走った。
「はハ話に…なラない…。お前ジャ相手にならン…」
「ああそうかよ!だったらこいつはどうだッ!」
俺は左の手のひらをハイエンドに向けた。
脳無──ハイエンド。USJでの襲撃で最初にその存在が確認され、以降度々ヴィラン連合からの刺客として各地に出現している。
俺が交戦したのは林間合宿の時と神野区での戦いの時。中でも特に力の入れられている個体だった。
そして今、目の前にいるコイツは恐らくそれらの完成形。複数の個性を持ち、それらを繋ぎ合わせ、言語を用い、考えることが出来る。
人体実験の成れの果て。その歴史を紐解くことは同時に許されざる経歴を覗くということ。人の道から外れた者が、人を改造して、人を襲わせている。
肉弾戦は通用しない、燃やしても、潰しても回復される。ならどうするか。ハイエンドを止める、今の俺の持てる力を使って出来ることは。
──"反転"の効果は何も肉体の再生なんかじゃない。現象の逆転を引き起こす。それが"反転"の本質だ。
緻密なエネルギー操作、並大抵の集中力では決して扱いきれないじゃじゃ馬な個性。それをアンナチュラルは、俺の体を使って練習させてくれていたんだ。神野の時も、治崎と戦った時も、今だって。
アンナチュラルとの夢の中での
"要領"は既に掴んでいる。後は思い描いた"
"
燃やしてもハイエンドは止まらないんだ。だったら、無理やりにでもその体の動きを止めてみせる。
パイロキネシス×反転。熱く燃え盛る灼熱を逆転させる。それは補足した対象を。
「
体の内側から凍結させる──。
「な…ンだ?な二をした…?」
じわりとじわりと、まるで体の中にゆっくり毒が回るかのように。体の中心から全身に氷は広がっていく。対象の体温は徐々に低下していき、やがてその運動エネルギーを全くの0に変えてしまう。
「か、体ガ…うご…か…」
肉体の再生なんて関係ない。個性を発動させる因子、その先の細胞の動きすら止めてしまえば。
絶対零度の氷結がハイエンドの体に霜をふらせ、その体に氷の結界を貼っていく。
「ま、マさか…このオレ…が…」
最後にそう言い残し、ハイエンドの全身が完全に氷で覆われた。
氷塊となったハイエンドはそのまま地面へと落下していき、数秒後に下の方で墜落した音が聞こえる。それから、再びその体が動き出すことは無かった。
「かき氷作るには、ちょっちデカすぎだな…」
ああ、全身が痛い。とんだインターンになったなこりゃ。
後でナガンに美味い焼肉を奢ってもらおう、そうしよう。
黒雪にも、また心配かけさせちゃったかもな。ちゃんと謝っておこう。
張り詰めていた気を緩めると、一気に瞼が落ちてきた。
もう今日はこれ以上動けねぇや。
そのまま俺は、意識を手放した。
──かっこよかったぜ、ヒーロー。
最後に頭に流れてきた声は、あの変な厨二病の声だった。