拝啓 おふくろさん。
俺はいま、服をひん剥かれて女の子に馬乗りにされています。
両手足を布で縛られて動けなくされ、声も出せない状況にいます。
あ、部屋の扉が開いた。神様からの助け舟だ。まさに救世主の登場。
「なんっだこの状況…」
現れたのは、幼馴染でした──。
〇
目の前の状況に、私はただ絶句した。
なぜって?そんなの決まってる。想い人が違う女に襲われそうになっているからだ。
「拳藤一佳さん…でしたっけ?千晴さんの幼馴染の」
白髪の女子が私の方へ顔を向けながら言う。この子、どこかで見たことがあるな。
ふと、少し前のインターンのことが思い起こされる。確かあれは、千晴達が死穢八斎會というヤクザ集団を相手取った時のことだ。死穢八斎會に捕らわれていた少女、少しだけ顔を見たことがあるけど、その子にどことなく雰囲気が似ている。でも、その時はこんなに大きくなかったはず。まだ小学校低学年くらいの、小さくていたいけな少女だったような。目の前の子の背丈は私と同じくらいだ。
「確か名前は…エリちゃん…だっけ?なんか急にでっかくなってないか?」
「色々あってこんな体になってしまったんですよ。まぁ、おかげでいいこともありましたけど」
「いいこと…?」
聞くとエリちゃんは、ちらりと眼下の千晴に目を落とす。そこには今にも助け出して欲しそうな顔の千晴が居た。
一体何がどうなってこんなことになってるのか、私には皆目見当もつかない。ただ一つだけ言えるのは、大事な千晴がこの女にいいようにされているのが気に食わないということだ。
「そうです。最愛の人と、こうして触れ合うことが出来るようになったのですから。ね?千晴さん?」
「んんんん!!んんん!!!」
「ふふふ、そう喜ばなくっても。可愛いんだから」
言いながらエリちゃんは、千晴の頭をよしよしと撫で始める。その様子にカチンときた。
「とにかく!早くそこから離れろ!千晴が可哀想だろ!」
「可哀想?あははっ、ちゃんちゃらおかしいですね。そんなこと、貴方が決めることではないですよ」
「何言ってるんだ…さっきから…!」
ダメだこいつ、早く何とかしないと。これ以上は千晴に悪影響を及ぼす。
不穏分子は排除しておかないと。
グイッと力任せにエリちゃんの肩を引っ張る。すごく軽い。何だか逆に申し訳なくなるくらいに。中身はまだ年端もない少女…そんな子に対してあまり強引な対応をするのもちょっとアレかもな。
「千晴、大丈夫か?」
千晴の体に巻かれた捕縛布を解く。両手足と最後に口元のものを取ってやると、ぷはぁ!と千晴が息を吐き出した。
「た、助かったぜ一佳」
「なになに、一体何があったんだよ?」
「あ、ああ。俺も訳わかんないんだけどさ。学校から帰ると相澤先生みたいに布を操るエリがいて、気付いたらあの有様よ。なんかキセージジツを作るとか意味わかんねーこと言ってた」
「な…なにそれ…ホントのことなのかよ…?」
チラリとエリちゃんの方を見やると、そこには頬を桃色に染めるエリちゃんが居た。何でそこでそんな顔できるんだよ。
「はい…。千晴さんはライバルが多いですから早めに唾つけとこうと思いまして」
「だからってこんな強引に…」
「そうだぞ、唾って意外と汚いんだぞ」
そういうことじゃねーよ。
千晴に服を着せてあげつつ、今後のエリちゃんのことを考える。てゆーか、そもそも何でこの子は千晴の部屋に当たり前のように居るんだ?まずはそこからじゃないかな。
「とぉにかく!エリちゃんはこれ以降、千晴の部屋に入ることは禁止!はい、決定事項!」
「らしいぞエリ。確かに俺も黙認してたとこあったけど、そろそろ超えちゃいけないラインに踏み込んできてるぞ」
何そのライン、コイツら一体いつもどんなことしてたんだよ。それも気になるけど今詮索することじゃ無いなきっと。
「…うん、そうだよね。私ちょっとやり過ぎたとこあるよね…。分かった、発目さんに頼んで、元の体に戻してもらってくる」
