#77 それはイソノだ
「個性が使えなくなるゥ!?」
いきなり何を言い出すんだこのドクターはと、心の中で思った。
個性が使えなくなる?バカ言え何がどうしたらそうなる。
しかしそんな爆弾発言をしたドクターは、声を荒らげた俺に対してゆっくり頷くことしかしなかった。
「理由その1、
「…ふぇ?」
「理由その2、本丸はこちら。脳の部位の中でも特に損傷が酷いのが、"海馬"と呼ばれるところだ」
「デュエル開始の宣言をするところ?」
「それはイソノだ。海馬というのは記憶を保管しておく場所で、記憶の司令塔とも言われている。さっき撮った脳みその写真でも、ここへのダメージが特に酷くってね。海馬の神経は生まれ変わったりしているんだけど、ダメージがそれを優に上回ってしまっているんだ」
「…なるほど、わからん」
「ち、千晴さん…」
何だか話が難しくなってきた。つまりなんだ?個性の使いすぎで頭に負担がかかってて、そのせいで最終的には個性が使えなくなるってことか?
「正確には個性の使い方を忘れる…の方かな。海馬が機能しなくなると、他の記憶も徐々に薄れていく。今まで覚えてきた英単語、電車やバスの乗り方、そして──」
「大切な人たちとの思い出もだ」
淡々とドクターは告げた。
記憶が薄れていくだぁ…?そんなバカなことがあってたまるか。てゆーか2回目だぞ。この世に生を受けて16年、その間に記憶が失くなる(予定、部分的も含める)機会が2回もある人いる?
「どれくらいのペースで記憶は失くなっていくの?」
「正確なところは正直なんとも…。ハッキリ言えるのは、個性。脳を酷使すればするほど、進行が早まるということだ」
「反転…反転じゃ戻らないのか…」
「肉体の再生とは訳が違う。海馬自体が綺麗に元通りになっても、失われた記憶たちは戻ってこない」
「なんだよ…それ…」
現実が、ただ突きつけられる。
個性使用によるデメリットは様々だ。例えば爆豪なら爆破を使い続けると汗腺に痛みが走るようになるし、轟だって氷ばっか使ってると、体に霜がおり始める。デクも昔は体をぶっ壊しながら戦っていた時期もあった。俺で言うとそれは、脳への負担にから発生する頭痛だと思っていたけど…。
「重要な脳機能の損傷、それが君の個性の欠点だ」
個性の…欠点…。使い続けると…記憶が薄まっていって、最後には消えて無くなる…。大事な思い出たちが…友達…大事な人達と過ごした記憶が…。
一佳と過ごした、数十年間の軌跡も…。
「嘘だろ…」
ポロリと漏れたのはそれだけだった。ドッキリなら早くネタバラシをしてくれと思ったが、この状況でそんなことするタチの悪い奴はいないだろう。
「何とかならないのか?それこそ海外の医療技術を用いてみるとか」
「人の頭の中の研究は、どうも進捗が悪くてね。デリケートな部分だし、ササッとやれるような部位でもない。正直海外の技術を使っても…」
「そうか…」
ナガンの提案も、あっさりと切り捨てられてしまった。現代の医療技術を使っても、対策にすらならない。個性を使えば使うほど進行していく記憶の欠如を、何とかする手立ては無い。
個性を使いさえしなければ…。けど、それはヒーローの道を諦めることを意味する。俺がヒーローを目指すのは、一佳を守るため。アイツが辛い時や苦しい時に、傍にいてあげるため。その思いを捨て去るなんてこと、出来る訳が無い。
ぐっと奥歯と拳に力が入る。こんな気持ちになるのは初めてだ。自分ではどうすることも出来ない事実を、ただぶつけられる。夢を阻まれるというのは、こういう気持ちになるものなんだと心底理解する。言葉には表せない感情が、心の中で暴れていた。
「千晴さん…」
か弱い黒雪の声だった。気持ちは分かる、俺も逆の立場ならそんな顔してるさ、きっと。だけど、俺個人の問題のことで黒雪やナガンを暗い気持ちにさせるのは違うよな。
…ここで落ち込んでても、しょうがないな。