「…まぁ、それがいいだろうな。ちゃんとした成長をすべきだ、人類は皆」
エリちゃんがサポート科の発目の所へ向かうのを見届けた後、改めて千晴の部屋に入り直す。いま思えば、こうして千晴の寮の部屋に入るのは初めてのことじゃないかな。実家とはまた違う雰囲気がして、何だか胸がドキドキする。
「ふぅ、これで一段落だな」
千晴も千晴だ。日頃から好きだ好きだと言ってる幼馴染と、こうして部屋で2人っきり。もしかして、案外千晴の方がドキドキしてるんじゃないかな?いや、もうドキドキ超えてトゥンクとかしてるんじゃないか?千晴も思春期の男の子だ、きっとそうに違いない。今頃頭の中で、どうやって私と触れ合おうか考えてるんだろうな。
「なあ一佳、地面師たちってドラマ観たかー?あの土地を騙し売りする人達の」
めっちゃサブスクの話してきたな。
え?なにこいつ?厄介事が消えて、最初に出てくる言葉がそれ?確かにドラマは面白かったけど、違うそうじゃない。
「女優が組織のボスに髪引っ張られるシーン、ちょっと興奮したよな」
きっしょ。
なんだコイツきっしょ。びっくりしたわ、次に出てきた言葉に。百歩譲って男子に言うのはまだ分かるわ。でもそれを同い年の女子に言うか?そういう性癖発表は別の日にしてくれ。
「はぁ…相変わらずだなお前は」
けどま、それが千晴らしいというか。逆に安心するというか。普通の女子ならドン引くかもしれないけど、私はもうそういうのには慣れてしまってる。昔っからコイツのアホな行動や発言には手を焼いてるからな。今更この程度のトーク、なんて事ない。
「んで?一佳はなんか用があって来たんだろ?どしたの?」
「あ、そうだったそうだった」
おっといけない。危うく本来の目的を見失うところだった。そうだよ、おじゃま虫を排除しに来たのが目的なんかじゃないよ。私は今日、千晴をデートに誘いに来たんだ。
「え、えっと…ね?私が今日ここに来たのは…」
「うんうん」
…あれ?なんだろう?何だか言葉に詰まる。言葉が上手く出てこない。
「あ、あの…今度…あそこにね」
「ふむふむ」
何でだ?いざ本人を前にすると、緊張してどうやって誘えばいいのか分からない!ただ誘うだけなのに。ただ一緒に買い物に行こうって言うだけなのに。千晴は絶対断ったりしないのは、分かりきってることなのに。
「一佳?」
「へっ!?ななな、なんだよ?」
しどろもどろしてる時に、千晴の声で肩がビクついた。やばい、絶対顔に焦りとか出てる。変な汗かいてきた…。
「なんか様子が変だぞ?それに顔が赤い」
よっこいせ、と千晴がソファから立ち上がる。そのままゆっくり私の方へ来て。
「どれどれ…熱は…無さそうだな…」
ぴとり…とおでことおでこをくっつけて体温を確かめてきた。そんな恋人同士がやるみたいなことを、コイツは平気でやってくる。
あ…千晴の顔が近い…。凄く近い…。ちょっと前に出たら唇が合わさってしまうほど…。
「あの…千晴…?」
「ん?どうした?」
「こういうのは…もっとちゃんとこう…そういう関係性になってからで…!それに…近いし…長い…」
「はっはっは!何を今更照れてんだよ!一佳が熱を出してた時は、しょっちゅうこうやってただろ?」
いやそれ小学生の時とかだろ…。そんな小さい時と今とを一緒にしないで欲しいよ…。あの時とは、なんかこう色々と違うだろ…。
くっ付けていたおでこを離す千晴。くそ、急に変なことしてくるから余計に話せなくなっちゃったじゃないか。
「最もフェティッシュな方法でいかせてもらいます」
やかましいな。すぐ影響されんだからこいつは。
でも、通常運転な千晴を見てると段々心も落ち着いてくるというもんだ。気付けば心臓のバクバクは無くなっていた。今なら言える。自然な感じで千晴を誘える気がする。
頑張れ、私。
「あのさ千晴!今度の休み、一緒に出かけない?」
言えた…!私、言えたよ…!ずっと喉につっかえてた言葉が、ようやく出てきてくれた…!
伝えることができた後だから思う。何でこれを言うだけだったのに、あんなに躊躇していたのだろうと。こんなの大したことない、ただのお誘い。
それでも、私の胸はまた高鳴り始めたのだ。
チラリと千晴を見やる。なんかアホみたいに口が半開きになってる。あ、池の鯉みたいにパクパクし始めた。マヌケづら。余程私の発言に度肝を抜かれたのだろうか。
嬉しいよね?嬉しいに決まってるよね?だって好きな子からこんなお誘いがきてるんだから。OK以外の返答なんか無いよね?さぁ、ばっちこい!
「あ…」
千晴が声を発する。それに続く言葉を、私は待つ。まぁ、答えは分かりきってるけど。
「わりぃ…今度の休みは予定があんだよ…」
「うん!じゃあ待ち合わせの時間は──」
──へ?いまなんて?
「あ、だから今度の休みはちょっち難しいんだなコレが」
「え、そうなの?」
素っ頓狂な声が出てた。思ってもみなかった返答に、脳の理解が追いつかない。
「おう、わりぃな」
「あ、そうなんだ…。ちなみになんか予定があるの?」
「デクと爆豪と轟の3人と、合体技の練習をする」
「で、ば、と。ガッタイ…?」
「そ。技名はパープルコメット・ギャラクシー」
ダサ──。
何その技名、小学生が考えたの…?
「そ、そっかぁ、なら仕方ないね。じゃ、その次の休みは?」
「その日は常闇くんとショップ巡りだな。カッケー店連れてってくれるらしい」
「あ、あらそう。ならその次とかは」
「あー、その日も確か公安に呼び出されてんだよな。ほら、この前テレビで中継されたヴィラン居たでしょ?アイツについて色々確認したいことがあるらしくってよ。ホークスとかエンデヴァーも来るらしいよ」
「大変だな…。じゃあどっか空いてる日とかある…?」
「えーと、ちょっと待ってよ」
千晴に今後の予定を確認してもらう。だがしかし、意外にも彼のスケジュールはパンパンで、およそ私と買い物に行く時間が取れないようだ。
「わ、わりぃ一佳。せっかく誘ってもらったのに。何か最近妙に忙しくてな」
「あ、いや…いいんだよ。こっちこそなんかゴメン」
なんか逆に謝ることになってら。はは、にしてもお誘い失敗かぁ…。気が抜けたような感じだぁ…。
どうしよう…このままヌルッと立ち去るのか…?微妙に気まずい空気になってるけど…。いや、まさかこんな風になるとは思ってもみなかったなぁ…。千晴の事だから、一目散に食い付いてくると思ってたんだけどなぁ…。現実はそう甘くないってか…。
これ以上ここに居ても仕方ないか。自分たちの寮に戻るとしよう。うん、そうしよう。ご飯を食べてお風呂に入って、さっさと寝るとしよう。
「あ、じゃあゴメンね。急に押しかけて。私は部屋に帰るよ」
「あ、待てって!一佳!」
踵を返して千晴の部屋から出ようとした時、腕をガシッと掴まれる。
「なに?どした?なんかあった?」
変な三段活用みたいになったな。私は千晴の方へ向き直ってその顔を見つめる。千晴は、やけに真剣な瞳で私を見ていた。
「あのさ、嬉しかったよ。誘ってくれて。俺の予定がつかなくて申し訳ないけど、でもさ」
いつもと変わらない。私を、私だけに向けてくれる表情で千晴は続けた。
「今度は俺の方から誘うから。だからその時に、一緒に出かけよう」
…ほんっとにズルいな、この幼馴染は。
そんな目で、そんな真面目な顔で言うのはズルいぞ。そんなふうに言われたら、女の子は期待しちゃうんだから。
「うん、絶対だぞ」
「ああ!神に誓うよ!そんで、その時は最もプリミティブな方法でいかせてもらいます」
「いや地面師の真似はもういいから」
あーあ、デート作戦は失敗に終わっちゃったか。
でも、こうして千晴と話せて再確認出来たこともある。
私はやっぱり、世界の誰よりも千晴が好きだ。
どれだけ遠く離れていても、例え他の子に目移りしちゃっても、千晴の事が好きなんだ。
この気持ちにブレーキなんてない。
ライバルも居るかもしれない、それでも。
私は負けヒロインになんてなるつもりは無い。
強がりなんかじゃなく、本気で。
私は千晴のヒロインになってみせる。
それが私の、生きる意味だ。
だから私は後悔している。
あの日、雄英高校から去る千晴を。
止められなかったことを。