「ま、シリアスなことは考えなくていっか!楽しくないこと考えても、楽しくないだけだからな!」
振る舞わなきゃ。嘘でも、ハリボテでも。他人に心配なんてかけさせてちゃダメだ。学校の皆にだってそうだ。アイツら優しいから、事情を知ったら何かと動いてくれる。余計な心配をかけさせちまう。
「とりあえずさっさと退院して、ラーメン食って雄英に戻るとすっか!ナガン、美味い店見つけとくから一緒に行こうね!黒雪、お前もちゃんと来いよ!」
「…ああ」
「はい…私なんかでよければ…」
「2人とも暗っ!ほら、笑って笑って!」
空元気、取り繕った明るさだってことは簡単に見抜かれていたし、俺もそうだろうなって思ってた。
それでも、今の俺にはそう演じることしか出来なかった。
○
病院での出来事から数日後、俺の体はすっかり回復し、無事に退院することが出来た。
それからナガンと黒雪と一緒に美味いラーメン屋に行き、そのまま雄英の方へ帰還。我が母校の懐かしき校門が、今日もそびえ立っていた。それをくぐって少し歩いたところにあるハイツアライアンス…A組専用の寮の扉を勢いよく開け放った。
「ただいマンモス!」
「あ、愛生くん!ちゃんと帰ってきたァ!」
開幕一番に視界に入ってきたのはデクだった。目ん玉をぎゅーんと飛び出させながら、こちらへ駆け寄ってくる。
「おいおいお前、怪我とかもう大丈夫なのかよ。テレビで見てたぜ、とんでもねぇ戦いだったな」
「おう峰田、テレビってなんのことだ?」
「見てないのか!いや、渦中に居たんだから当たり前か…。とにかく俺たちゃハラハラしまくってたんだぜ!」
切島がいつもみたいに大きな声を出していた。てゆーかいきなり心配まがいなことさせてら。
「ほら、これ。数日経った今でも、ニュースに取り上げられとるんよ」
「んー、どれどれ?」
言いながらスマホの画面を見せてくれる麗日。そこには、つい数日前に起こったハイエンドとの戦いがニュースで報道されていた。…しっかり映ってんな、俺の戦いぶり。アングル的に空から撮ってんのか?ヘリコプターなんて飛んでたっけ?いや、最近はドローンで撮影をするとも聞く。
「なぁおいこの黒いの、脳無の1種なんだろ?」
「ん?ああ、確かハイエンドとかって名前だったか」
「ってことは、ヴィラン連合絡みか…」
「うん、だと思うよ」
─違和感。
「よく無事で帰って来てくれたもんだ。大事なクラスメイトがヴィランにやられたなんて、考えたくもねぇからよ」
「ホントそれだよ〜!テレビの前で気が気じゃ無かったんだから〜!」
「ははは、悪い心配かけて」
「いいさ、別に。好きなだけかけてくれ。だって僕らは仲間じゃないか」
──仲間…クラスメイト…。
「おい、愛生疲れてんだからあんま絡むと可哀想じゃねぇか。早く休ませてやらねぇと」
クラスメイトの輪の中から、轟がそう言ってくれた。確かに、病院でしっかり怪我とかは治してきたけど、疲労が無くなったのかと言われたらそうじゃない。皆の相手がしんどい訳じゃないけど、本音を言うとすぐにでも部屋のベッドにダイブしたいところだ。
「あんま無理さすなよ」
「優しいなぁ轟は。俺ちゃん涙出そう」
「ハッ、修羅場超えて強くなった気でいんじゃねぇぞ」
「かっちゃんは通常運転だな」
「かっちゃんって言うなァ!!」
おお、相変わらずの噛みつき具合。エンデヴァーの所で揉まれて少しでも丸くなったかと思ったら、全然まったくそうじゃなかったか。
「明日から通常通り授業にはなるが、いけそうか?もし厳しいようなら、俺から先生には伝えておくが」
「ありがとう飯田。でも大丈夫、ちゃんと授業には出るぞ」
「そうか。轟くんの言う通り、あまり無理はしないようにな」
「オーケーオーケー。何だかオカンに囲まれてるような気分だよ」
皆の気遣いに感謝しつつ、俺はインターンの荷物を担いで部屋へと戻って行くことにした。階段は流石にしんどいので、部屋のある階までエレベーターを使うことにする。ボタンを押して少し待つと、チンという音と共にエレベーターの扉が開きそれに乗り込んだ。
『そんなに疲れてるのか?』
不意にアンナチュラルに声を掛けられる。
「そう見える?」
『友人の前ならいつもはもっと明るく振舞っているが、今日は何だか違った』
「よく見てんのな」
お目当ての階に辿り着き、扉が開かれる。俺はゆっくりと箱の中から抜け出した。そのまま自室までの通路を歩き始める。
「なんつーか、インターン前より皆との距離が遠くなった気がする」
『…?それは一体どういう…』
そこまで言ってアンナチュラルは、口を噤んだ。
──海馬が機能しなくなると、他の記憶も徐々に薄れていく。今まで覚えてきた英単語、電車やバスの乗り方。そして、大切な人たちとの思い出もだ
病院で聞いた、医者からの言葉が思い起こされる。
勿論、皆との思い出の全部が一気に失くなった訳じゃない。体育祭や林間合宿のことは覚えている。けどなんだろう…日常の細かい記憶というか、小さな記憶のピースが部分的に消えてしまっているかのような。思い出が虫食い状態になっているような、そんな感じだ。
「皆には言わない方がいいかな?」
『自分で決めろ。ただ、状況を知ればクラスメイト達はお前に気を使うようになるだろうな』
「だよな…」
さっきの皆の顔を思い出す。俺が帰ってきたら、一目散に駆けつけてくれて、戦いの心配をしてくれて…。きっと今の俺のことを話したら、必要以上に過干渉をしてくれるに決まってる。
「一旦皆には内緒だな」
『無難な決断だなそれが』
苦笑しながら自室の扉を開ける。何だか久しぶりな気がするな。そう長い間空けていた訳じゃないのに。埃とか溜まってんだろうなぁ、掃除するのめんどくさいなぁ。代わりに誰かやっといてくれないかなぁ。そんな自堕落なことを考えながら、部屋に入る。
「あ、おかえりなさい!」
飛び込んできたのは快活な声と、綺麗に整えられた俺の部屋だった。おかしい…俺の部屋はいつも少し乱れているのがデフォルトだ…。なのに今日は、やけに綺麗に片付いている…。物はあるべきところに置いてあるし、ベッドなんてホテルか?って思いたくなるほどにベッドメイキングされている…。
「部屋間違えたか?」
『合ってる。小僧の匂いがする』
なんだそのジャッジの仕方。恥ずかしいから辞めてくれ。
部屋の状況もそうだが、最初に飛び込んできた謎の声。女子の声がしたけど、一体…。
「帰ってくるのずっと待ってたよ!千晴さん!」
「ん…?あれ、エリがなんで俺の部屋に…。ってどわっ!」
「もう、待たせすぎだよ」
俺の胸に向かって飛んできたエリの勢いに負け、思わず床に倒れ込む。うん、間違いなくエリだ。しかも体は高校生のままの。発目のやつ、あんだけ元の体に戻してやれって言ったのに。
「ねぇ、"ただいま"は?」
「え?」
「え?じゃないよ。帰ってきたんだから、ちゃんと"ただいま"って言ってくれなきゃ」
胸の中でエリが言う。意図は掴めんが、とりあえずここは言う通りにしておこう。
「た、ただいま…」
「はい、おかえりなさい」
ニコッとエリが笑う。釣られて俺も笑う。苦笑いだけど。
「千晴さんが帰ってくるまで、ずっとこの部屋に居たんだから。夜とか凄く寂しかったんだよ?ベッドの中で1人で…枕を濡らした日もあったっけ。でも、千晴さんのベッドの中に居ると、なんだか千晴さんが傍に居るような気もして嬉しかったな」
ちょっと待て、なんかさっきからペラペラ喋ってるけど待ってくれ。状況の整理に頭が追いつかないんだが?これもアレか?個性の使いすぎによる反動か?どこからツッコンでいいかもはや分からん。
「でも今日からは…へへ…ずっと一緒に居られるね…!」
「あ、もしもし発目さん?今すぐライフイズストレンジの準備してくんない?」
一難去ってまた一難とは、このことだろう。
頭の上でアンナチュラルが、深いため息をついていた。